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とりねこの小枝

四の姫、使い魔を呼ぶ。3

2013/05/10 4:12 お姫様の話いーぐる
 扉を開けて入ってきたのは、鮮烈な赤と金色の瞳を持つ召喚士だった。

「やあ、元気かい、フローラ!」

 その声を聞いてにゅうっと眉をしかめると、フロウは渋面で長身の召喚士をねめつけた。

「……その名前で呼ぶな、ナデュー! って何度言わせるか。」
「固いこと言いなさんな。フロウライト、略してフローラ。ほら、何もおかしくない!」
「あのなあ」
「わかりやすくていいだろ?」

 ああ、今まで何十回、いや何百回このやりとりを繰り返したことか。上機嫌でばっすんばすっんと肩を叩く友人をじと目でにらみつつ、胸の奥でつぶやいた。

(こいつ、名付けのセンスねぇ……)

 ある意味、ダインと通じる所がある。若干、方向性は違っているけれど。
 定例の挨拶が終わるとフロウはカウンターの奥に行き、コンロにかかっていたヤカンを降ろした。

「茶菓子はクッキーでいいか?」
「お構いなく、持参したから」

 そう言ってナデューはいそいそと胸に抱えていた袋を開けた。

「お。子牛屋のフルーツケーキか!」
「うん。これを買わずにあそこの前を素通りはできないよ!」

 ナデューはフロウに負けず劣らずの甘党で……彼の召喚した使い魔は『シュガー』に『キャンディ』、『マフィン』に『ハニー』に『コンフェイト』と、ことごとく菓子類の名前を与えられていたのだった。
 フルーツケーキをお茶請けに香草茶をすすり、ひとしきり落ち着いてからフロウは切り出した。
 さっきからずっと気掛かりだったことを。

「なあ、ナデュー」

 作業台を指し示して問いかける。

「これ、送ってきたのお前さんか?」
「いや? 俺じゃないよ?」
「そうか……どれもこれも、東の方でしか採れないすげえ貴重な薬草なんだよ。てっきり、知り合いの誰かが送ってくれたのかと思ったんだが、名前が書いてないんだ」
「俺なら、きちんと名前を書くし。だいたい今日来る予定になってたんだから、直接届けに来るよ」
「だよ、なあ。あと、こんなものが裏口に落ちてたんだ」
「ほう」

 ナデューは目を細め、人形から取り出された『モツ』を吟味した。

「これは、すごいね。貴重なものばかりじゃないか!」
「包装はいまいち趣味が良くなかったけどな」

 詰め物が取り除かれた人形は腹にぽっかり穴が開き、解かれた縫い目から綿がはみ出して、いかにも『解体中』と言った様相を呈している。
 目が外されて口だけになった顔といい、開かれた腹といい、明らかに不気味さが倍増していた。

「匿名の贈り物、か」
「ああ。名前がわからないんじゃお礼の言いようがないし、困ってたんだよ。まぁ、良いもんくれたから別に詮索する気もあんまりねぇが…。」
「犬でもいれば、匂いを辿らせる所だけど……」
「犬ねえ」
「あてがあるのかい?」
「いや。まあ、あれはどっちかっつーと犬っぽいものだな」
「へ?」
「あと、猫的なものも居るけどあいつは気まぐれだしなぁ」
「何、もしかして君、召喚術も始めたの?」
「いや、それは俺じゃなくて……」
「ニコラ君か。あの子、物覚えがいいよねー。教えたことをどんどん吸収して、また臆することなく自分の考えをぶつけて来るから、話してて楽しいよ。他の生徒にもいい刺激になる」
「ははっ、そうか」
「師匠の仕込みがいいんだね」
「おいおい、褒めても何も出ないぞ?」

 と、言いつつフロウはナデューのカップに香草茶のお代わりを注いだ。小瓶に満たした蜂蜜も添えて。

「そう言えば今日の公開授業の時、妙な奴がいたなあ。ニコラ君の隣に座ってたんだけど……」

 蜂蜜をカップに注いでスプーンで混ぜながら、ナデューが言った。

「ほう?」
「背が高くてごっつくて、訓練生にしちゃちょっと年食ってるかなーって感じで。えらいレベルの高い使い魔を連れてる割に、基礎的な知識がなって無いって言うか……根本的に、残念なんだ」
「それ、あーゆー奴じゃないか?」

 ちょうどその瞬間に裏口に通じる扉が開き、まずは弾けるような笑顔の金髪の少女が入ってきた。
 いつもの見慣れた制服姿ではなく、水色のドレスを着ている。髪には同じ水色のリボン、そして襟元には四角いフレームに蜂蜜を固めたような楕円形の宝石をはめ込んだブローチを着けていた。

「師匠、こんにちはー」

 次いで、堂々たる体躯の褐色の髪の男が入ってきた。ほんの少し背中を屈めてのっそりと。身に付けた簡素な生成りのシャツと毛織りのチュニック、そして同じく羊毛織りの外套には見覚えがあった。授業に出ていた時と同じ服装だ。
 そして、肩には翼のある猫を乗せている。

「ただいま」
「……………………君か」
「ぴゃあ!」
「あ、先生」
「え、ナデュー先生?」
「やあ、ニコラ君。こっちの君はえーっと」
「ディートヘルム・ディーンドルフ。通り名はダインです」

 残念くんはびしっと背筋を伸ばし、よどみない声で名乗った。
 丸めていた背中を伸ばしたせいだろうか。いきなり一回り大きくなったように見えた。

「呼びやすい方でお呼びください」
「じゃあ、ディーテ」
「へ?」

(あちゃあ、またやりやがったよ)

 ナデューは知りあった相手に、何かと乙女系の呼び名をつける悪癖があった。

「ディーテ? 俺のこと? ディーテって……」
「似合わねえなぁ」

 目を白黒させるダインがおかしくて、額に手を当て、クツクツと声をたててフロウは笑った。ニコラはそんな師匠に歩み寄り、大事そうに抱えていたガラス瓶を差し出した。

「師匠、これおばあさまから!」
「ほう?」

 それ自体が大きな水晶玉のような球形の瓶の中には、丸いキャンディが詰まっていた。
 上質の砂糖を練った飴の中に、ドライフルーツやエディブルフラワーを封じ込めた『食べる宝石』。王都からのお取り寄せ品だ。

「美味そうだな」
「いつもお世話になってます、どうぞ召し上がってくださいって」
「世話ってほどでもないが……せっかくだから、ありがたくもらっておこうかね」

 蜂蜜色の瞳を細めて、フロウはまじまじと瓶の中できらめくキャンディを見つめた。

「こいつぁ好物なんだ。ありがとよ」

 早速取り出してニコラの手のひらに乗せ、自分も一つ口に含む。二人して頬をぷっくり膨らませてもごもごやっていると、横合いからナデューがにゅっと手をつきだした。

「ほいよ」
「ありがとう。いただきます」
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