▼ 【19-4】基礎編4
2012/09/28 23:08 【騎士と魔法使いの話】
「で……きた……かな?」
『かな?』
ニコラはこわごわとスープをのぞき込み、師匠を見上げた。
赤いスープが、ほのかに淡い魔力の輝きを放つのがフェンネル越しに『見え』た。フロウは満足げにうなずいた。
「ん、上出来」
「いぃやったああああっ」
『やったー』
ぎゅーっと手を握って足をじたばたさせている。もう一気に緊張がほどけて喜びが込み上げてきたらしい。誰に褒められるよりも嬉しくってしかたないのだ、師匠の言葉が。
ぴょんぴょん飛び跳ねるニコラの周りを、小妖精の姿をした使い魔がひらひらと飛び回る。ホスト(宿主)が嬉しいと、やはり使い魔もテンションが上がるのだ。
「おいおい、はしゃぎすぎだろう。まだ課題終わってねぇだろう?」
「そ、そうだった。じゃ、さっそく試食を……」
満面の笑みを浮かべてニコラが口にした直後に、ぴーんっとちびが尻尾を立てた。
何てタイミング。ぬぼーっと裏口から入ってくる奴が約一名。
砂色の身頃と袖に黒の前立て。西道守護騎士団の制服に身を包み、長剣を帯びた、がっちりした体格の背の高い男。癖のある褐色の髪には所々に金髪が混じり、瞳は若葉の緑色。
ほんの少し背中を前かがみに丸めてはいるものの、鼻筋の通った、頑丈そうな顎に太い眉の顔立ちはなかなかなに男前だ。ただし、あくまで黙っていればの話。
「とーちゃん!」
「ただいま、ちび」
ばさっと翼を広げて飛びつくちびを、男は相好笑み崩して抱きしめる。ひとしきり撫で回し、小声で話しかけてからフロウの方を向いて……やっとニコラの存在に気付く。
「来てたのか、ニコラ」
でれでれした表情を慌てて引き締めたが、ほんの少し頬が赤い。
「やっほー、ダイン。ちょうどいい所に」
ニコラはうふ、うふふっと楽しげに含み笑い。頭には小妖精キアラがぺたんっと腹ばいになって乗っかっている。実に愛らしい。
見た目は。
あくまで見た目は。
「おぉ、良いタイミングじゃねぇか。ニコラがスープ作ったんだが一杯どうだ?」
フロウもにんまり笑みを浮かべる。
「お、道理でいいにおいすると思ったんだ。トマトと豆のスープか? 美味そうだなー」
「あぁ、ピリ辛だから俺はちょっと貰っただけだけどな」
嘘は言っていない。
「ははっ、お前辛いの苦手だもんなー」
まるっきり疑いもせずカウンターに腰を下ろした青年の前に、ニコラはしずしずと、器に注いだスープにスプーンを添えて運んで行く。
「どうぞぉ。召し上がれ」
「いただきます」
何のためらいもなく赤いスープを食べるダイン。フロウとニコラは意味ありげな笑みを浮かべ、互いに目配せしつつ、見守った。
「うん、美味いよニコラ」
「うふ、そーでしょう、そーでしょう。一生懸命作ったものねー」
梁の上からは、ちっちゃいさんたちが固唾を呑んで見下ろしている。目を輝かせて頬を赤らめ、明らかに何かが起こるのを期待している。
中年魔法使いとその弟子がわくわくしながら見守る中、一杯のスープは瞬く間に青年騎士の胃袋へと消えた。
「ごちそーさん」
フェンネル越しのフロウの視界には、シールドの呪文を施した時同様、魔力の淡い光にダインが守られているのが見えた。
(よし、成功だな)
安堵した刹那、ひっく、と小さくしゃっくり一つ。
「お、な、なんだこれ、妙な感じが……」
「え、ちょっと、何、ダインどーしたのっ!」
「え、あ、あれ?」
ニコラはびっくり仰天、目を丸くして叫ぶ。本来、低く良く響くはずの青年の声は、高く澄んだ子供のようないとけない声に。
そう、正しくちびそっくりの声に変わっていたのだ!
「あらまあ、やけにぴゃあぴゃあした声になっちまって……あ、まさか」
フェンネル越しに今一度、注意深くスープを観察した。
何としたことか。ほんの少しだが明らかに、ちびの魔力の痕跡がある!
「煮込んでる時に、ちびの毛が混ざったんだなこりゃ」
「えええええっ、じゃあ、材料にとりねこの毛が混ざっちゃったの!?」
「ぴゃあああ、とーちゃん!」
「ちび……うわー、何だこれ、ちびそっくりだよ俺の声」
ダインはたはっと眉根を寄せて情けない顔で笑っている。
「えーっと……」
ニコラは腕組みして、ぽんっと手を打った。
「煮込みの時は、蓋を忘れずにってことですね、師匠!」
「あと、調理場に動物を入れない事、だな」
「はーい、本番では気を付けまーす」
『まーす』
苦笑いしながらフロウが頷く。
所詮は初級呪文を封じ込めただけのスープだ。効果が消えれば、声も元に戻るだろう。
多分。
「もしかして俺……実験台にされた?」
ぴゃあぴゃあした声と、ガタイのいい男と言う組み合わせが、すさまじく、合わない。
「……っぷふっ!」
「ぷっ、し、師匠。だめだってわらっちゃ、あは、あははっっーっ!」
笑い転げる少女と中年男の頭上では、梁の上でころんころんと転げ回ってちっちゃいさんが大笑い。
きゃわきゃわと賑やかな笑い声が聞こえて来る。
そして原因となったちびはと言えば……。
「っぴゃ! とーちゃん、とーちゃん!」
ダインが自分と同じ声になったもんだから、上機嫌なのだった。
「ぷぷっ。せっかくだからお前さん、ぴゃあって言ってみろよ」
「誰が言うかっ」
※
そして次の日。
「師匠ー」
ニコラは頬を紅潮させ、足取りも軽く薬草店に駆け込んだ。
「昨日のスープ、『優』もらったの!」
「ほう、良かったな」
「うん、試食した友達や先生に大受けだったわ!」
「シールドスープが?」
「ううん。『声がぴゃあぴゃあになるスープ』」
「……そっちか!」
こればっかりは、予想の範囲外。
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