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とりねこの小枝

隊長と呼べ!

2013/06/18 4:15 お姫様の話いーぐる
 そして、当日。
 ディートヘルム・ディーンドルフことダインは西道守護騎士団の砦を訪れた。非番の日ではあったがきちんと制服を着て、黒毛の軍馬にまたがりさっそうと……

「ぴゃああ」

 翼の生えた猫のような生き物を連れて。

「もうすぐロブ先輩に会えるぞ、ちび」
「ぴゃあ!」
「三年ぶりだよ。ああ、楽しみだな……」
「ぴぃ、ぴぃ!」

 騎士団の勤務シフトは、非番の週と勤務の週が交互に入る仕組みになっている。
 開拓者を守護する一方で、団員自らも開墾に携わっていた時代の名残である。
 砦の外にも家と、土地を持つ騎士に利便を計るためにこんな勤務体制になっているのだ。自らの住む家と、所有する土地を管理するのもまた、騎士たる者の勤めなのである。

 しかしながら、独り者はもっぱら非番の週、勤務の週を問わず兵舎から離れることはなく。砦、もしくはその周辺で過ごすのが常だった。
 ダインやシャルダンのように、独り者でありながら外で過ごす人間は比較的少数派なのだ。

 今日、ダインがちびを連れてきたのは他でもない。猫好き(と言うか動物全般が好きな)後輩のためだ。
 砦の門をくぐり、中庭に入った途端に彼は面食らった。

「あれ、ロブ先輩?」

 出迎えに来たはずの当人が、むすーっと不機嫌そうな顔で、腕組みして待ちかまえていたのだから!
 傷跡の目立つ腕や顔、三つ編みの金髪にスミレ色の鋭い瞳……ダインに残る記憶のままの彼だった。

「ずいぶん早い到着ですね」
「昨日着いた」

 何から問い詰めるべきか。この期に及んでロベルトがまだ思案しているうちに、ダインは素早く馬の背から飛び降りていた。
 避ける暇もあらばこそ。駆け寄って、腕を広げ、全力でしがみつく。

「ロブ先輩! 会いたかった。会いたかったぁ!」
「おわっ」

 力いっぱいしがみつかれて、ぐらぐらと揺れる。むわっと無駄に発散される体温が押し寄せてくる。

「さっさと離れろ、暑苦しい!」
「……はい」

 ぐいっと押しのけると素直に離れた。少年の頃は容易く引きはがせたその腕を、今となっては全力を振り絞ったところで果たして外せるかどうか。

(こいつ、すくすくすくすくでっかくなりやがって!)

「それから。今日付けで俺は正式にアインヘイルダール駐屯所の隊長に就任した。だから、きちんと隊長と呼べ!」
「はい……すみません、隊長」

 眉尻を下げ、しゅん、と肩を落とす姿に急いで付け加える。

「それでいい」
「はいっ!」

 途端にぱあっと目を輝かせた。
 自分の些細な言葉に一喜一憂し、くるくると表情が変わる。相変わらず素直で、まっすぐで、欠片ほどの疑いも抱かない。
 以前は信じていた。何不自由なく育てられた純真無垢なお坊ちゃん。故に単純な奴なのだと。

 だが彼の置かれた立場や実の父親、その正妻たる女性から受けた仕打ちを知るにつれて呆れると同時に驚いた。

 自らの息子の跡取りとしての地位を守るため、事あるごとに悪意ある噂を流して彼を貶めてきた継母。年齢的にも、実力も申し分なく成長した『愛人の息子』が、正騎士になるのを断固として許さなかった。
 三ヶ月違いの兄は、形ばかりの修業を経てとっくに騎士になっていたと言うのに。
 正妻のその行動を知りながら、父親は見て見ぬふりを決め込んでいた。たかだか目、一つで。たかだか、色の変わる瞳を持って生まれた、それだけの理由で息子を疎んじていた。

 それでもなお、ディーンドルフは自分を慕い、信じていた。ロブ先輩、ロブ先輩とそれこそ犬っころみたいに後を着いてきた。
 己が身の不運を嘆いて世をすね兄を嫉み、捻くれることもなく。
 あんな扱いを受けて、よくぞここまで真っ直ぐ育ったものだ。

「ロブ隊長! 俺にも後輩ができたんです」

 珍しく、背筋をしゃっきりと伸ばしている。

「ほう。そうか。お前もようやく正騎士になれたんだってな」
「はい!」
「おめでとう。よくやった」

 その言葉を聞くなり、彼の顔がくしゃっと崩れた。目元に笑い皺が寄り、口が大きく開き、白い歯が光る。ディーンドルフは顔全体で笑っていた。

「ありがとうございます!」

(あーくそ、やっぱ変わってねえじゃないか、こいつ。相変わらずだな)

「ロブ隊長!」
「おう」

 呼ばれて我に返る。ダインの隣に二人、年若い団員が居た。一人は、つんつんにとんがった黒髪のがっしりした背の高い男。屋外作業の途中だったのか、騎士団の制服ではなく、丈夫な綿のシャツと、藍染めのズボンを身に着けている。

「エミリオ・グレンジャーっす」
「うむ。いい体をしてるな」
「ありがとうございます!」

 なかなか、はきはきして気持ちのいい返事だ。
 そしてもう一人は……

「シャルダン・エルダレントです」

 さらりとした銀髪に、深い森のごとき青みを帯びた緑の瞳、どこか真珠を思わせるなめらかな白い肌。女神のごとき美貌の年若い騎士……
 シャルダンはすーっとまっすぐに近づいてきて……いきなりぷにぷにと二の腕を突いた。

「やっぱりいい筋肉してるなあ……さすがダイン先輩の先輩ですね!」

 褒められた。そう、騎士として、男としてそれは自然な憧れであり、しごくありふれた賞賛の言葉のはずなのだが。

「きっさまあああ!」

 とっさに脚を上げて、蹴り着けていた。

「断りも無しにいきなり触るとは、何事かぁ! それから、先輩ではない! 隊長と呼べ!」

 どっかとばかりに頑丈なブーツに蹴られてシャルダンは、バランスを崩して後ろにすっ飛ぶ。そのまま地面に尻餅をつくかと思いきや。

「……大丈夫か」
「ありがとう、エミル」

 エミリオが背後からがっしりと、受け止めていた。何か言いたげにこちらを睨む褐色の瞳を、憮然として受け止める。
 よかろう、言いたいことがあるなら聞こうじゃないか。
 そのつもりで身構えたが。
 シャルダンはぽん、と黒髪の相棒の肩に手を置き押しとどめ、自分は背筋を伸ばしてきちっと一礼してきた。

「申し訳ありませんでした、隊長。以後は改めます」
「うむ、それでいい」

 シャルダンが蹴られた瞬間、ダインは反射的にぴくっと指先が動いていた。
 だが、彼は理解していた。シャルダンは見た目より力が強く体も丈夫だ。そして、ロブ先輩は決して、酷い怪我をするような蹴り方をする人じゃない。さんざん蹴られて育ったのだ。それは自分が一番良く知っている、と。
 それにこの場にはエミルも居る。
 果たして彼の判断は的確だった。後輩のその落ち着き払った反応に、ロベルトもまた満足していた。

(成長したな、ディーンドルフ。すっかり立派な軍人になりやがって……)

 だがこの光景は、シャルダン目当てで差し入れ持参で訪れていた町のご婦人たちに、しっかりと目撃されていた。

「蹴ったわ。シャル様を蹴ったわ!」
「ひどい! 隊長さんひどい!」
「きっと『どS』ね!」

 ロベルト隊長は『どS』。
 その噂がこの後、光の早さで町中を駆け巡るのだが……ロベルトは知る由もなかった。
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