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とりねこの小枝

【23-4】白馬救出作戦3

2012/11/16 3:52 騎士と魔法使いの話十海
 
 三角帽子の男はうろたえていた。たかだか騎士2人、しかも1人は女。数を頼みにたやすく返り討ちと踏んでいたが、ほんのわずかの間に状況は一変していた。
 最初に殴り込んで来た騎士どもは前衛に過ぎず、後ろに3人控えていた。うち2人は術師でもう1人は射手。
 あっと言う間に仲間の2人は利き腕をやられてうずくまり、後の2人は馬屋の壁にこっぴどく叩きつけられ、伸びている。1人は術師の男が放った得体の知れない呪文で。もう1人は、騎士どもに打ちのめされて。

 だが、この期に及んで残った賊のうち1人はまだ過信していた。この手の与太者にありがちな認識故に……たかが相手は女と子供とおっさんだ。多少、骨のありそうな射手にしたって所詮は娘っ子みたいな顔のひ弱な若造。
 自分たちの相手になる『本当の男』はただの1人だ、と。

「いぇえやあああっ」

 両手で握った大斧を振り上げ、『本当の男』に向って駆け寄ろうとした。だがそいつは自分を見ていない。ちらっと肩越しに背後を見るなり、横に一歩、軽快な足さばきで避けた。

「どうした、ビビってんのかデカいの!」
「照れ屋なんだよ」
「だったらこっちから行くぜ!」

 乱ぐい歯を剥き出して、更に踏み出そうとしたその時だ。四の姫の鈴を転がすような詠唱が高らかに響く。

『ちっちゃいさん、地面の中のちっちゃいさん。お願い、あいつを転ばせて!』
『お願い、ぴゃあ!』

 ついでにとりねこの唱和もお着けして、放たれた言霊に応えた者たちがいる。

「きゃわきゃわ」
「きゃわわっ!」

 耳のくすぐったくなるような小さな声。しかしそれは聞く耳を持った者にしか聞こえない。慢心に走った賊の耳には届かない。
 もこもこっと地面が盛り上がり、二頭身の小人の群れがわらわらと、てんでにちっぽけな手のひらで賊の靴を掴み、息を合わせてえいやっとばかりに払いのけた。

「のぉわっ」

 予想外の位置から足払いをくらい、馬泥棒はすってーんとぶざまに仰向けにひっくり返った。なまじ重たい武器を持っていたのが仇となる。どうにか手足をばたつかせて起き上がろうと四苦八苦していると。
 ひゅんっと空を切った矢がぶつりと顔のすぐそばに突き立った。

「ひぃいいい!」

 賊の顔が真っ青になる。矢は男の耳に下がった円環形の耳飾りをものの見事に射通し、地面に突き立っていたのだ。それを見て、うずくまっていた先の2人もロウソクみたいに真っ白になってガタガタと震える。
 遅まきながらようやく気付いたのだ。『娘っ子みたいな顔した』射手の腕前の凄まじさに……。
 機を逃さず、りんとした声が響く。

「動けば、打ちます」

 端正な顔で、矢をつがえて言われた瞬間の怖さと言ったらそりゃあもう、背筋が凍りつくほどで。縮み上がった馬泥棒どもは、よれよれと両手を挙げて戦意の無さを訴える。
 お願いだから打たないでくれ、と祈りながら……。

「っけ、腰抜けどもが!」

 最後に残った三角帽子の男は、相棒を盾にして術師と射手の視界を遮りつつ上着の前を開けていた。
 黒革のジャケットの内側には筒状の留め具が縫い付けられ、ずらりと細身の投げナイフが仕込んであった。
 目にも留まらぬ早業で2本抜き取り、横ざまに走りつつ投げる。右手で一本、左手で一本。
 狙うは厄介な術師2人。幸い射手は仲間をけん制するのに集中してる。あいつらさえ封じれば、勝機は……いや、もはや逃げるチャンスと言うべきか……とにかく、ある。

「ニコラ、危ない!」

 いち早く気付いて呼びかけたフロウのこめかみを、ナイフがしゅっとかすめる。

「うぉっとぉ!」

 ぱらりと亜麻色の髪が散り、血が一筋流れた。
 一方でニコラは師匠の警告のおかげでとっさに伏せる事ができた。使い魔2体は飛び上がり、投げナイフの刃はちっぽけな異界の生き物も、四の姫の無垢な体も傷つける事なくすり抜けたかに見えたが。

「きゃっ」

 はらり、と水色のリボンが宙に舞い、ほどけた金髪が肩の上に落ちる。髪を結んでいたリボンを、投げナイフがすっぱり真っ二つに断ち切ったのだ。

「あ……」

 ニコラの声が震えた。

(マイラ姉さまの作ってくれたリボン。大事にしてたのに!)

 やはり女の子だ。生命の危機よりお気に入りのリボンが失われた悲しみの方が、大きい。
 無論、この事態は前衛の2人もきっちり見ていたし、聞いていた。泣き出しそうにくしゃっと顔を歪めるニコラ。額から血を流すフロウ。

 ぶるぶるっと騎士たちの体が震える。恐れでも悲しみでもない、純粋な怒りによって。

「きっさっまあああああ!」
「うおっ、何だお前らっ」
「よくも、私のかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいニコラをーっ!」

 二の姫のレイピアが吠える。『かわいい』と叫ぶたびに、ぴっぴっぴっと三角帽子の男の服に切れ目が入る。

「かわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいニコラにっ刃を向けたなっ!」
「ひぃいいっ」
「許さんっ!」

 びゅんっと仕上げの一振りが賊のベルトを切断する。
 その途端、ぱらっと黒革のジャケットもその下のシャツもズボンも細切れになって舞い散った。
 下穿きと靴と、そして帽子だけを残してはらはらと……。当然、投げナイフも散らばったが昼の屋外でいきなり裸に剥かれたショックは大きい。

「しょげええええっ!」

 しかもそれだけの事をやってのけながら、肌には傷一つついてないのだ。

(俺は、俺は何て奴を敵に回しちまったんだっ!)

 後悔しても既に遅い。
 しんしんと静かに怒りの炎を滾らせた巨大な獣が一匹、男のすぐそばに迫っていた。

「あ」

 がごぉんっ!
 ごっつい岩のような拳が唸り、男の体が放物線を描いて吹っ飛んだ。口から折れた歯を、鼻から血を吹き散らしながら。
 地面に当たってバウンドし、さらに跳ねて突っ込む先は白馬の待つ馬房。

「ぎぃえええええ!」

 どがっと強烈な蹄の一撃。
 哀れ投げナイフ使いは飼い葉桶にずっぼとはまり、ぶくぶくと泡を吹いて失神した。骨の一本二本は確実に逝ってるだろう。
 意識を失う間際、男はぼんやりと考えていた。『さっきの野郎の拳と今の馬の蹄、どっちが痛かったかな』と。

 ダインはのっしのっしと大股で近づくと、伸びた男の肩をつかんで引き起こす。

「こら、まだ終わってないぞ」
「待てディーンドルフ、私もまだそいつには用がある!」
「あのぉ、お二人とも」

 後ろでニコラとフロウの無事を確かめたシャルダンが、遠慮がちに声をかける。

「その辺で……」

 レイラとダインは全く同時に振り向き、くわっと歯を剥いた。

「これでもまだ足りないくらいだ!」

 めらめらと青白い怒りの炎を燃やすダインにほてほてとフロウは近づき……。

「落ち着けっつの」

 ぽんっと肩に手をかける。

「かすり傷だよ。そら、もう塞がった」

 然り、直後に唱えた癒しの呪文で傷は消えている。額にはかすかに血の跡が残るだけ。薬を塗っておけば一週間ほどで治る程度の軽傷だったが、説明した所でこの怒れる騎士は鎮まらないだろう。
 そう言う男だ。
 
「………」

 いかつい指が、おぼつかない手つきでこめかみをなぞる。傷が無いのを確認すると、ようやくダインの全身から揺らめいていた気炎が収まった。

「姉さま、姉さま、私も大丈夫、怪我はないから!」
「ニコラ」

 ようやく二の姫も剣を収め、駆け寄ってきた妹を両手で抱きしめた。途端に触れれば切れそうな殺気……もとい、剣気がふわあんっと霧散した。

「やれやれ、危ない所でした」

 にっこりほほ笑むとシャルダンは、自分の乗ってきた馬の鞍から縄を取り出し……。

「暴れないでくださいね? 抵抗すればもっと困ったことになりますよ」

 てきぱきと、馬泥棒たちの捕縛に取りかかる。この状況下で、逆らえる者は居なかった。

     ※

「さぁてっと、うまいこと馬泥棒一味も制圧できたし、一件落着ってとこかな?」

 黒の首筋をなでながらフロウが言う。
 黒毛の軍馬はさっきから、投げナイフ使いに向って突進しようとうずうずしているのだ。

「どーどーどー、ほら落ち着けっての。さすがにこの状態でお前さんに蹴られたら、今度こそあいつ、召されちまうぞ?」

 鋭くいななく黒の声に答えるように、白馬がいなないた。

「あ」

 その声を聞くなり、馬泥棒一味の捕縛を終えたシャルダンはすっと立ち上がり、白馬の傍に歩み寄る。
 馬房の中で白馬はガチガチと歯をかみ合わせ、飛び跳ね、後脚で立ち上がってはまた踏み降ろす。
 甲高い声でいななき、蹄でがつっがつっと壁を蹴る。
 ぎしぎしと壁が軋み、天井からぱらぱらと埃が落ちる。白馬の苛立ちは他の二頭にも伝染し、怯えて歯を剥き出している。
 ちょっとでも馬の事が分かってる者なら……いや、分かっていなくても、今傍に寄るのは危険だとひしひしと感じる状況だった。
 しかしシャルは恐れる素振りも見せずに白馬に近づき、話しかけたのだ。

「よしよし、怖かったろうね」

 途端に白馬の様子が一変した。
 うそのようにぴたりと暴れるのを止め、じっとシャルの声に耳を傾ける。一歩、また一歩と近づくと、ついに銀髪の騎士はそのしなやかな手で白馬の鬣に触れた。

「もう大丈夫だよ?」

 白馬はふるるるっと息を吐いた。そこには欠片ほどの苛立ちも、怒りも怯えも無い。
 むしろ甘えているように聞こえる。
 そして自ら首を伸ばし、シャルの手に顔をすり寄せたのだった。

「ふふっ。あったかいな。くすぐったいな」

 青緑の瞳を細めると、シャルはまるでずっと前からそうしていたように白馬の首を抱きしめる。白馬もまたうっとりと目を細めて騎士の抱擁を受け入れた。

「美人さんだな……始めて見たよ、こんなにきれいな馬」

 甘えた声が答える。
 銀髪の騎士と白馬の抱擁を横目で見ながら、馬泥棒一同、がっくりと首をうな垂れた。

「な、納得ゆかねえっ!」
「あんなに暴れてたのに!」

 じろりとダインがにらみ付けた。

「人徳の差だ」
「いや、それぜってえちがうだろ!」

 腕組みする騎士の頭の上で、ちびがかぱっと赤い口を開けた。

「ぴゃあ!」

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