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とりねこの小枝

収束と報告

2013/11/25 23:48 お姫様の話いーぐる
「さぁてっと、うまいこと馬泥棒一味も制圧できたし、一件落着ってとこかな?」

 黒の首筋をなでながらフロウが言う。
 黒毛の軍馬はさっきから、投げナイフ使いに向って突進しようとうずうずしているのだ。

「どーどーどー、ほら落ち着けっての。さすがにこの状態でお前さんに蹴られたら、今度こそあいつ、召されちまうぞ?」

 鋭くいななく黒の声に答えるように、白馬がいなないた。

「あ」

 その声を聞くなり、馬泥棒一味の捕縛を終えたシャルダンはすっと立ち上がり、白馬の傍に歩み寄る。
 馬房の中で白馬はガチガチと歯をかみ合わせ、飛び跳ね、後脚で立ち上がってはまた踏み降ろす。
 甲高い声でいななき、蹄でがつっがつっと壁を蹴る。
 ぎしぎしと壁が軋み、天井からぱらぱらと埃が落ちる。白馬の苛立ちは他の二頭にも伝染し、怯えて歯を剥き出している。
 ちょっとでも馬の事が分かってる者なら……いや、分かっていなくても、今傍に寄るのは危険だとひしひしと感じる状況だった。
 しかしシャルは恐れる素振りも見せずに白馬に近づき、話しかけたのだ。

「よしよし、怖かったろうね」

 途端に白馬の様子が一変した。
 うそのようにぴたりと暴れるのを止め、じっとシャルの声に耳を傾ける。一歩、また一歩と近づくと、ついに銀髪の騎士はそのしなやかな手で白馬の鬣に触れた。

「もう大丈夫だよ?」

 白馬はふるるるっと息を吐いた。そこには欠片ほどの苛立ちも、怒りも怯えも無い。
 むしろ甘えているように聞こえる。
 そして自ら首を伸ばし、シャルの手に顔をすり寄せたのだった。

「ふふっ。あったかいな。くすぐったいな」

 青緑の瞳を細めると、シャルはまるでずっと前からそうしていたように白馬の首を抱きしめる。白馬もまたうっとりと目を細めて騎士の抱擁を受け入れた。

「美人さんだな……始めて見たよ、こんなにきれいな馬」

 甘えた声が答える。
 銀髪の騎士と白馬の抱擁を横目で見ながら、馬泥棒一同、がっくりと首をうな垂れた。

「な、納得ゆかねえっ!」
「あんなに暴れてたのに!」

 じろりとダインがにらみ付けた。

「人徳の差だ」
「いや、それぜってえちがうだろ!」

 腕組みする騎士の頭の上で、ちびがかぱっと赤い口を開けた。

「ぴゃあ!」


 ※


 ロブ隊長は上機嫌だった。
 シャルダンを送り出して後、砦の大掃除は滞りなく終了し、いつ二の姫を迎え入れても恥ずかしくない仕上がりになっていた。
 何気なく机の上に置いてあった巾着袋を引き出しにしまい、ついでに溜まっていた書類を片づけようと腰を降ろすと……何やら窓をコツコツたたく者がいる。

「ロブたいちょー」
「用事があるならドアから入れ」

 目もくれずに答えてから気付く。ここは四階だぞ?
 改めて窓に目を向けると、黒と褐色斑の翼の生えた生き物が一匹。こっちをのぞきこみ、前足で窓を叩いている。

「たーいーちょー」
「何だ、鳥か」

 きぃ、と窓を開けると、とりねこはするりと中に入ってくる。窓枠で器用に座り、しきりと顔を反らせて首を見せつける。

「む?」
「とーちゃん。おてがみ!」

 見ると、首輪に折り畳んだ羊皮紙が結びつけてあった。
 なるほど、伝令を寄越したか。ほどいて開き、目を通すと……。見慣れたディーンドルフの筆跡で、簡潔に記されている。

『北区にて二の姫と共に馬泥棒6名を捕縛。白馬を含む3頭を確保。移送のため応援求む。案内はちびに』
「……ふむ」

 何やら知らぬ間に事が大きくなっているようだ。とりねこは目を輝かせ、そわそわしながらこっちを見上げている。

「ディーンドルフとシャルダンは、二の姫と一緒にいるのだな?」
「ぴゃあ!」

 しっぽをつぴーんっと立てて震わせている。どうやら肯定しているようだ。と、なると。
(迎えに行かねばなるまい)
 ため息をつくと、ロブ隊長はドアを開けた。

「案内しろ、鳥」
「ぴゃああ」

     ※

 ロブ隊長が応援を率いて現場に着いてみると、待っていたのはディーンドルフとシャルダンの二名だけだった。
 
「二の姫は何処におられる?」
「お帰りになりました。四の姫と一緒に」

 何だって伯爵家の姫が、2人もそろってこんな治安の悪い地域をふらふらしていたのか! そもそも、いかなる経緯でこいつらと合流し、馬泥棒を捕縛するのに至ったのか。
 気になりだしたらキリが無いが、しかし二の姫もれっきとした西道守護騎士なのだ。一緒にいるのなら、四の姫にも危険はない。
 問題は無い。そう、判断する事にした。
 引っくくられた馬泥棒6名は、次々と護送用の荷馬車に放り込まれる。
 取り押さえる際に抵抗したのか、あちこち負傷して酷い有り様だ。時々、ディーンドルフとシャルダンの方を見ては怯えた目つきでガタガタ震えているのが気になったが、大人しくしてる分には問題ない。
 後日、詳しい報告書を提出させよう。

 所が盗まれた馬三頭を連れ出そうとして一悶着起きた。例の白馬が、一歩も動こうとしないのだ。

「隊長……ダメです、こいつ、梃子でも動きません」

 困り果てたハインツが情けない声を出した。白馬はつーんと顔を背けている。なるほど、確かに筋金入りの男嫌いのようだ。

「……ディーンドルフ」
「ダメです、もう試しました」

 肩をすくめるディーンドルフの隣では、黒毛の軍馬も明後日の方向を向いている。どうやら、男嫌いの範疇には自分の兄弟も含まれるらしい。
(何て意志の強い馬だ……)
 間近で見ると、骨格も筋肉も実にしっかりしている。加えてこの意志の強さだ。軍馬としてはこの上もなく理想的と言える。
 性格を除いては。
 そう、性格を除いては。

「隊長」
「何だ、ディーンドルフ」
「シャルダンなら、その馬を扱えます」
「そうなのか?」

 銀髪の騎士は素直にうなずいた。

「はい!」
「よかろう。シャルダン、命令だ。その白馬に乗って砦まで戻れ」
「良いんですか?」

 シャルダンが目を輝かせる。頬までうっすら赤く染めている。

「さっさと馬具を付け替えろ。今日からその白馬は、お前の馬だ」
「隊長! 本当ですかっ」
「うむ」

 今のは何かの目の錯覚か。銀髪頭の背後に一面に、ぱああっと花が咲き誇ったように見えた。
 ルピナスとかクレマチスとかバターカップとかカンパニュラとか矢車菊、その他名前も知らないような花がぱああっと。

「あ……ありがとうございますっ」
「良かったな、シャルダン」
「はいっ!」
 
 目元を和ませ、ふっくら開いた薄紅色の唇の間から白い歯が零れる。うっすらと肌を桜色に上気させ、シャルダンは嬉しそうに。本当に嬉しそうに笑っていた。(うっかり目が引き寄せられて二、三人、あちこちにぶつかった団員が居たようだが見なかったことにしておく)
 弾むような足取りで栗毛の馬に近づき、馬具を外し、労うように首筋を一撫でしてから白馬の元へとすっ飛んで行く。その背中ではぴょこぴょこと、銀色のしっぽが揺れていた。(何故かため息をついている奴が四、五人居たようだが聞かなかったことにしておく)

 これでいい。
 ただ一人にしか懐かない馬ならば、その一人を乗せれば良い。
 あの白馬は既に騎士団の所有で、優秀な軍馬だ。才能を活かすには、これが一番有効な手段なのだ。
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