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とりねこの小枝

何で猫がそこにいる?

2013/06/18 4:23 お姫様の話いーぐる
「ぴゃあ」

 ダインの肩に乗っていた猫が、ばさっと翼を広げた。

(え、翼?)

 あっと思う間もなく黒と褐色斑の猫は空を飛び、シャルダンの肩にふわりと舞い降りる。

「ちびさん! 連れてきてくれたんですね、先輩!」
「んむ、今日は非番だからな」
「しゃーる、しゃーる!」

(しゃべったー!)

 親しげに銀髪騎士の名を呼びながら、しっぽをつぴーんと立てて首筋に、顔に体をすり寄せている。

「ははっ、くすぐったいなあ! 今日もふわふわだね!」
「ぴゃー」

 シャルダンは名前を呼ばれてもさして驚く風もなく、妙てけれんな猫を抱きしめ、ふかふかの羽毛に顔をうずめている。

「んー、お日さまのにおいがするー」
「ぴぃいい」
「どうしてこんなに可愛いのかなーちびさんはー」

(ちがうだろ。追求すべきはそこじゃないだろ!)

 こいつはいったい何者なんだ。
 鳥か? 猫か? しかも喋ってる。オウムか?
 
「……何だこれは」
「これは、ちびさんです」
「いや、名前を聞いてるんじゃない」
「ダイン先輩の使い魔です」
「…………」

(は? 使い魔?……ディーンドルフの?)

 ぱくぱくと口を開け閉めしたが、上手く言葉が出てこない。だめだ、これ以上こいつと話してるとどんどん妙な方向に引っ張られる。
 ぎちぎちと首を回し、ディーンドルフに向き直った。

「何で騎士が使い魔連れてる! ってか兵舎で猫飼ってるのか貴様ぁっ」

 大声に驚いたのか。羽根の生えた猫はぶわっとしっぽを膨らませてディーンドルフの頭にしがみついた。
 少なくとも、こいつが飼い主だと言うのは理解できる。
 がっしりした手で、よしよしとか言いながら頭を撫でてるし、撫でられた方もぶわぶわに膨らんでいたしっぽが少しずつ細くなり、元に戻った。

「ロブ先輩。こいつは猫じゃありません。似てるけど」
「どっから見ても猫だろうが!」
「これは、とりねこです」
「とりねこ?」
「はい。鳥のような、猫のような生き物だから、とりねこ」
「……そうか」
「異界から迷い込んできたのを保護しました。今は俺が正式な宿主(host)としてこいつを管理しています。人に危害を加える心配はありません」
「そうか」

 納得した。
 種としての名前が判明し、きちんと管理されているとわかれば、それでいい。いいってことにしておこう。
 
「馬屋で排泄はさせるなよ?」
「大丈夫です。そこは、ちゃんと躾けてありますから」
「ちびさんは、優秀なんですよ! ネズミとか、虫とか獲ってくれるし!」
「見せに来るけどな」
「うん、こないだ獲ったのはでかかったっすね」
「……そうか」

 プラス、有能。だったら文句をつける筋合いはない。さっさとするべきことを済ませてしまおう。

「貴様に手紙だ、ディーンドルフ」
「ありがとうございます。でもどうして先輩が?」
「王都まで届いていたんだ。こっちに来るついでに預かってきた」

 手紙を受けとると、ディーンドルフはさっと宛名に目を通し、顔を輝かせた。

「伯母上からだ!」
「それと、こっちは荷物だ」

 頑丈に梱包された、形といい長さといい、丸太ほどの大きさの荷物をずしっと渡す。

「わ。こんな重たいもの持ってきてくれたんですか!」
「ついでだからな」
「………ありがとうございます」

 何てやつだ。あんな重たい荷物を小脇に抱え、平然と手紙を読み始めやがった。

「中身何なんでしょうね、これ」
「絨毯」
「え?」
「俺が生まれた家で使ってたものだそうだ。そろそろ落ち着いただろうから、こっちで使えって」

 ディーンドルフは愛おしげに、荷物を手のひらで撫でた。
 絨毯と言っても部屋全体に広げるほどの巨大なものではなく(そんなものだったらそもそも運んでは来られなかっただろう)。せいぜい、人一人が上に寝ころべるくらいの小さなものだ。
 兵舎内のダインとシャルダンの部屋に運び、開封してみる。

「わあ、きれいだ」
「星空ですね」
「む、見事な品物だな」

 みっしり織られた毛織りの絨毯。目の覚めるような藍色に、金糸銀糸で星が織り込まれている。そして絨毯の縁には、牡羊、雄牛、双子に蟹に獅子、乙女……星空を囲むようにぐるりと、星座を象った絵が刺繍されていた。

「これ、覚えてる。確かにちっちゃい頃、この上で遊んでた」
「ぴゃあ!」

 とりねこが、すたんっと絨毯の上に飛び降りる。縁の一ヶ所のにおいを嗅いで、がしがしと前足で引っかいた。

「ちびさん、いけませんよ……あれ?」

 抱きあげようと屈みこんだシャルダンの動きが途中で止まり、首を傾げた。皮肉にも水瓶座の回りが焼け焦げていた。だが表面は既に摩滅し、馴染んでいる。できる限り焦げた部分を整えようとした痕跡が見受けられた。燃えた繊維特有の臭さもほとんどしない。
 昨日今日できたばかりの焼け焦げではないようだ。

「ここ、焦げてますね。どうして?」
「………さあな」

 ダインが肩をすくめた。

「うっかりロウソクでもひっくり返したんだろ。子供の頃のことだし」

(嘘だ)

 珍しく視線が左右に泳いでいる。
 こいつは、覚えてる。知っている。だがそれを今追求してどうなる? 言いたくないのなら、言わなければいい。

「また、これを見ることができるなんて思わなかった。ありがとうございます、ロブ隊長」
「感謝してるのか?」
「はい!」
「だったら、行動で示してもらおうか。まだ、引っ越しの片づけが済んでおらんのだ」
「喜んで!」

     ※

 ロベルトの居室に引っ越し荷物を運んで、片づけて。一段落着いた頃には、昼を過ぎていた。兵舎の食堂で昼食を取る。
 とりねこは感心なことにテーブルの下に置かれた皿から餌を食べ、卓上のものには手を出さなかった。
 そして、何故か銀髪の騎士の前には、リンゴのパイにリンゴのお茶、リンゴ粥と見事にリンゴ尽くしのメニューが並んでいた。

「シャルダン。お前、何でそんなにリンゴばっかり食ってるんだ」
「ダイン先輩が、見習い時代から毎日食べてるって聞いたので」
「ああ、確かに、しょっちゅう丸かじりしていたが……」

 同じぐらい、肉も魚も穀類も食べていた。いくらなんでも、これは極端すぎる。
 一言注意しようとするより早く、エミリオがぎっしり肉の詰まったパイをシャルダンの前に置く。

「しっかり筋肉つけたいのなら、バランス良く食べなきゃな?」
「うん!」

 とん、と反対側からディーンドルフがマグに満たした牛乳を置いた。

「牛乳も飲んどけ」
「はい!」

 いきなり後輩二人を紹介された時は、果たしてこいつに世話役が勤まるのかと疑わしかったが……既に上手いこと連携も取れているようだし。
 これなら心配あるまい。
 なお、聞く所によるとリンゴ尽くしは、全て町のご婦人からの差し入れだったと言う。

「ありがたいですね」
「うん、美味いな!」

 昼食を終えると、ダインががたんと立ち上がった。

「じゃあ、俺、そろそろ帰りますんで」

「え、もう帰っちゃうんですか、ダイン先輩」

 いつの間にかシャルダンの膝にはちゃっかりちびが座っていた。

「明日は魔法学院の公開授業なんだ。予習がまだ終わってなくてさ」

 エミリオが答える。

「ナデュー先生の授業ですね。勉強になるっすよ。教え方も丁寧だし、何てったって召喚のプロですから!」
「そうか!」
「上級だし!」
「そうか!」
「……そうか」

 何で魔術の勉強なんかしてるんだ、とロベルトの脳裏を過るが、ダインに使い魔が居る以上それは事実なのだろうし、
 勉強そのものは生産的で良いことなので、ロベルトはそれ以上言及しなかった。

「じゃ、俺も午後から授業があるからそろそろ学院に戻るわ」

 そう言ってエミリオは、椅子の背にかけてあった布を羽織った。
 てっきりマントかと思っていたが、実はそれは深い緑色のローブなのだった。

「行ってらっしゃい! ダイン先輩も、ちびさんも、またねー」
「ぴゃー!」

 ごっつい二人組が並んで食堂から出て行くのを、シャルダンは名残惜しそうに、だが笑顔で見送っていた。

「あいつ、魔術師だったのか」
「はい」
「ガタイがいいから、てっきり騎士団員かと……」
「エミリオの専門は植物学と薬草術ですから。普段から、畑仕事をしたり、野山を歩き回ってるんです」
「なるほど……」

 確かにエミリオからは薬草の匂いがしたと頷いている間に、シャルダンの口から爆弾が飛び出た。

「どうして誰もダイン先輩の可愛さに気付かないんだろう……」
「貴様今何と言った?」
「えー、ダイン先輩が可愛いって」
「何っ」
「だって可愛いじゃないですか。素直で、一途でまっすぐで。見てるとぎゅーっと抱きしめたくなります」

 そんなシャルダンの言動にロベルトがギョッとしたり内心慌てたりしていると……

「実家の犬を思いだします」
「ああ……そう言う意味か」
「はい」

 ぜいぜいと呼吸を整えた。
 それなら、わかる。確かにディーンドルフは犬っぽい。

「お前の家、犬飼ってるのか」
「はい。一個小隊ほど」
「おいおいおい、何匹いるんだ!」
「子犬が生まれたばかりなんで」

 シャルダンは狩りと果樹の守護神ユグドヴィーネの神官の息子だ。実家には女神の神獣である犬がたくさん飼われている。全て優秀な猟犬で、生まれた子犬たちは地元の狩人に引き取られ、女神の恵みをもたらすのだった。
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