ようこそゲストさん

とりねこの小枝

作戦開始!

2013/11/25 23:46 お姫様の話いーぐる
「西道守護の名において、ここを開けろ!」

 レイラの声がりん、と響く。同時にダインが足をあげ、力いっぱい『壁』を蹴り着ける。狙いたがわず、ばーんっと隠し扉は全開、薄暗い隠れ家にさーっと日の光がさし込む。

「うわあ!」
「何で、お前らそこからっ!」

 来るはずのない所から敵が来た。その上眩しさに目がくらみ、馬泥棒たちは大混乱。右に左に逃げ惑う。
 だがいち早く一人の男が気を取り直した。海賊さながらに三角帽子を斜めに被り、この暑い中、黒い革のジャケットを羽織った男だ。

「慌てるな、騎士ったってたったの二人じゃねーか、しかも一人は女だ!」

 怒鳴りつけられ一味ははっと我に返る。

「お、おう」
「返り討ちにしてやりゃ、箔がつくってもんだぜ、おりゃあっ」

 手に手に抜き身の剣だの片刃の小剣を引っさげて、押っ取り刀で飛び出した。
 対するダインとレイラは見交わすや、さっと左右に別れて後ろに下がる。

「ははっ、見ろ、ビビってやがるぜ」
「逃がすかぁ!」

 調子に乗って馬泥棒一味は、へらへら笑いながら隠れ家から飛び出した。しかし、それは全て計算の上での行動。射線を確保するためだったのだ。
 二人の騎士が動いた瞬間から、既に四の姫ニコラは詠唱に入っていた。使い魔キアラも水のせせらぎに似た声を震わせ、後に続く。

『水よ集え 凍てつき鋭き針と成り 我が敵を貫き通せ!』
『つらぬきとおせ!』

 さらにもう一体、ぴゃあぴゃあした声が唱和する。

『貫き通せ、ぴゃあ!』

 金髪の少女の肩の上、黒と褐色斑の猫が後脚を踏ん張り、頭の上にフードのようにぺったり覆いかぶさって前足を載せる。さらにその上に、ふわふわの綿菓子頭の小妖精がうつ伏せになってぺったり乗っていた。
 見た目はたいへん愛らしい。だが。
 水の妖精(ニクシー)に強化され、さらにとりねこの精神共鳴によって増幅された呪文は、一人前の魔術師に匹敵する強さにまで高められていた。

『氷結鋭針(ice needle)!』

 空中に生じた氷の針を、ニコラはびしっと手にした杖で導いた。狙う先は傍らに立つシャルの矢じりと同じ。
 ぴんっと弦が鳴る。やや遅れて氷の針が飛んだ。

「うおおう!」
「なんっじゃこりゃあっ」

 どすどすどすっ!
 降り注ぐ矢と氷の針が迂闊にも飛び出した馬泥棒2人を直撃する。

「つべてぇっ」
「いでぇっ」

 狙い過たず放たれた矢はきれいに馬泥棒の利き手を射貫いていた。さらに氷の針が皮膚を裂き、たまらず武器を落とす。

「っとぉ、危ねぇ危ねぇっ」

 運良く出遅れた3人目は、難を逃れたかに見えたが。

『黒にして緑、マギアユグドの御名において 力よ我が手に宿り 敵を打て!』

 いつもの癒しや護りの呪文に比べ、短く力の篭った詠唱とともにフロウが左手を突き出す。
 腕輪に緑の光が走る。垂直に構えられた手のひらの周囲の空気が歪み、ォオンっと鳴った。

「うげっ」

 途端に3人目は目に見えない強烈な一撃を受け、もんどり打って地面に叩きつけられた。

「ン何だあ? 何で騎士なのに魔法使うんだよ、きったねぇぞ!」
「騎士じゃないもーん。魔法使いだもーん」
『もーん』
「ぴゃあ」

 臆せず言い返すニコラに思わずレイラは感慨に浸る。

「あの小さなニコラがすっかり立派になって!」
「二の姫、前、前!」
「おっと」

 二の姫はすばやく気を取り直した。細身の女に厳つい男。組みしやすしはこちらと見くびったか。こっそり忍び寄っていた四人目を、抜きざまびしりと斬り付ける。

「ひっ」

 振りかざした片刃の段平が達するより早く、銀光が走り、賊の手首にまとわり付く。
 あっと思った時は既に遅く、切っ先が蛇のように段平の柄を巻き上げ、空高く飛ばしていた。
 怯んだ所に、幅広の剣がびゅんと唸る。避ける暇もあらばこそ、鳩尾目がけて容赦無い一撃がたたき込まれていた。
 刃ではなく、平での一撃。だが衝撃と力にはいささかの手加減も無い。

「ぐげぇっ、ひゅう……」

 踏みつぶされたカエルのように呻きながら馬泥棒は、体を二つ折りにして後方に吹っ飛ぶ。
 ふんっと鼻息荒くダインは振り切った剣を背後から頭上へと回し、再び構え直した。

「あーあ、相変わらず容赦ねぇなあ、あの馬鹿力」
「お見事です、ダイン先輩!」

 油断なく第二の矢をつがえながらシャルダンがぽつりとつぶやいた。

「いいなあ、ムキムキ、いいなあ……」


 ※


 三角帽子の男はうろたえていた。たかだか騎士2人、しかも1人は女。数を頼みにたやすく返り討ちと踏んでいたが、ほんのわずかの間に状況は一変していた。
 最初に殴り込んで来た騎士どもは前衛に過ぎず、後ろに3人控えていた。うち2人は術師でもう1人は射手。
 あっと言う間に仲間の2人は利き腕をやられてうずくまり、後の2人は馬屋の壁にこっぴどく叩きつけられ、伸びている。1人は術師の男が放った得体の知れない呪文で。もう1人は、騎士どもに打ちのめされて。

 だが、この期に及んで残った賊のうち1人はまだ過信していた。この手の与太者にありがちな認識故に……たかが相手は女と子供とおっさんだ。多少、骨のありそうな射手にしたって所詮は娘っ子みたいな顔のひ弱な若造。
 自分たちの相手になる『本当の男』はただの1人だ、と。

「いぇえやあああっ」

 両手で握った大斧を振り上げ、『本当の男』に向って駆け寄ろうとした。だがそいつは自分を見ていない。ちらっと肩越しに背後を見るなり、横に一歩、軽快な足さばきで避けた。

「どうした、ビビってんのかデカいの!」
「照れ屋なんだよ」
「だったらこっちから行くぜ!」

 乱ぐい歯を剥き出して、更に踏み出そうとしたその時だ。四の姫の鈴を転がすような詠唱が高らかに響く。

『ちっちゃいさん、地面の中のちっちゃいさん。お願い、あいつを転ばせて!』
『お願い、ぴゃあ!』

 ついでにとりねこの唱和もお着けして、放たれた言霊に応えた者たちがいる。

「きゃわきゃわ」
「きゃわわっ!」

 耳のくすぐったくなるような小さな声。しかしそれは聞く耳を持った者にしか聞こえない。慢心に走った賊の耳には届かない。
 もこもこっと地面が盛り上がり、二頭身の小人の群れがわらわらと、てんでにちっぽけな手のひらで賊の靴を掴み、息を合わせてえいやっとばかりに払いのけた。

「のぉわっ」

 予想外の位置から足払いをくらい、馬泥棒はすってーんとぶざまに仰向けにひっくり返った。なまじ重たい武器を持っていたのが仇となる。どうにか手足をばたつかせて起き上がろうと四苦八苦していると。
 ひゅんっと空を切った矢がぶつりと顔のすぐそばに突き立った。

「ひぃいいい!」

 賊の顔が真っ青になる。矢は男の耳に下がった円環形の耳飾りをものの見事に射通し、地面に突き立っていたのだ。それを見て、うずくまっていた先の2人もロウソクみたいに真っ白になってガタガタと震える。
 遅まきながらようやく気付いたのだ。『娘っ子みたいな顔した』射手の腕前の凄まじさに……。
 機を逃さず、りんとした声が響く。

「動けば、打ちます」

 端正な顔で、矢をつがえて言われた瞬間の怖さと言ったらそりゃあもう、背筋が凍りつくほどで。縮み上がった馬泥棒どもは、よれよれと両手を挙げて戦意の無さを訴える。
 お願いだから打たないでくれ、と祈りながら……。

「っけ、腰抜けどもが!」

 最後に残った三角帽子の男は、相棒を盾にして術師と射手の視界を遮りつつ上着の前を開けていた。
 黒革のジャケットの内側には筒状の留め具が縫い付けられ、ずらりと細身の投げナイフが仕込んであった。
 目にも留まらぬ早業で2本抜き取り、横ざまに走りつつ投げる。右手で一本、左手で一本。
 狙うは厄介な術師2人。幸い射手は仲間をけん制するのに集中してる。あいつらさえ封じれば、勝機は……いや、もはや逃げるチャンスと言うべきか……とにかく、ある。

「ニコラ、危ない!」

 いち早く気付いて呼びかけたフロウのこめかみを、ナイフがしゅっとかすめる。

「うぉっとぉ!」

 ぱらりと亜麻色の髪が散り、血が一筋流れた。
 一方でニコラは師匠の警告のおかげでとっさに伏せる事ができた。使い魔2体は飛び上がり、投げナイフの刃はちっぽけな異界の生き物も、四の姫の無垢な体も傷つける事なくすり抜けたかに見えたが。

「きゃっ」

 はらり、と水色のリボンが宙に舞い、ほどけた金髪が肩の上に落ちる。髪を結んでいたリボンを、投げナイフがすっぱり真っ二つに断ち切ったのだ。

「あ……」

 ニコラの声が震えた。

(マイラ姉さまの作ってくれたリボン。大事にしてたのに!)

 やはり女の子だ。生命の危機よりお気に入りのリボンが失われた悲しみの方が、大きい。
 無論、この事態は前衛の2人もきっちり見ていたし、聞いていた。泣き出しそうにくしゃっと顔を歪めるニコラ。額から血を流すフロウ。

 ぶるぶるっと騎士たちの体が震える。恐れでも悲しみでもない、純粋な怒りによって。

「きっさっまあああああ!」
「うおっ、何だお前らっ」
「よくも、私のかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいニコラをーっ!」

 二の姫のレイピアが吠える。『かわいい』と叫ぶたびに、ぴっぴっぴっと三角帽子の男の服に切れ目が入る。

「かわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいニコラにっ刃を向けたなっ!」
「ひぃいいっ」
「許さんっ!」

 びゅんっと仕上げの一振りが賊のベルトを切断する。
 その途端、ぱらっと黒革のジャケットもその下のシャツもズボンも細切れになって舞い散った。
 下穿きと靴と、そして帽子だけを残してはらはらと……。当然、投げナイフも散らばったが昼の屋外でいきなり裸に剥かれたショックは大きい。

「しょげええええっ!」

 しかもそれだけの事をやってのけながら、肌には傷一つついてないのだ。

(俺は、俺は何て奴を敵に回しちまったんだっ!)

 後悔しても既に遅い。
 しんしんと静かに怒りの炎を滾らせた巨大な獣が一匹、男のすぐそばに迫っていた。

「あ」

 がごぉんっ!
 ごっつい岩のような拳が唸り、男の体が放物線を描いて吹っ飛んだ。口から折れた歯を、鼻から血を吹き散らしながら。
 地面に当たってバウンドし、さらに跳ねて突っ込む先は白馬の待つ馬房。

「ぎぃえええええ!」

 どがっと強烈な蹄の一撃。
 哀れ投げナイフ使いは飼い葉桶にずっぼとはまり、ぶくぶくと泡を吹いて失神した。骨の一本二本は確実に逝ってるだろう。
 意識を失う間際、男はぼんやりと考えていた。『さっきの野郎の拳と今の馬の蹄、どっちが痛かったかな』と。

 ダインはのっしのっしと大股で近づくと、伸びた男の肩をつかんで引き起こす。

「こら、まだ終わってないぞ」
「待てディーンドルフ、私もまだそいつには用がある!」
「あのぉ、お二人とも」

 後ろでニコラとフロウの無事を確かめたシャルダンが、遠慮がちに声をかける。

「その辺で……」

 レイラとダインは全く同時に振り向き、くわっと歯を剥いた。

「これでもまだ足りないくらいだ!」

 めらめらと青白い怒りの炎を燃やすダインにほてほてとフロウは近づき……。

「落ち着けっつの。」

「…………」

 薬草師が怒れる騎士にぽんっと肩に手をかける。暫くの沈黙の後、ようやくダインの全身から揺らめいていた気炎が収まった。

「姉さま、姉さま、私は大丈夫、怪我はないから!」
「ニコラ」

 ようやく二の姫も剣を収め、駆け寄ってきた妹を両手で抱きしめた。途端に触れれば切れそうな殺気……もとい、剣気がふわあんっと霧散した。

「やれやれ、危ない所でした」

 にっこりほほ笑むとシャルダンは、自分の乗ってきた馬の鞍から縄を取り出し……。

「暴れないでくださいね? 抵抗すればもっと困ったことになりますよ」

 てきぱきと、馬泥棒たちの捕縛に取りかかる。この状況下で、逆らえる者は居なかった。
    web拍手 by FC2