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とりねこの小枝

二の姫の休養・牧場の光明

2013/11/19 4:58 お姫様の話いーぐる
 伯爵家の二の姫、レイラ・ド・モレッティは父と共に西都の騎士団本部に勤務している。
 そして自ら率先して資質を供えた女子を見出し、指導し、女性にも騎士となる道を開いていた。
 まだまだ男性に比べればごく一部ではあったが、近年、その努力は着実に実り、女性ならではの特性を活かした女性だけの部隊……通称『女子隊』が誕生していた。

『自らの弱さに背を向けない』
『男性の真似をしない。張り合わない。取って代わろうとしない』
『女であることに誇りを持て』

 二の姫の信念に基づき鍛えられた彼女たちの存在は、見てくれや体裁、話題性を煽るべく王都の『男勝りのお嬢様』たちが仕立てられた『姫騎士』とは、明らかに一線を画していた。
 何より地元の民人に慕われ、頼りにされ、実際に役に立っている。自らの額に汗をにじませ、時には泥だらけになって。先頭に立つ二の姫が、それらを厭わぬ豪胆な姫君なればこそ。

 私生活でも婚約者と仲むつまじく、公私共に順分満帆であるかに見えた二の姫だが……。最近、ちょっぴり困った事になっていた。
 どこがどうと言う訳ではないのだが、どうにもこう、調子が出ないのだ。いつもなら気付くはずの些細なことを見落とし、部下に指摘されて慌てて訂正する。
 今の所、まだ支障は出ていないものの……このままでは、いつ、どんな大事に発展するかわからない。

「元気がないね、レイラ。どうしたんだい?」

 そんな二の姫をいたわり、婚約者が優しく声をかける。何となれば彼は熟練の治癒術師であり、西道守護騎士団本部の専属医なのだ。

「何だかわからないけど、調子が出ないのよ、マーティン」
「ふむ」

 一通りフィアンセの症状を聞くと、マーティン医師は腕組みしておもむろにこう告げた。

「どうやら君には、ある大事な滋養が不足しているようだね」
「まさか! 食事のバランスには気を配っているはずだ!」
「君に足りないのは……ニコラ分だよ」
「へ?」

 きょとん、として目をぱちくりするレイラの金髪を撫でて、青年医師はほほ笑んだ。

「そう、ニコラ分だ。糖分でも水分でもなく、ニコラだ。あの子がお祖母様の家に行ってから、ずうっと会ってないだろう?」
「ああ……そうなんだ!」

 うるっとレイラは目を潤ませた。

「私のかわいいかわいいニコラが! 魔法学院に通う為とは言え、家族から離れてたった一人、あんなに遠い町へ行ってしまって、もう心配で心配で!」
「……」

 いや、お祖母様と一緒だし、とか。
 そもそも、子供の頃はずっとそっちで暮らしていたじゃないか、とか。
 幸い、その手の突っ込みを飲み込めるくらいには、マーティンは大人だった。

「今ごろニコラはどうしてるのかと思うと、最近では公務もろくに手につかなくって」
「ああ、うん、そうだろうね」

 さらさらと青年医師は羊皮紙にペンを走らせた。

「はい、これが診断書。しばらく、アインヘイルダールでの転地療養を推薦しておいたよ」
「ありがとう!」

 レイラは愛しい人に飛びつき、熱い熱い口付けをかわすのだった。

「行ってくる!」
「行ってらっしゃい」

 かくして、二の姫レイラはアインヘイルダールへと旅立った。
 両親と姉、妹から『これニコラに持ってって』と託された土産の品々を山と抱えて。


   ※

 アインヘイルダールは家畜の名産地である。よき馬、よき牛、よき羊。優れた家畜の血統を辿れば、全てこの地に至る、とまで謳われていた。事実その通りであった。
 月ごとの家畜市場には『よき家畜』を求めて近隣の村や集落は元より、遠くからも多くの人が訪れ、城壁の外には豊かな牧草地が広がり、多くの牧場が営まれる。
 マルリオラ牧場もその一つだった。
 しかしながら代々優れた血統の馬を産出し、時には王都の王侯貴族にまで献上してきたこの名門にも、時折、はぐれ者が出る事がある。

「あーあ」

 牧場の主、ジュゼッペ・マルリオラは深いため息をついた。今しも目の前の馬場で、馬が乗り手を振り落とした所。ふさふさと豊かな睫毛に縁取られた、くっきりと濃い瞳に憂いの色が浮かび、これまたくっきりと太い眉がひそめられる。

「また、だめだったか」

 美しい牝馬だった。絞ったばかりの牛乳もかくやと言う乳白色の毛並、瞳はつややかな黒曜石の黒。
 屈強な軍馬の血筋に相応しく、首も足も胴体もがっしりしている。だがそれは樫の木の頑丈さではなく、あくまで柳のしなやかさなのだった。
 乗っていたのは牧場でも一番の乗り手であり、彼の信頼する弟。これまで数多くの荒馬を乗りこなして来たのだが、この白馬には滅法、手を焼いていた。
 むくっと起き上がり、渋い顔で体についた土や草を払っている。

「怪我はないか、ランジェロ」
「ああ、大丈夫」

 ランジェロ・マルリオラは兄そっくりの黒い眉をしかめ、やはり深い深いため息をついた。

「兄さん駄目だ、この子は。まるっきり人を乗せようって意志がないんだ。って言うか……男を?」

 そう、全ての人を拒んでいる訳ではない。現にこの白馬、乗用馬としての基礎的な訓練は受けていた。ジュゼッペの妻によってしっかりと。

「何とも徹底した男嫌いだな」
「義姉さんの言う事はあんなに素直に聞くのになあ……」

 余計なお荷物を振り落として清々したのか。白馬はとっとっとっと、馬場を走り回っている。それこそダンスでも踊りそうな優雅な足取りで。
 ランジェロは大げさに肩をすくめた。

「前にも居たよね、あーゆー子」
「ああ居たね。黒い奴が」
「……確か同じ母馬の仔じゃなかったっけ?」
「父馬も同じだったな」

 兄弟は顔を見合わせた。

「優秀な血統なんだけどな」
「まあ、どこにでもはみ出し者はいるよ……」
「男じゃなければいいんだ、乗り手が男じゃなければ!」
「でもご婦人が軍馬になんか乗ると思うかい?」
「むーむむむ」

 腕組みしてジュゼッペは考えた。こいつの兄馬はどうしたんだっけ。確か、馬上槍試合の賞品として寄付して、今は西道守護騎士団の騎士さまが乗っていたはずだ。

「そうだ!」

 ぽん、と手を打つ。

「ド・モレッティ家の二の姫に。レイラ様に献上するってのはどうだろう!」
「おおおお! 素晴らしい! 素晴らしいよ兄さん!」
「よし、そうと決まればさっそく西都に!」
「いや、その必要はないよ兄さん!」

 満面の笑みを浮かべてランジェロは、アインヘイルダールの方角をびしっと指さした。

「明日、二の姫はちょうど、アインヘイルダールに来られるんだ!」
「おおおおお!」

 胸の前で両手を組み合わせ、ジュゼッペはきらきらと黒い瞳を輝かせる。

「それは本当か、ランジエロ!」
「本当だとも兄さん!」
「素晴らしい! これこそ女神のお導きだ!」
「素晴らしいよ兄さん! 奇跡だよ兄さん!」

 むーんむーんと熱気を放ち、がっしと抱き合うマルリオラ兄弟。その暑苦しくも男臭い姿を柵の向こうから眺め、件の白馬はふーっと……深い深いため息を着くのだった。
 
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