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とりねこの小枝

四の姫、羊を追う。

2014/04/11 3:06 お姫様の話いーぐる
魔法学院の中級魔術師、エミリオ=グレンジャーがやってくる頃には、訓練場は混沌とした有様だった。
冒険者だけでなく、途中から参加したナデューが召還した妖精や幻獣が入り乱れ、訓練用の刃を潰した剣を持った騎士達と火花を散らしている。
フロウとニコラは後半はもっぱら、怪我をした騎士や幻獣達の手当てに追われることとなっていた。
そんな光景を見ながらもエミルは、その中から訓練が一段落して身体を休めているシャルダンをすぐさま見つけて声を投げる。

「シャルー!今日はまだ訓練中なのかー?」

「エミルっ?ううん、もうすぐ終わるはずだよ。」

「む、エミリオか。」

訓練場の内と外……窓越しの会話が耳に入ったのかロベルトが大柄な魔術師の姿を認めると……何やら少し考え込むように沈黙する。

「…………よし。エミリオ!こちらに来い。ディーンドルフ、シャルダン、ハインツ、レオナルド!」

『はい!』「はい?」

騎士達は返答と共にロベルトの前にザッと並び立ち、急に呼ばれたエミリオは疑問符を浮かべながらも訓練場の中へと入ってくる。

「訓練の最後に、俺達で冒険者の面々と模擬戦を行う。エミリオ、お前も後衛として入れ。」

「え?でも俺は騎士じゃぁ……。」

と言いかけた所で視界に入るのは、ロベルトの前に立つシャルダンの姿。……そう、『俺のシャルと一緒に模擬戦!』だと認識した時点で、エミリオから断るという選択肢は空の彼方へ飛び去った。

「はい!頑張ります!」

「よし。」

魔術師を一人後衛に獲得出来たことに満足そうにロベルトは頷く。模擬戦といえども手を抜く気は全くないらしい。

(これは模擬戦だ。断じて気に入らない薬草師の鼻を明かすチャンスなどではない。断じて……!)

ぐっと握りこぶしを作りながら自分に言い聞かせたロベルトは、引き締めた表情のまま冒険者達に呼びかける。

「薬草師!最後に俺達と手合わせしてもらおう!」

「んぁ?……こりゃまた、知った顔ばっかりだねぇ。お~い、最後に派手にやるってよ。」

声を掛けられた薬草師が他の面子に声をかけるとそれぞれが集まってくるが、四の姫が後からやってきた召喚師ナデューによって制される。

「今度は私に入らせてくれないか。この面子とは久しぶりだからね。」

「え……ん~、まあナデュー先生じゃしょうがないか。」『しょうがないかー』

頭の上の水妖精と一緒に首を傾げながらも、納得したように下がった四の姫に微笑を向ければ、彼も冒険者達の陣に加わった。
金髪の少女と水妖精の少女の間に居たはずの黒いとりねこは、いつの間にか自分の主の金褐色の頭の上に戻っている。

「ちび、お前はエミルを手伝え。」

「ぴゃ、えーみーる!」

ぱさっと翼を羽ばたかせて、深緑のローブの肩の上にたしっと乗っかるのを、銀髪の騎士が羨ましそうに見ていた。

(いいなぁ、エミルの上にふわもこ……良いなぁ。)

羨ましがっているのがエミルなのかその肩の上のとりねこなのか、それは誰にも分からない。

「よし、それでは……。」

ギュッと剣の柄を握り締め、試合の始まりを告げようとした瞬間……バン!と砦に繋がる扉を開けて衛視が一人飛び出してきた。

「隊長、大変です!」

「っ……どうした!」

一瞬ギリッと歯軋りした気がするのは、本人も含めて気付かない。先を促された衛視がビッと背筋を立てて言葉を紡ぐ。

「放牧していた羊の群れが野犬に追い立てられて街の中に逃げ込んで走り回っています!衛視だけでは数が足りません!」

「何……分かった。ではこれにて訓練を終了し、羊の暴走に対処する!いいな!?」

『はい!』


***


羊の群れが逃げ出した街は、既にちょっとした騒ぎになっていた。
慌てる羊飼い達を他所に露店の品物を引っ掛けて落としたり、水瓶を抱えた女性の目の前を走り抜けて驚かして転ばせてしまったりしながら、白いもこもこが町中を動き回っている。

「まずは追い込むぞ!盾を使って中央広場へと追いやり、包囲網を作れ!」

『はい!』

隊長であるロベルト=イェルプの指示により、騎士達がいっせいに散らばる。
模擬戦の相手として雇われた四の姫や冒険者達も手伝うことにしたのか、一緒に街へと散らばった。

「こらっ!そっちだ!向こうへ行け!」

「此処は木箱で塞いじまうか、ちょっと借りるぜ?っと。」

「レプラコーンレプラコーン、暗い闇のちっちゃいさん、羊さんを脅かして!」

「こっちは私の友達が脅かして追いやったよ!」

そうしてなんとか逃げ出した羊を中央広場に追いやり、外を騎士達で塞いだのだが……そこから先が問題だった。
広場に押しやり、逃げ出さないようにするだけなら人手は足りるし運ぶための荷車はあるが、追いやって半ばあらぶっている羊達を牧場まで誘導する手段がない。

「運ぶにも、街中を安全に誘導するにも人手が足りんな……どうしたものか。」

広場中を白いもこもこが蠢いているのを眺めながら唸るロベルトの後ろから…すっ、と男が一人前に出る。
他の騎士達に比べても高く見える長身が黒髪を揺らしながらポケットに手を入れる。冒険者の魔導士レイヴンだ。

「そこの魔導士。」

「え、俺っ?」

「フェレスペンネの力で眠りの魔術を広場に拡大する……手伝え。」

「え?あ、そうか!ダイン先輩、ちびさんをお借りします!ちびさん、ちょっと手伝って!」

「おう。」「ぴゃ?ぴゃ!」

ダインの頭にたしっと乗っかっていたちびを抱えて問いかけるエミルに飼い主は快く頷き、とりねこは一度小首を傾げるも心得たように鳴き声をあげ、
しゅるしゅるとエミルの腕から頭の上に登り、たしっと飼い主にひっついていたのと同じ場所へ収まった。
そうして隣に立って楡の木の杖を取り出すエミルを確認すると、レイヴンは手を入れたポケットから召喚符を一枚取り出した。

『異界の者よ 喚ばれし者よ 符に交わしたる誓いと名の下に来たれ 応えよ 顕れよ……サリクス』

符に込められた使い魔との縁が召喚陣を形作り、異界に還っていた喚ばれし者が現れる。それは……大きな『とりねこ』であった。
銀灰色の艶めいた毛皮と羽毛が陽光を弾き、しなやかだが人が乗れそうなサイズの翼の生えた猫がゴシゴシと顔を洗うと……一声鳴いてみせた。
それを見て薬草師とその弟子の少女が感心したようにその姿を眺めている。

「びゃあぁぁぁーっ」

「うわっ、なんていうかちびちゃんと比べるとあれね……声が分厚い?……師匠、ちびちゃん大人になったらあんなにおっきくなるんだ」

「みてぇだな、俺も聞いた話だったからちょっとびっくりだわ。」

「ちびじゃなくなっちゃうね。」

「俺もそう言ったんだけどなぁ……でも契約した以上名前変えるのもなぁ……。」

言いながら、二人が同じ男に視線を向けると、なんだかむず痒そうな顔で見られた男……ちびの飼い主であるダインが唇を尖らせた。

「……なんだよ。」

『べっつにぃ~?』

「ぴゃっ、ぴゃぁっ!」

「あ、ちびさんちょっと……今はお仕事があるんで我慢して下さい。」

「ぴゃ……。」

一方、こちらの世界で初めて見る『仲間』にちびがはしゃぎ、ぺしぺしと肉球でエミルの頭を叩く。
それをエミルがたしなめると、一応通じたのか、ぺたりとまた頭に張り付いて大人しくなった。

「同時に唱える。基点は左右に分担しろ。」

「はいっ!」

すっと、発動体の腕輪をしている手を広場の方に持ちあげたのを合図に……二人の詠唱が始まる。

『世界の根源たる流れる力よ 黒に染まりて我に従い 闇夜の如くその威を広めよ 意識を曇らせ眠りを誘う力をここに……』
『眠りを誘う力をここに……びゃーっ!』

『世界の根源たる流れる力よ 緑に染まりて我に共鳴せよ 草木の生い茂るごとく広がらん 意識を曇らせ眠りを誘う力をここに……』
『眠りに誘う力をここに ぴゃあ!』

二人と二匹の詠唱が完成しようとした瞬間、広場に押し込められて興奮したのか、バリケードをドンッと一匹だけ羊が乗り越えて走りこんでくる。
たった今最後の一節を唱えようとしている魔術師達に避ける術はなく、ふたりとも目を見開いたが、その瞬間……

「危ないっ!!」

ガンッ!と角と金属がぶつかる音と共に前に躍り出たのは、金褐色の髪を揺らしたガッシリとした男……ダインであった。
羊を盾で抑えこみ、生まれた時間に魔術師二人は最後の呪文を紡ぎ上げる。

『『Sleep Cloud【眠りの雲】!』』

力線と術者の体から編み上げられ、属性を染められた魔力が、呪文によって魔法の靄となって広場を包み込む。
しかしそれも十秒にも満たぬ間の事……魔法の靄……いや、雲が晴れた広場には、眠りこけた羊達が転がっていた。
そして目の前には、巻き添えを食らって一緒に眠る金褐色の騎士も……その姿を見た四の姫は、憧憬に目を輝かせる。
興奮に手をきつく握り締めながら、朗々と呪文を唱える魔術師達を青い瞳で見詰める。

(凄い……!私もあんな風に魔法が使えたら……!)

使い魔の力を使役し……強力に、広大に力を及ぼす魔法の使い手…その姿はまさに、彼女の思い描いた「魔法使い」の姿だった。




喧騒が静まると、銀灰色のとりねこを従えた魔術師は踵を静かに返した。
自分がやるべきことはもう終わったと考えれば、彼が此処に居る理由はない。

「……後は任せる。」

そう静かに告げる魔術師の言葉に、同じく無骨な隊長は鷹揚に頷きそれを受諾する。

「……承知した。眠った羊を荷車に載せて牧場へ運べ!……とっとと起きんかディーンドルフ!」

ガン!!と隊長が眠り続ける騎士ダインの鎧を蹴りつける金属音が響く中、その背中が消えるまで四の姫はずっと凝視していた……。

(私も、あんな魔法使いになりたい……。)

憧れと興味で魔法を学びだした少女の中で、確かに「魔法使い」への夢が強く芽吹いた瞬間であった。


<四の姫と騎士訓練/了>
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