▼ 兎の隊長さん
2013/06/18 4:27 【お姫様の話】
さて、それからしばらく経過したある日の午後。
就任の挨拶にド・モレッティ大夫人の館を訪れたロベルト隊長は……
庭に面した日当たりのよいテラスで、彼を歓迎して催された茶会の席上で、とんでもないものを目にしてしまった。
水色のリボンに水色のドレス、金髪に青い瞳のニコラ・ド・モレッティ嬢が、まるで呪いの品のような人形を抱いていたのだ。
(……何だ、あれは……。)
しかも、首に巻いてあるリボンは姫の髪に結んであるのと同じ水色。かなりお気に入りらしい。
一目見た瞬間から、お茶の香りも茶菓子の味も舌の上をことごとく素通りし、ロベルトの頭の中は一つの考えでいっぱいになった。
(もしかしたら本当に呪いの品か何かか……気になって仕方がない!)
それでも礼儀上、お茶一杯飲み終わるまではどうにか平静を保ち続けた。席を立って、庭園を愛でつつ歓談……となった所で思い切って四の姫に話しかけてみた。
「あー、その、姫。その人形の事なのですが……」
ロベルト・イェルプは万事に置いて単刀直入、常にまっすぐな男だった。
「これ?」
四の姫ニコラは満面の笑顔で答えた。
「可愛いでしょ! 師匠からもらったの。触媒を全部外してしまったから、もう術には使えないんだけれどね」
「ほほう」
(可愛い? これが?)
今一度しみじみと見る。年ごろの女の子の考えはよくわからない。と、言うかまったく理解できない。
だが、これも個性のうちなのだろう。
「実に、個性的な造形ですね」
「でしょ、でしょ!」
お気に入りを褒められて、嬉しかったのだろう。四の姫は上機嫌で元呪術人形にほおずりした。
「Patchie(ツギハギくん)って呼んでるの」
「なるほど、確かに見た通り分かりやすい。術の知識がおありと言うことは、姫は魔法について学んでおいでなのですか?」
「そうよ。魔法学院の初等科で勉強してるの。もうすぐ初級術師の試験があるのよ!」
「なるほど」
貴族の。それも騎士の令嬢が魔法使いを目指すなんて。しかも本格的に術師の試験を受けるなど、王都ではまず考えられないことだった。しかし、一方でロベルトがこれまで勤めていた東の交易都市では、個人の資質を活かすことはごく普通に行われていた。それこそ、家柄や身分を問わずに。
「それは、団長にとっても頼もしいことですな」
「ありがとう、ロブ隊長」
ともあれ、ひとまず安心した。あの人形はどうやら、無害なのだから。一方で四の姫は………
(どSって聞いてたから、てっきり意地悪な人かと思ってたけど……シャルとダインの言う通り、割といい人みたいね)
初めて顔を合わせる隊長に、友好的に接しようと決めていた。
「ね、ロブ隊長」
「はい?」
「就任祝いに何かプレゼントしたいのだけど……巾着袋とクッション、どっちがいい?」
「では、巾着でお願いします」
ロベルト・イェルプは万事において実用性を重んじる人間だった。
「わかったわ。えーっと、何か希望するモチーフはある?」
「ウサギでお願いします」
「ウサギ? ずいぶん可愛いのを選ぶのね」
「私の個人紋なのです」
そう答えるロベルトのマントには、ウサギを刻印した盾の形をしたブローチが留められていた。
そして、そんな事をシャルダンと話していたのを思い出す。
「わかったわ! 楽しみにしててね!」
「はい、ありがとうございます」
笑み交わす二人をこっそりと、モレッティ館に住むちっちゃいさんたちと、キアラが見つめていた。
「うさぎ、うさぎ」
「たいちょうさんは、うさぎ」
水盤の陰からしゃらしゃらと、せせらぎの音にも似た声で囁きながら。歌いながら。
「うさぎ、うさぎのたいちょうさん」
(四の姫と兎の隊長さん/了)
就任の挨拶にド・モレッティ大夫人の館を訪れたロベルト隊長は……
庭に面した日当たりのよいテラスで、彼を歓迎して催された茶会の席上で、とんでもないものを目にしてしまった。
水色のリボンに水色のドレス、金髪に青い瞳のニコラ・ド・モレッティ嬢が、まるで呪いの品のような人形を抱いていたのだ。
(……何だ、あれは……。)
しかも、首に巻いてあるリボンは姫の髪に結んであるのと同じ水色。かなりお気に入りらしい。
一目見た瞬間から、お茶の香りも茶菓子の味も舌の上をことごとく素通りし、ロベルトの頭の中は一つの考えでいっぱいになった。
(もしかしたら本当に呪いの品か何かか……気になって仕方がない!)
それでも礼儀上、お茶一杯飲み終わるまではどうにか平静を保ち続けた。席を立って、庭園を愛でつつ歓談……となった所で思い切って四の姫に話しかけてみた。
「あー、その、姫。その人形の事なのですが……」
ロベルト・イェルプは万事に置いて単刀直入、常にまっすぐな男だった。
「これ?」
四の姫ニコラは満面の笑顔で答えた。
「可愛いでしょ! 師匠からもらったの。触媒を全部外してしまったから、もう術には使えないんだけれどね」
「ほほう」
(可愛い? これが?)
今一度しみじみと見る。年ごろの女の子の考えはよくわからない。と、言うかまったく理解できない。
だが、これも個性のうちなのだろう。
「実に、個性的な造形ですね」
「でしょ、でしょ!」
お気に入りを褒められて、嬉しかったのだろう。四の姫は上機嫌で元呪術人形にほおずりした。
「Patchie(ツギハギくん)って呼んでるの」
「なるほど、確かに見た通り分かりやすい。術の知識がおありと言うことは、姫は魔法について学んでおいでなのですか?」
「そうよ。魔法学院の初等科で勉強してるの。もうすぐ初級術師の試験があるのよ!」
「なるほど」
貴族の。それも騎士の令嬢が魔法使いを目指すなんて。しかも本格的に術師の試験を受けるなど、王都ではまず考えられないことだった。しかし、一方でロベルトがこれまで勤めていた東の交易都市では、個人の資質を活かすことはごく普通に行われていた。それこそ、家柄や身分を問わずに。
「それは、団長にとっても頼もしいことですな」
「ありがとう、ロブ隊長」
ともあれ、ひとまず安心した。あの人形はどうやら、無害なのだから。一方で四の姫は………
(どSって聞いてたから、てっきり意地悪な人かと思ってたけど……シャルとダインの言う通り、割といい人みたいね)
初めて顔を合わせる隊長に、友好的に接しようと決めていた。
「ね、ロブ隊長」
「はい?」
「就任祝いに何かプレゼントしたいのだけど……巾着袋とクッション、どっちがいい?」
「では、巾着でお願いします」
ロベルト・イェルプは万事において実用性を重んじる人間だった。
「わかったわ。えーっと、何か希望するモチーフはある?」
「ウサギでお願いします」
「ウサギ? ずいぶん可愛いのを選ぶのね」
「私の個人紋なのです」
そう答えるロベルトのマントには、ウサギを刻印した盾の形をしたブローチが留められていた。
そして、そんな事をシャルダンと話していたのを思い出す。
「わかったわ! 楽しみにしててね!」
「はい、ありがとうございます」
笑み交わす二人をこっそりと、モレッティ館に住むちっちゃいさんたちと、キアラが見つめていた。
「うさぎ、うさぎ」
「たいちょうさんは、うさぎ」
水盤の陰からしゃらしゃらと、せせらぎの音にも似た声で囁きながら。歌いながら。
「うさぎ、うさぎのたいちょうさん」
(四の姫と兎の隊長さん/了)