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とりねこの小枝

【おまけ】漢の友情1

2012/12/08 0:08 騎士と魔法使いの話十海
  • 拍手お礼短編の再録。
  • 本編では顔を出す機会のなかったエミルが二の姫と出会います。その瞬間、二人の間に稲妻のように走った思いとは!
 
 びちぃっと、硬い物が肉を打つ音が響く。
 打たれた手首が弾み、揺れる。その機を逃さず二の姫レイラは踏み込んで、細剣をぴたりと対戦相手の喉元に突きつけた。

「……お見事」

 金髪混じりの褐色癖っ毛、大柄で頑丈な体の青年は素直に自らの負けを認め、構えた幅広の長剣を下げた。
 だが二の姫はかぶりを振り、きっと青い瞳で青年を見据える。

「まだだ、ディーンドルフ。まだお主、動けるであろう」
「ええ、まあ」
「では続けよう。構え!」
「…………御意」

 ぐいと拳で汗を拭うと、素直にダインは剣を構えた。
 ここは騎士団の砦の屋外修練場。踏み固められた地面は頑丈な柵で囲まれ、稽古用の木製の盾や槍や斧、剣がずらりと掛けられている。砦の騎士たちはここで連日、訓練に励むのだが……。
 今日の稽古は少しばかり様子が違う。

 騎士団長、ド・モレッティ伯爵の次女、レイラがアインヘイルダールにやってきたのは昨日のこと。
 美女と評判の二の姫を間近に見られるとあって、若い騎士どもは浮き足立ったが。
 昨夜、食堂で夕食を共にした際、早々に認識を改めさせられた。輝く金髪、青い瞳、すっと通った鼻筋、涼しげな目元はくっきりとした二重瞼。睫毛はふさふさと豊かでふっくらした唇は健康的な桜色。

 確かに二の姫は美しい。だがその立ち居振る舞いはきびきびとして、性質は実に気さく。語る言葉は歯切れよく、美女と同席すると言うよりは、むしろ同性の先輩と語らうような印象だったのだ。

 そして今日。二の姫は朝一番に厩舎を訪れ、馬の手入れにいそしむ騎士の一人に声をかけた。

「ディーンドルフ。ちょっと来い、稽古をつけてやろう」
「え、え、えっ?」

 にっこりとこれ以上ないくらいの魅力的な笑顔で襟首をひっつかみ、ずりずりとと引きずって行く。
 取っ捕まった方はその気になればいくらでも振り払えるはずなのだが、騎士と言う生き物はレディには逆らえない。
 眉根を寄せて情けない顔のまま、ダインはずるずると修練場の真ん中へと引き出され、放り投げられた木剣を受け取るしかなかった。

「お」

 柄は長く、刃の幅の広い長剣は、正しくいつも自分が稽古の時に使う物だった。

「よくお分かりで」
「昨日見たからな。お主の剣技を」

 二の姫の観察眼の鋭さと、剣士としての技量にダインは感嘆の声を漏らした。

「では始めよう」

 レイラが選んだのは、自分の使い慣れた細剣と同じ長さ、重さの華奢な木剣。

「構えろ」

 二人は互いに進み出て剣を構えた。ダインの幅広の長剣と、二の姫の細剣の刃先が交差する。
 柵によりかかって見守る若い騎士どもの間から苦笑が漏れた。

「おやおや、随分と可愛い剣をお使いになる」
「所詮は姫様の剣術だ」
「よりによって、あんなでか物を稽古の相手に選ぶとはな」
「大した自信だ。どの程度のものか、お手並み拝見しようじゃないか」

 だが。一度稽古が始まった途端、若い騎士連中の甘い認識は空の彼方へと吹っ飛んだ。
 軽やかにダインの剛剣をかい潜る二の姫の容赦ない一撃が決まる度に顔をしかめ、しまいには打たれたのと同じ所をさする始末。
 それほど痛そうだったのだ。
 かっかと容赦なく照りつける太陽の下、二の姫の稽古は長時間に渡った。間に昼食と砦内の視察を挟み、午後に再開。陽が傾いてきた頃には、さすがに見物人も少なくなっていた。
 そんな中、シャルダンはずーっと修練場の柵にかぶりつき。二の姫の一挙一動を見逃すまいと、じっと見入っていた。

 自らの華奢な体躯と素早さを最大限に活かして軽やかに舞い、ほんのわずかな動きで易々とダインの大剣を受け流す。しかも躱すだけでは終わらない。機あらばためらわず相手の懐深く飛び込み、一撃を与えて素早く下がる。
 幅広の長剣を両手持ちで豪快に振り回すダインと互角に渡り合っているのだ。むしろ押しているくらいだ。

「すごいなぁ……そうか、私もこうすればいいのか!」

 これなら、自分にもできる。全く同じとは行かないが、どう動けば良いのか、自然と頭に浮かぶ。
 突きを主体にすれば、より弓を射る感覚に近くなるはずだ。考えただけで、シャルの心臓はとくとくと震え、青緑の瞳は潤み、頬はばら色に上気してゆくのだった。

      ※

「はー、はー。はー、はー……」

 さしもの体力馬鹿のダインも汗だくになり、肩で息をし始めた頃。
 修練場に客が訪れた。と言っても客と呼ぶにはあまりに場慣れした二人だったが。
 一人はさらさらの金色の髪に水色のリボンを結んだ青い瞳の少女。身につけているのは、濃紺に藍色のラインの入った魔法学院の制服。
 そしてもう一人は、深緑のローブを羽織った黒髪の青年。魔術師にしては珍しく肌は健康的に陽に焼け、肩幅は広く、手足もがっしりして頑丈そうだ。
 少女は軽やかな足取りでたたたたっと柵に駆け寄るや伸び上がり、手を振った。

「姉さまー」

 途端に二の姫の滾る剣気がふわあっと霧散し、極上の笑顔にとってかわる。

「ニコラ!」

 その瞬間、レイラは光となった。速攻で木剣を収めてダインに一礼、次の瞬間には柵を飛び越え、ニコラの傍らに着地していた。
 ようやく解放されたダインはその場にへなへなぁっとへたり込む。すかさずシャルは駆け寄り水筒に満たした水を差し出した。

「先輩、どうぞ!」
「さんきゅ」

 ごぼごぼと咽に水を流し込み、ついでに頭からざばーっと被る。革製の篭手と胸当をむしり取り、上着を脱ぎ捨てた。

「ぷっはーっ、生き返る!」
「大丈夫ですか、先輩」
「ああ」

 はふーっと大きく息を吐くと、ダインはにぃっと口角を上げて笑った。さんざん打ち据えられて疲れ切っていたが、それでも白い歯を見せ、心の底から楽しげに笑っていた。

「さすが二の姫だな。見ろ、シャルダン。あの方はほとんど息も切らしていない」
「ほんとだ」
「俺の方が、体力はある。だが動きに無駄が多い。二の姫はその隙をついて的確に、守りの弱い所に打ち込んで来るんだ」

 その言葉通り、篭手を外したダインの手首は真っ赤に腫れ上がっていた。避け損ねた木剣に何度も打たれた頬も赤い。
 シャルダンは秘かに思った。
(ああ、これは後で腫れるだろうな)

 先輩と後輩、二人の騎士の視線の先では、顔中笑み崩した二の姫が思う存分、ニコラを抱きしめていた。
(ああ、私のかわいいかわいいかわいいかわいいニコラ!)

「逆に言えば、二の姫にやられた所が俺の守りの甘い場所ってことだな」

 シャツの前をがばっと広げてダインがしみじみ自分の体をのぞき込む。筋肉の盛り上がった胸や肩に点々と痣が浮いていた。ここに至ってついにシャルダン声を上げた。

「感心するのもほどほどにしてくださいね、先輩!」

 腰に手を当てて、めっと睨む。その女神のごとき丹精な顔の横にすっと、日焼けしたたくましい手が差し伸べられた。

「使え」
「ありがとう、エミル!」

 土を掘り、種をまき、葉を摘みとるのに慣れた手。頑丈さと繊細さを兼ね備えたエミルの掌には、軟膏の瓶が乗っていた。ごく自然にシャルは受け取り、蓋を開け、ぺたぺたとダインに塗り付ける。

「って、染みる!」
「がまんしてください。効いてる証拠ですよ」

 甲斐甲斐しく手当てをするシャルの姿を見守りながら、エミルは静かに絶叫していた。あくまで己の胸の中で。
(俺のシャルが俺のシャルが俺のシャルが女神のように傷の手当てをしてる!)

 と。
 何かを感じたのか二の姫が顔を上げ、エミルの方を見た。

「あ、姉さま、彼がエミルよ。魔法学院の先輩!」
「そうか、この人が……」

 青と褐色。二の姫レイラと中級魔術師エミルの視線が交叉する。その瞬間、びびっと稲妻の如き閃きが走り抜けた。

(私のかわいいかわいいかわいいかわいいニコラ!)
(俺のシャル俺のシャル俺のシャル俺のシャル!)

 二人は無言の内につかつかと歩み寄り、がしぃっと手を握り合った。
 それもただの握手ではない。肘を曲げ、肩の高さでぶつけ合う誠に『漢』らしい握り方で。見交わす瞳の間には、同じ想いが燃えていた。

『同志(とも)よ!』

「わあ、すごい。姉さまとエミル、一瞬で意気投合しちゃったみたいね!」
「あんなにしっかり握手をして、目を輝かせていますね!」

 にこにこと見守る金髪の少女と銀髪の騎士。乙女二人の傍らでダインは一人首を捻る。

(どっちかっつーとあれは……燃えてるって感じだよなあ)

 その光景を目撃して、ロブ隊長は秘かに思った。
 何が通じ合ってるのかは考えたくもないが、二の姫滞在中はあいつらに接待を任せておこう。
 それにしても、噂には聞いていたが二の姫はことの他、四の姫を可愛がっておられるようだ。ディーンドルフに対する苛烈なしごきも今なら納得行く。
(この分では、いつ西都にお帰りになることか……)
 隊長はこめかみを押さえ、本日何度めかのため息をつくのだった。
 それは苦悩と同時に、安堵のため息でもあった。
 何故なら彼は心の底から思っていたのだ。
 四の姫からいただいた巾着袋を、机の引き出しにしまっておいて本当に良かった、と!

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