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とりねこの小枝

【27-5】いざ混浴

2013/02/14 14:09 騎士と魔法使いの話十海
 
 一瞬、エミルは何が起きたのか理解できなかった。
 手が。
 今の今まで大人しく髪の毛を梳かれるまま身をまかせていたシャルの手が、しっかりと自分の手を押さえていたからだ。
 しまった。
 しつこくしすぎたか。
 それとも、あれか。やましい気持ちが伝わっちゃったんだろうか?
 海色の瞳がびくびく縮み上がるエミルを見上げ、花びらのような唇が動く。

「一緒に入ろう?」
「えっ」

 エミルの時間が凍りついた。
 今、何て言った?
 一緒に、入ろう?
 どこに?
 風呂に!?

「ちっちゃい頃はよく一緒に入ったじゃない」

 騎士団随一の強弓を引くシャルの手は、その滑らかで白い肌とは裏腹に、強い。柳の若木のようにしなやかに巻き付いたら最後、容易なことでは振り払えない。それでいて決して、こちらに痛みも窮屈さも感じさせないのだ。
 もっとも仮に多少痛みを感じた所で、エミリオはそれを苦痛とは思いもしないだろうが……
 くい、とシャルはエミルの手を引いた。
 まちがいない。
 今。
 ここで。
 一緒に風呂に入ろうと誘っているのだ。
 幼い日々のように。
(あの頃はよかったよなー裸で平気で川で水遊びしてたし……)
 甘い記憶をたどりつつ、エミルはしとろもどろに答える。
 今の自分は大人だ。
 そして、はっきりとシャルへの気持ちを自覚している。

「そ、そうだな、でも今はでっかくなっちゃったから、さすがにちょっと狭いんじゃないかなっ」
「大丈夫。ぴったりくっついてれば入れるよ」

『俺の女神』のほほ笑みに、エミリオが逆らえるはずもない。
 すたすたと脱衣所に歩いて行き、潔く服を脱ぐ。
 ばばっと盛大に布を翻し、潔く全裸になるエミルの姿にシャルはうっとりと見蕩れていた。
 日々畑仕事に明け暮れ、山野を歩き回って野草薬草を採取して回る。日常的に体を動かす事で作られたエミリオの筋肉は、自然で、実用的で、無駄が無い。
 身につけていたものを全て取り去ると、エミルはややぎこちない動きで浴槽に歩み寄る。シャルは手を伸ばして彼を迎え入れた。

 ざ……。
 お湯があふれ、薔薇の花びらが流れ落ちる中、二人はどうやって入るか、ほんの少し迷った。
 同じ方向を向いて前後……いや、これでは顔が見えない。
 箱に入った子猫のように横に並ぶか?
 いや。
 もっと、しっくり落ち着くやり方がある。
 エミルとシャルは向い合って浴槽に身を沈めた。
 真昼の光の中、薔薇の香りと蒸気が満ちた浴室で、始めのうちこそちら、ちら、と互いに遠慮がちな視線を向ける。
 最初にためらいを捨てたのはシャルだった。

「いいなあ、エミルは、ムキムキで……」

 指先が筋肉の流れをたどる。肩から二の腕、そして手首へ。
 触れるか触れないかの距離を保ちながら。
 エミルは頬を染め、首をすくめた。

「くすぐったいよ、シャル」
「ごめん。前にロブ隊長の筋肉、うっかりさわって怒られたから、つい」

 なるほど、それでいつになく遠慮していたのか……
 納得しかけて、ふと重大な事実に気付く。

「ロブ隊長の筋肉、触ったのか!」
「うん、ダイン先輩はけっこう自由に触らせてくれるからつい、いつもの癖で」

 この瞬間、エミルの脳内にはあらぬ光景がぶわっと渦を巻いていた。

『ダイン先輩、触っていいですか?』
『おう、いいぞ。遠慮なく触れ』
『わあ、すごいなあ。ばいーんって張ってる……』

『ロブ隊長の胸筋ってきれいですね、バランスとれてて』
『ええい、触るなくすぐったい!』

(俺のシャルが俺のシャルが俺のシャルが、ダイン先輩とロブ隊長の筋肉触ってるーっ)
(しかも、いつも! つい、いつもの癖で!)

 エミルはためらいを捨てた。
 シャルの手を取り、ずいっと自分の胸に押し当てる。

「エミル?」
「その……あれだ。好きなだけ触っていいぞ!」

 ぱあっとシャルの顔にほほ笑みが花開く。薔薇の花びらのようにうっすらと頬を染めて。

「ありがとう、エミル! うれしいな!」

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