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とりねこの小枝

隊長さんはどS?

2013/06/18 4:25 お姫様の話いーぐる
「新しい隊長って『どS』なんですって?」

 四の姫ことニコラ・ド・モレッティ嬢が、じょうろを抱えてきっぱりと、言い切ったのは薬草畑のど真ん中。ぽかぽかと陽射しの暖かな日であった。
 師匠の畑を耕すのは弟子の役目、と言うことで、薬草店の畑を耕しているのだ。『匿名の贈り物』の中に入っていた種を植えるために。しかしながら、一番の働き手であるダインは先日、祈念語の勉強をサボっていたことが判明し、今しもフロウがつきっきりで再教育の真っ最中。
 そこで、代わって後輩二人……エミリオとシャルダンが手伝いにはせ参じた次第。
 元々二人とも農作業には慣れているし、エミリオに至っては薬草術を専門に学んでいる。手際よく作業をすすめ、一段落したところでぶちかまされた爆弾発言だった。

「大丈夫? シャル、いじめられてない? まだ遠くからちらっと見たことしかないけど、あの手のサド目男はシャルみたく可愛いくて若い子を目の敵にするに決まってるんだから!」

 ロベルト隊長が就任してから五日目。噂が町を駆け抜け、彼女の下へと到達するのに、三日とかからなかったのである。
 高々と銀髪をポニーテールに結い上げて、腕まくりをしたシャルダンは、きょとんとしたまま、青緑の目をぱちくり。言われたことをしばらくの間、かみ砕いて理解しようと勤めた。
 やがて、がばっと顔をあげるやいなや、よどみのない澄んだ声できっぱりと言い放った。

「いじめるなんて、とんでもありません!

 ひらっと赤い金魚のような翼をはためかせ、小さな少女の姿をした妖精がニコラの肩に舞い降りる。
 先日召喚したばかりの使い魔、ニクシーのキアラだ。この家は力線が強く、境界線も安定しているため、術者の消耗を気にせずのびのびと実体化することができるのである。

「ロブ隊長は、男らしくて、公平で、かっこいい立派な人です!」
「そ、そうなの?」
『なの?』

 勢いに押されてニコラは使い魔キアラともども一歩後ずった。すかさずシャルダンがずいっと身を乗り出す。

「はい! 先日、ダイン先輩が非番だったんで代わりにロブ隊長と一緒に市中の見回りに出たのですが……歓楽街の一角で、女性がからまれていたのです。筋骨逞しい男、3人に。そうしたらロブ隊長はつかつかと近づいていって、こう……」

 シャルダンは咳払いして、じとーっと目をひそめた。たいへん人相がよろしくない。

「貴様、その手を離せ……って!」

 どうやらロブ隊長の物まねらしい。

「だけど、男たちは三人とも酔っぱらってて、殴り掛かってきたんです。加勢しようと駆け寄った時には、もう勝負がついてました」

 シャルダンは胸の前で腕を組み、うっとりとつぶやいた。

「目にも留まらぬ早業とは、あのことを言うのですね! 殴り掛かってきたその手を掴んで逆に投げ飛ばし、二人目にぶつけて共倒れさせて。飛びかかってきた三人目を、ごつっと一発で!」

 ほう、とため息をついて、銀髪の騎士は頬を染めた。

「かっこよかったです」
「ふうん……」

 ニコラはちょっとばかりサド目の隊長を見直した。週末におばあさまのお茶会で顔を合わせる予定だけど、彼の人となりを判断するのはその時にしよう、と。

「しかも、ロブ隊長の個人紋は、ウサギなんですよ!」
「ちょっと待って、それ関係あるの?」
「ありますとも」

 はあ、はあ、と息を荒くしてシャルダンはぎゅむっと拳を握った。

「ウサギですよ! ふわもこなんですよっ!」
「……シャル」

 ぽん、とエミリオが肩を叩いた。

「フロウさんを呼んできてくれ。種を入れる準備ができたって」
「うん、わかった!」

 肝心要の種を蒔くにはやはり、フロウの目と指先が必要なのだった。
 ぴょっこぴょっこ飛び跳ねる銀色のしっぽを見送りつつ、ニコラがぽつりと言った。

「シャル、隊長さん好きすぎ」
「しかたないです、むきむきだから」
「むきむきなんだー。それじゃしょうがないよね」
「……俺ももーちょっと鍛えようかな……」

 ニコラは首をひねってエミリオを見上げた。作業中なので今はローブを脱いで、身に付けているのはシャツとベストとズボンのみ、と言う身軽な状態でさらに袖をまくっている。故に体つきがよくわかる。筋骨逞しい腕、広い背中、厚い胸板。

「それ以上鍛えてどうするの、魔術師なのに」
「自分、中級ですから」
「や、それ関係ないし?」

 きぃいと裏口の扉が開き、シャルダンが戻ってきた。その後からフロウと、妙にげっそりしたダインが後に続く。さらにその肩の上では……

「ぴゃあ!」

 得意げに前足を踏ん張るちびの姿があった。

「あれ、ちびちゃん得意げ?」
「ああ。こいつ、ダインより早く祈念語の詠唱覚えやがった」
「え」
「え」
「え?」
「んびゃっ!」
「おう、ちび公。一つお披露目してやんな」

 フロウに言われて、ちびは澄んだいとけない声で唱え始めた。

『混沌より出でし白、天空の高みより降り注ぐ光、万物をはぐくむ太陽、リヒテンダイトよ。我は請い願う その光もて穢れし亡者を祓いたまえ!』

「おお」
「お見事」
「すごいすごーい」
『すごーい』

 この場に居合わせたほぼ全員が、ちびの唱えた呪文を聞き取ることができた。唯一の例外にして当のちびの飼い主以外は、全員。

「俺は……猫以下だったのか」
「とーちゃん?」

 がっくりと肩を落とすダインの頬に、ぷにっとちびが前足で触れた。

「ほれ、せっかくちび公が覚えても、お前さんが唱えらんなきゃ意味ないだろ?」
「うん……」
「こいつは人の心に共鳴して、呪文の力を増幅してるんだからな? 自分だけじゃ、ただ言葉を真似するだけだ」
「うん」
「ほれ、種蒔くから手伝え」
「わかった」

 ものの見事に誘導されると、ダインは喜々としてフロウの後に着いて畑に向かうのだった。

「んで、力線がいい具合に伸びてるのはどの辺だ?」
「ここと、ここ……それから、ここ」
「OKOK。ほんとに便利だな」

     ※

 その後。
 一仕事終えて店の中に戻り、お茶を飲みながらくつろいでると……シャルダンはふと椅子の上に置かれた真新しいクッションに目をとめた。スミレ色の布地に、優しくかすむ青紫と緑の糸で精巧なラベンダーの刺繍が 施されている。縁には一面に柔らかなフリルが縫い付けられていた。

「これは、どなたがお作りになったんですか!」
「ああ、それな。ニコラのお手製だ」
「素晴らしい………」

 クッションを抱えてぷるぷると震えるシャルダンに、ニコラが声をかける。

「一度、型紙作っちゃえば後は同じだから、いくらでも作れるよ? シャルにも作ってあげようか?」
「本当ですか? わあ、うれしいな!」

 はっとダインとフロウが表情を堅くする。いけない、このままではえらいことになりかねない。
 
「あー、その、シャルダン」
「何でしょう先輩」
「リクエストしたいモチーフがあったら言っておけ。ニコラの刺繍の腕前はすごいぞ」
「それでは、猟犬をお願いします」

 にこにこしながらシャルダンは、マントを留めていたブローチを外してニコラに見せた。
 卵ひとつぶんほどの大きさの盾の形をしたブローチには、ほっそりとしなやかで、精悍そのものの顔立ちの犬が刻まれていた。

「これは、あなたの個人紋なの?」
「はい」
「ああ、だから背景に弓が刻まれてるのね」
「はい!」

 シャルダンは胸を張って答えたのだった。

「弓と、猟犬です!」

 その隣では、エミリオが陽に焼けた頬をほんのり染めていた。
 
『猟犬はエミリオ、弓は私だよ』

 入団に際して個人紋を決める時、そんな会話が交わされたことは……当人たちだけが知っている。
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