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とりねこの小枝

1.ロブ先輩がやって来る

2012/03/20 23:15 騎士と魔法使いの話十海
 
 金髪混じりの褐色の髪に陽に透ける若葉の瞳、剣を取っては豪快に斬り結び、盾を掲げては果敢に守る“鷲頭馬のダイン”ことディートヘルム・ディーンドルフと、その相棒にして白銀の髪に青緑の瞳、しなやかな若木のごとき手で強弓を引く、女神のごとき美貌の持ち主、“月弓のシャルダン”ことシャルダン・エルダレント。
 
 黙って並び立てば、もれなくご婦人方の胸を時めかせるこの二人は、実は筋金入りの『ど天然』だった。

 ひとたび口を開けば、あふれる直球、残念、あるいは空気読めない発言の数々。ちらとでも耳にした者は頭を抱えたくなることしきり。
 しかしながら方や勇猛果敢な剣の使い手、方や針の目をも射通す弓の名手として。互いの得手を活かし、不得手を補いつつ日々順調に任務をこなしていた。
 そんな対照的な二人のコンビもだいぶ板についてきたある日のこと。

 見回りから帰ったダインは、騎士団の詰め所で懐かしい顔に出くわした。

「よう、ディーンドルフ!」
「ハインツ! ハインツ・ルノルマンじゃないか!」

 リスを思わせる黒髪に琥珀色の瞳の小柄な男は、共に王都の訓練所で修業した同期だった。
 ダインより2年早く正騎士となり、先輩騎士ロベルトの副官として東の交易都市に赴任し、以来、互いの消息はそれとなく聞いてはいたものの、顔を合わせることはなかった。
 今、この瞬間までは。

「相変わらずでっかいなー。また育ったか、お前? 何食ってるんだ?」
「肉と野菜と、魚」
 
 ひょいと伸び上がると、ハインツはばすばすと旧友の肩を叩いた。

「……うん、聞いてみただけだから」
「あと、リンゴ」
「相変わらずリンゴしゃりしゃり食ってんのか」
「うん、美味いし」

 そんな二人の会話を聞きながらシャルダンはぼそっとつぶやいた。

「そうか……リンゴか!」
「あん?」
「ああ、こいつはシャルダンってんだ。俺の、後輩。シャルダン、こいつはハインツ。訓練所時代の同期だ!」
「よろしくお願いします、先輩!」
「おう、よろしくな」

 ハインツは元々平民の出だった。それ故、主に貴族層に振りまかれたダインの暗い噂を気にすることもなく、比較的対等に付き合っていた数少ない同期生の一人だったのだ。

「お前も先輩って呼ばれるご身分になったんだな。おめでとさん」
「ありがとう! んで、いつまでこっちに居るんだ?」
「今度の辞令で、西道守護騎士団に異動したんだよ。アインヘイルダール駐屯部隊の隊長補佐として」
「ええっ! すごい出世じゃないか!」

 西都への近さ故か、長い間アインヘイルダールの砦には確たる長は居なかった。団長であるド・モレッティ伯爵が兼任していたのだ。

「新しく隊長が赴任してくるって話は聞いてたんだが、お前まで来るとはなー!」
「これでやっと、書類やら届け出が団長の出向日まで保留! なんてことがなくなりますね!」
「……あー、その、君たち? 普通、こう言う時は『隊長って誰?』って聞くもんじゃないかな?」
「おお」
「そう言えばそうでした」
 
 ハインツは軽い目まいを覚え、こめかみを手で押さえた。

(後輩ができて、ちったぁしっかりするかと思ったら……ボケが二倍になってやがる)

「で、誰だ、隊長って」
「……そう、それだよ。俺が誰の副官やってると思う?」
「え。それって、まさか、ロブ先輩?」
「ああ、そうだよ。“兎のロベルト”先輩さ」

 しぱしぱとまばたきすると、ダインの口元がむずむずっと動き、直後、あどけない笑みが顔全体に広がった。さながら池に広がるさざ波のように。目元に笑い皺が浮かび、緑色の瞳がきらきらと輝きを増す。

「そうか! ロブ先輩、こっちに来るのか!」
「何で、そうにこにこしてんだよお前。あれだけしごかれたのに」
「だってロブ先輩に会えるんだぞ? 嬉しくない訳ないだろ! いつ来るんだ?」
「三日後ってとこかな。俺は先触れだ」
「そうか!」

 心底おめでたいっつーか、お人よしな奴だ。
 ハインツは小さくため息をついた。
 記憶にある限り、ロベルトはことさらダインには厳しかった。他の訓練生ならとっくに潰れていたような過酷なしごきを平然と課し、やり遂げた所でさしてねぎらうでもなかった。
 せいぜい、ただ一言「よくやった」と言う程度。
 思えばその一言に、こいつはそれはもう、いちいち嬉しそうに「はい!」って答えていたものだ。飼い主の足下にきちっと座り、しっぽを全開に振る犬みたいな表情で。
 
「ロブ先輩はな、訓練所で俺の世話役だった人なんだ。いろいろ面倒見てもらったし、みっちり鍛えてくれたんだぞ」
「なるほど、私にとってのダイン先輩みたいな方なんですね」
「ああ!」
「すっごく大事な人なんですね!」
「うん」

(……通じ合ってるよ)
(どんだけツーカーなのか、こいつらは)

「どーしたハインツ。疲れてるのか?」
「あ、うん長旅だったしな」
「そっか、ゆっくり休め!」
「お茶お入れしますね」

 旧友の気疲れの真の理由など知る由も無く。

「三日後か……楽しみだな」

 ダインは心に決めていた。非番の週に入ってるけど、朝一番で砦に出てこようと。ロブ先輩を、出迎えるために。

     ※

 ところが……。
 新隊長ロベルト・イェルプは何事においても手際の良い男だった。“兎のロベルト”の二つ名は伊達ではない。新たな任地アインヘイルダールの砦に、予定より一日早く着いてしまったのだ。

 しかも、王都を出立する際に届いていた砦あての荷物まで運んで。辺境とは言え、隊長としての赴任だ。運ぶべき荷物もそれなりの量となり、馬車を用立てることになった。
 ロベルトは何事においても合理性を重んじる男だった。
 ついでだからと、空いた場所に砦あての荷物も積み込み、自ら手綱をとってきた次第だが。
 その中に、ディートヘルム・ディーンドルフあての荷物と手紙が含まれていた事も少なからぬ要因の一つであった。

 砦の門を潜り、馬車を中庭に乗り入れる。さすがに予定より早いからか、出迎えの者はいなかった。
 先触れに既に副官を送ってはあったが、予定より一日早いのだ。誰も自分が今日到着するとは、予想していないだろう。
 訪問者を察して、中庭に居た騎士たちが近づいてくる。だがその中に、予測していた人物はいなかった。
 がっちりした体格で、いつも少し背を屈めている金髪混じりの褐色頭。手足のひょろ長い、そばかす顔の少年の頃から大人になるまでを見届けた。
 昨年、ようやく正騎士になったと聞いていたが……。

「おい、そこの銀髪!」

 真っ先に近づいてきた一人に声をかけた。線は細いものの、なかなかにはしっこそうだし、鋭い、良い目をしている。目端も利きそうだ。
 おそらく、自分の質問にも的確な答えをくれるだろう。

「ディーンドルフはどこだ」
「ディーンドルフ? ………ああ」

 ぽん、と手をたたくと、銀髪の騎士はあでやかな笑顔でさっくりきっぱり答えた。
 だがその返答は、ロベルトの予想をはるかに上回るものだった。

「ダイン先輩なら彼氏の家ですよ」
「彼氏ぃ?」

 がごぉんっと、目に見えない巨大な石がロベルトの頭を直撃した。
 とっさに言われたことが理解できなかった。

(いや、落ち着け。ひょっとしたら聞き違いかもしれない)

 今し方受けた衝撃など、表情には欠片ほども出さず、平静を装いつつ確認してみる。

「今、お前彼氏って言ったか」
「はい」

 何てことだ。聞き違いじゃなかった!

「つまりあれか、ダインの奴は、男と付き合ってるってことか」

 返答も待たずに詰め寄り、肩に手をかける。銀髪はさすがに驚いたか目を見開いたが、感心なことに逃げもたじろぎもしなかった。

「そいつの家はどこだ、教えろ今すぐ教えろーっ」
「……北区の裏通りです」

 答えながらシャルダンはちらりと思った。
 あれ、こんなこと、前にもあったような気がするな、と。

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