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とりねこの小枝

【27-6】そして自爆★

2013/02/14 14:10 騎士と魔法使いの話十海
 
 かくて風呂桶の中でぴったり向かい合ってくっついて、シャルに筋肉を触られまくると言う状況に陥った。
 うかつにも自らの招いたこの惨状に、エミルは必死で耐えた
 シャルの指が。手のひらが。胸を撫で回し、肩をさすり、あまつさえ抱きついて、背筋に沿ってなで下ろしている!
 しかも頬を赤らめ、目を潤ませ、呼吸を弾ませながら。時折、辛抱たまらずと言った風情で『ふっ』と呼気が強くなり、首筋に当たるのがまた、たまらない。
 
(うおおおおう、変な声出るぅっ)

 エミルは耐えた。
 身震いすることすらできず、鼻息を荒くするのもためらわれる。
 
(ああ女神さま。俺は今、とっても幸せです。先輩や隊長に嫉妬してた己がちっぽけに見えるくらいです)
(でも女神さま。これはある意味試練です! 苦行です!)

 エミルは今、己の中にこみ上げる情欲と必死になって戦っていた。懸命に女神に祈りを捧げつつ、今、この場で押し倒したい衝動をどうにかねじ伏せていた。

「何て頑丈な足腰なんだろう。やっぱり骨盤の作りからして違うのかな」

(ぬおおお、やばい、やばいって、シャル。そこはもう腰じゃないから。尻だから!)

 滾る血潮が吠える。
 耳の奥で。喉元で。心臓の周辺で。
 ちょっと気を抜けば即座に股間になだれ込み、戦の雄叫びを上げてしまう。
 だが、断じて今、それを許す訳には行かないのだ。
 自ら立てた誓いにかけて。

 シャルダンは果樹と狩猟の守護者、女神ユグドヴィーネの神子である。
 神事の際には女神と一体となり、直にその言葉を告げる役目を担っている。
 そんな彼が女神以外の存在と『一つになる』には、神前にて誓いを立て、女神に許しを願わなければいけない。
 要するに、一般で言うところの「婚姻の儀式」である。
 もしも誓いの儀式なしに事に及べば、たちどころに神罰が下る。
 ユグドヴィーネは恋多き女神であると同時に、とても嫉妬深い女神でもあるのだ。
 
 ならば、ためらわずにとっとと儀式を済ませてしまえば良いのだが……。
 昨年の秋。
 新任の従騎士としてアインヘイルダールにやってきたシャルと、非番の週だけではあったが、この家で共に暮らし始めたあの日。

『シャル。聞いて欲しい事がある』
『エミルの言う事なら何でも聞くよ?』
(何でも! 俺の言う事なら何でもーっ……いや違う、今はそんなことしてる場合じゃない)

 エミルは心を決めて、シャルに自らの気持ちを打ち明けた。

『上級術師になったら、術師は特別な名前を得るんだ。それは術師自身を現す言霊であり、同時に支配するための呪文ともなる。だけど必ず、誰かに教えなくちゃいけない。そうしなければ上級術師としての力を発揮することができないんだ』

 シャルは深い海にも似た静かな。しかし奥底に激しいうねりを秘めた眼差しで見つめていた。
 エミルの些細な言葉も聞き逃すまいと、表情の変化も見逃すまいと。
 エミルの心臓の鼓動は否応にも高鳴り、今にも胸を突き破って飛び出しそうだった。ごくりと咽を鳴らすと、エミルはずっと胸に秘めた言葉を告げた。

『俺が上級術師になったら、俺の魔名を受け取って欲しい』
『それって……』
『シャル以外には考えられない』

 魔法学院で学ぶために故郷の村を出て、シャルと離れた年月が彼に知らしめていた。
 幼なじみで、親友で、神事のパートナー。それだけでは足りない。もっと強く結びつきたい。できるものなら一分一秒だって離れたくないと。

『俺の、生涯の伴侶になって欲しいんだ』

 エミルの瞳をじっと見つめて、最後まで聞き終えると、シャルは目を伏せた。
 そして眉をしかめてそっぽを向き、ほんの少し悔しそうに口をとがらせたのだ。

『参ったな。先に言われちゃった』
『え?』
『同じ事言おうとしてたんだ』

 改めて正面から向き合うと、シャルは迷いのない口調で告げた。

『一人前の騎士になったら……エミル、私の嫁になって欲しい』

 俺が嫁か、とか突っ込む以前にシャルの手を握って答えていた。

『嬉しいよシャル!』

 シャルダン、はほほ笑んでエミルと目を見交わし、握り合った手にキスをした。

 かくのごとくこの二人、とっくに将来を誓い合ってはいるのだが、式は未だ挙げていない。
 要するに、婚約中なのである。

 かような婚姻の組み合わせは、この国では決して多数派ではないが、珍しい事でもない。
 結婚式の時に片方が『夫』、片方が『妻』の役割を果たしていれば同性でも結婚は認められるのだ。
 極端な話、儀礼上一人が花嫁衣装を着て、一人が花婿衣装を着ていれば男同士だろうが女同士だろうがまったく問題はない。さらに魔法の助けを借りて同性間で子を成す方法もあるし、養子を迎えると言う選択肢もある。
 シャルダンとエミリオの場合は、既にシャルダンが『女神の神子』と言う女性的な役割を担っているので、問題無いのだった。

 しかしながら、エミルとシャルは未だに唇を重ねる事にすら至っていなかった。
 主にエミルの自制によって。
 一度やっちゃったらその場で抑えが利かなくなると、自覚していればこそ。

 だが、シャルは正直ちょっと不満だった。

(将来を誓い合った仲なのに、キスもさせてくれないなんて!)
(ダイン先輩はあんなにフロウさんと仲むつまじくしてるのに……)

 この瞬間、薔薇の香気にあてられたかはたまた湯気でのぼせたか。シャルの頭の中に、ちかっと閃光が散った。

(エミルは真面目だから……ここは私がリードをとらないと!)
(ロブ隊長も言ってた。迷わず、積極的に攻めろって!)

 シャルダン・エルダレントはとても真面目で、素直な青年だった。
 万事において、いつでも、どこでも。
 そして一度決めると、決して後へは退かないのだ。

「エミル」
「え、何、どうした?」

 戸惑うエミルの頬を手のひらでつつみ、くいっとひっぱって引き寄せる。
 それでも足りぬと自ら伸び上がった。二人の顔の距離が近づく。ぽかーんと開けたエミルの唇を、熱く熟れ溶けたシャルの唇が覆う。

「ん……」
「んんっ」

 エミリオは褐色の瞳を見開いたまま、至近距離に迫ったシャルの目を見つめていた。
 うっとりと閉じられ、瞼を縁取るふさふさした睫毛の一本一本まで数えられそうだ。
 唇に触れる、この柔らかくってそれでいてぷにっとして張りがあって、あったかくて潤ってるものは何だ。
 決まってる。
 シャルの唇だ。
(お、お、俺のシャルが、俺のシャルが、俺のシャルが、俺にキスしてるーーーーーーーーっ!)
 しかも恥じらってる。
 自分からキスしていながら、恥ずかしがってる。手なんかぶるぶる震えちゃってる!
 思わず口に、咽に力が入り、きゅっと吸っていた。
「んふぅっ」
 口内に響く甘い喘ぎを聞いた瞬間、エミルの意識は爆発四散し……。

「ああっ、エミル、エミル、しっかりしてーっ」

 一気に飲み込まれた。
 渦巻く薔薇の香りと湯気と、熱気の中へ。

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