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とりねこの小枝

【28-2】攻守交代★★

2013/03/09 22:18 騎士と魔法使いの話十海
 
 わんこ騎士は俺に言われるまま、おとなしくしてる。お陰でこっちはやりたい放題だ。
 挨拶のキスなら今までダインは何度もしてきたろうし、何度も受けてきただろう。
 祝福のキスにしたってそうだ。
 いっとき、悪意と害意の中で暮らさざるを得なかった時期もあるが、少なくとも話を聞く限りじゃ、子供時代のこいつは家族から愛されている。おそらく使用人たちからも慕われていた。
 だからこそ、ここまで真っ直ぐに育ったんだろう。
 他人のために身を挺する事を厭わないのは、自分がそうやって大事にされてきた事を知ってるからだ。

 だが、性愛のキスを交わしたのは、俺だけ。
 初恋の相手にしたって頬止まりだったしな。
 別れ際に受けた口付けにどんな意味が込められてたのか、改めてわかったんだろう。少しばかり残念そうな面してやがったから、ちょっぴりシャクに障ってつい、歯を立てちまった。
(ったく、大人げねぇ)
 こいつといると、どうにもこう、調子が狂う。照れ隠しにぐしゃぐしゃと、抱き寄せた髪の毛をかき回してやった。
 こしがあって、太くて、硬い。そのくせくるっと巻いてるから、全体的にふかふかして触り心地は悪くない。
 
「何、してる」
「撫でてる」
「くすぐってぇ……」

 夢でも見ているような、とろっとした目でこっちを見てる。いじり回した髪の毛が鳥の巣みたいにふくらんで、顔の周りで飛び跳ねている。色っぽいと言うにはほど遠い。遊び回った子供みたいな有り様だ。
 よほどうっとりしてるのか、左目をちろちろと月色の虹がかすめる。

「これで22ヶ所だ。どうよ、全部覚えたか?」

 不意に虹色の煌めきが広がり、左目全部を覆い尽くす。

「わかった」

 二の腕を掴まれる。がっしりした手のひらは火照り、熱い。
 うっかりしてた。
 子犬が雄に化けていた。

「おうっ?」

 太いたくましい腕が背中に巻き付き、抱き寄せられる。有無を言わせぬ動きだ。
 そのくせに、痛みは感じさせない。本能なのか、それとも自分の馬鹿力を自覚した上での気遣いなのか。
 張りつめた筋肉の上、ぶつかる体が軽く弾む。
(ああ、まったく、相変わらずいい体してやがるよこいつ)
 ぶっとい骨の上にきれいに筋肉が乗っていて、流れも厚みも自然で見ていて気持ちいい。
 無理して鍛えたんじゃない。重たい武器を振るい、力仕事に精を出し、でっかい馬を乗りこなしてる内に自然と作られた体だ。
 陽に焼けて、所々に古傷が残っちゃいるが取り繕おうとも隠そうともしない。裸を人に見られて、触られてどう思われるのかなんて、欠片ほども考えちゃいないんだ。
 それがそれでまた、そそる。
 大きな体の、素直な生き物に引っ付くのは気持ちがいい。包み込まれると安心する。支えられてる。守られてるって感じがする。
 あったかい。
 
「あ、こら何する」
「じっとしてろ、フロウ」

 もさもさの癖っ毛頭がひっついて来た。毛先があたってこそばゆい。身をよじる暇もあらばこそ、咽に唇が当てられ、すう……と。息をするついでのように軽く吸われた。

「はっ、んっ、んぅっ」

 ご丁寧に口の中に含んだ肌をちろちろと舌先で舐めてる。
 こいつ、さっき俺がやったことをそっくり返して来た!
 じゅる、と喉元で唾液をすする音がする。直に肌を通して伝わってくる。

「ダインっ」
「ん……」
「はっ、あっ」

 歯、当てて来やがった。
(こいつめ、痕なんかつけてみろ、承知しないからな?)
 ぞわぁっと皮膚に粟粒が浮き、手足が小刻みに震える。
 あ、だめだ。気持ちいい。
 もっと、強いのが、欲しい。
(ちくしょう、やっぱり変だ。たかだかキス一つで!)

「どうしたい。今日のわんこは欲求不満かい?」

 震えながらもどうにか笑い返し、喉に吸い付いたダインの頭を抱える。背中に回された腕に力が入る。
 あ、来るな。
 思った瞬間、ぐるっと視界が回り、逆に押し倒されていた。
 背中がベッドに押し付けられ、支柱が軋む。
 見慣れた天井を背に、ダインがのしかかって来る。左の瞳を月色の虹に染めて、一心不乱に俺を見つめて。
 目も頬もつやつやさせて。肌から、口から、鼻から湿った熱を吐き出して……にじむ汗からも、吹きつけられる息からも、濃密な雄の匂いがした。
 こいつ、欲情してる。
 誰に?

「お前にキスされて、欲情しない訳ないだろ」

 俺に、だ。
 自分の半分しか年のいってない若造。男前で、体格もいい。剣の腕も立つし馬術もなかなかのもんだ。
 本来ならお姫さまや貴婦人にかしずいてるはずの男が今、俺の腕の中にいる。
 見えない首輪につながった、見えない鎖の操るままに素直に動き、飛び跳ね、這いつくばる。
 ちらりと考えるだけでもう、背骨の内側から蕩けそうなくらい甘美で、御しがたい疼きがこみ上げる。

「ここは……何だったかな」

 太い親指で唇をなぞられる。その頑丈さに反して羽毛でくすぐるみたいな手つきで。
 覚えているのに、あえてとぼけてるな、この犬っころめ。

「全部、復習するから覚悟しろ」

 やばいな。俺も大概にイカれてるのかも知れない。
 童貞捨てて一年にも満たないような、青臭い若造相手に。

「痕、つけんなよ?」
「見える場所にはな」
「……こいつ」

 ごつごつした手のひらが頬を包む。目を閉じて、降りてくる唇を受け入れた。

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