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とりねこの小枝

12.魔法円を書こう

2012/03/20 23:26 騎士と魔法使いの話十海
 
「うーん……っと……」

 先刻からニコラは丸椅子にちょこんと腰掛け、机代わりの作業台に紙を載せ、カリカリとペンを走らせている。時折余白に数字を書いて計算し、書き損じてはくしゃっと丸めて新たな一枚を取る。
 眉間にはくっきりと皴が寄り、口をきゅっと引き締め、真剣そのものだ。
 ナデューとフロウ、ダインはカウンターからその様子を見守っていた。極力音は立てずに、静かに。
 梁の上に陣取るちびと、ちっちゃいさんたちも息を潜めて興味津々。ニコラの手元をのぞきこんでいる。好奇心旺盛なちっちゃいさんがちびによじ登り、乗り出された頭の上にしがみついていた。

「よし、できたぁ!」
「きゃわわわわっ」
 
 突如上がった大声に、ころんと転がる毛皮の上。ちっぽけな足を上にしてじたばたもがく一匹を、他の六匹がてんでに手を伸ばして抱え起こす。
 すっくと立ち上がると、ニコラはびっしりと文字と図形の書き込まれた紙を手にカウンターに歩み寄り、ずいっとフロウに向かって差し出した。

「師匠、目通しお願いします!」
「おう」

 フロウは受けとった紙をじっくりと検分した。顎に手を当て、書き込まれた図形と文字を一つ一つ確認して行く。
「火」「水」「木」「土」。
 この世界を構成する元素のうち、四つのシンボルに囲まれた二重の円。中心には五つめの元素である「金」のシンボルが置かれ、その下で二本の直線が直角に交わっている。
 さらに内側の円周に接するように、角度を変えて重なる二つの正六角形……十二芒星が描かれていた。

「ふむ、基本の枠は問題なし、と。次は記述だが……」

 円の間と、十二芒星の周囲にはびっしりと文字が書き込まれていた。ただし、全て祈念語で。
 のぞきこんだダインが首を傾げる。

「何て書いてあるんだ? これがリヒトマギアで、こっちがリヒキュリアだってのはわかる」
「今日の日付と星の位置、守護を願う精霊と神々の名前」
「へーえ、そうなんだ」

 のほほんとうなずくダインの額を、ぺちっとフロウの手が張り倒す。

「ってぇっ」
「真面目に祈念語の勉強やってんのか? 教えた分、覚えてりゃお前さんにも読み取れるレベルの記述だぞ?」
「……やべ」

 首をすくめて、ダインはこそこそと後じさり。それを見てまた、上のギャラリーたちがため息をついていた。

「きゃーわー」
「ぴゃあ」

 ナデューはしかと彼らの会話を聞きとり、楽しげにほくそ笑んでいた。大体何をしゃべっているか、察しがついたのだろう。
 ニコラが提出したのは、召喚術に用いるための『召喚円』の下書きだった。

「……ふむ、ちゃんと書けてるな。よし、合格」
「やったぁ!」

 ひじを曲げて胸の高さで両手を握り、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。さらさらゆれる金の髪に日の光が反射し、きらきらと光の粒が走り抜ける。
 そんなニコラの手に、ぽふっとフロウはチョークを一本握らせた。

「んじゃ、次は清書な」
「あー、それがあったかぁ」

 一見、何の変哲もないチョークには、フェンネルやキャラウェイ、ホワイトセージと言った香草のエキスが練り込まれている。魔法円や召喚円、護身円を描くために作られた特別なチョークなのだ。
 太くて丈夫で、多少下に落とした程度では折れない。それでいて書き味は滑らかでのびが良い。フロウの調合するチョークは、術師たちの間でも至って評判が良いのだった。
 
 へばーっと息を吐くニコラにナデューが声をかける。

「まあ、確かに一番面倒くさい作業ではあるけれど、初級用だから大きさもちっちゃいし? 護身円は学院支給の布製のがあるからいいじゃないか」
「……ですよね」
「苦労してこそ、うまく呼べた時の喜びも大きいってもんだよ、ニコラ君」
「はい、先生!」
「んんじゃ、行くか」

 フロウが立ち上がり、庭に通じる扉を開けた。てっきり馬小屋に行くものとニコラは思っていた。力線と境界線の強い所へ移動するんじゃないかと。
 ところがフロウが立ち止まったのは、ずっと手前。裏庭の、井戸の前だった。

「ええええっ、こんな所で!? もっと、こう、森の中とか、川のほとりとか、静かなとこじゃなくていいの?」
「ここでいいんだよ。そら、目、閉じてみろ」
「………」

 言われるまま、目を閉じた。空気のにおいを嗅ぎ、見えないはずのモノに感覚の焦点を合わせる。
 手探りよりもなお、頼りない感覚だった。
 普段は使わない感覚を呼び覚ますため、魔法学院では『額の間にもう一つ目があるつもりで』『肩甲骨からもう一組腕が生えてる気分で』『髪の毛を伸ばして動かす感覚で』等のイメージを教えてくれた。
 その中でもニコラはとりわけ『髪の毛』を使うやり方がお気に入りだった。
 もともと長いから、イメージしやすいのだ。自分の髪の毛がふわっと広がり、水のように流れて、漂って……。

「あ」

 まさぐる見えない髪の先が、かすかなゆらぎを捕らえる。空気が揺れているのとも、少し違う。
 何だろう? 意識が向いた瞬間、ぐわっとゆらぎの強さと、密度が上がった。
 伸ばした髪の毛を伝わり、『力線』を構成する魔力が流れ込んでくる。

「わ、わ、わっ」

 体の内側から、自分の中に宿る魔力が呼び起こされて、活性化していた。皮膚がちりちりするほど強く。

「な?」
「ほんとだ……あふれてる」
「ちょうどその辺りで、地面から力線が湧き出して、つる草みたいに絡まって、木みたいになってるんだ。なあ、ダイン?」
「うん。枝の間でぽわ、ぽわっと、異界に繋がる泡が膨らんでる」

「魔法の使い手ってのは大抵、力線と境界線が蜜になってる場所を選んで家を構えるんだよ。んでもってその手のポイントは、人里離れてるとは限らないってことさね……アインヘイルダールみたいな土地では、特にそうだ」

 フロウの言葉に、ナデューが腕組みしてうなずき、後を引き継ぐ。

「力線も、境界線も、街ができるよりずーっと前から、そこにあるんだからね」
「そうなんだ……」

 ニコラは小さな手を握って、また開いて確かめた。一度、焦点さえ合えばもう目を閉じる必要はなかった。あふれ出す力の流れを、肌で感じることができた。

「ダイン」
「ん?」
「ちょっと例の『木』のある場所に立ってみろ」
「わーった」

 言われるまま、ダインはのっそりと『力線』の木に重なるようにして立った。
 ふわっと金髪混じりの褐色の髪が波打ち、左目が月色の虹に覆われる。

「うわ、ぴりぴりする!」
「おお、どんぴしゃな位置に立ったな。つくづく便利だねえ……ニコラ」
「はい!」
「ダインの足から1mぐらい離れた位置に召喚円を描け。真上だと強過ぎるからな」
「わかったわ! ダイン、もうしばらく動かないでね?」
「へいへーい」

 居心地悪そうにもじもじしながら、ダインはニコラが慎重に円の位置を決めるのを見守っていた。

「ここかな?」
「うん、枝の先が触れるか触れないかって位置だ」
「OK、上出来! もう動いてもいいわよ」
「はいはい」

 首をすくめてダインは『木』から離れた。

「さあてっと」

 ニコラは腕まくりすると下書きの紙を地面に置き、チョークを構えた。

「行くわよ!」

 深く息を吸い込むや、一気にぐるうりっとばかりに腕をぶん回し、直径1mほどの円を描いた。

「わお、毎度のことながら、ダイナミック! 気持ちいいくらい勢いがあるよね、ニコラ君の描き方って」
「あの子の場合、勢いつけた方が上手く描けるらしくってな」
「あー、何かわかる気がする」

 そうこう言う間に、ぐるりっと内側の円が。ざっ、ざざっと交差する直線が。重なる二つの正六角形が描かれて行く。
 
「……ふぅ」

 軽く汗を拭うと、ニコラは地面にしゃがみ込んだ。ここからが一仕事。
 いつの間にかちびとちっちゃいさんたちが店から出てきて、薬草を干す台の上にずらっと横並びに並んでいた。気になるらしい。

 そして、約30分後。とりねことちっちゃいさんがうとうとし始めた頃……

「できた!」

 ちびはうっすらと目を開けて、ちっちゃいさんたちはぴょくっと起き上がる。
 描きあげた召喚円を見下ろし、ニコラが満足げにうなずいていた。
 ぽそりとダインがつぶやく。

「張り切ってた割には、案外ちっちゃいんだな」
「初級用だから、これでいいの!」

 手提げ袋からずいっと濃紺の布を引き出すと、ニコラはぱしっと広げて片方をダインの手に押し込んだ。

「ほら、そっち持って。広げて」
「う、わかった。これでいいか?」
「OK。そのまま地面に降ろして」
「はいはい……」

 ぴん、と張った布をそろーりそろりと地面に降ろす。位置は召喚円の真向かいだ。夜空と見まごう濃紺の布には、白く『護身円』が染め抜かれている。続いて取り出された銀のピンにはそれぞれ、『水』『火』『木』『土』を表すシンボルが刻印されていた。
 ニコラはピンで慎重に四隅を留め、最後に『金』のシンボルの刻印されたメダルを護身円の中央に置いた。

「……よし。下がって、ダイン」
「わかった」

 のっそりとわんこ騎士が後退するのを見届けると、ニコラは手提げ袋から小瓶に詰まった聖油(オイル)を取り出した。きゅっと蓋を開ける。ラベンダーの精油だ。フロウの指導の元、自分で調合したものだった。
 布の護法円の四隅と中央、次いでチョークで描いた召喚円の四隅と中央にオイルを垂らして行く。

「お」

 ダインの目には、はっきりと見えた。青く輝く光のラインが二つの魔法円をなぞって走る有り様が。

「円の起動が終わったみたいだね」
「さーて、どんなのが出て来るかな?」

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