▼ 【28-1】キスの意味★★
2013/03/09 22:17 【騎士と魔法使いの話】
俺、何だか変だ。
フロウと一緒に居ると、変になる。声を聞いただけでそわそわする。姿を見たら触りたくって指がむず痒くなる。
目元とか口元にすっと入った皴が、光の加減で浮かび上がったのが見えただけで心臓がきゅうきゅう締めつけられる。
何かの拍子に肌のゆるんだ喉元とか、筋の浮いた手首が見えりなんかしたら、もう……抑えが利かない。
「お?」
で、そんな時に限って目の前を寝巻き姿でうろちょろしてるもんだからつい、肩の上に手を乗せちまう。
この後一緒のベッドに入るってわかってんのに、触らずにいられない。触ったら触ったで、もっと強く掴みたくなる。
抱きしめたい。
もっと強く。
もっと近くに。
無意識のうちに、丸っこい肩に置いた手の指先に力が入る。
(よせ。全力でつかんだら骨、軋む。下手したら、折れる)
(ああ、だけど……)
このまま手首なり肩なりつかんで押さえ込んだらどうなるんだろう?
知れた事だ。俺の方が背が高いし力も強い。目方もある。一度組み伏せてしまえばこいつは多分、逃げられない。
(って何考えてんだーっ)
ああ、まったくもう……キリが無い。
(変に我慢してるからいけないんだ。そうだ、我慢するな。早いことキスしちまえ!)
「なぁダイン?」
屈みこんでキスの準備にとりかかってた口に、指が一本押し当てられる。骨格はまちがいなく男の手だ。関節がごつごつしてるし、骨そのものは太い。だが表面はやたらとふっくらして、すべすべして、おまけにいい匂いがする。
「キスって、いろんな意味があるって知ってるか?」
虚を付かれてぽかんっと口を開ける。
「え? して気持ちいいからじゃないのか?」
「そりゃまた単刀直入な……まあいいや、ちょっとベッドに座ってみな?」
自分からお預け食らわせといて、その言い草かよ! ったく小憎らしいったらありゃしねぇ。
口をヘの字にひんまげてにらみ付けるが、にやにやするばかりで一向に気にする風もない。
わかってやがるんだ。
一度言えば充分だって
俺が必ず言う事を聞くって! ちくしょう、そういっつもいっつも大人しく従うと思うなよ!
「……早くしろよ。待ちきれねぇだろ?」
ついっと唇をつきだして、拗ねた声出してきた。微妙に上目遣いでこっちを見て、眉をしかめる。寂しげって言うか。不満げって言うか。とにかく、求めてるってのが伝わってくる……痛いくらいに。
「待たせんなよ、ダーイーン?」
ちくしょうっ!
心臓が限界まで縮んで、そこから爆発的にふくらんだ。
ちくしょう。その顔は反則だ。
ブーツを脱ぎ捨てどかっとベッドに座りこみ、枕にもたれかかって足を伸ばす。
「ったく。またロクでもない事企んでるんだろ」
「人聞きの悪い事言うなよ。単なるレクチャーさね」
フロウはほとんど音を立てずにベッドに上がり、するすると足の間に入って来る。
まるで猫だ。
「じゃ、始めるぞ?」
「勝手にしろ」
蜜色の瞳が細められる。目元に寄る細かな皴に、目が吸い寄せられる。触れたい。撫でたい。キスしたい!
だが奴の手が太ももに当てられ、動けなくなる。そのまま指先でなで下ろし、膝の裏をかすめる。奥歯を噛んで腹の底に力を入れた。
「ほんと、妙なとこで行儀いいよな、お前って」
「何……が?」
「ベッドに上がる時は必ず、靴脱いでるだろ?」
「っ!」
ふくらはぎをつかまれ、ぐにっともまれた。思わずすくみあがる。が、かろうじて声は堪えた。
「おお、相変わらずかってぇなあ。それともアレか、おいちゃんに足撫でられて緊張してんのかな、ダインくん?」
「うるさい、さっさとやれ、エロヒゲ」
「へいへい」
足首をなでおろした手は最後に足を包んで持ち上げて。
「まず、崇拝」
「え」
爪先にフロウの唇が、触れる。柔らかいぷにぷにしたものがくっついて、小鳥のさえずりみたいな音がした。
「っっ!」
やばい。
触られた場所から何かこみ上げてきた。小刻みに体が震える。
ってかこれ、見た目がかなりやばい。俺のつま先にフロウがキスしてる姿がものすごくエロい。やってはいけない事をやってる。背徳的だ。目が離せない!
「って……おい、ちょっと待て」
「んん?」
「こないだ、俺に足の指舐めさせたのは、まさか」
「かも、な?」
にんまり笑って今度は足の甲へと顔が滑る。じわじわと近づき、息が肌に触れ、今、唇が触れた。
さっきより強く、深い。ぬるっと湿った内側まで押し付けられてる。
くそ。足が勝手に痙攣しそうだ。
「ここは、隷属。ふくらはぎは服従、腿が支配」
待てこらちょっと待て。そこ、全部この間、お前に言われて俺がなめたとこだよな。しゃぶったとこだよな。
俺はお前を崇拝して隷属させられて服従させられて支配されてるって事かよっ!
勝手に決めやがってこのエロヒゲがーっっ!
(否定できない。何一つ)
顔が、熱い。
そのくせ腹の奥はぶるぶる震えてる。
俺は怒ってるのか。
それともたぎってんのか?
こいつに服従させられて。
今、ことごとく同じ痕跡をキスで辿り、全く逆の立場に自らを置いてるフロウを見て。
ふわふわの亜麻色の髪が足を伝い、登って来る。むっちりしたあったかい体が今にも太ももに触れそうだ。
断続的に聞こえる湿ったさえずりが。押し付けられる柔らかな唇が、燃えたぎる炎にぼんぼんと景気良くたきぎを放り込む。
生殺しもいいとこだ!
たまらず右足を曲げてフロウを受け止め、支える。いっそ自分から触ってしまった方が……楽だ。
「服、邪魔だな」
ぺろりと舌なめずりすると、奴は器用に俺のベルトを外してズボンの留め金も外しちまった。
やけに慣れてるなおい。
そう言や初めてした時も……
いやいや、考えるな、余計なとこに血が上る。
「こら。ぼーっとするな」
頬に手が当てられ、フロウの方を向かされる。
「しっかり見てろよ、騎士サマ?」
シャツがまくり上げられ、ゆるめられたズボンがずり降ろされて行く。
「腰が……束縛」
よりによって、腰骨の真上にキスされた。
触れた感触が一番、ダイレクトに伝わる場所だ。
「うっくっ」
ちくしょう。されるってわかってんのに、声出ちまった!
「可愛い声出たなあ。もっと聞かせてくれよ」
「っはっ、だ、れ、がっ」
息が弾んでる。顔が熱い。ただキスされてるだけなのに。何でこんなに?
やっぱり俺、変だ。
フロウといると、変になる。
「お? おお? ダイン、もしかして……」
にんまりと、無精ヒゲに縁取られた口元が笑う。
「勃ってる?」
「う、うるせえっ、さっさと続けろっ」
「おーい、そんなねだり方あるかよ」
「ねだってねぇえっ」
「ふん、意地っ張り」
半分閉じた目で睨め付けられる。同時に股間をなでられ、びっくぅうんっと体全体が跳ね上がる。
唇を噛んでどうにか声は殺したが、目の縁に涙がにじんでいた。まずい。気付かれただろうか。
それとなく横目でうかがう。フロウは楽しそうにこっちを眺めていた。
……ばれてる。何も言わないけど、きっちりばれてる。
だがあえて言葉には出さない。にやにやしてるだけだ。するりと手を忍び込ませ、腹をなでて来る。
「きれいに割れてんなあ」
「っは、お前それいつも言うよな?」
すべすべした手が筋肉の流れをなぞり、シャツをまくり上げて行く。
嫌なら振り払えばいい。俺の方が力はあるんだから。なのに何故、動けない?
「腹が回帰」
布が、邪魔だ。俺の体にキスをする、フロウの顔が見えない。だが自分から脱ぐのもシャクに障る。
皮膚の感覚に意識を集中するしかなかった。
「ここ、傷ができてんぞ。また無茶しやがったろ」
癒えたばかりの傷口に唇が触れる。盛り上がった肉を、薄い皮に覆われただけの場所だ。
あまりに強く、執拗に吸われ、うっすら開いた唇の形まで脳裏に描かれる。
「……あ」
一気に背骨から力が抜けた。その間にフロウはにゅうっと伸び上がって胸に顔を押し付けてきた。
「ふはっ、髪の毛、くすぐってぇっ」
「笑うな、狙いが外れる」
「へ?」
押し殺した声が胸元で響き、熱と湿り気を含んだ吐息が胸板をくすぐる。
「ここは……所有」
乳首を吸われた。
ぴりっと細い雷が駆け抜ける。吸われた乳首から体の内側に向って突き刺さる。
声を飲み込んだ直後に、今度は心臓の真上に吸い付かれる。ちゅ、じゅ、じゅうっと唾液を滴らせながら強弱を着け、念入りに吸われた。
も、だめだ。
食いしばった歯の間から零れる息が、音になる。
「は……う、あ、……」
ばらばらの音が連なり、一つの名前を結ぶ。
俺の乳首をしつこく吸い上げてる男。
生まれて初めて肌身を合わせた男。
どうしようもないほど心底、惚れてる男。
「フロウ………っ」
思わずさらさらの髪に指を絡め、くっと掴んでいた。
フロウが顔を離す。
吸われた皮膚が空気にさらせれ、一瞬、ひやりとした。だがすぐに、じわじわと火照り始める。
「ああ、痕、ついちまったなあ……」
「つけたんだろっ!」
「いいじゃねぇか、誰に見せるってもんでもなし?」
何だって、小憎らしい台詞をそんなに色っぽい声で囁くのか、こいつは。ほんの少しかすれて、いつもより、低い。
その声に。潤みを増した瞳に思い知らされる。
性的な事をされてるんだと。しているのだと。耳に。肌に、血に、肉に、骨に、吹きこまれる。
こみ上げる羞恥心と快楽が混じり合う。もうどっちがどっちなのか区別がつかない。むしろ恥ずかしいから、気持ちいいのかとさえ思えてくる。
(ちくしょう、変だ、俺、絶対におかしい!)
ぷちぷちとボタンが外され、シャツの前がはだけられた。
フロウはすっかり俺の腰の上に馬乗りになっていた。むちむちした尻が股間を圧迫してもう気持ちがいいやら、もどかしいやらで、股間が沸騰しそうだ。
いっそこすりつけたい。だが太ももでがっちり挟まれて動けない。
「そら、それほど目立つもんでもないだろ?」
「う?」
指で胸元をつつかれる。濡れた皮膚がうっすら赤くなっていた。今はまだその程度だ。だが知っている。時間とともに濃くなるってことを。
幸い、俺はフロウほど色は白くないし体もやわらかくない。だから奴ほどくっきりとは出ないって……思いたい。
「今は届かないけど、ここは確認、な」
素早くつっこまれた指が、すうっと背中をなで下ろす。完全に不意打ちだった。
「はぁうっ!」
高い声が漏れる。
「お、いい声」
(くそっ、くそっ、くそーっ!)
むず痒い。いたたまれない。焦れったい。恥ずかしい。
これ以上、自分のみっともない声なんか聞きたくない。聞いていられない!
とっさに左に顔を傾け、シャツの襟を噛んだ。
くっとフロウの咽が上下する。
……笑ってやがる。
また、こう言う時に最高にいい顔しやがるんだ、この親父は。
ゆっくりゆっくり手を動かして、右の襟を掴んでる。布が滑り肌をこする。
「ぅ」
蜂蜜色の目が細められる。
ご丁寧に指先で鎖骨をなぞりながら、シャツを肩から外して滑り落とした。
まだ服に覆われた左側と、脱がされた右側。やたらと鋭くなった皮膚の感触が、左右でくっきりと分かたれる。
こいつ、俺が抵抗するなんて考えてもいないんだ。むしろ抵抗したらしたで面白いと思ってる。
そう言う男だ。
「おぉ。片肌脱いだだけってのもいいもんだねぇ。実に色っぽい」
襟を噛んだままぎろりとにらんだ所で、やめる訳がない。肩をなで下ろし、腕をさすりながら袖を抜き取って行く。脱がされた場所をそのまま唇がなぞる。
「指先が賞賛、掌が懇願、手の甲が敬愛」
妙だ。俺がいつもやってる事なのに。何で見ていてこんなにうろたえる。頬の内側が熱くなる。肌にじわっと汗が浮かぶ。
(フロウの目からは、こんな風に見えてたのか)
(うわあ、やっぱ犬っぽい。飼い主の足元に座ってる犬っぽい)
腕がくるりとひっくり返され、手首の内側に唇が乗せられる。
「手首が欲情」
どくっと心臓が強く脈打つ。体の隅々まで、煮え滾った熱い血を押し流す。
「お。いいね、だいぶ雄の匂いが強くなった」
くん、くん、と鼻を鳴らして俺の体を嗅いでる。くすぐったい! とっさに体をよじったが胸に手のひらを当てられ、動きを封じられる。
変だ。
力なんか、ほとんど入ってないのに。何故、逃げられない?
変だ。
俺は、フロウに触られるとおかしくなる。
「腕が恋慕……」
とくん、とまた胸が高鳴る。おなじ心臓なのに。さっきと同じくらい強いのに。ずっと、熱い。
お前、いいのか。意味わかってんのか? 俺に欲情して、恋してるって言ってるんだぞ……そのふっくらしたやらしい唇と、そこから零れる甘い声で。
ついと顎を持ち上げられる。
「ん、で……首筋が執着、喉が欲求」
少し、強く吸われた。いつも俺がやってるから仕返しのつもりか。
(咽にキスされるのって、こんな感じなんだ)
生き物として本能的に危機を覚える。そらせた咽に、他の生き物が口をつけているってことに。
熱くてぷっくりしてぬるぬるした唇から皮一枚隔てた下には、どくどく流れる血が走ってる。切られれば勢い良く吹き出し、死に至る場所。
見えない分、感覚が鋭くなる。生物として本能的に警戒しているのか。少しでも強く感じ取りたいのか。どんな些細な動きも逃さないように。
「おいおい、なぁに固まってんだ? お前さんがいつもやってることじゃないか」
フロウが顔をあげ、伸び上がる。舌で自分の唇をなめ回しながら見おろしてくる。
「その布、よっぽど気に入ったんだな? 俺のキスより、そっちのがいいってか?」
慌ててくわえていたシャツの襟を離す。
「そうだ、それでいい」
屈みこみ、唇が重なる。
ああ。やっと俺からもキスできた。
(同じなんだ。唇を重ねるのも。体を重ねるのも)
(キスは情事の一部だ。けれど同時に、その中に全部が入ってる)
二人分の熱と水を共有し、こすりあって、もっと気持ち良くなる。されるだけじゃ、物足りない。
「これは……どう言う意味なんだ」
「愛情」
もう一回、こっちからしようとしたら逃げられた。代わりに頬でちゅくっと湿ったさえずりが響く。
「頬が親愛」
「親愛」
「ああ、親愛だ」
「……そうか」
束の間、ほろ苦い記憶が胸の奥をよぎる。
遥か東の王都、夕暮れの水辺でそこにキスした娘が居た。俺が初めて恋して、そして、拒まれた相手。
(あれって親愛のキスだったんだな、グレイス)
かりっと軽く鼻を噛まれた。
「うおっ?」
しんみりと過去を振り返ってたらいきなり『現在』に引き戻される。
改めて、噛まれた部分が唇に含まれる。
「ん……」
「ここは愛玩」
気のせいか。唇よりやってる時間が長かったぞおい。
「ここは……」
耳たぶを口に含まれ、ちゅるっと舌で押し出される。ぞわぞわっと小刻みに身を震わせていると、すぐそばで囁かれた。
「誘惑」
「う」
「お、何かここがぴくってなってるぞ、わんこ?」
わざと尻で人の股間をこね回してきやがった。
「う、おお、おう、や、やめろってっ」
「もう少しで終わるから。いい子にしてな?」
「う……わかった」
さんざん煽り立てておきながら、瀬戸際で引き戻す。見えないリードに引っ張られ、生つば飲み込んでこっちは下がるしかない。
結局俺の手綱はこいつが握ってるんだ。いつもいいように引き回される。
「目、閉じろ、ダイン」
「……やだ」
「何で」
何故って? お前がそれを言うか。蜂蜜色の瞳が濡れてつやつや光ってる。息の届く距離から俺を見てる。
俺を。
少なくとも今は、俺だけを。
淡く光る緑のつる草に囲まれて、蜂蜜色の花が咲いている。花びらの中に露をたたえて。
ここで目なんか閉じてられるかってんだ!
「……きれいだな」
「お前さんこそ」
フロウの親指が軽くこすった。俺の左目のすぐ下を。
(ああ)
(だからこんな風に『見えた』のか)
声を抑えた分、熱が内側にこもってたんだな。左の瞳の奥底で、月色の虹が目を覚ましていた。
魔力の流れ、異界との入り口、目に見えないはずの存在を見通す『月虹の瞳』。感情が昂ぶると現われる、この世の一番始まりの神から授かった祝福の印。珍しいがこの世で俺一人が授かった訳じゃない。
だが騎士たる身にはいささか持て余す。父と義母には忌み嫌われ、同僚の中には快く思わない者もいる。
外では押さえる事を覚えたが、今みたいにベッドの中で二人っきりになってる時は別だ。
隠す必要もない。
色の変わった左目を、フロウがうっとりとのぞきこむ。
「きれいだ。たまに、舐めたくなるね」
「やらしい事言うな、お前」
「今更、だろ?」
フロウが笑う。蜜色の目を細めて、口元をゆるめて。気付いてるんだろうか。こいつの感情が動くたびに、体から伸びる実体のない緑のツタを、ぽわぽわと淡い光の粒が駆け抜ける事を。
「目、閉じろよ。本気で舐めちまうぞ」
「……わかった」
素直に閉じる。
フロウが顔を寄せて来る。顔の距離が近い。肩に手がかかり、胸と胸がぴとっと触れ合う。
同じ男なのに。俺の方が厚みがあるくらいなのに。
フロウの胸は気持ちいい。肌が滑らかで、すべすべしていて、適度にふっくらって言うか、しっかりって言うか、とにかく弾力がある。固いだけの自分の胸と違うから、つい触りたくなる。
形も微妙に違うんだよな。乳首を真ん中にしてうっすら盛り上がっていて。手だろうが唇だろうが胸だろうが、触れあった場所を受け止めてくれる。
(もみしだきてぇ。手のひらいっぱいに掴んで……)
目を閉じてるんだから、何を見ようが自由だ。こっそり頭の中で服を脱がせる。
むっちりして触り心地のいい胸の真ん中には、ぽっつり固くなる場所がある。外側は褐色、内側に行くにつれて少しずつ色が薄くなり、真ん中はにごりのないピンク色に染まった場所が。
「ったく、にやけやがって何を想像してるかね、このばかわんこめ」
「うるせえっ」
声が近い。零れる息で睫毛が、前髪が揺れる。
不意にあたたかくて、湿って、張りのあるやわらかな物が触れた。
瞼に。
左の瞼に。
「ここは憧憬……憧れだ」
目を閉じても左目に映る光は消えない。より鮮やかにくっきりと浮かび上がり、包んでくれる。
あったかい。
「ここが、思慕」
髪の毛に顔が埋められる気配がした。そのまま頭が抱き寄せられ、額の真ん中でちゅくっと小さな音がする。
触れたって気付くより前に離れていた。
「額が祝福……な?」
次へ→【28-2】攻守交代★★
フロウと一緒に居ると、変になる。声を聞いただけでそわそわする。姿を見たら触りたくって指がむず痒くなる。
目元とか口元にすっと入った皴が、光の加減で浮かび上がったのが見えただけで心臓がきゅうきゅう締めつけられる。
何かの拍子に肌のゆるんだ喉元とか、筋の浮いた手首が見えりなんかしたら、もう……抑えが利かない。
「お?」
で、そんな時に限って目の前を寝巻き姿でうろちょろしてるもんだからつい、肩の上に手を乗せちまう。
この後一緒のベッドに入るってわかってんのに、触らずにいられない。触ったら触ったで、もっと強く掴みたくなる。
抱きしめたい。
もっと強く。
もっと近くに。
無意識のうちに、丸っこい肩に置いた手の指先に力が入る。
(よせ。全力でつかんだら骨、軋む。下手したら、折れる)
(ああ、だけど……)
このまま手首なり肩なりつかんで押さえ込んだらどうなるんだろう?
知れた事だ。俺の方が背が高いし力も強い。目方もある。一度組み伏せてしまえばこいつは多分、逃げられない。
(って何考えてんだーっ)
ああ、まったくもう……キリが無い。
(変に我慢してるからいけないんだ。そうだ、我慢するな。早いことキスしちまえ!)
「なぁダイン?」
屈みこんでキスの準備にとりかかってた口に、指が一本押し当てられる。骨格はまちがいなく男の手だ。関節がごつごつしてるし、骨そのものは太い。だが表面はやたらとふっくらして、すべすべして、おまけにいい匂いがする。
「キスって、いろんな意味があるって知ってるか?」
虚を付かれてぽかんっと口を開ける。
「え? して気持ちいいからじゃないのか?」
「そりゃまた単刀直入な……まあいいや、ちょっとベッドに座ってみな?」
自分からお預け食らわせといて、その言い草かよ! ったく小憎らしいったらありゃしねぇ。
口をヘの字にひんまげてにらみ付けるが、にやにやするばかりで一向に気にする風もない。
わかってやがるんだ。
一度言えば充分だって
俺が必ず言う事を聞くって! ちくしょう、そういっつもいっつも大人しく従うと思うなよ!
「……早くしろよ。待ちきれねぇだろ?」
ついっと唇をつきだして、拗ねた声出してきた。微妙に上目遣いでこっちを見て、眉をしかめる。寂しげって言うか。不満げって言うか。とにかく、求めてるってのが伝わってくる……痛いくらいに。
「待たせんなよ、ダーイーン?」
ちくしょうっ!
心臓が限界まで縮んで、そこから爆発的にふくらんだ。
ちくしょう。その顔は反則だ。
ブーツを脱ぎ捨てどかっとベッドに座りこみ、枕にもたれかかって足を伸ばす。
「ったく。またロクでもない事企んでるんだろ」
「人聞きの悪い事言うなよ。単なるレクチャーさね」
フロウはほとんど音を立てずにベッドに上がり、するすると足の間に入って来る。
まるで猫だ。
「じゃ、始めるぞ?」
「勝手にしろ」
蜜色の瞳が細められる。目元に寄る細かな皴に、目が吸い寄せられる。触れたい。撫でたい。キスしたい!
だが奴の手が太ももに当てられ、動けなくなる。そのまま指先でなで下ろし、膝の裏をかすめる。奥歯を噛んで腹の底に力を入れた。
「ほんと、妙なとこで行儀いいよな、お前って」
「何……が?」
「ベッドに上がる時は必ず、靴脱いでるだろ?」
「っ!」
ふくらはぎをつかまれ、ぐにっともまれた。思わずすくみあがる。が、かろうじて声は堪えた。
「おお、相変わらずかってぇなあ。それともアレか、おいちゃんに足撫でられて緊張してんのかな、ダインくん?」
「うるさい、さっさとやれ、エロヒゲ」
「へいへい」
足首をなでおろした手は最後に足を包んで持ち上げて。
「まず、崇拝」
「え」
爪先にフロウの唇が、触れる。柔らかいぷにぷにしたものがくっついて、小鳥のさえずりみたいな音がした。
「っっ!」
やばい。
触られた場所から何かこみ上げてきた。小刻みに体が震える。
ってかこれ、見た目がかなりやばい。俺のつま先にフロウがキスしてる姿がものすごくエロい。やってはいけない事をやってる。背徳的だ。目が離せない!
「って……おい、ちょっと待て」
「んん?」
「こないだ、俺に足の指舐めさせたのは、まさか」
「かも、な?」
にんまり笑って今度は足の甲へと顔が滑る。じわじわと近づき、息が肌に触れ、今、唇が触れた。
さっきより強く、深い。ぬるっと湿った内側まで押し付けられてる。
くそ。足が勝手に痙攣しそうだ。
「ここは、隷属。ふくらはぎは服従、腿が支配」
待てこらちょっと待て。そこ、全部この間、お前に言われて俺がなめたとこだよな。しゃぶったとこだよな。
俺はお前を崇拝して隷属させられて服従させられて支配されてるって事かよっ!
勝手に決めやがってこのエロヒゲがーっっ!
(否定できない。何一つ)
顔が、熱い。
そのくせ腹の奥はぶるぶる震えてる。
俺は怒ってるのか。
それともたぎってんのか?
こいつに服従させられて。
今、ことごとく同じ痕跡をキスで辿り、全く逆の立場に自らを置いてるフロウを見て。
ふわふわの亜麻色の髪が足を伝い、登って来る。むっちりしたあったかい体が今にも太ももに触れそうだ。
断続的に聞こえる湿ったさえずりが。押し付けられる柔らかな唇が、燃えたぎる炎にぼんぼんと景気良くたきぎを放り込む。
生殺しもいいとこだ!
たまらず右足を曲げてフロウを受け止め、支える。いっそ自分から触ってしまった方が……楽だ。
「服、邪魔だな」
ぺろりと舌なめずりすると、奴は器用に俺のベルトを外してズボンの留め金も外しちまった。
やけに慣れてるなおい。
そう言や初めてした時も……
いやいや、考えるな、余計なとこに血が上る。
「こら。ぼーっとするな」
頬に手が当てられ、フロウの方を向かされる。
「しっかり見てろよ、騎士サマ?」
シャツがまくり上げられ、ゆるめられたズボンがずり降ろされて行く。
「腰が……束縛」
よりによって、腰骨の真上にキスされた。
触れた感触が一番、ダイレクトに伝わる場所だ。
「うっくっ」
ちくしょう。されるってわかってんのに、声出ちまった!
「可愛い声出たなあ。もっと聞かせてくれよ」
「っはっ、だ、れ、がっ」
息が弾んでる。顔が熱い。ただキスされてるだけなのに。何でこんなに?
やっぱり俺、変だ。
フロウといると、変になる。
「お? おお? ダイン、もしかして……」
にんまりと、無精ヒゲに縁取られた口元が笑う。
「勃ってる?」
「う、うるせえっ、さっさと続けろっ」
「おーい、そんなねだり方あるかよ」
「ねだってねぇえっ」
「ふん、意地っ張り」
半分閉じた目で睨め付けられる。同時に股間をなでられ、びっくぅうんっと体全体が跳ね上がる。
唇を噛んでどうにか声は殺したが、目の縁に涙がにじんでいた。まずい。気付かれただろうか。
それとなく横目でうかがう。フロウは楽しそうにこっちを眺めていた。
……ばれてる。何も言わないけど、きっちりばれてる。
だがあえて言葉には出さない。にやにやしてるだけだ。するりと手を忍び込ませ、腹をなでて来る。
「きれいに割れてんなあ」
「っは、お前それいつも言うよな?」
すべすべした手が筋肉の流れをなぞり、シャツをまくり上げて行く。
嫌なら振り払えばいい。俺の方が力はあるんだから。なのに何故、動けない?
「腹が回帰」
布が、邪魔だ。俺の体にキスをする、フロウの顔が見えない。だが自分から脱ぐのもシャクに障る。
皮膚の感覚に意識を集中するしかなかった。
「ここ、傷ができてんぞ。また無茶しやがったろ」
癒えたばかりの傷口に唇が触れる。盛り上がった肉を、薄い皮に覆われただけの場所だ。
あまりに強く、執拗に吸われ、うっすら開いた唇の形まで脳裏に描かれる。
「……あ」
一気に背骨から力が抜けた。その間にフロウはにゅうっと伸び上がって胸に顔を押し付けてきた。
「ふはっ、髪の毛、くすぐってぇっ」
「笑うな、狙いが外れる」
「へ?」
押し殺した声が胸元で響き、熱と湿り気を含んだ吐息が胸板をくすぐる。
「ここは……所有」
乳首を吸われた。
ぴりっと細い雷が駆け抜ける。吸われた乳首から体の内側に向って突き刺さる。
声を飲み込んだ直後に、今度は心臓の真上に吸い付かれる。ちゅ、じゅ、じゅうっと唾液を滴らせながら強弱を着け、念入りに吸われた。
も、だめだ。
食いしばった歯の間から零れる息が、音になる。
「は……う、あ、……」
ばらばらの音が連なり、一つの名前を結ぶ。
俺の乳首をしつこく吸い上げてる男。
生まれて初めて肌身を合わせた男。
どうしようもないほど心底、惚れてる男。
「フロウ………っ」
思わずさらさらの髪に指を絡め、くっと掴んでいた。
フロウが顔を離す。
吸われた皮膚が空気にさらせれ、一瞬、ひやりとした。だがすぐに、じわじわと火照り始める。
「ああ、痕、ついちまったなあ……」
「つけたんだろっ!」
「いいじゃねぇか、誰に見せるってもんでもなし?」
何だって、小憎らしい台詞をそんなに色っぽい声で囁くのか、こいつは。ほんの少しかすれて、いつもより、低い。
その声に。潤みを増した瞳に思い知らされる。
性的な事をされてるんだと。しているのだと。耳に。肌に、血に、肉に、骨に、吹きこまれる。
こみ上げる羞恥心と快楽が混じり合う。もうどっちがどっちなのか区別がつかない。むしろ恥ずかしいから、気持ちいいのかとさえ思えてくる。
(ちくしょう、変だ、俺、絶対におかしい!)
ぷちぷちとボタンが外され、シャツの前がはだけられた。
フロウはすっかり俺の腰の上に馬乗りになっていた。むちむちした尻が股間を圧迫してもう気持ちがいいやら、もどかしいやらで、股間が沸騰しそうだ。
いっそこすりつけたい。だが太ももでがっちり挟まれて動けない。
「そら、それほど目立つもんでもないだろ?」
「う?」
指で胸元をつつかれる。濡れた皮膚がうっすら赤くなっていた。今はまだその程度だ。だが知っている。時間とともに濃くなるってことを。
幸い、俺はフロウほど色は白くないし体もやわらかくない。だから奴ほどくっきりとは出ないって……思いたい。
「今は届かないけど、ここは確認、な」
素早くつっこまれた指が、すうっと背中をなで下ろす。完全に不意打ちだった。
「はぁうっ!」
高い声が漏れる。
「お、いい声」
(くそっ、くそっ、くそーっ!)
むず痒い。いたたまれない。焦れったい。恥ずかしい。
これ以上、自分のみっともない声なんか聞きたくない。聞いていられない!
とっさに左に顔を傾け、シャツの襟を噛んだ。
くっとフロウの咽が上下する。
……笑ってやがる。
また、こう言う時に最高にいい顔しやがるんだ、この親父は。
ゆっくりゆっくり手を動かして、右の襟を掴んでる。布が滑り肌をこする。
「ぅ」
蜂蜜色の目が細められる。
ご丁寧に指先で鎖骨をなぞりながら、シャツを肩から外して滑り落とした。
まだ服に覆われた左側と、脱がされた右側。やたらと鋭くなった皮膚の感触が、左右でくっきりと分かたれる。
こいつ、俺が抵抗するなんて考えてもいないんだ。むしろ抵抗したらしたで面白いと思ってる。
そう言う男だ。
「おぉ。片肌脱いだだけってのもいいもんだねぇ。実に色っぽい」
襟を噛んだままぎろりとにらんだ所で、やめる訳がない。肩をなで下ろし、腕をさすりながら袖を抜き取って行く。脱がされた場所をそのまま唇がなぞる。
「指先が賞賛、掌が懇願、手の甲が敬愛」
妙だ。俺がいつもやってる事なのに。何で見ていてこんなにうろたえる。頬の内側が熱くなる。肌にじわっと汗が浮かぶ。
(フロウの目からは、こんな風に見えてたのか)
(うわあ、やっぱ犬っぽい。飼い主の足元に座ってる犬っぽい)
腕がくるりとひっくり返され、手首の内側に唇が乗せられる。
「手首が欲情」
どくっと心臓が強く脈打つ。体の隅々まで、煮え滾った熱い血を押し流す。
「お。いいね、だいぶ雄の匂いが強くなった」
くん、くん、と鼻を鳴らして俺の体を嗅いでる。くすぐったい! とっさに体をよじったが胸に手のひらを当てられ、動きを封じられる。
変だ。
力なんか、ほとんど入ってないのに。何故、逃げられない?
変だ。
俺は、フロウに触られるとおかしくなる。
「腕が恋慕……」
とくん、とまた胸が高鳴る。おなじ心臓なのに。さっきと同じくらい強いのに。ずっと、熱い。
お前、いいのか。意味わかってんのか? 俺に欲情して、恋してるって言ってるんだぞ……そのふっくらしたやらしい唇と、そこから零れる甘い声で。
ついと顎を持ち上げられる。
「ん、で……首筋が執着、喉が欲求」
少し、強く吸われた。いつも俺がやってるから仕返しのつもりか。
(咽にキスされるのって、こんな感じなんだ)
生き物として本能的に危機を覚える。そらせた咽に、他の生き物が口をつけているってことに。
熱くてぷっくりしてぬるぬるした唇から皮一枚隔てた下には、どくどく流れる血が走ってる。切られれば勢い良く吹き出し、死に至る場所。
見えない分、感覚が鋭くなる。生物として本能的に警戒しているのか。少しでも強く感じ取りたいのか。どんな些細な動きも逃さないように。
「おいおい、なぁに固まってんだ? お前さんがいつもやってることじゃないか」
フロウが顔をあげ、伸び上がる。舌で自分の唇をなめ回しながら見おろしてくる。
「その布、よっぽど気に入ったんだな? 俺のキスより、そっちのがいいってか?」
慌ててくわえていたシャツの襟を離す。
「そうだ、それでいい」
屈みこみ、唇が重なる。
ああ。やっと俺からもキスできた。
(同じなんだ。唇を重ねるのも。体を重ねるのも)
(キスは情事の一部だ。けれど同時に、その中に全部が入ってる)
二人分の熱と水を共有し、こすりあって、もっと気持ち良くなる。されるだけじゃ、物足りない。
「これは……どう言う意味なんだ」
「愛情」
もう一回、こっちからしようとしたら逃げられた。代わりに頬でちゅくっと湿ったさえずりが響く。
「頬が親愛」
「親愛」
「ああ、親愛だ」
「……そうか」
束の間、ほろ苦い記憶が胸の奥をよぎる。
遥か東の王都、夕暮れの水辺でそこにキスした娘が居た。俺が初めて恋して、そして、拒まれた相手。
(あれって親愛のキスだったんだな、グレイス)
かりっと軽く鼻を噛まれた。
「うおっ?」
しんみりと過去を振り返ってたらいきなり『現在』に引き戻される。
改めて、噛まれた部分が唇に含まれる。
「ん……」
「ここは愛玩」
気のせいか。唇よりやってる時間が長かったぞおい。
「ここは……」
耳たぶを口に含まれ、ちゅるっと舌で押し出される。ぞわぞわっと小刻みに身を震わせていると、すぐそばで囁かれた。
「誘惑」
「う」
「お、何かここがぴくってなってるぞ、わんこ?」
わざと尻で人の股間をこね回してきやがった。
「う、おお、おう、や、やめろってっ」
「もう少しで終わるから。いい子にしてな?」
「う……わかった」
さんざん煽り立てておきながら、瀬戸際で引き戻す。見えないリードに引っ張られ、生つば飲み込んでこっちは下がるしかない。
結局俺の手綱はこいつが握ってるんだ。いつもいいように引き回される。
「目、閉じろ、ダイン」
「……やだ」
「何で」
何故って? お前がそれを言うか。蜂蜜色の瞳が濡れてつやつや光ってる。息の届く距離から俺を見てる。
俺を。
少なくとも今は、俺だけを。
淡く光る緑のつる草に囲まれて、蜂蜜色の花が咲いている。花びらの中に露をたたえて。
ここで目なんか閉じてられるかってんだ!
「……きれいだな」
「お前さんこそ」
フロウの親指が軽くこすった。俺の左目のすぐ下を。
(ああ)
(だからこんな風に『見えた』のか)
声を抑えた分、熱が内側にこもってたんだな。左の瞳の奥底で、月色の虹が目を覚ましていた。
魔力の流れ、異界との入り口、目に見えないはずの存在を見通す『月虹の瞳』。感情が昂ぶると現われる、この世の一番始まりの神から授かった祝福の印。珍しいがこの世で俺一人が授かった訳じゃない。
だが騎士たる身にはいささか持て余す。父と義母には忌み嫌われ、同僚の中には快く思わない者もいる。
外では押さえる事を覚えたが、今みたいにベッドの中で二人っきりになってる時は別だ。
隠す必要もない。
色の変わった左目を、フロウがうっとりとのぞきこむ。
「きれいだ。たまに、舐めたくなるね」
「やらしい事言うな、お前」
「今更、だろ?」
フロウが笑う。蜜色の目を細めて、口元をゆるめて。気付いてるんだろうか。こいつの感情が動くたびに、体から伸びる実体のない緑のツタを、ぽわぽわと淡い光の粒が駆け抜ける事を。
「目、閉じろよ。本気で舐めちまうぞ」
「……わかった」
素直に閉じる。
フロウが顔を寄せて来る。顔の距離が近い。肩に手がかかり、胸と胸がぴとっと触れ合う。
同じ男なのに。俺の方が厚みがあるくらいなのに。
フロウの胸は気持ちいい。肌が滑らかで、すべすべしていて、適度にふっくらって言うか、しっかりって言うか、とにかく弾力がある。固いだけの自分の胸と違うから、つい触りたくなる。
形も微妙に違うんだよな。乳首を真ん中にしてうっすら盛り上がっていて。手だろうが唇だろうが胸だろうが、触れあった場所を受け止めてくれる。
(もみしだきてぇ。手のひらいっぱいに掴んで……)
目を閉じてるんだから、何を見ようが自由だ。こっそり頭の中で服を脱がせる。
むっちりして触り心地のいい胸の真ん中には、ぽっつり固くなる場所がある。外側は褐色、内側に行くにつれて少しずつ色が薄くなり、真ん中はにごりのないピンク色に染まった場所が。
「ったく、にやけやがって何を想像してるかね、このばかわんこめ」
「うるせえっ」
声が近い。零れる息で睫毛が、前髪が揺れる。
不意にあたたかくて、湿って、張りのあるやわらかな物が触れた。
瞼に。
左の瞼に。
「ここは憧憬……憧れだ」
目を閉じても左目に映る光は消えない。より鮮やかにくっきりと浮かび上がり、包んでくれる。
あったかい。
「ここが、思慕」
髪の毛に顔が埋められる気配がした。そのまま頭が抱き寄せられ、額の真ん中でちゅくっと小さな音がする。
触れたって気付くより前に離れていた。
「額が祝福……な?」
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