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とりねこの小枝

ダインの場合・後編

2013/10/28 7:28 お姫様の話いーぐる
「よくまあそれだけの怪我で済んだねえ、丈夫な奴」
「でも机は壊れた」
「………どんだけ頑丈なんだお前」
「殴られるし蹴られるし、机の修理もさせられるしで散々だった」

 それで、こんなに今日は遅かった、と。

「なるほどね……じっとしてろよ」

 力無くうつむくわんこの頬に手を当てる。何をされるか、ちゃんと分かってるのだろう。息を吐いて力を抜き、身を委ねてきた。

『花と木の神マギアユグドよ、汝の命の力もて、彼の者の傷を塞ぎたまえ……』

 左手にはめた木の腕輪に、ぽうっと緑色の淡い光が走る。刻まれた祈念語とマギアユグドを表すシンボルに添って。
 カウンターの上ではちびが、つぴーんとしっぽを立てて翼を広げ、同じ呪文を復唱する。

『かのもののきずをふさぎたまえ………ぴゃあ!』

 頬に当てられた手に穏やかな熱が篭り、じんわりと広がる。皮膚から肉、骨へと。傷ついた体の奥深くにまで染み通る。

「あ……」

 塗り込まれた香草のエッセンスを媒介に、治癒の魔法が傷を癒す。くっきり浮いていた痣が消え、腫れと痛みが火に放り込んだロウソクみたいに消えて行く。

「ほい、いっちょあがり」
「ありがとう」

 フロウはくしゃっと褐色の髪をかき上げ、仕上げにぺちっと額を軽く叩いて手を離した。

「そう言う事は、さ。まず、シャルに確認しろよ」
「したさ。でもあいつ、真っ赤になってもじもじして……あれ以上追求しちゃいけないって思ったんだ」
「恋人どころかもう夫婦なんだからしかたねぇんじゃね?」
「あ……あー……」

 ぱくぱくと口を開け閉めして、目を真ん丸にしている。ようやく自分の勘違いに気付いたようだ。

「じゃあシャルダンの言ってたのは……エミリオの事かーっっ!」

 それ以外に誰が居ると。

「あぁ、ダインは知らないのか、ユグドヴィーネの贈り物」
「シャルダンとエミリオの守り神のことか?」
「そ、俺の信仰神マギアユグドの娘にあたる神だが……その聖地に住む子供には、ユグドヴィーネの贈り物って風習がある」
「シャルダンから聞いたことがある。楡の木を授かって、それで弓を作ったって」
「そう、それだ。まあ贈り物はさまざまなんだが……たまに『二人で一つ』の贈り物って時もあるらしくてな。その場合、二人は形こそさまざまだが、永遠に絆で結ばれるそうだ」
「……永遠に……か……あ」

 ダインは今度は自分の手でぺちっと額を叩いた。
 痛みは完全に引いているようだ。

「俺は阿呆か。エミリオの杖も楡じゃないか!」
「多分同じ木片でも贈り物にされたんじゃねぇか? あの夫婦っぷりだと」
「そーか……そうだったのか…………」
「そうそう。シャルとエミルの間には誰も、何も割り込めないってこった。噂に惑わされるなよ、ダイン先輩?」

 ダインはがくっと肩を落とし、深く深ぁくため息をついた。

「俺、力いっぱい蹴られ損だった」
「気にすんな。いつものこったろ、隊長に怒られるのなんざ、さ?」
「そりゃあ、そうだけど……」

 おやおや、ふくれっつらしてそっぽ向きやがったよ。いっちょまえに拗ねやがったよ、このわんこ。
 それはまあ、それとして……

『恋人ができたと言うのは、本当ですか?』
 
 その一言で、何だってロブ隊長がそこまで動揺したかは……ま、言う必要もないだろう。
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