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とりねこの小枝

【23-3】白馬救出作戦2

2012/11/16 3:52 騎士と魔法使いの話十海
 
「見えた!」

 目を閉じたままニコラが顔をあげる。水の小妖精キアラは液状に変化して扉のすき間から入り込み、今しも隠れ家の内部で実体化したところ。

「よーし、その調子だ。ブローチに焦点を合わせて、キアラの視覚と同調しろ」

 フロウの言葉にうなずき、言われるまま胸元の琥珀のブローチに手を当てる。

『キアラ、中を見て』
『キアラ、中を見る!』

 どことなく水の膜を通していたようなぼやけた視界にくんっと焦点が合い、はっきりと見えた。
 自分が小さく縮んで床の上に立っているような感覚。キアラの視覚だ。ぐるりと周りを見回した。

「馬泥棒は、全部で5人……」

 ちゃりん、と金属の鳴る音がする。振り返ると、奥の馬房からもう1人出て来た所だった。間仕切りを閉めた時、耳に下がった金色の円環形の耳飾りが揺れて、ちりんっと鳴る。
 人間の耳には恐らく聞こえない。キアラの聴覚だから聞き取れるほどの微かな音。

「ううん、6人居る。奥が馬房になってて、馬が三頭。一頭はあの白馬ちゃんね。あ、ちょっと待って」

 しばらく集中してから、ニコラは言葉を続けた。

「さっき、家の壁が、がばあって開いたでしょ? 今は内側からかんぬきがかかってるけど、あれ外したら、外側からも開けられるんじゃないかな」
「なるほど、その方が視線が通るな」

 レイラはシャルとフロウに視線を向けた。

「射手と術師がいるのだ、遠距離攻撃は我々に利がある」
「やれるか、ニコラ?」

 師匠の言葉に、ニコラは目を閉じたままにかっと笑った。

「任せて!」
 
     ※
 
 小妖精キアラは水たまりと化して、じっと床に潜んだ。馬泥棒たちは、互いに傷の手当てに忙しいようだった。

「くそっ、あの白馬め、とんだ跳ねっ返りだ、ばくばく噛みやがって!」
「こっちはもうちょっとで蹴られる所だったぞ」
「さっさと売り払うに限るな」
「ああ、見た目は小奇麗だからな。いい値がつくだろうよ。その後のことは……」

 馬泥棒たちは黄ばんだ歯をむき出し、にしししっと笑いあった。

「知ったことか!」

 何となく自分が話題に出ているとわかったのだろう。白馬がぶるるるるっと不満げに鼻を鳴らし、がつがつと地面を蹄で穿つ。
 馬泥棒たちはびくうっとすくみ上がって白馬の方をうかがった。完全に怯えてる。

(チャーンス! キアラ、行って!)

 キアラはしゅるっと伸び上がるとかんぬきの近くで実体化し、両手で掴んだ。

『うーん』

 ぱたぱたと羽根をはばたかせて引っ張る。
 幸い、素早く開閉できるように馬泥棒たちはかんぬきの手入れを怠らず、きちんと油もさしてあった。
 音も無く金具の中で横棒が滑る。両開きの扉を繋ぎ止める仕掛けはもう効かない。

「OK! キアラ、戻って!」

 しゅわわっと液体に戻るとキアラは扉のすき間から外に流れ出した。

     ※

「よし、それじゃ全員集まれ」

 フロウは手首に巻いた腕輪に手を触れて、位置を確かめた。上着の内側に仕込んであった投げ矢の数を確認し、改めてベルトに挿し直す。これを使う羽目に陥らないのがベストだが、備えておくに越した事はない。
 杖を構えるニコラに弓矢を手にしたシャルダン、それぞれ剣の柄に手をかけたダインと二の姫を見回した。
 
「ぴゃっ」
『きゃ』

 使い魔二体もやる気満々、こいつらに限って言えば必ずしもこれからかける呪文は必要ないのだが……そこはまあ、気分の問題。士気を高めて損はあるまい。
 左手を掲げ、フロウはいつもよりやや声を落として唱えた。

『混沌より出し黒、花と草木の守護者マギアユグドよ。芽吹き茂り花開く、汝の活きる力もてこの者たちに祝福を……』

 しっぽをつぴーんと立てて羽根を震わせ、ちびが復唱する。

『祝福を……ぴゃあ!』
 
 詠唱が終わると同時に、ダインたちはほわっと自分の体内を巡る力が一段と活性化するのを感じた。

「ひゃ」

 ニコラが首をすくめている。慣れない感触に戸惑ったのだろう。

「戦闘前の祝福って、ただのお祈りじゃないのね」
「ああ、活力を付与して、戦う力を高めてるんだ」

 祈る神は違えどこれは騎士としての経験が役に立ったのか、珍しくダインが解説する。

「速い者はより速く。強い者はより強く動けるように、な」
「……なんか納得が行かない」
「は?」
「ダインに説明されるとなーんか今一、信用できないのよね」
「あのなぁ」

 ぐんにゃりと口をひんまげるダインを尻目に、フロウがにんまり笑った。

「安心しな、今回はこいつも正しいこと言ってるから」
「はーい」
「露骨に反応違うなおいっ」
「ディーンドルフ。騒ぐな。敵に気付かれる」
「……はっ」

 二の姫にたしなめられ、ダインはしぶしぶ口をつぐみ、剣を抜いた。対してレイラのレイピアは鞘に収められたまま。だがどちらも戦闘準備の態勢に変わりは無い。扱う武器も、得意とする剣技も違うのだ。

「さて、成り行きだが一緒に仕事することになったわけだねぇ……お手並み拝見といこうかね、騎士サマ?」
「任せろ!」

 蜜色の瞳に軽く笑みかけられただけで、わんこ騎士はやる気倍増。むしろ呪文よりこの一言だけで充分なんじゃなかろうかと言う勢いだ。

「では師匠、シャルダン、妹をお願いします」
「了解!」
「そっちも気を付けてな」
「姉さま、がんばって」

 ひそっと囁くニコラの声に顔がゆるんだがそれも一瞬。きりりと表情を引き締めて頷くと、レイラは改めてダインに向き直った。

「行くぞ、ディーンドルフ」
「御意」

 がつんっと黒が蹄で地面を叩く。俺だってやれる、と言いたげに。ニコラは伸び上がってそっと逞しい首を撫でた。

「あなたはここで待機ね? 黒ちゃん」

 小さなレディに言われてはいたしかたない。黒毛の軍馬はしぶしぶ大人しくなった。
 一方で二人の騎士は通りを横切り、木戸を潜り、静かに馬泥棒の隠れ家に近づいて行く。壁を装った隠し扉の前に立つとうなずきあい、身構えた。

「西道守護の名において、ここを開けろ!」

 レイラの声がりん、と響く。同時にダインが足をあげ、力いっぱい『壁』を蹴り着ける。狙いたがわず、ばーんっと隠し扉は全開、薄暗い隠れ家にさーっと日の光がさし込む。

「うわあ!」
「何で、お前らそこからっ!」

 来るはずのない所から敵が来た。その上眩しさに目がくらみ、馬泥棒たちは大混乱。右に左に逃げ惑う。
 だがいち早く一人の男が気を取り直した。海賊さながらに三角帽子を斜めに被り、この暑い中、黒い革のジャケットを羽織った男だ。

「慌てるな、騎士ったってたったの二人じゃねーか、しかも一人は女だ!」

 怒鳴りつけられ一味ははっと我に返る。

「お、おう」
「返り討ちにしてやりゃ、箔がつくってもんだぜ、おりゃあっ」

 手に手に抜き身の剣だの片刃の小剣を引っさげて、押っ取り刀で飛び出した。
 対するダインとレイラは見交わすや、さっと左右に別れて後ろに下がる。

「ははっ、見ろ、ビビってやがるぜ」
「逃がすかぁ!」

 調子に乗って馬泥棒一味は、へらへら笑いながら隠れ家から飛び出した。しかし、それは全て計算の上での行動。射線を確保するためだったのだ。
 二人の騎士が動いた瞬間から、既に四の姫ニコラは詠唱に入っていた。使い魔キアラも水のせせらぎに似た声を震わせ、後に続く。

『水よ集え 凍てつき鋭き針と成り 我が敵を貫き通せ!』
『つらぬきとおせ!』

 さらにもう一体、ぴゃあぴゃあした声が唱和する。

『貫き通せ、ぴゃあ!』

 金髪の少女の肩の上、黒と褐色斑の猫が後脚を踏ん張り、頭の上にフードのようにぺったり覆いかぶさって前足を載せる。さらにその上に、ふわふわの綿菓子頭の小妖精がうつ伏せになってぺったり乗っていた。
 見た目はたいへん愛らしい。だが。
 水の妖精(ニクシー)に強化され、さらにとりねこの精神共鳴によって増幅された呪文は、一人前の魔術師に匹敵する強さにまで高められていた。

『氷結鋭針(ice needle)!』

 空中に生じた氷の針を、ニコラはびしっと手にした杖で導いた。狙う先は傍らに立つシャルの矢じりと同じ。
 ぴんっと弦が鳴る。やや遅れて氷の針が飛んだ。

「うおおう!」
「なんっじゃこりゃあっ」

 どすどすどすっ!
 降り注ぐ矢と氷の針が迂闊にも飛び出した馬泥棒2人を直撃する。

「つべてぇっ」
「いでぇっ」

 狙い過たず放たれた矢はきれいに馬泥棒の利き手を射貫いていた。さらに氷の針が皮膚を裂き、たまらず武器を落とす。

「っとぉ、危ねぇ危ねぇっ」

 運良く出遅れた3人目は、難を逃れたかに見えたが。

『黒にして緑、マギアユグドの御名において 力よ我が手に宿り 敵を打て!』

 いつもの癒しや護りの呪文に比べ、短く力の篭った詠唱とともにフロウが左手を突き出す。
 腕輪に緑の光が走る。垂直に構えられた手のひらの周囲の空気が歪み、ォオンっと鳴った。

「うげっ」

 途端に3人目は目に見えない強烈な一撃を受け、もんどり打って地面に叩きつけられた。

「ン何だあ? 何で騎士なのに魔法使うんだよ、きったねぇぞ!」
「騎士じゃないもーん。魔法使いだもーん」
『もーん』
「ぴゃあ」

 臆せず言い返すニコラに思わずレイラは感慨に浸る。

「あの小さなニコラがすっかり立派になって!」
「二の姫、前、前!」
「おっと」

 二の姫はすばやく気を取り直した。細身の女に厳つい男。組みしやすしはこちらと見くびったか。こっそり忍び寄っていた四人目を、抜きざまびしりと斬り付ける。

「ひっ」

 振りかざした片刃の段平が達するより早く、銀光が走り、賊の手首にまとわり付く。
 あっと思った時は既に遅く、切っ先が蛇のように段平の柄を巻き上げ、空高く飛ばしていた。
 怯んだ所に、幅広の剣がびゅんと唸る。避ける暇もあらばこそ、鳩尾目がけて容赦無い一撃がたたき込まれていた。
 刃ではなく、平での一撃。だが衝撃と力にはいささかの手加減も無い。

「ぐげぇっ、ひゅう……」

 踏みつぶされたカエルのように呻きながら馬泥棒は、体を二つ折りにして後方に吹っ飛ぶ。
 ふんっと鼻息荒くダインは振り切った剣を背後から頭上へと回し、再び構え直した。

「あーあ、相変わらず容赦ねぇなあ、あの馬鹿力」
「お見事です、ダイン先輩!」

 油断なく第二の矢をつがえながらシャルダンがぽつりとつぶやいた。

「いいなあ、ムキムキ、いいなあ……」

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