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とりねこの小枝

四の姫、使い魔を呼ぶ。2

2013/05/10 4:09 お姫様の話いーぐる
 
 講義の終わりに、ナデューは訓練生たちに一枚ずつ、白紙の召喚符を配った。

「え、枠だけ?」
「絵も文字もない!」

 首を傾げる訓練生たちに、召喚士たちが自分の使うカードを見せる。

「それが、一番最初のまっさらな状態なんだよ」
「自分で召喚して、絆を結んだ時点で始めて名前と姿が浮かび上がるんだ」
「一瞬の刻印みたいなものだね」
「ああ! 足跡ぺたっと押すとか」
「その通り」
 
 なるほど、でかぶつ君の言うことは確かに学問としては『残念』だ。しかし直感的で、わかりやすい。単純と言ってしまえばそれまでだけど。

「訓練生の諸君、これは課題だ。来週のこの時間までに、自分一人の力で使い魔を召喚してくること」
「ええーっ!」
「慌てない慌てない。今日まで習ったことを落ち着いて実践すれば、できるはずだ。ずるして他の人に手伝ってもらっても、召喚符を見れば一発でわかっちゃうからそのつもりで……」

 訓練生たちは、目をきらきら、いやむしろぎらぎらさせながら、白紙の召喚符と召喚士たちの連れている使い魔を凝視している。
 既に彼らの頭の中は、どんな使い魔を喚ぼうか、どんなのが来るか、期待と好奇心で一杯だ。このチャンスを他の誰かに任せるだなんて、とんでもない!
 そんな意気込みが手に取るようにわかる。

「君たちの腕前では、まだ『何』を喚ぶか具体的には指定できない。例えるなら、異界と現界の間にに小さな小さな窓を作って、そこから目隠しした状態で無差別に喚びかけるようなものだ……とても小さな声でね。返事があるかどうか定かではない。一回目の術式では、何も喚べないかもしれない」

 訓練生たちの間に不安げな囁きが広がる。それが収まるのを待ってから、言葉を続けた。

「だが、諦めずに喚び続ければ君たちと一番、相性のいい存在が応えてくれるはずだ。一方で『何が』来るか予測がつかない不安もある。必ず自分の師匠なり、学院の先生、もしくは家族、先輩など、中級以上の術師に立ちあってもらうこと。いいね?」

 初等訓練生の力量では、開く窓も喚びかける声の大きさも限られる。ごくごく小さなものだ。手に負えないような大物が押し寄せる可能性は、極めて低い。
 低いのだが、一応、念のため。

(まぐれでフェレスペンネ喚んじゃう奴もいるみたいだしな……)

「先生!」

 生徒の一人がすちゃっと手を挙げた。

「召喚術の、見本を見せてください!」

 それをきっかけに、生徒の間にさざ波のように同じ言葉が広がって行く。

「見たいです」
「私も!」
「俺も!」

 大人たちはさすがに礼儀を心得てはいるものの、やはり期待に満ちたまなざしを向けてくる。

「OKOK、わかったよ。でもかなり略式になるから、どの程度参考になるかわからないよ?」

 ナデューは銀の煙管を手にしてマッチをすり、火を灯した。ぷか、ぷかぁ……。一服、二服と甘い香りの煙をくゆらせるや、ふっと吹き出す。

 白い煙がわやわやと固まり、空中に召喚の印を描く。契約した『喚ばれし者』の名前と、存在を示す印を。
 ぽわっと緑の光を発し、印は空中に霧散した。だが、それだけ。
 固唾を呑んで見守っていた生徒の一人が、ぽつりと言った。

「先生。何も……出てきませんよ?
「よく見てご覧」

 ナデューはくいっと煙管で背後を示した。
 居合わせた生徒たちと、召喚士たちは導かれるまま目をやり、あっと口々に声を挙げた。

「うわあっ、木が、木が増えてるーっ!」

 然り。樫の木の隣にもう一本、樹齢百年は越えていそうな木が増えていた。ただしこちらは幹にうっすらと顔が浮いている。

「トレントを喚んだのか! あんなに静かに!」
「うわあ、気がつかなかった………」
「紹介しよう。トレントのカカオじいさんだ。私と契約している『喚ばれし者』の中でも古参の一人だよ」

 生徒たちはぽかーんと口を開け、あるいは目を真ん丸にして見上げている。術の静かさに反して出現した存在の巨大さ故に、インパクトは絶大だったはずだ。

(これで勢いがついて、初めての召喚にも臆せず挑んでくれればいんだけど)

 そんな中で一人だけ、『残念くん』が左の目を押さえていた。

「どうしたの、ダイン」
「あ、いや、急にあんな大物が出るとは思わなくってさ。ちょっと、びっくりした」
「ぴぃ、ぴぃ」
「ああ、ちび、大丈夫だよ」

(おやおや、あれは、ひょっとしたら?)
 
 いや、うかつに判断するのは早急だ。もしかしたら、単に目にゴミが入っただけかも知れないし。
 二本の樫の木を背に、ナデューはあでやかにほほ笑んだ。

「それじゃ、今日はここまで。また来週!」


***


「うーむ」

 高い天井、年月に磨かれた深みのある焦げ茶色の柱と太い梁。しっくい塗りの内壁は、絞ったばかりのミルクにひとたらし、紅茶を交えたような淡い褐色。
 室内の空気には干した草と花、そして熟成された果実の香りが溶け込み、戸棚にはガラス瓶に収められた薬草が並ぶ。かと思えば、店の一角にはガラス張りのケースに収められた指輪や腕輪、耳飾りに髪飾り、リボンにアンクレットと言った装具品が並んでいる。
 ただし、それらにはよく見ると魔導語や祈念語で魔法の言葉やシンボルが刻印され、あるいは縫い込められていて、ただの装身具ではないことを伺わせる。

「むーん……」

 薬草店の主、フロウライト・ジェムルは腕組みして首を捻っていた。

 目の前の作業台の上には、開封されたばかりの木箱が一つ。今日の午前中に届いたものだ。中身は乾燥した薬草。いずれも刺激が強く、使用に際しては細心の注意を払わなければ危険。しかし裏返せば微量でも強い効果が期待できるものばかり。
 しかもきちんと小分けされていて、すぐにでも調合に使える状態で、中にはコンディションの良好な種子まであった。
 運が良ければ芽が出るかもしれない。いや、芽吹かせてみせる。裏の畑で力線と境界線に近い場所を選んで、土質を整えればきっと……。
 考えただけで、わくわくする。

 箱の隣には、ずんぐりむっくりした縫い目だらけの人形が転がっていた……目も縫い糸も不揃いなそれは不気味の一言につきる。
 既にフロウ自身の手で腹の縫い目は丁寧に開かれ、目に縫い付けてあったボタンも外されていた。
 台の上には、人形の腹に詰まっていた物がきちんと並べられている。
 まず、黒っぽい石。一度溶けてどろどろになったのを固めたような形をしていて、とてつもなく強力な土と、火の力を帯びている。こんな性質を示す石は一つしかない。
 溶岩だ。
 さらに、南方の温かい海にしか生息していない貝の殻。仕入れようとしたら、輸送料と手間賃がかかってとんでもない値段になる代物だ。
 目の部分に縫い付けられていたのは、極上の真っ赤なロードクロサイト。これもまた、この近辺では薄い紅色の石しか産出されない。
 要するに、いずれも希少な魔術の触媒なのだった。それが一日のうちに無償で手に入った。本来なら喜ぶべきことなのだが。

 問題は……

「お?」

 重たい蹄の音が近づいてくる。黒か、とも思ったが微妙に歩調が違う。一定のリズムがあり、力強さの中にどことなく優雅な気品が感じられた。
 店の前まで来ると蹄の音はふっつりと途絶え、入れ違いに軽やかな足音が近づいてきた。
 ほどなく、扉が開く……。
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