▼ ブラウニーブラウニー2
2013/04/18 3:52 【お姫様の話】
「そろそろ、お茶の準備もしとくか」
「はーい」
水色のスカートを翻し、たったったっと足取りも軽やかにお湯を沸かす準備を始める。
ヤカンの蓋をかぱっと開けて、胸元の琥珀のブローチに呼びかけた。
「キアラ、水お願い」
ほわっと小さな水色の光がブローチから飛び出し、ふくらみ、実体化する。瞬く間に、背中に金魚のヒレに似た翼をはためかせた、ふわふわの金髪巻き毛の少女が現われた。
『はい、お水』
翼がひらひらとはためいて、ちいさな手のひらから澄んだ水が湧き出した。一番手近な水源……裏庭の井戸の水を転送しているのだろう。
自分の使い魔、水の妖精ニクシーを呼んで水汲みの手間を省いてる。ちゃっかりしてると言うか。要領がいいと言うか……恐らく魔法学院の召喚士、ナデューの指導の賜物だろう。
(あいつもしょっちゅう、『召喚されし者』に手伝わせてるものなあ)
コンロにかけたヤカンがしゅんしゅんと湯気を立てる頃。
「よーし、焼けたな」
こんがり焼き上がったクッキーが取り出され、型ごと金網の上に置かれた。
お茶を入れる間、そのままにして粗熱を取る。ちっちゃいさん達はもうすっかり大胆になっていた。ずらりっとテーブルの上に並び、今か今かと待ちかまえている。はっふはっふと鼻息も荒く、ぷっくりしたほっぺたを赤くして、目を潤ませて。
「師匠、なんかものすごーく期待されてる気がする……視線が熱いよ」
「好物だからな……」
あくまで見ないふり、気付かないふりをしつつ、クッキーを型から出して、切り分けた。
一斉に背後できゃわきゃわと、興奮したおしゃべりがわき起こった。
「こっちはちっちゃいさんたちの分な」
人間用よりさらに小さく切った四角いクッキーを皿に盛って、ことりとテーブルに置く。もちろんミルクも忘れずに。
「きゃわー」
すかさずころころっと丸っこい小人たちが群がり、一切れずつ抱えて、あむあむとかじり始める。
「わ、ブラウニーがブラウニー食べてる」
「ははっ、そう言やそうだな」
カップに紅茶を注ぎ、皿に人間用のサイズに切り分けたブラウニーを乗せて、お茶の時間の始まりだ。
「んぴゃあああ。にゃぐるるるにゅう」
今度はちびも、自分の分け前を堂々と食べている。夢中になりすぎて鳴き声がちょっぴり変になっているけど気にしない。
「バタースコッチブラウニーって、焼き上がりはふにっとしててやわらかいのね」
「俺はこっちの方が好きだな」
「ちっちゃいさんもそうなのかな……」
ちらっとニコラは、一心不乱にブラウニーをかじるちっちゃいさんに視線を向けた。
と……。
亜麻色のふわふわの髪に混じって約一匹、変わったのが紛れ込んでいる。
金髪混じりの褐色の髪、瞳は若葉の緑色。他のちっちゃいさんに比べてがっしりした体つきの奴が、がっしがっしと大口開けてブラウニーにかぶりついていた。
ニコラは青い瞳をまんまるにして、じーっと見つめた。
「師匠! この子ダインに似てる!」
「ああ、そいつは砦からくっついて来たんだろう」
「……砦にもちっちゃいさんって居るんだ」
「居るともさ。あそこはこの町で一番古い建物だし、人もいっぱいいるからな」
「それじゃあ、ちっちゃいダインとか、ちっちゃいシャルとか……ちっちゃい隊長とかがいるってこと?」
「いるだろうなあ」
ニコラは腕組みをして、うーんっと考え込んだ。
「………かわいい?」
「きゃわわ」
「きゃーわーっ」
四の姫の思惑など露知らず、ちっちゃいさんたちは甘いブラウニーとミルクにご機嫌。口の周りに食べかすをくっつけて、夢中になってかじっていた。
※
その頃、騎士団の兵舎では……。
がっちゃんと金属の蓋が開く。甘酸っぱい果実と、香ばしいアーモンド、そして焼けた小麦粉とバターの香りがふわあっと広がる。
料理番のおばさんが、薪オーブンから焼き上がったパイを取り出していた。
騎士たちは体が資本。今日のメニューは栄養たっぷりのプラムとアーモンドとチーズのパイだ。特大のパイ皿を使って最低でも四つは焼かなければ追いつかない。
酸味のある果肉がとろりと焼けてぷちぷちはじけ、溶けたチーズがいい具合に絡まっている。上に散らしたアーモンドスライスの香ばしさが一段と食欲をそそる。
「うん、上出来上出来」
満足げにうなずくと、料理番のおばさんはパイを一切れとりわけて、皿に乗せて床の上に置いていた。
「きゃわわー」
「きゃわわ」
「きゃわっきゃわっきゃわっ」
どこからともなく、二頭身のまるまっちい小人たちが寄ってくる。一糸乱れぬチームワークでパイの皿を担ぎ上げ、わきゃわきゃと短い足を動かして運んで行った。
目指すは台所の片隅に空いた小さな穴。物理的には絶対、パイも皿も通らないようなちっぽけな穴を、いとも簡単にするりっとすり抜ける。
穴の向こう側には、一番えらい『ちっちゃいさん』が待ちかまえていた。長く伸ばしておさげに編んだ金髪に、薄い紫色の瞳。鋭い目つきは正しく、ロベルト隊長に生き写し。
「きゅーきゅきゅきゅ」
褐色の髪に緑の瞳の、ひときわがっちりしたちっちゃいさんが報告する。
「うきゅー!」
「うきゅっ、うきゅうきゅうきゅきゅーっ」
うなずくちびロベルト。褒められたのが嬉しかったのか、有頂天になったちびダインはちび隊長に抱きついて熱烈に頬ずりを開始し……
「きゃわっ!」
蹴り飛ばされていた。
ころんころんと転がって、壁にごっつん。しかしけろりとして起き上がる。
「きゃわあ!」
さらさらの銀色の髪に青緑の瞳の、ちっちゃいながらもたおやかで、ひときわ愛らしいちっちゃいさんが歩み寄る。
「きゃわきゃわわ?」
「きゃーわっ!」
ちびシャルダンは心配そうに白い手でちびダインの頭を撫でる。ちびダインはぴょんっと飛び上がり、とんとんっと自分の胸を叩いた。
一方で、ちびロベルトはプラムのパイを検分し、満足げにうなずくと腰に差したちっちゃな剣をすらっと抜き放つ。
「うきゅきゅきゅきゅーっ」
すぱすぱすぱっと見事な剣さばきで縦横無尽。あっと言う間にプラムのパイは人数分に切り分けられた。
おもむろにロベルトは、一番大きな汁気たっぷりの一切れを手にとる。
「きゅ!」
号令一下、部下たちが一斉にパイに群がるのだった。
「きゃわわー」
「きゃわーっ!」
追記:冷えたバタースコッチブラウニーは、がちがちに硬い上に粘り気があって、たいへん歯に厳しい食べ物になります。必ず飲み物と一緒にお召し上がりください。顎の鍛錬に最適と思われます。
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「はーい」
水色のスカートを翻し、たったったっと足取りも軽やかにお湯を沸かす準備を始める。
ヤカンの蓋をかぱっと開けて、胸元の琥珀のブローチに呼びかけた。
「キアラ、水お願い」
ほわっと小さな水色の光がブローチから飛び出し、ふくらみ、実体化する。瞬く間に、背中に金魚のヒレに似た翼をはためかせた、ふわふわの金髪巻き毛の少女が現われた。
『はい、お水』
翼がひらひらとはためいて、ちいさな手のひらから澄んだ水が湧き出した。一番手近な水源……裏庭の井戸の水を転送しているのだろう。
自分の使い魔、水の妖精ニクシーを呼んで水汲みの手間を省いてる。ちゃっかりしてると言うか。要領がいいと言うか……恐らく魔法学院の召喚士、ナデューの指導の賜物だろう。
(あいつもしょっちゅう、『召喚されし者』に手伝わせてるものなあ)
コンロにかけたヤカンがしゅんしゅんと湯気を立てる頃。
「よーし、焼けたな」
こんがり焼き上がったクッキーが取り出され、型ごと金網の上に置かれた。
お茶を入れる間、そのままにして粗熱を取る。ちっちゃいさん達はもうすっかり大胆になっていた。ずらりっとテーブルの上に並び、今か今かと待ちかまえている。はっふはっふと鼻息も荒く、ぷっくりしたほっぺたを赤くして、目を潤ませて。
「師匠、なんかものすごーく期待されてる気がする……視線が熱いよ」
「好物だからな……」
あくまで見ないふり、気付かないふりをしつつ、クッキーを型から出して、切り分けた。
一斉に背後できゃわきゃわと、興奮したおしゃべりがわき起こった。
「こっちはちっちゃいさんたちの分な」
人間用よりさらに小さく切った四角いクッキーを皿に盛って、ことりとテーブルに置く。もちろんミルクも忘れずに。
「きゃわー」
すかさずころころっと丸っこい小人たちが群がり、一切れずつ抱えて、あむあむとかじり始める。
「わ、ブラウニーがブラウニー食べてる」
「ははっ、そう言やそうだな」
カップに紅茶を注ぎ、皿に人間用のサイズに切り分けたブラウニーを乗せて、お茶の時間の始まりだ。
「んぴゃあああ。にゃぐるるるにゅう」
今度はちびも、自分の分け前を堂々と食べている。夢中になりすぎて鳴き声がちょっぴり変になっているけど気にしない。
「バタースコッチブラウニーって、焼き上がりはふにっとしててやわらかいのね」
「俺はこっちの方が好きだな」
「ちっちゃいさんもそうなのかな……」
ちらっとニコラは、一心不乱にブラウニーをかじるちっちゃいさんに視線を向けた。
と……。
亜麻色のふわふわの髪に混じって約一匹、変わったのが紛れ込んでいる。
金髪混じりの褐色の髪、瞳は若葉の緑色。他のちっちゃいさんに比べてがっしりした体つきの奴が、がっしがっしと大口開けてブラウニーにかぶりついていた。
ニコラは青い瞳をまんまるにして、じーっと見つめた。
「師匠! この子ダインに似てる!」
「ああ、そいつは砦からくっついて来たんだろう」
「……砦にもちっちゃいさんって居るんだ」
「居るともさ。あそこはこの町で一番古い建物だし、人もいっぱいいるからな」
「それじゃあ、ちっちゃいダインとか、ちっちゃいシャルとか……ちっちゃい隊長とかがいるってこと?」
「いるだろうなあ」
ニコラは腕組みをして、うーんっと考え込んだ。
「………かわいい?」
「きゃわわ」
「きゃーわーっ」
四の姫の思惑など露知らず、ちっちゃいさんたちは甘いブラウニーとミルクにご機嫌。口の周りに食べかすをくっつけて、夢中になってかじっていた。
※
その頃、騎士団の兵舎では……。
がっちゃんと金属の蓋が開く。甘酸っぱい果実と、香ばしいアーモンド、そして焼けた小麦粉とバターの香りがふわあっと広がる。
料理番のおばさんが、薪オーブンから焼き上がったパイを取り出していた。
騎士たちは体が資本。今日のメニューは栄養たっぷりのプラムとアーモンドとチーズのパイだ。特大のパイ皿を使って最低でも四つは焼かなければ追いつかない。
酸味のある果肉がとろりと焼けてぷちぷちはじけ、溶けたチーズがいい具合に絡まっている。上に散らしたアーモンドスライスの香ばしさが一段と食欲をそそる。
「うん、上出来上出来」
満足げにうなずくと、料理番のおばさんはパイを一切れとりわけて、皿に乗せて床の上に置いていた。
「きゃわわー」
「きゃわわ」
「きゃわっきゃわっきゃわっ」
どこからともなく、二頭身のまるまっちい小人たちが寄ってくる。一糸乱れぬチームワークでパイの皿を担ぎ上げ、わきゃわきゃと短い足を動かして運んで行った。
目指すは台所の片隅に空いた小さな穴。物理的には絶対、パイも皿も通らないようなちっぽけな穴を、いとも簡単にするりっとすり抜ける。
穴の向こう側には、一番えらい『ちっちゃいさん』が待ちかまえていた。長く伸ばしておさげに編んだ金髪に、薄い紫色の瞳。鋭い目つきは正しく、ロベルト隊長に生き写し。
「きゅーきゅきゅきゅ」
褐色の髪に緑の瞳の、ひときわがっちりしたちっちゃいさんが報告する。
「うきゅー!」
「うきゅっ、うきゅうきゅうきゅきゅーっ」
うなずくちびロベルト。褒められたのが嬉しかったのか、有頂天になったちびダインはちび隊長に抱きついて熱烈に頬ずりを開始し……
「きゃわっ!」
蹴り飛ばされていた。
ころんころんと転がって、壁にごっつん。しかしけろりとして起き上がる。
「きゃわあ!」
さらさらの銀色の髪に青緑の瞳の、ちっちゃいながらもたおやかで、ひときわ愛らしいちっちゃいさんが歩み寄る。
「きゃわきゃわわ?」
「きゃーわっ!」
ちびシャルダンは心配そうに白い手でちびダインの頭を撫でる。ちびダインはぴょんっと飛び上がり、とんとんっと自分の胸を叩いた。
一方で、ちびロベルトはプラムのパイを検分し、満足げにうなずくと腰に差したちっちゃな剣をすらっと抜き放つ。
「うきゅきゅきゅきゅーっ」
すぱすぱすぱっと見事な剣さばきで縦横無尽。あっと言う間にプラムのパイは人数分に切り分けられた。
おもむろにロベルトは、一番大きな汁気たっぷりの一切れを手にとる。
「きゅ!」
号令一下、部下たちが一斉にパイに群がるのだった。
「きゃわわー」
「きゃわーっ!」
追記:冷えたバタースコッチブラウニーは、がちがちに硬い上に粘り気があって、たいへん歯に厳しい食べ物になります。必ず飲み物と一緒にお召し上がりください。顎の鍛錬に最適と思われます。
次へ→エミルのお料理教室1