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とりねこの小枝

白馬、誘拐

2013/11/25 23:38 お姫様の話いーぐる
 薬草屋の一幕など露知らず、ダインはひたすら集中を続け、ちびの視覚で白馬を探す。とりねこの目から見下ろすスラムの町並みは、様々な濃度の灰色のタイルを敷き詰めたように見えた。時に落ち葉のように重なって、かと思えば意外なほど広い空間がぽっかりと空いている。

 ふと気付く。でたらめなようで、一定の方向性があるのだ。くねくねと進む細い道と、アインヘイルダールの町を通り抜けて流れる川、そこから更に枝分かれした支流に沿って。所々に朽ちかけた家がある一方で新しく建てられた家もある。その一角だけ、くっきりと真新しい材木の木肌が浮かび上がって見えた。
 延々と連なる屋根は、全て人の手によって作られたのかと思うと不思議な気がする。

「っと……いかんいかん」

 見とれている場合じゃない。今は果たさねばならない務めがある。

「お」

 くすんだ町並みの中にぽつりと動く、白い生き物が居た。馬だ。この距離からでもはっきりそれとわかるほど、引き締まった、均整の取れた体格をしている。

『ちび、もっと近づいてくれ』

 高度が下がり、馬の姿がぐっと大きくなる。どうやら、ちびは近くの屋根に舞い降りたようだ。
 しっかりした骨格の上をしなやかな筋肉が覆い、しぼったばかりのミルクのような毛並が日の光を反射してまばゆいばかりだ。

「いた」

 まちがいない。逃げ出した白馬が、スラム街の入り組んだ町をぽこぽこ歩いていた。上機嫌で散歩でもしているのかと思いきや、様子がおかしい。塀の上、路肩の石、低く下がった軒下、かと思えば生け垣の根元。
 そこ、ここに鼻を突っ込み、何かを一心にほお張っている。草でも食べているのかと思ったが、違った。何やら白くて四角い物を、夢中になって口に入れている。

「角砂糖食ってる」
「甘いもの好きなんだ……女の子ですね!」

 甘い小さな白い立方体は、馬の喜ぶご褒美だ。しかし口に入れるとすぐ溶けてしまう。歯ごたえがないせいか、黒はあまり好まない。

「妙だな」
「どうしました、先輩?」
「何でこんな裏通りに角砂糖が置かれてるんだ?」
「! 確かに変です!」

 二人は顔を見合わせ、同時に叫んだ。

「罠だ!」

 美味しい美味しい角砂糖に釣られて、白馬は入り組んだ路地を奥へと奥へ入り込んで行く。追跡するちびの視界を頼りに追いかける騎士二人。だが、悲しいかな人間は地面を行かねばならない。翼のある猫ならひとっ飛び、だが人と馬にとってはまだ遠い。
 その間に白馬はとことこと、足取りも軽く袋小路に入り込む。ちびは身軽に軒先を伝い、時には翼で飛行して後を追う。
 もどかしい追跡を続けていると……ある家の裏庭に通じる木戸が開けっぱなしになっていた。しかも木戸の上にぽつっと一粒、白い立方体。
 白馬は迷わず口に含む。さらにふわっと漂う甘い香りに誘われて、前を見ればあら素敵。軒先に置かれた皿にこんもりと、角砂糖が盛りつけられている。

 白馬はとことこと弾むような足取りで裏庭へと入り込み、軒先の皿に鼻面を突っ込んだ。
 ぽり、ぽり、しょり、しょり。口いっぱいほお張って、夢中で角砂糖を食べる白馬の横合いから、忍び寄るがっちりした体格のむっさい男が一人。
 普段の彼女なら接近すら許さないような男だが、今は甘い甘いお砂糖に心を奪われていた。
 男は難なく近づき、いきなり白馬の頭に布袋を被せた!
 視界が遮られ、白馬は驚き立ちすくむ。その途端。がばあっと家の壁が開いた。何と壁そのものが細工され、両開きの扉になっていたのだ!
 すかさず中で待ちかまえていた屈強な男どもが手を伸ばし、白馬の首に縄をかけ、容赦なく引きずりこんでしまった。

 ちびは軒先にうずくまり、全てを見ていた。翼をたたんでぴたりと背に着け、声も発さず、普通の猫のふりをして。
 危ない、と呼びかける事もできた。だが白馬がそれに答えてくれるかどうか、確証はない。
 無闇に暴れさせて馬を傷つけるより、自分たちが到着するのを待った方が安全だ。
 ダインはそう判断し、ちびに命じたのである。

『声立てるな。翼をたたんで、静かに待て』と。

 それからしばらくして、ダインとシャルダンはようやく件の家の裏手に到着、ちびと合流した。
 路地一本挟んだ向かい側に身を潜め、近所迷惑も何のその。うず高く路面に積み上げられた木箱の陰からこっそりと様子をうかがう。
 一見、普通の家。だが、さっきちびの目を通してちらっと見えた。中は馬屋に改造されているようだった。何らかの仕掛けで壁面が内側に開き、馬を出し入れできるようになっているのだ。

「手の込んだ真似しやがって……」

 プロの手口だ。馬泥棒の隠れ家と言えば、馬の隠し場所を確保する都合上、町の外にあるものと思っていた。事実、その方が多い。

「まさか、こんな町中に隠れていたなんて。予想外です」
「まったくだ」

 この辺りは水路沿いに倉庫が建ち並び、荷馬車が頻繁に行き交っている。多少、馬の声が響いても。においがしても、誰も気にしない。

「……どうします、先輩?」
「まずは偵察だ。ちび、頼んだぞ」
「ぴゃ!」
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