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とりねこの小枝

【22-2】師匠と弟子と

2012/11/09 2:03 騎士と魔法使いの話十海
 
 アインヘイルダールの下町に、古い薬草屋がある。半ば石、半ば木で作られた建物を仕切る店主は実に数代を数え、長年に渡り町の住人たちから「ジェムルの店」あるいは単に「薬草屋」と呼び習わされてきた。
 その店の名を『魔女の大鍋』と言う。

 今日も今日とて、四の姫ニコラは足取りも軽く、金色の髪をなびかせ駆けて行く。
 濃紺に藍色のラインの入った魔法学院の制服姿のまま、学校から直にやって来たようだ。
 ひらりひらりと二対の羽根を羽ばたかせ、金色の綿菓子のような巻き毛の小妖精が後に従う。その朱色の羽は、金魚のヒレのようにも見える。

「しーしょーおー」

 元気よく扉を開け、ニコラが薬草店に飛び込んだ。

「……あれ?」

 何だか店の中の空気が重い。いつもゆるりと笑みかけてくれるはずの師匠は、カウンターに肘をついて渋い顔をしている。
 静かに静かに近づいて、カウンター前のスツールによじ登り、ぴょこんと手元をのぞきこむ。すぐ隣で小妖精が並んで顔を出し、続いて黒と褐色斑の猫までがにゅっと鼻を突っ込んで来た。

「どうしたの?」
『したの?』
「ぴゃあ」
「おう、ニコラ、来てたのか」

 薬草屋の主、フロウライト・ジェムルはひょいと眼鏡をずらしてニコラを見る。
 睨んでいたのは、羊皮紙を綴じた革表紙のどっしりした帳面だ。日付と品名、そして数と値段がびっしりと記入されている。時折、買った人間の名前も合わせて書き込まれていた。
 どうやら、帳簿をつけていたらしい。

「眉間に皴、寄ってるよ?」
『よってるよ?』
「ぴゃああ」
「ははっ」

 フロウはくしゃくしゃと頭を掻いて目尻を下げ、ようやく笑みを浮かべる。だが、眉はまだ潜められたままだ。

「んー、今月、売り上げがいまいちでな」
「あららー」
『あららー』

 全く同じタイミングで首を傾げるニコラと小妖精。あまつさえ、とりねこまで真似してちょこんっと首をかしげた。フロウは小さく肩をすくめる。

「ま、薬屋にお呼びがかからないのは、客が達者な証拠さね。それ以外の術の触媒やら小物も今一つ振るわなくってな」
「ああ。夏祭り前だからみんな、出費を抑えてるのかもね」
「んー、その通り。毎年毎年、祭り前はこんなもんなんだが」

 フロウはこん、こんっと帳簿の表面を叩いた。

「何かこう、どっかーんと高額のアイテムが売れてくれりゃあ一発で逆転できるんだがなあ……」
「そう簡単に売れるものじゃないよねぇ」
「そうそう、どっかの貴族様がふらっとこう入ってきて『これはよいものだ、ひとついただこう』とでも言ってくれりゃあなあ」

 顔を見合わせ、たははっと笑う。一応、ニコラにしたって貴族の令嬢ではあるのだがいかんせん、まだ成人しておらず、自分の自由になる金額は限られている。

「ま、こんな裏通りの店じゃそんな幸運、まずあり得ないけどな!」
「師匠ったら、自分で言っちゃだめだよー」
『だめだよー』

 と、その瞬間。ニコラは、はっと弾かれたように顔をあげた。どうやら、何か閃いたようだ。

「ねー師匠。実は今朝、早馬が来たのね、西都から」
「ほう? 実家から何ぞ急ぎの知らせでも来たのかい?」
「うん。姉さまが明日、アインヘイルダールに来るんだって」
「ほほぉ。何番目の姉さまだ?」
「二番目」
「ってことは二の姫か」
「うん。師匠にぜひご挨拶したいってゆってた」
「ほー」

 両者顔を見合わせてにんまり笑う。

「レイラ姉さま、今、絶賛婚約中なんだよね」
「ほー、するとあれか。婚約者と二人で使うアイテムとか必要だよな?」
「必要よねぇ」
「そーかそーか、おすすめのを見繕っておきますかねぇ」

 いそいそと鍵束を取り出しながら、フロウは再びにんまりほくそ笑む。
 二の姫レイラの四の姫へのでき愛っぷりはつとに有名だ。かわいいかわいいかわいいニコラの頼みなら、いかなお堅い二の姫でも財布の紐が緩もうと言うものだ。

「ちぃっとばかり倉庫に潜って来るから。店番頼むな」
「了解!」
『りょうかい!』
「ぴゃあ!」

 2体の使い魔と弟子に後を任せ、フロウは倉庫へと続く扉を開けた。隣に食料庫、向かいに台所のあるごく普通の扉。
 だがその内側に潜む第二の扉には、びっしりと魔除けの紋様や封印の言葉が刻み込まれている。
 三つの鍵を決められた順番で差し込み、さらに決められた手順で回さなければ手痛い罠が発動する仕組みだ。店ができ上がったのとほぼ同じ頃に当時の店主が設置した、古く強力な護りの術。
 以来、代々の主が強化を施し、今は滅多な事では破れないほど強固に力線が編み上げられている。
 しかしながら、何度も繰り返した仕草でフロウにとっては至って日常。目をつぶってもできるくらい、手馴れた作業なのだった。
 鼻歌交じりに扉の奥へと入り、在庫を漁り始める。

「さーてっと……」

     ※

 10分後。

「ん~……まあ、この辺りでいいか」

 選んだ品を小箱に収めると、フロウは店に戻った。倉庫には再びしっかりと錠が下ろされる。
 
「あ、お帰りなさい。わあ、それが例のブツ?」
「ブツってお前さん………まあ、そうだけどよ?」

 苦笑しながら箱をカウンターに載せ、蓋を開ける。ニコラが目をきらきらさせて飛びついてきた。やはり女の子、こう言ったアクセサリーの類いは好きなのだ。

「わーわー、初めて見るのがあるー」

 箱の中味は、ピアス一組と、二つ一組の指輪が二種類、そしてアンクレットが二つ。黒いベルベットの内張の上で、静かな光を放っている。

「きれーい。さすが全部二つで一組! ね、ね、師匠、このピアスは何?」

 やっぱりおいでなすったか。単純にアクセサリーにきゃっきゃして終わるはずがないのだ、このお嬢さんが。

「そいつは『絆の耳飾り』つってな」
「ふむふむ」
「ピアスを一つずつ着けるんだ」
「かたっぽずつ?」

 しっかりメモを取っている。

「ああ。そうすると、着用者は1日10分間だけ、どんなに離れてても会話できる。恋人同士つったって、二人とも忙しい身の上だ。四六時中一緒に居られるとは限らないだろ?」
「うん! それで、お値段は?」
『おねだんは?』
「金貨で200枚」
「に……にひゃくまいーっ!」

 スツールに腰かけたまま、ニコラはびょいんっと飛び上がった。よほど驚いたのか、小妖精はくるくる円を描きながらぴゃーっと空中を飛びずさる。

「おう。できれば現金のがありがたいけどな。宝石でのお支払いも受け付けてるぞ」
「さすが高額アイテム……こっちの指輪は?」

 続いてニコラが指さした指輪は、半円にカットされたサファイアをあしらった銀色の指輪だった。

「二つ並べると円の形になるように作られてるのね、これ」
「いい所に気付いたな。それは『誓いの指輪』だ。指輪を身につけた者同士は、1km以内なら互いに意思疎通ができる」
「基本はピアスと同じなのね。距離が限られるけど、その代わり回数制限がないんだ!」
「その通り。だが値段もその分高いぞ?」
「おいくら?」
「金貨800枚」
「はっぴゃく……」

 ニコラは頭を抱えた。

「頭くーらくらしてきちゃった」
「まあ、んーな大金、ほいほい持ち歩く奴は滅多にいないよなあ。第一重いし」
「そうよね、重いし!」
「現実的に考えりゃ、こっちの『標のアンクレット』と『想いのリング』がお勧めだな。こっちは特に二つ一組で使うって訳じゃないんだがデザインが対になってる」
「ほんとだ」
「『標のアンクレット』は、まず自分の血を垂らしておく。」
「ふむふむ」
「で、お互いに交換する、と。そうすると、血を垂らした人間は常にそのアンクレットがどこにあるか、正確に分かる」
「お互いに、相手がどこに居るかわかるってことね!」
「その通り。お値段は金貨30枚だ」
「あー、なんかようやく現実味のある金額になって来た。で、こっちの指輪は?」

 細い銀色の金属で作られた指輪は、至ってシンプルな作りだ。石は一つも着いていない。

「結婚指輪?」
「……としても使えるように作られてる。『想いのリング』つって、本来は望まない魔法から精神を守るための指輪なんだ」
「身に着けると効果のある護符の一種ね」
「そう言うこと。お値段は一つ50枚な」
「金貨で?」
「おう、金貨で」

 ニコラはびっしりと着けた記録を読み返し、腕組みして考え込む。
 
「一番安いのはアンクレットだけど、実用性の面で言えば結婚指輪としても使える『想いの指輪』をお勧めするべきかなぁ……」
「売りつける気満々だな、おい」

 なまじ手堅い線に狙いを絞っただけ、話が現実味を帯びてくる。呆れるような師匠の視線を受け、ニコラはついっと胸を張る。

「だーって実際にお金持ってるし。ぼったくる訳でもないし増して騙す訳でも無いし!」
「そりゃまあ、そうだがよ」
「経済ってこーやって回るものなのよね!」
『なのよね!』

(いやはや、何っつーか、逞しいやぁねぇ)
 やる気満々の四の姫を見て、秘かに二の姫に申し訳ないような、そんな気持ちになるフロウだった。

     ※

 一方その頃、西道守護騎士団の砦では。アインヘイルダール駐屯地を率いる隊長、『兎のロベルト』ことロベルト・イェルプが、西都から早馬で駆けつけた伝令と対面していた。

「二の姫がおいでになる、だと?」
「はっ、ロベルト隊長への表敬訪問とのことです」
「承知した」

 かなり今更、とか。随分急だな、とか。若干、不審に思わないでもなかったがおくびにも出さず、ロベルトはすっくと立ち上がった。

「では失礼のないようにお出迎えする。全員集合!」
「了解。全員集合~~っ!」
「集合~~っ!」

 命令は速やかに申し送られ、すぐさま物見塔の上でラッパが高らかに吹き鳴らされる。
 カツ、カツカツと軍靴の踵を鳴らし、ロブ隊長は凄まじい早さで廊下を歩く。まっすぐに、大股で。
 若い女性が来る。しかも団長の娘であり、彼女自身も女子隊を率いる隊長でもある。
(最上級の敬意を持って出迎えねばなるまい。まずは……)
 中庭に向う道すがら、ちらり、と砦のそこ、ここに視線を走らせる。
 さすがに清潔さは保たれてはいるものの基本的には男所帯だ。ことに詰め所脇の仮眠室だの、各人の個室に至っては表に出ないもんだから、無法地帯もいい所だ。
(この有り様をご婦人の目にさらす訳には行かぬ! 断じて!)
 二の姫の到着までに、せめて厩舎よりは片づいた状態にしておかねば。

「気を付け! 隊長に、敬礼!」
「……休め」

 息せききって中庭に集合した団員どもを見渡し、ロブ隊長は胸を張り、朗々とした声で告げた。

「聞け。明日、レイラ・ド・モレッティ隊長がこの砦の視察に来られる!」
「……二の姫が?」
「うぉ、ラッキーっ!」
「俺まだ直に見たことないんだよ! すっげえ美人なんだって?」

 ざわざわと広がる呟きの中には、若干、軽々しい類いのものも含まれていたが、まあ野郎の集団だ。この程度は許容してしかるべきだろう。実際、年かさの騎士たちは『あーまたやってるよ』『懲りないなぁ』と何とも生暖かい視線で聞き流している。

「ニコラさんのお姉さまがおいでになるんですか!」
「ああ。ご自身の俊敏さと器用さを最大限に活かした剣捌きは見事だぞ。一度手合わせしてもらうといい」
「はいっ、ダイン先輩!」

(むしろこいつらは例外か?)
 例外たる理由はあまり深く追求はすまい。兎の二つ名にたがわぬ素早さでさくっと思考を切り替える。
 すうっと息を吸い込み、腹の底から響く声で命令を伝える。

「これより、砦の大掃除を開始する。総員、掛かれ!」
「了解!」

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