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とりねこの小枝

四の姫、模擬戦をする。

2014/04/11 3:04 お姫様の話いーぐる
そんなこんなで薬草学の講義が終われば、終わった部屋に入ってくるのは、隊長であるロベルト=イェルブ。
ゆらりと脇に退いたフロウに代わり教壇へと立てば、さっきまでだらけていた件の騎士もピシッと顔を引き締める。

「今日の座学はこれまで…この後は実践訓練を行う。30分後に装備を整えて訓練場に集合だ、良いな!」

『はい!』

30分とは長いな、と思ったがすぐに思い直す。騎士達が身に付けるのは自分達と違って重厚な全身鎧が中心だ。
あれは脱ぎ着するのに大分時間がかかると知り合いの重戦士が愚痴っていたのを思い出した。
騎士が装備を整える時間としては妥当なのだろう。まあ、着ける鎧はそれぞれのようだから、
実際に騎士達が訓練場へと足を運ぶのは、三々五々とバラバラであったが……。

実際、丈夫な鎧は身に着けるが、全身を隈なく覆うプレートメイルは好まないダインや、
射手なので動きを妨げないように軽い鎧を身に着けるシャルダンなどは、刻限より10分程早く着いている。

そしてそこには、当然のように隊長であるロベルトが装備を固めて待っていた。

「む、来たかディーンドルフにシャルダン。」

「相変わらず早いですね、隊長。」

「兵は拙速を尊ぶものだからな。」

ロベルト=イェルプは何事も有言実行、そしてそれ以上に不言実行の男であった。
最初はちらほらと集まっていた騎士達はすぐに隊長の目の前に隊列を組み、刻限にはピシッ!と訓練場に全員が並びそろっていた。

「うむ、刻限ピッタリ…重畳だな。」

ロベルトは遅刻した部下が居なかった事に満足げに頷くと、再び低く通る声を張り上げる。

「今日の戦闘訓練は趣向を変えて、外部の者……つまり冒険者と模擬戦をしてもらう!」

その言葉にざわっ、と騎士達にどよめきが走り、ダインとシャルダンは顔を見合わせる。

「お言葉ですが隊長……。」

「む……なんだクラウス、言ってみろ。」

どよめきの中、ロベルトに向けて言葉を投げたのは、先ほどダインと一悶着起こした騎士…名をクラウス=アールフェイスと言った。
ロベルトに発言の許可を得たクラウスは、短く切った金髪を揺らすように肩を竦めて声を返す。

「俺達騎士が、民草に毛が生えた程度の冒険者風情と戦っても得るものなど無いと思います。まだ騎士同士で何時もの模擬戦を行う方がマシなのでは?」

「……つまり、俺の見立てが不満だ、と?」

ギロ、と睨むようにクラウスをロベルトが見据える。さもありなん、この訓練内容を考案したのはロベルトだ。
それに異議を申し立てるということは、ロベルトの見立てに異議を申し立てるのと同じことだった。
それに気付いたクラウスの顔色がサッと変わるが、ロベルトは睨むような視線をフッとはずした。

「いや、その……。」

「まあ良い、そういう意見が出るのは薄々分かっていた事だ。ならお前が模擬戦を行ってみろ。」

「なっ……!?」

「好きなメンバーを4人選んで小隊を作れ、小隊長にはレオナルドを付けるから6人小隊だ。良いなレオナルド。」

「了解いたしました。」

レオナルドと呼ばれた年輩の騎士がビッ、と姿勢良く敬礼を伴った返事を返せばロベルトは頷き。

「というわけだ、クラウス。貴様が不要だというなら、貴様の手でそれを証明してみるが良い。」

「……了解しました。」

どこか不承不承に頷いたクラウスは、しかし手早く自分と普段つるんでいるメンバーを選び、小隊を組みはじめる。
そのメンバーを見てダインがどことなく眉根を寄せるのは、普段自分を「恥掻きっ子」や「魔族混じり」なぞと揶揄する面子だからだろう。

「他のものは一旦見学席に行け。さて、それでは冒険者達にも来て…もらおう……か……。」

「もう来てるぞ。」

そう言いながら別の入り口から現れたのは、さっきまで講義をしていたフロウを含めて6人……。
一番背の高い寡黙な男レイヴンに、どこかおちゃらけた雰囲気の抜けない蒼髪の男ジャック。
一見子供にも見えるフェアリトルのタルト、半裸に刺青を施した民族衣装の大柄な男…先に宿に戻ったというガルドが彼だった。
そして……もう一人の姿を見て、ロベルトは自分の言葉に間が出来るほど唖然としているのを自覚するのに数秒かかった。

「な……何故四の姫がここにぃぃっ!?」

そう、四人目は白い革鎧を纏い、腰にメイスとショートソードを挿した金髪の少女……自分の上司である騎士団長の愛娘、
ニコラ=ド=モレッティに他ならなかったからだ。当の本人はその問いかけに恥らうようにもじもじしてみせる。

「だってぇ……師匠が騎士団と模擬戦するって言うんだもの、弟子としては是非一緒に……って思うじゃない?」

「弟子!?だっ、誰の弟子だと言うのですかっ!?」

「あ~……俺?」

血相を変える隊長に苦笑いしながらも、少女の言葉を肯定するようにすっと手を挙げる……
なるほど、あの薬草師が師匠だからあの店に四の姫が入り浸っていたのか……と納得するわけもなく

「ディーンドルフ!」

「はいっ!?」

「どういうことだっ!何故四の姫がこの薬草師とっ!」

「え、あのえっと…色々ありまして……とりあえず、フロウがニコラの師匠なのは本当です。」

「シャルダン!」

「本当ですよ?ニコラさんに魔術の基礎を教えたのはフロウさんらしいですから。」

「む、ぐぐ……しかし薬草師!何故四の姫をここに連れてきた!」

そう、ここに居るという事は彼女は冒険者として「戦う」ということだ。
それを非難するように視線をフロウに向けなおして問い詰める隊長に、薬草師は緩く肩を竦めて。

「いや、俺だって止めたんだぜ?でもほら…最初っから立ち聞きされてたらどうにも……。」

「ちょっと師匠!恥ずかしいから言わないでよ!」

「ぐ、ぅ……なるほど。」

つまり、彼が不用意に漏らしたわけでなく、最初から知っていて…なおかつ薬草師には止められなかったのだろう。

「…四の姫、これは模擬戦とはいえ戦です。覚悟はおありですか?」

「……もちろん、レイラ姉様と馬泥棒だって捕まえたんだもの、今更怖気づいたりしないわ!」

……今聞き捨てならない台詞を聞いた気がしたが、まあ……良い。彼女は彼女なりの覚悟を持っているようだ。

「……分かりました。……クラウス、レオナルド、用意はできたか?」

「こちらは何時でも。」

いち早く返したレオナルドにクラウスも続き、ロベルトが小さく頷けば、隊長自らも見学席へと移動する。
それを確かめたクラウスは、冒険者達を見据えるとハッ、と鼻で笑った。

「隊長がつれてくるから誰かと思えば、魔神の祭司に蛮族・チンピラ崩れがお姫様連れとは……ここは子守をする所ではないのだが?」

そう、明らかに馬鹿にした口調を隠しもせずに告げられた冒険者達は、それぞれが口端を歪める。
笑みか、不満にか…それは個々に別だ。例えば薬草師は……

「そりゃ失敬……ま、お手柔らかに……?」

と返して小さく笑みを浮かべ、両手に柄を短く改造したジャベリンを二槍携えた蒼髪の男は、ニィッと…楽しげに笑みを浮かべる。

「さて、騎士様のお手並み拝見といかせてもらいますかねぇ。」

一方で、牙をむき出すように獣染みた笑みを浮かべた蛮族風の男は、楽と怒が入り混じった声で両拳をガツンと合わせ。

「蛮族風情の力、とくと見てもらうとしようか。竜は受けた汚名は必ず濯ぐ……必ず、だ。」

少年にしか見えない風体の彼は気にした風もなく楽しそうで、寡黙な男の表情は変わらない。

「なはは~、楽しそうだな~、良いぞ良いぞやる気が出るぞ~!」

「6対6……同数で向こうが騎士のみなら、ふむ……。」

そして、四の姫は……大層ご立腹だった。

「こ、こ……子守ですってぇぇぇ!?おのれ許さん……絶対ギャフンッて言わせてやるんだから!」

『やるんだから!』

「ぴゃぁ!」

頭の上にとりねこと水妖精を乗せた少女は手にメイスを握り締めてギリギリと力を込めながらも、師匠達の言いつけ通りに後ろに下がる。
冒険者と騎士達が各々の間合いを取り直したところで……ロベルトは声高に宣言した。

「それでは……始めっ!!


***


ロベルトの合図が出た瞬間、騎士側の指揮官であるレオナルドが声を張り上げる。

「散開しろ!左右と正面から挟むように攻め込め!」

レオナルドはこの砦の中でも古株と呼んでいい面子の一人だ。魔術師とも縁が深い辺境の古株騎士ともなれば、魔術師を相手取るセオリーもそれなりに心得ている。
まず『視界に入るな』『時間をやるな』……そしてできれば『固まるな』……それに従って指示を出すレオナルドだったのだが。

『うおおぉぉぉっ!』

若い騎士達は、それを無視して最短距離とばかりにまっすぐ剣を構えて突き進んでいく。

「なっ、お前ら何をっ!」

「そんな小細工をせずとも、冒険者風情に俺達が負けるはずがないっ!」

叱責の声を自信に満ちた若い声に断たれて、チッと舌打ちをすれば、熟練の騎士は即座にその塊から大きく横に逸れて、側面から攻め入る。
その騎士達を止めるのは、前衛を張る冒険者達…二槍のジャック フェアリトルのタルト 竜司祭のガルドだった。
二本のジャベリンが、一本のダガーが、両手のセスタスが、若い騎士達の初撃をギンッ!と剣の腹を器用に、または強引に叩いていなし、進路を塞ぐ。
その後ろからは、三種三様+αの詠唱が響いた。

『内なる力よ 流れる力よ 集い弾けよ 我に従い火花を散らせ』『火花を散らせ、ぴゃあ!』

『黒にして緑 草花の守護者マギアユグドよ その力を我が手に宿し 敵を打て』

『世界を流れる根源たる力よ 黄に染まりて我に従いその威を示せ 雷のごとく迸り 我が前を駆け抜けよ』

金髪の少女と鳥のような猫のような生き物、その両側に立つ男が呪文を唱え……そのうちの一人、薬草師がトン、と一歩後ろに下がると同時にパン!と両手を打ち鳴らすと…

「よっと!」

「ほいっ!」

「はっ!」

青髪の戦士が、小さな短剣使いが、竜司祭の拳士が…打ち鳴らした音に反応するようにバッ!と騎士達から離れた瞬間。

『スパーク!』『ぴゃあ!スパーク!』

『ライトニング』

『っぎゃっ!?』

騎士達の頭の上で散る無数の電気の火花と、直線を駆け抜ける雷撃…二種類の雷の魔術が金属鎧を纏った騎士達の身体を駆け巡る。
身体を襲う熱と痺れに、小さく飲み込むような若者達の悲鳴を耳にしながら側面から盾を構えて飛び込む熟練の騎士に、薬草師が手をかざしていた。

『フォース!』

かざした手にわだかまる不可視の力が空を裂いて迸る。しかし、ある程度見越していたが故に盾を前面に構えていた騎士は、
ゴッ!と盾ごと押しやられるように数mを飛ばされて蹈鞴を踏んだだけに留まった。

「うわ、魔法を盾でいなす奴ぁ久しぶりに見たさね……でもまぁ。」

「……勝負あり、だな。」

負けた事自体は悔しいのか、熟練の騎士レオナルドの声には苦味が混じるも…既に劣勢は明らかだった。
二種類の電撃の魔法で痺れた身体に武器を突きつけられ、あるいは組み伏せられた若い騎士達は既に戦える状態でなく、
衝撃波をいなした熟練も騎士も、このまま戦いを続ければ魔法の集中砲火を受ける。面制圧を許した時点で大局は決していたのだ。

「そんな……レオナルド殿!」

「そこまでだ。」

その事実を認めたくないように、槍の穂先を突きつけられて動けぬクラウスが健在なレオナルドに非難の声を上げるも……その声を低く鋭く遮る男がいた。

「レオナルド、ご苦労。勝負は決した、お前達も離してやってくれ。」

ムスッと不機嫌に顔をしかめた騎士隊長ロベルトの声に、組み付いていた腕を…首筋に突きつけた武器を各々離せば、
ようやく身体の痺れが取れてきた若い騎士達にロベルトは鋭く問いかける。

「貴様等、レオナルドは散開命令を出したはずだぞ。何故纏まって突っ込んだ。」

「それは……冒険者如きに小細工など必要ないと……」

「この愚か者がぁっ!」

問いかけに答えるクラウスに落ちた雷に、若い騎士達全員の肩がビクンッと跳ね上がる。ダインやシャル、ニコラもつられて肩を竦ませていた。

「冒険者如きと侮った結果がこれだ!上官の命令を無視した結果全滅など、実戦なら懲罰ものだぞクラウス!……貴様等もだ!
 魔術師や神官とそれを守る前衛が揃っている相手に、馬鹿正直に正面から全員で突っ込めば魔法の餌食になるのは当然だろう!
 そもそも相手を身分で侮るとは何事だ!冒険者如きと侮っていたのだから、足を掬われて当然だこの馬鹿者がっ!」

「あ、ぐ……っ!」

容赦ない騎士隊長の叱責に、ギリッ……と拳を握りこみ、歯軋りするように噛み締める若い騎士達……一部が睨むような視線を冒険者に向けるが、
そ知らぬ顔で男達はかわし、四の姫に至ってはいい気味だとばかりにフフンと笑ってみせる。お守り扱いがよほど腹に据えかねたらしかった。
そんなやりとりをギロリと見据えて中断させたロベルトは、空気を切り替えるようにパンパン、と手を軽く打って声を上げる。

「相手を侮ることの危険性が身に染みたなら、医務室で手当てを受けて来い。他の者達は訓練に入る!
 今日は遅れてだが魔法学院のナデュー師も来られる。幻獣や精霊との模擬戦もするので各自準備を怠らぬように!」

『はい!!』

隊長の声に騎士達の返事が唱和し、本格的な鍛錬が始まった……。
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