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とりねこの小枝

【おまけ】銀色のしっぽ

2012/03/20 23:42 騎士と魔法使いの話十海
 
  • 拍手お礼用短編の再録。
  • ちっちゃいさんが住んでいるのはフロウの店だけではないのです。
 休みが終わり、ダインが騎士団の兵舎に戻ると。

「あん?」

 実用本位の殺風景な部屋に、ちょっとした変化が訪れていた。ふっさふっさと目の前で、銀色のしっぽがゆれていたのだ。
 磨き抜かれた槍の穂先にも似た色合いといい、さらりとした質感といい、とても見慣れたしっぽが。

「あ、先輩! お帰りなさい」

 振り返る青緑の瞳。大理石の女神像を思わせる端麗な顔立ち。
 しっぽの正体は、何のことない、後輩騎士のシャルダン・エルダレントだった。
 いかなる心境の変化かいつもは長くなびかせていた銀髪を、頭の後ろで高々と結い上げている。小馬のしっぽ……いわゆるポニーテールと言う奴だ。形の良い耳や、なめらかなうなじがはっきりと見える。

「どうしたんだ、それ」
「実は……」

     ※

 先週は何かと激務続きで、ダインとシャルダンは疲れ切っていた。
 二人の関係は世話役と新米。兵舎の同じ部屋で寝起きして、任務中も概ね一緒に行動しているから、果たす仕事も自ずと重なる。

 名にし負う西道守護騎士団が、蛮族の侵入や魔物の襲撃から辺境の開拓民を守るため、日夜盾と剣を取り雄々しく戦い続けていたのも今は昔の物語。現在の任務と言えば、損壊した建物や橋の修理、あるいは街道のそこ、ここに建てられた道しるべの点検、確認など。
 戦闘よりも、もっぱら設備の維持や修理と言った工事の比率が高い。
 たまに発生する戦闘にしたって、防衛が主体なのだ。
 決して自分たちからは仕掛けない。どれほど時代を重ねても、決してそれは変わらない。
 変えてはならない。

 先日の大雪の影響で、近隣の町や村ではあちらの道路にこちらの橋、あるいは建物の壁や屋根、納屋などが損壊していた。
 おかげで先週はその修理と壊れた建物や雪で倒れた立ち木の除去、はては未だ溶け切らぬ雪の塊をごりごり砕いて取り除いたりと、とにかく肉体労働が多かったのである。

 この種の任務では黒の機動力と『馬力』は重宝され、自ずと声のかかる率も増える。馬にお呼びがかかれば、必然的に乗り手も動かねばならない。
 何となればこの黒馬、主人であるダインと、その後輩たるシャルダンの言うことしか聞かないのだから。
 前者は何度振り落としても諦めなかったしぶとさと、頑丈さに妥協した結果として。
 後者は、高く透き通る声とその女神のごときたおやかな姿形故に。
 シュヴァルツ・ランツェこと黒は、女性(と一部の男性)にはすごぶる愛想がいいのだった。

 そんな訳で、勤務を終えた日の夕刻。エミリオの家にたどり着いたシャルダンは、汗まみれでほこりだらけで髪はくしゃくしゃ。重なる疲労と眠気から、ぼーっとしていた。

「ただいまーエミル」

 エミリオは魔法学院で学ぶ訓練生。既に中級魔術師の資格を獲得し、学院からほど近い所に小さな庭付きの一軒家を借りている。庭には、数々の薬草、香草と野菜が植えられていた。
 故郷にあっては果樹の女神の助祭を務め、自身も木属性の術を学び、なおかつ農夫の息子である彼にとってはごく自然な選択だった。

「お帰り、シャル」

 疲れていても、いや疲れているからこそ、一刻も早くエミルの顔が見たかった。
 兵舎で一眠りしてから、なんて考えは微塵も浮かばず、仕事明けにくしゃくしゃの制服姿でそのままやって来たシャルダンを、エミリオは当然のごとく普通に出迎えた。
 明日から休みなのは知っていた。休日はいつも二人で共に過ごすのだ。今日の夕方、シャルが来ることに何の不思議があるだろう?

「大丈夫か?」
「うん、そこまでダイン先輩が乗せてきてくれたから」
「そうか」
「早く自分の馬が支給されないかなー」

 シャルダンはまだ自分自身の馬を持っていなかったのだ。任務の際には、騎士団の共有の馬に乗っている。

「あこがれちゃうなあ。何から何まで全部自分で世話をして。任務に関係なく、好きな時に好きなだけ乗れる、自分だけの馬……いいよねぇ」
「ああ、シャルは動物好きだからな。で、風呂にするか。それとも先に飯食うか?」
「あー……」

 シャルダンは、そこで初めて自分のぼろぼろになった姿を見て、肩をすくめた。

「お風呂に入った方が、いいね」

 得たりとばかりに、ぱさっとエミルが清潔なタオルを被せる。
 湯浴みの仕度はとっくに整っていた。『保温』の呪文はこう言う時にこそ使うべきなのだ。

     ※

「ええっ、お前、あの後で風呂に入る気力あったのか!」
「はい。でもあったまったら、急にだるくなって来て……」
「……ああ、あるある」
「夕食の途中でうっかり眠ってしまいまして。かくっとうつむいた拍子に髪の毛がこう、スープの皿にぱっしゃんと」

 眠気>食い気。
 ここら辺ががさつな野生児と、女神のごとき美形の差なのだろう。

「もう、大変なことになっちゃいました」
「……主にエミリオが?」
「はい」

 スープが髪の毛や服に飛び散り、さすがにシャルも目を覚ます。
 事態が飲み込めずにぼう然とする銀髪頭を、エミルの大柄な手がわしわしと撫でた。

『ここは俺が片づけとくから。もーいっぺん風呂、入って来い』
『うん、ごめんね、エミル』
『気にすんな。それだけシャルが仕事がんばったってことだろ?』

 飛び散ったスープを拭い、服を洗い場に浸して。
 万事後始末を終えたエミルが戻ってみると、風呂から上がったシャルはテーブルに突っ伏してすやすや眠っていたのだった。

「うわー、そこだけ同じだ、俺と」
「で、翌朝エミルが結ってくれました」

 さらさらの銀髪を丁寧に櫛で梳かし、頭の後ろの高い位置で結い上げる。綿糸をより合わせた丈夫な紐で、きゅっとくくってできあがり。

『そら、できた。だいぶ動きやすくなったろ?』
『うん、ありがとう!』

 だが。自分で結って置きながらエミリオは慌てた。
 この髪形を選んだのは、単純に動きやすさを重視してのことだった。だがいざできあがると……
 普段は髪の毛に覆われていた滑らかなうなじが。形の良い耳が、解放されている。
 その眺めと来たら、単純に清々しいだけではなく、本来なら服に隠されるべき肌を見てしまったような。
 奇妙に艶めかしい背徳感を醸し出していた。

(うわあああ!)

 サイレントに絶叫しながらエミリオは紐を解き、再び結い直した。今度は首のすぐ後ろの、低い位置で。

『あれ、何で変えるの?』
『い、家にいる時はこれでいいだろ。楽だし!』
『うん、そうだね』

 熟した野イチゴよりも真っ赤になっている顔は、幸い、シャルからは見えなかった。

「だから、仕事中はこうしてる事にしました。動きやすいし、機能的ですよね!」
「そうだな。すっきりしてて、似合うぞ!」
「ありがとうございます!」
「馬のしっぽみたいで!」
「はい!」

 若い娘さんに言ったらヘソを曲げられそうな……下手すれば、グーで殴られそうな無粋な賞賛の言葉。だが、シャルダンはいたってご機嫌だった。

(ダイン先輩は馬が好き。だからこれは、最上級の褒め言葉なんだ!)

 げに、天然は天然を知る。

     ※

 実の所、エミルの家にも『ちっちゃいさん』は住んでいた。
 わんこ騎士と違って惨事に至らなかったのは、ひとえに相棒との体格差故のこと。

「しょうがないなあ、俺の騎士さまは!」

 ため息をつき、眉を寄せながらもほほ笑むと、エミリオは……
 シャルダンを抱きあげ、軽々とベッドに運んだ。お姫様でも抱くような体勢で、うやうやしく。
 おかげでシャルダンはテーブルで眠らずにすみ、結果としてミルクのお皿を蹴飛ばすこともなかったのだった。

「きゃわ?」
「きゅっきゅー」

 見ようとして、見えない。
 見えないけど、いる。
 ちっちゃいさんは、あなたのすぐそばに。

(銀色のしっぽ/了)

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