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とりねこの小枝

6.騎士的いやがらせ

2012/03/20 23:20 騎士と魔法使いの話十海
 
 ロベルトの前の任地、東の交易都市は貿易が盛んで、この国では滅多に見られないような変わった物が手に入る。

(確か、薬物取り締まりの資料用にそろえた、毒草のサンプルがあったな)

 干してなお残る毒々しい色といい、ねじくれた内臓のような形といい。見るからにおぞましい有毒植物の数々。

(あれを匿名で送り付けてやったら、さぞかしぎょっとするだろうな……)

 薬草屋をやってるぐらいだらか、その手の物の取り扱いには慣れているだろう。実害はないはずだ。
 気にくわないあの男を、直接ぶん殴るのはさすがに問題がある。だが憂さ晴らしをするくらいは許されるだろう。何よりこのままじゃ収まりがつかない。

 一方で真剣に考え込むロベルトの横顔に、シャルダンはうっとりと見とれていた。

(かっこいいなあ、ロブ隊長……)
(私も、あんな風にムキムキになりたい! がんばって鍛えよう)

     ※

 ロベルト・イェルプはあらゆる事に手を抜かない男だった。
 自室に戻ると手早く毒草のサンプルを箱に詰め、町の便利屋に言付けて件の薬草屋宛に送り付けた。くれぐれも明日の午前中に着くように指示して。

(その時間なら、ディーンドルフは魔法学院にいるはずだ)

 ただし、これらの手続きは全て、隊長補佐のハインツ・ルノルマンに実行させた。小柄で人相にもさして癖のない彼なら、便利屋の印象にも残るまいと踏んだ上での選択である。
 
(何考えてんだろうなあ、隊長……)

 上司の行動に疑問を抱かないでもなかったが、忠実なハインツは素直に言われた通りに発送手続きを済ませたのだった。

 さらに。
 毒草サンプルと同じ箱には、やはり資料として購入した一体の人形が入っていた。
 素材は麻布、身の丈はおよそ手首から肘ほど。ずんぐりした胴体に丸い顔、手足にも腹にもぎざぎざの縫い目が走り、さながら満身創痍の怪我人のごとき不気味な外見。何より際立っているのは、ぎょろりと大きなその目だ。

 真っ赤な石で作られたボタンを、わざわざ縫い目がバツの字になるようにして縫い付けてある。しかも左右の大きさが違う。
 大ざっぱに刺繍された口は、歯を食いしばっているようにも。いや、むしろ唇がなくて歯が剥き出しになっているように見える。

 体中いたる部分が縫い目だらけで、アンバランス。そこはかとなく切り刻まれた死体を連想させる、実に悪趣味極まりない代物だ。その不気味な外見に相応しく、呪いに使う人形だと聞いた。
 見かけの割にはずっしりと重い。中に南方の海で採れる貝殻や火山の溶岩が詰まっているからだ。
 縫い込まれた素材の一つ一つが、強力な術の触媒になっていると言う。
 その大きさと重さから箱に入れるのは断念したが、これはこれで使いでがありそうだ。
 
「やはり、これは……戸口に打ち付けてやるのが一番効果がありそうだな」
 
 ロベルト・イェルプは何事に置いても決して手を抜かない。たとえそれが、個人的な怨恨に基づく嫌がらせであっても。
 彼はとてつもなく思い込みが強く、それ以上に意志の強い男なのである。

     ※

 そして翌日。
 彼は午前中に私服で砦を抜け出した。名目は「おしのびでの市中見回り」。だがその実、彼の懐深くには件の『呪い人形』と、釘と金槌とが収められていた。ロベルト・イェルプは何事にも手抜かりのない男なのだった。
 人目をはばかりつつ、薬草店にやって来れば何と言う幸運か。上手い具合に来客中ではないか。
 これ幸いとこっそり裏に回り、木戸を開けて忍び込む。音を立てぬよう細心の注意を払って。なおかつ、目立たぬように素早く庭を横切り、裏口に張り付く。さあ、ここからが本番だ。
 懐から呪い人形を取り出す。何度見ても不気味だ。裏口の扉にあてがい、釘を刺そうとすると何としたことか。

(あっ)

 ずっしりした重みのせいか。手から人形が滑り落ち、どさっと床に落ちた。あまつさえ、落下した釘が人形の目にぶつかって……

 かきぃんっと、やたらと甲高い音を響かせた。

(しぃまったぁああ!)

 聞こえただろうか。全身をこわばらせて気配を探る。
 人の近づく気配が伝わってくる。

(気付かれた!)

 脱兎の勢いで裏口を離れ、井戸の陰に身を潜める。果たして、扉が開き薬草屋の店主が顔をのぞかせた。

「んん? 何だこりゃあ」

(あ、あ、あ)

「こ、これはっ!」

 ぴくんっと眉が跳ね上がり、眠たそうな目が見開かれる。
 男は呪い人形を拾い上げ、しばらく周囲を見回していたが……間もなく中へ戻って行った。
 扉が閉まったのを確認してから、そそくさと庭から出る。木戸を抜けて通りを横切り、細い路地に入りこんでから、ふうっとため息をつく。
 戸口に釘で打ち付ける事はできなかったが、呪いの人形はあいつの手に渡った。しかも、明らかに驚いていた。できるものなら、もっとじっくり嫌そうに顔をしかめる所まで見届けたかったが……。

 とにもかくにも、目的は達成されたのだ。これでよしとしよう。
 
次へ→7.魔法学院にて
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