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とりねこの小枝

8.ここからは宿題

2012/03/20 23:22 騎士と魔法使いの話十海
 
 講義の終わりに、ナデューは訓練生たちに一枚ずつ、白紙の召喚符を配った。

「え、枠だけ?」
「絵も文字もない!」

 首を傾げる訓練生たちに、召喚士たちが自分の使うカードを見せる。

「それが、一番最初のまっさらな状態なんだよ」
「自分で召喚して、絆を結んだ時点で始めて名前と姿が浮かび上がるんだ」
「一瞬の刻印みたいなものだね」
「ああ! 足跡ぺたっと押すとか」
「その通り」
 
 なるほど、でかぶつ君の言うことは確かに学問としては『残念』だ。しかし直感的で、わかりやすい。単純と言ってしまえばそれまでだけど。

「訓練生の諸君、これは課題だ。来週のこの時間までに、自分一人の力で使い魔を召喚してくること」
「ええーっ!」
「慌てない慌てない。今日まで習ったことを落ち着いて実践すれば、できるはずだ。ずるして他の人に手伝ってもらっても、召喚符を見れば一発でわかっちゃうからそのつもりで……」

 訓練生たちは、目をきらきら、いやむしろぎらぎらさせながら、白紙の召喚符と召喚士たちの連れている使い魔を凝視している。
 既に彼らの頭の中は、どんな使い魔を喚ぼうか、どんなのが来るか、期待と好奇心で一杯だ。このチャンスを他の誰かに任せるだなんて、とんでもない!
 そんな意気込みが手に取るようにわかる。

「君たちの腕前では、まだ『何』を喚ぶか具体的には指定できない。例えるなら、異界と現界の間にに小さな小さな窓を作って、そこから目隠しした状態で無差別に喚びかけるようなものだ……とても小さな声でね。返事があるかどうか定かではない。一回目の術式では、何も喚べないかもしれない」

 訓練生たちの間に不安げな囁きが広がる。それが収まるのを待ってから、言葉を続けた。

「だが、諦めずに喚び続ければ君たちと一番、相性のいい存在が応えてくれるはずだ。一方で『何が』来るか予測がつかない不安もある。必ず自分の師匠なり、学院の先生、もしくは家族、先輩など、中級以上の術師に立ちあってもらうこと。いいね?」

 初等訓練生の力量では、開く窓も喚びかける声の大きさも限られる。ごくごく小さなものだ。手に負えないような大物が押し寄せる可能性は、極めて低い。
 低いのだが、一応、念のため。

(まぐれでフェレスペンネ喚んじゃう奴もいるみたいだしな……)

「先生!」

 生徒の一人がすちゃっと手を挙げた。

「召喚術の、見本を見せてください!」

 それをきっかけに、生徒の間にさざ波のように同じ言葉が広がって行く。

「見たいです」
「私も!」
「俺も!」

 大人たちはさすがに礼儀を心得てはいるものの、やはり期待に満ちたまなざしを向けてくる。

「OKOK、わかったよ。でもかなり略式になるから、どの程度参考になるかわからないよ?」

 ナデューは銀の煙管を手にしてマッチをすり、火を灯した。ぷか、ぷかぁ……。一服、二服と甘い香りの煙をくゆらせるや、ふっと吹き出す。

 白い煙がわやわやと固まり、空中に召喚の印を描く。契約した『喚ばれし者』の名前と、存在を示す印を。
 ぽわっと緑の光を発し、印は空中に霧散した。だが、それだけ。
 固唾を呑んで見守っていた生徒の一人が、ぽつりと言った。

「先生。何も……出てきませんよ?
「よく見てご覧」

 ナデューはくいっと煙管で背後を示した。
 居合わせた生徒たちと、召喚士たちは導かれるまま目をやり、あっと口々に声を挙げた。

「うわあっ、木が、木が増えてるーっ!」

 然り。樫の木の隣にもう一本、樹齢百年は越えていそうな木が増えていた。ただしこちらは幹にうっすらと顔が浮いている。

「トレントを喚んだのか! あんなに静かに!」
「うわあ、気がつかなかった………」
「紹介しよう。トレントのカカオじいさんだ。私と契約している『喚ばれし者』の中でも古参の一人だよ」

 生徒たちはぽかーんと口を開け、あるいは目を真ん丸にして見上げている。術の静かさに反して出現した存在の巨大さ故に、インパクトは絶大だったはずだ。

(これで勢いがついて、初めての召喚にも臆せず挑んでくれればいんだけど)

 そんな中で一人だけ、『残念くん』が左の目を押さえていた。

「どうしたの、ダイン」
「あ、いや、急にあんな大物が出るとは思わなくってさ。ちょっと、びっくりした」
「ぴぃ、ぴぃ」
「ああ、ちび、大丈夫だよ」

(おやおや、あれは、ひょっとしたら?)
 
 いや、うかつに判断するのは早急だ。もしかしたら、単に目にゴミが入っただけかも知れないし。
 二本の樫の木を背に、ナデューはあでやかにほほ笑んだ。

「それじゃ、今日はここまで。また来週!」

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