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とりねこの小枝

【7】はみ出したのは君だけじゃない

2011/11/09 0:40 お姫様の話十海
 騎士ディートヘルム・ディーンドルフがこの試合で得たものは、空色のハンカチと、金髪の乙女の信頼、そして、小山のような黒毛の軍馬。
 アインヘイルダールは家畜の名産地だ。昔から優れた馬を産出し、数多の王侯貴族へと献上してきた。
 この馬も、本来ならその輝かしい地位に列せられるはずだった。つややかな毛並み、頑丈な体格、勇猛果敢な性質。あらゆる面で申し分のない資質をそなえていた。
 ただ一つの欠点を除いては。
 
 何となればこの黒毛の軍馬は、とんでもない偏屈で、頑固で、気が荒く。己の背中に乗ろう、なぞと言う大それた望みを抱く輩はことごとく振り落とす、筋金入りの暴れん坊だったのだ!
 しかしながら、なまじ見てくれがいいだけに無下に荷馬や馬車馬に使うこともできず。(それ以前に、作業中に怪我人続出、なんてことになったらそれこそ洒落にならない!)厄介払いを兼ねて、馬上槍試合の賞品として『寄付』されたのだった。

 しかし、ディーンドルフはあきらめなかった。
 振り落とされてはまた乗って。振り落とされてはまたしがみつき。明け方から日没まで、果敢に挑み続けること一週間。
 とうとう黒馬は根負けした。これ以上、手間ひまかけてこいつを振り落とすより、乗せている方がまだマシだと判断したのである。
 ようやく暴れるのを止めた黒馬の首を、騎士は優しく撫でた。

「よし! 今日からお前の名前は……」

 毛並は黒い。槍試合での賞品だった。

「シュヴァルツ・ランツェ(黒い槍)だ!」

 黒毛の軍馬はふんっと鼻を鳴らし、とっ、とっ、とっと歩き始めた。新たな相棒を背に乗せて。
 ディーンドルフは満足げに目を細めた。

「いい馬だ。お前となら、思いっきり駆けられそうだよ、黒」

 今回の試合は、彼にとって一つの賭けだった。

 初めて、自分の「個人紋」を着けて出場した。公の場に、堂々と。
 彼の実父であるハンメルキン男爵の個人紋は『白地に赤のグリフォン』だった。
 ヒポグリフは半端な生き物だ。グリフォンに手籠めにされた雌馬から生まれた、不肖の子。それ故、彼はずっと『ヒポグリフ』と呼ばれていた。『あいつはグリフォンの落とし子だから』と、嘲りをこめて。
 ディートヘルム・ディーンドルフの母親は、愛人だったのだ。故に育て親の家名を名乗り、父親の家名は滅多に表に出すこともない。
 にもかかわらず、事あるごとにはやし立てられた屈辱的なあだ名を今回、敢えて前面に打ち出した。
「グリフォンの落とし子だから」じゃない。
「ヒポグリフの紋様をまとった強い騎士だから」そう呼ばれるのだと。悪意に満ちた蔑称を、鮮やかに武勇で塗り替えたのだった。

『やるんだったら、とことんやんなさい! 負けたら承知しないんだからね?』
『立ちなさい、ディーンドルフ!』

「君のおかげだ、レディ・ニコラ」

 胸元に収めた空色のハンカチにをとり出すと、ヒポグリフの騎士は、その表面に軽く口付けを落とすのだった。
 小さな勝利の女神に感謝しつつ。

    ※
 
 モレッティ家の四の姫は、後に師匠となる人物に出会い、魔法の才能を華々しく開花させるのだが……
 それは、もう少し先の話なのだった。
 
(四の姫と鷲頭馬の騎士/了)
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