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とりねこの小枝

憂うは騎士と薬草師

2013/11/19 5:03 お姫様の話いーぐる
 銀髪の騎士、シャルダン=エルダレントは一つの悩みを抱えていた。
 新米騎士には過ぎた悩みなのは承知の上だが、考えてしまうのは仕方ない。
 その悩みは前から薄々は感じていたのだが、はっきりと認識したのは、一週間程前のことだった。

 アインヘイルダールを囲む城壁の外、点在する集落を見回っていた時にそれは起こった。
 なだらかな緑の丘の向うにもくもくと黒煙が上がっていた。野焼きにしては時期外れ、たき火にしては明らかに大きすぎる。

「行くぞ、シャルダン」
「はい、先輩!」

 二人の騎士は即座に馬を走らせた。だが、あまりにも馬の基礎体力に違いがありすぎた。
 足並みを揃えて並走している時はさほどでもない。だが全力疾走では、はっきりと差が出る。
 とっさシャルダンは叫んだ。

「先輩、先に行って下さい!」
「わかった!」

 途端にくんっとダインの乗る黒馬は足を早め、瞬く間に銀髪の騎士の乗った栗毛の馬を引き離していく。
(やっぱり私を気遣ってくれてたんだ。先輩も、黒さんも、無意識の内に)
 駆け去る背を見送りながら、シャルダンはきゅっと奥歯を噛んだ。
 今自分を背に乗せてくれている彼が悪いのではない、これは単なる自分の我侭だ。だが、しかし……
(自分の馬が欲しいな。黒さんに遅れないくらい、速い馬が……)


***


 アインヘイルダールの下町に、古い薬草屋がある。半ば石、半ば木で作られた建物を仕切る店主は実に数代を数え、長年に渡り町の住人たちから「ジェムルの店」あるいは単に「薬草屋」と呼び習わされてきた。
 その店の名を『魔女の大釜』と言う。

 今日も今日とて、四の姫ニコラは足取りも軽く、金色の髪をなびかせ駆けて行く。
 濃紺に藍色のラインの入った魔法学院の制服姿のまま、学校から直にやって来たようだ。
 ひらりひらりと二対の羽根を羽ばたかせ、金色の綿菓子のような巻き毛の小妖精が後に従う。その朱色の羽は、金魚のヒレのようにも見える。

「しーしょーおー」

 元気よく扉を開け、ニコラが薬草店に飛び込んだ。

「……あれ?」

 何だか店の中の空気が重い。いつもゆるりと笑みかけてくれるはずの師匠は、カウンターに肘をついて渋い顔をしている。
 静かに静かに近づいて、カウンター前のスツールによじ登り、ぴょこんと手元をのぞきこむ。すぐ隣で小妖精が並んで顔を出し、続いて黒と褐色斑の猫までがにゅっと鼻を突っ込んで来た。

「どうしたの?」
『したの?』
「ぴゃあ」
「おう、ニコラ、来てたのか」

 薬草屋の主、フロウライト・ジェムルはひょいと眼鏡をずらしてニコラを見る。
 睨んでいたのは、羊皮紙を綴じた革表紙のどっしりした帳面だ。日付と品名、そして数と値段がびっしりと記入されている。時折、買った人間の名前も合わせて書き込まれていた。
 どうやら、帳簿をつけていたらしい。

「眉間に皴、寄ってるよ?」
『よってるよ?』
「ぴゃああ」
「ははっ」

 フロウはくしゃくしゃと頭を掻いて目尻を下げ、ようやく笑みを浮かべる。だが、眉はまだ潜められたままだ。

「んー、今月、売り上げがいまいちでな」
「あららー」
『あららー』

 全く同じタイミングで首を傾げるニコラと小妖精。あまつさえ、とりねこまで真似してちょこんっと首をかしげた。フロウは小さく肩をすくめる。

「ま、薬屋にお呼びがかからないのは、客が達者な証拠さね。それ以外の術の触媒やら小物も今一つ振るわなくってな」
「ああ。夏祭り前だからみんな、出費を抑えてるのかもね」
「んー、その通り。毎年毎年、祭り前はこんなもんなんだが」

 フロウはこん、こんっと帳簿の表面を叩いた。

「何かこう、どっかーんと高額のアイテムが売れてくれりゃあ一発で逆転できるんだがなあ……」
「そう簡単に売れるものじゃないよねぇ」
「そうそう、どっかの貴族様がふらっとこう入ってきて『これはよいものだ、ひとついただこう』とでも言ってくれりゃあなあ」

 顔を見合わせ、たははっと笑う。一応、ニコラにしたって貴族の令嬢ではあるのだがいかんせん、まだ成人しておらず、自分の自由になる金額は限られている。

「ま、こんな裏通りの店じゃそんな幸運、まずあり得ないけどな!」
「師匠ったら、自分で言っちゃだめだよー」
『だめだよー』

 と、その瞬間。ニコラは、はっと弾かれたように顔をあげた。どうやら、何か閃いたようだ。

「ねー師匠。実は今朝、早馬が来たのね、西都から」
「ほう? 実家から何ぞ急ぎの知らせでも来たのかい?」
「うん。姉さまが明日、アインヘイルダールに来るんだって」
「ほほぉ。何番目の姉さまだ?」
「二番目」
「ってことは二の姫か」
「うん。師匠にぜひご挨拶したいってゆってた」
「ほー」

 両者顔を見合わせてにんまり笑う。

「レイラ姉さま、今、絶賛婚約中なんだよね」
「ほー、するとあれか。婚約者と二人で使うアイテムとか必要だよな?」
「必要よねぇ」
「そーかそーか、おすすめのを見繕っておきますかねぇ」

 いそいそと鍵束を取り出しながら、フロウは再びにんまりほくそ笑む。
 二の姫レイラの四の姫へのでき愛っぷりはつとに有名だ。かわいいかわいいかわいいニコラの頼みなら、いかなお堅い二の姫でも財布の紐が緩もうと言うものだ。

「ちぃっとばかり倉庫に潜って来るから。店番頼むな」
「了解!」
『りょうかい!』
「ぴゃあ!」

 2体の使い魔と弟子に後を任せ、フロウは倉庫へと続く扉を開けた。隣に食料庫、向かいに台所のあるごく普通の扉。
 だがその内側に潜む第二の扉には、びっしりと魔除けの紋様や封印の言葉が刻み込まれている。
 三つの鍵を決められた順番で差し込み、さらに決められた手順で回さなければ手痛い罠が発動する仕組みだ。店ができ上がったのとほぼ同じ頃に当時の店主が設置した、古く強力な護りの術。
 以来、代々の主が強化を施し、今は滅多な事では破れないほど強固に力線が編み上げられている。
 しかしながら、何度も繰り返した仕草でフロウにとっては至って日常。目をつぶってもできるくらい、手馴れた作業なのだった。

「さーてっと……」

 鼻歌交じりに扉の奥へと入り、在庫を漁り始めた……。
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