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とりねこの小枝

薬草学講習

2014/04/11 3:00 お姫様の話いーぐる
騎士団には何日か…または週に一回程と不定期だが、座学の時間が取られている。
魔法学院や神殿から人を呼んで魔術や祈術についての基礎知識を学んだり、ベテランの騎士が任務中に役に立つ知識を若手の騎士に伝授したりする。
二の姫が来た時には、王都や西都の社交界で必要なテーブルマナーを伝授したとかしていないとか……。

ディートヘルム=ディーンドルフはここ数日、仕事に支障はないがどこか上の空のまま過ごしていた。
隊長が悪いわけでも落ち込んでいるわけでもない、ただ……気になって仕方が無いことがあるのだ。
それは、自分が入り浸っているフロウの薬屋に帰ってきた「同居人」と会った日のことだった……。

***

「ようフロウ!」

威勢の良い声と共に薬草店の扉を勢い良く開ける彼ディーンドルフは、長ったらしい名前だというので、彼は周りから基本的にこう呼ばれている。

「ん、よぉダイン。今日は怪我してねぇみたいだな。」

「おい、俺がいっつも怪我して帰ってきてるみたいに言うなよ。」

「いっつもしてるだろ?大なり小なり……。」

薬草店の扉を開けるなり投げられた言葉に、軽口に苦笑いを浮かべて返した騎士に店の主がしれっと返すと、心当たりがあるのか騎士が言葉に詰まって視線をそらしてしまう。
そんなやりとりをどこか楽しげにしていると……住居部分への入り口からぬっと、男が一人顔を出す。
風呂から上がったばかりなのだろう、引き締まった上半身はそのままで下だけ衣服を身に着け、髪をどこかしっとりと濡らしたその男は、
昼間に冒険から帰ってきたというレイヴンだ。……それをダインが知っているはずもなければ、きょとんと面食らったような顔になる。

「……誰だお前。」

「……客か?」

「いや、半年ちょっと前からうちで寝泊りしてる騎士様さね。で、ダイン……こいつはレイヴン、今日長期の依頼から帰ってきた冒険者でうちの居候。」

「居候!?フロウお前……一人暮らしじゃなかったのか!?」

さも話しただろうと言わんばかりの態度でレイヴンを紹介されて、目を見開いて驚くダインに……当のレイヴンは思い当たったようにフロウに視線を向ける。

「……なるほど。……言った気になっていたようだな。」

「あれ?っかしぃな……言ったろ?奥の部屋使ってるって。」

言われて、金褐色の髪を揺らし首を捻るダインの記憶が、頭の中でグルグルと回り始めた……

(「おいダイン、部屋貸すのは良いが、奥の二部屋は使ってるから他の部屋にしてくれよ。」)
(「分かった、それじゃあお前の隣にする。」)
(「あいよ。」)

「……使ってる、としか言ってないからお前が二部屋使ってると思ってた。」

掘り返した記憶を元に紡がれたダインの言葉に、フロウがなるほど、といわんばかりに頭をポリポリと緩く掻く。

「あ~……そうだったか。まあアレだ……俺が使ってる部屋の向かいがコイツの部屋なんだよ。ってわけで、よろしくしてやってくんな。」

「……レイヴンだ。」

「俺はディートヘルム=ディーンドルフだ、ダインでいい。」

「ぴ?……ぴゃぁ!」

名乗っている間に、いつの間にか音も無くレイヴンの足元に忍び寄ったちびが……くん、とレイヴンの足元を一嗅ぎすると、すりすりと頬を寄せて懐くように一鳴き。
それに気付いた長身の視線が足元のとりねこへと向けば……少しだけ、驚いたように目を見開く。

「……フェレスペンネ?」

「おや、知ってたのか?レイヴン……。」

「……あぁ、自分の使い魔だからな。」

「……へ?」

「……ぁ?」

「ぴゃ?」

二人が同時に疑問符に満ちた声をこぼし、それにつられたように、ぴゃあぴゃあした声を放ったちっこいのが首を傾げた。

「……?」

薬草師と騎士の思考が一瞬停止した理由が分からずに、今度はレイヴンが疑問符を浮かべると……

「ちょ、ちょっと待て!」

「何だ?騎士。」

「ダインでいい!いやそれよりも……お前もその……『とりねこ』を使い魔にしてるのか?」

「……とりねこ?俺の使い魔はフェレスペンネだが。」

「あ~、レイヴン。今のところ俺らの周りでは『とりねこ』って呼んでるだけで、そのフェレスペンネのことだ。」

「……成程。」

「……で、どうなんだ?」

改めて騎士が問いかけると、男はあっさりと首を縦に振る。

「あぁ。」

「み、見せてみろ!」

どことなく上から目線な言葉になっているのは、にわかに芽生えた対抗心か、孤独な己の使い魔の同胞を見つけた興奮からか……
どちらにしろ、言われるままに、黒髪の男はポケットに手をやり……静かに告げる。

「……符を部屋においてきた。」

思わずこけそうになった二人だがさもありなん、彼は風呂上りなので、自宅で術具を風呂場まで持ち込む者はそう居ないだろう。

「あ~……とりあえず服着て来い、風邪引くぞ。」

「……そうだな。」

***

その後、なんだかんだでうやむやになってしまい、まだ事実の確認ができていなかったのだ。気にもなるというものである。
この座学が終われば時間が出来る、そしたら薬屋に一直線に向かおう、なぞと考えいるダインの耳に、今日の座学の講師の声が入った。

「さて……これから座学を始めるぞ~。今日は薬草や野草について役に立つ知識を、ってことで俺……薬屋のフロウが講師さね。」

「あ、今日はフロウさんが先生なんですね……先輩?」

「……フロ、ウ?」

隣でにこにこと声をかけたシャルダンが、どこか呆けた顔のダインを見て首を傾げる。
ダインもダインで、『座学の講師』にまさか悩みの種の一人が来ると思っていなくて呆然としていた。
そんな二人を見つけたフロウは、してやったりと言わんばかりの顔でニンマリと、悪戯な笑みを浮かべていた。

(あ、あの顔は……くそっ!知ってて黙ってたなあのオヤジっ!)

その笑みを見て我に返ると同時に、自分が彼の仕込みに嵌められてまんまと間抜けな顔を晒したのを悟り、キュッと眉根が寄る。
しかし、声を荒げては座学の邪魔になるのが分かっているからか、ムスッとした顔のまま立ち上がりかけた腰を下ろす。
それを見たフロウが緩い笑みを浮かべてから、教壇にとんと両手をついた。

「んじゃ、まずはお前さんらが良く使うだろう薬草と、食べられる草についてな。」


フロウが始めた授業は、ざっくばらんな説明が多いけれども、それなりに分かりやすいものだった。
食べられる野草の見分け方や、薬草の簡単な煎じ方。植物系の魔物のちょっとした弱点などを浅く広い知識を騎士達に伝授した。
特に口を酸っぱくして言っていたのが「素人は絶対に茸には手を出すな。」というものだった。
野草や、よっぽど外見に特徴がある木の実だけならまだしも、茸は良く似た毒キノコを経験のある野伏でも間違えてしまうこともあるため、
野伏の訓練を詰んでいるシャルダンを例に出し、専門知識のある者以外はキノコには手を出さない事、と強く言い含めた。
いくつか、食べられる茸とそっくりな毒キノコを見せて、その毒性について説明もした事もあってか、若い騎士達は神妙な顔をしていた。

……何人かを除いては。

「ふぁ……あ~!もう終わったかぁ?」

これ見よがしに欠伸をする声は、部屋の後ろの方から……そこには、退屈そうに机にわざわざ足をかけて寛いでいる男。
おい、と隣の騎士が嗜めるように言うが、聞く気がないようでニヤニヤとした笑みをフロウに向けている。
当のフロウは、そういう奴も居るだろうと思っていたのか、気にした風も無く言葉を紡いだ。

「もうすぐ終わりだが、聞く気がないなら別に出ていっても構わねぇぞ?」

「いやいや、ちゃんと終わるまでは居るさ。……聞く必要性は感じないが。」

「そうかい、まあ別に静かにしてくれたらそれで良いさね。」

「はっ、大体…」

話を切り上げようと言葉を流した薬草師に更に皮肉を紡ごうとした言葉を、バンッ!と大きく机を叩く音が遮る。
音の主は、褐色の髪を緩やかに波打たせた大柄な騎士……ダインであった。

「足を下ろせ、そして黙れ。」

「はっ、恥掻きっ子が何……を……。」

鼻で笑って言葉を紡ぎながら声のする方を向いた男の言葉が止まり、顔が引きつる。
何時も背中を丸めて、何を言っても大した言葉を返さなかった「ガタイだけは良い温厚な恥かきっ子の男」が、
まるで、喰い殺さんと言わんばかりに鋭い視線で己を睨みつけているのに気付いたからだ。
隣に座っている乙女のような美貌の後輩騎士の怜悧な抗議の視線も相俟って、背筋に氷を入れられたように背中がぞわりと震えた。

「もう一度言う。足を下ろして、その口を閉じろ。」

「っち……。」

結局、その視線に耐えられなくなった男が舌打ちを零しながら渋々と足を下ろすのを見たフロウは苦笑いを浮かべ、

「……んじゃ、続きいくぞ~。」

そう言いながら教壇に帰る途中、ぽんぽん……と未だ剣呑な雰囲気の残る肩を叩いた。
たったそれだけで、獲物を狙う獅子のようなダインの怒りの気配が、しゅるしゅると霧散するように消えてしまうのを、
周囲の騎士達は、隣で必死にノートを取りはじめた後輩騎士と、不貞腐れた当事者を除いてなんとも複雑な視線で見ていたりしたのだけど。
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