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とりねこの小枝

作戦準備

2013/11/25 23:44 お姫様の話いーぐる
「見えた!」

 目を閉じたままニコラが顔をあげる。水の小妖精キアラは液状に変化して扉のすき間から入り込み、今しも隠れ家の内部で実体化したところ。

「よーし、その調子だ。ブローチに焦点を合わせて、キアラの視覚と同調しろ」

 フロウの言葉にうなずき、言われるまま胸元の琥珀のブローチに手を当てる。

『キアラ、中を見て』
『キアラ、中を見る!』

 どことなく水の膜を通していたようなぼやけた視界にくんっと焦点が合い、はっきりと見えた。
 自分が小さく縮んで床の上に立っているような感覚。キアラの視覚だ。ぐるりと周りを見回した。

「馬泥棒は、全部で5人……」

 ちゃりん、と金属の鳴る音がする。振り返ると、奥の馬房からもう1人出て来た所だった。間仕切りを閉めた時、耳に下がった金色の円環形の耳飾りが揺れて、ちりんっと鳴る。
 人間の耳には恐らく聞こえない。キアラの聴覚だから聞き取れるほどの微かな音。

「ううん、6人居る。奥が馬房になってて、馬が三頭。一頭はあの白馬ちゃんね。あ、ちょっと待って」

 しばらく集中してから、ニコラは言葉を続けた。

「さっき、家の壁が、がばあって開いたでしょ? 今は内側からかんぬきがかかってるけど、あれ外したら、外側からも開けられるんじゃないかな」
「なるほど、その方が視線が通るな」

 レイラはシャルとフロウに視線を向けた。

「射手と術師がいるのだ、遠距離攻撃は我々に利がある」
「やれるか、ニコラ?」

 師匠の言葉に、ニコラは目を閉じたままにかっと笑った。

「任せて!」

 
     ※

 
 小妖精キアラは水たまりと化して、じっと床に潜んだ。馬泥棒たちは、互いに傷の手当てに忙しいようだった。

「くそっ、あの白馬め、とんだ跳ねっ返りだ、ばくばく噛みやがって!」
「こっちはもうちょっとで蹴られる所だったぞ」
「さっさと売り払うに限るな」
「ああ、見た目は小奇麗だからな。いい値がつくだろうよ。その後のことは……」

 馬泥棒たちは黄ばんだ歯をむき出し、にしししっと笑いあった。

「知ったことか!」

 何となく自分が話題に出ているとわかったのだろう。白馬がぶるるるるっと不満げに鼻を鳴らし、がつがつと地面を蹄で穿つ。
 馬泥棒たちはびくうっとすくみ上がって白馬の方をうかがった。完全に怯えてる。

(チャーンス! キアラ、行って!)

 キアラはしゅるっと伸び上がるとかんぬきの近くで実体化し、両手で掴んだ。

『うーん』

 ぱたぱたと羽根をはばたかせて引っ張る。
 幸い、素早く開閉できるように馬泥棒たちはかんぬきの手入れを怠らず、きちんと油もさしてあった。
 音も無く金具の中で横棒が滑る。両開きの扉を繋ぎ止める仕掛けはもう効かない。

「OK! キアラ、戻って!」

 しゅわわっと液体に戻るとキアラは扉のすき間から外に流れ出した。


     ※


「よし、それじゃ全員集まれ」

 フロウは手首に巻いた腕輪に手を触れて、位置を確かめた。上着の内側に仕込んであった投げ矢の数を確認し、改めてベルトに挿し直す。これを使う羽目に陥らないのがベストだが、備えておくに越した事はない。
 杖を構えるニコラに弓矢を手にしたシャルダン、それぞれ剣の柄に手をかけたダインと二の姫を見回した。
 
「ぴゃっ」
『きゃ』

 使い魔二体もやる気満々、こいつらに限って言えば必ずしもこれからかける呪文は必要ないのだが……そこはまあ、気分の問題。士気を高めて損はあるまい。
 左手を掲げ、フロウはいつもよりやや声を落として唱えた。

『混沌より出し黒、花と草木の守護者マギアユグドよ。芽吹き茂り花開く、汝の活きる力もてこの者たちに祝福を……』

 しっぽをつぴーんと立てて羽根を震わせ、ちびが復唱する。

『祝福を……ぴゃあ!』
 
 詠唱が終わると同時に、ダインたちはほわっと自分の体内を巡る力が一段と活性化するのを感じた。

「ひゃ」

 ニコラが首をすくめている。慣れない感触に戸惑ったのだろう。

「戦闘前の祝福って、ただのお祈りじゃないのね」
「ああ、活力を付与して、戦う力を高めてるんだ」

 祈る神は違えどこれは騎士としての経験が役に立ったのか、珍しくダインが解説する。

「速い者はより速く。強い者はより強く動けるように、な」
「……なんか納得が行かない」
「は?」
「ダインに説明されるとなーんか今一、信用できないのよね」
「あのなぁ」

 ぐんにゃりと口をひんまげるダインを尻目に、フロウがにんまり笑った。

「安心しな、今回はこいつも正しいこと言ってるから」
「はーい」
「露骨に反応違うなおいっ」
「ディーンドルフ。騒ぐな。敵に気付かれる」
「……はっ」

 二の姫にたしなめられ、ダインはしぶしぶ口をつぐみ、剣を抜いた。対してレイラのレイピアは鞘に収められたまま。だがどちらも戦闘準備の態勢に変わりは無い。扱う武器も、得意とする剣技も違うのだ。

「さて、成り行きだが一緒に仕事することになったわけだねぇ……お手並み拝見といこうかね、騎士サマ?」
「任せろ!……っと。」

 ニッと笑みを浮かべた薬草師の言葉に威勢良く応えるも、ついさっき注意された二の姫の言葉を思い出して口を噤む。

「では師匠、シャルダン、妹をお願いします。」
「了解!」
「そっちも気を付けてな」
「姉さま、がんばって」

 ひそっと囁くニコラの声に顔がゆるんだがそれも一瞬。きりりと表情を引き締めて頷くと、レイラは改めてダインに向き直った。

「行くぞ、ディーンドルフ」
「御意」

 がつんっと黒が蹄で地面を叩く。俺だってやれる、と言いたげに。ニコラは伸び上がってそっと逞しい首を撫でた。

「あなたはここで待機ね? 黒ちゃん」

 小さなレディに言われてはいたしかたない。黒毛の軍馬はしぶしぶ大人しくなった。
 一方で二人の騎士は通りを横切り、木戸を潜り、静かに馬泥棒の隠れ家に近づいて行く。壁を装った隠し扉の前に立つとうなずきあい、身構えた。
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