▼ 【side1】ライオンとクマ
- 時期は【3-1】の直後。
- ディフが入院中のエピソード。双子(withヒウェル)とレオン、それぞれのお見舞い風景。
記事リスト
- 【side1-1】ふたごのおみまい (2008-04-11)
- 【side1-2】★レオンのお見舞い (2008-04-11)
- 【side1-3】そして、退院の日 (2008-04-11)
▼ 【side1-1】ふたごのおみまい
「見舞い?」
「うん。何がいいかな」
ヒウェルは皿を洗う手を止め首をひねっている。
シエンはちょこんと首をかしげたまま、答えを待った。
朝食の片付けをしながら、思い切って聞いてみたのだ。ディフのお見舞いに行きたいんだけれど、何を持って行けばいいだろう、と。
「クマ」
「えっ?」
「冗談だよ。花……は、警察ん時の友だちが持ってきてくれたらしいな」
「そうなんだ」
「まあ、病院に行く途中で何か探してくか」
「……うん……それでもいいけど……」
シエンはオティアと顔を見合わせた。
……どうしよう。
まだ人の多い所は苦手なのだ。
「センスのいい雑貨屋知ってるんだ。穴場だから、あんまし客の来ない店なんだけどな」
「うん!」
ほっとして体の力を抜いた。
しかし、ヒウェルが言わなかったことが一つある。件の雑貨屋が対象としているのは……主に女性客なのだ。
(ま、いっか。シエンの選んだものならディフも文句を言わないだろう)
※ ※ ※ ※
「よぉ」
ディフはベッドの上にうつぶせになって寝ていた。
まだ背中が痛いのかな。
とことこと近づくと、シエンは大事に抱えてきた見舞いの品をさし出した。
「………これ、おみまい」
「え? 俺に?」
「うん」
ディフは目を丸くしながらさし出されたプレゼントを。真っ白な毛並みのライオンのぬいぐるみを、大事そうに両手で受けとめてくれた。
「………かわいいなあ………ありがとう」
家猫ほどの大きさで、スフィンクスのように伏せた格好をしている。適度にリアルで、毛並み……とくにたてがみがふかふかしていて、とても手触りがいい。
選んだ理由はそれだけじゃない。
Lion……Leo……Leonhard。
「レオンか、これ」
わかってくれたらしい。
「その…たまたま、見つけたから」
「ふふ……可愛いよ。すっげえ可愛い。ありがとな、シエン」
「うん」
ライオンを抱えて、目を細めている。よかった、気に入ってくれたみたいだ。
ベッドのそばに花が置かれている。白と黄色の目玉焼きそっくりの配色の花とアイビィの葉っぱを組み合わせた可愛らしい花かごだ。
あれが、警察の友だちが持ってきてくれた花かな。
そしてその隣には、なぜか……クマが一匹。
黒いボタンの目の、茶色い、ぬいぐるみのクマ。
「あ」
「あー、その……こ、これは、レオンが……くれたんだ…………10年前に」
「そっか」
だからヒウェルがクマ、なんて言ったんだ。大きさもライオンと同じくらい、並べて置くのにちょうどいい。
よかった。
お店でぱっと見た瞬間、これがいいなって思ったのだ。
「それ、口に入れても安全なオーガニック素材なんだって。染料をほとんど使ってないから白いんだよ」
「そうか。ありがとな、気ぃ使ってくれて」
そもそも、その仕様自体が乳幼児用だったりするのだが。突っ込むべきヒウェルは現在、喫煙所でヤニの補給中。
少し後ろに下がった位置から見守るオティアも、あえて口にはしない。
故にシエンもディフもにこにこ笑み交わしつつなごやかに、ふんわかほんわか空気が流れてゆく。
「みんなで料理してるって? お前、中華得意なんだってな」
「うん。アレックスがつくってくれたり、ヒウェルがつくってくれたりするけど……俺も、ちょっとだけ」
「美味いって言ってたぞ、ヒウェル。……ピーマン食ったんだってな、あいつが」
「うん、ちんじゃおろーす」
「それ、ものすっごくピーマンの含有率高くないか」
「え。うーん……ピーマン4個ぐらい」
「……信じられん…よっぽど気に入ったんだな、お前の料理」
「そうなの?」
「ミートローフにみじん切りにして混ぜても避けて食ってた」
「そうなんだ…」
ライオンを抱え込み、ふかふかしたたてがみに顔をうずめて、ディフがぽつりとつぶやいた。
「……さみしいよ。早く帰りたい」
「……」
シエンはちらりとオティアの方を振り返る。オティアが肩をすくめて前に出てきた。
双子が手をさしのべてくるのに気づくと、ディフはゆるく首を横に振った。
「……ありがとな。その気持ちだけで充分うれしい」
「…うん…」
シエンはそーっと手を引き、オティアは何事もなかったようにまた元のポジションに戻った。
ディフはぽん、と白いライオンの頭を手のひらでつつみこみ、顔中くしゃくしゃに笑みくずしてきた。
上機嫌のゴールデン・レトリバーそっくりの、やわらかな笑顔で。
「こいつもいるしな」
「うん」
しばらく話してから、双子はヒウェルに連れられて帰って行った。
「また来るね」
ドアの所でシエンが小さく手を振った。
一人っきりになってから、ライオンを撫でながらディフは秘かに胸の奥を熱くしていた。
優しい子だ。
ほんとうに。
部屋を飛び出した時のやつれた状態と比べて、見違えるほどふっくらしていた。顔色もいい。健康そうだった。
アレックスやレオン、ヒウェルがきちんと世話をしてくれているのだろう。
ほっと安堵の息をついた。
病室の中が急に静かになってしまった。ため息、もう一つ。今度はさみしくて。
早く帰りたいのは本当だ。けれど、ここで力を使わせたらまたあの子たちの負担になる。
銃で撃たれた傷を治した直後、オティアはとても疲れていたし、シエンにいたっては気を失ってしまった。
幸い、己の頑丈さには自信がある。体力なんか余ってるくらいだし。
おとなしく治療に専念して早く治そう……夕方になればレオンも来てくれるし。
大事そうに白いライオンを抱えると、ディフは目を閉じた。
(ふたごのおみまい/了)
BLルート→【side1-2】★レオンのお見舞いへ
通常ルート→【side1-3】そして、退院の日へ
「うん。何がいいかな」
ヒウェルは皿を洗う手を止め首をひねっている。
シエンはちょこんと首をかしげたまま、答えを待った。
朝食の片付けをしながら、思い切って聞いてみたのだ。ディフのお見舞いに行きたいんだけれど、何を持って行けばいいだろう、と。
「クマ」
「えっ?」
「冗談だよ。花……は、警察ん時の友だちが持ってきてくれたらしいな」
「そうなんだ」
「まあ、病院に行く途中で何か探してくか」
「……うん……それでもいいけど……」
シエンはオティアと顔を見合わせた。
……どうしよう。
まだ人の多い所は苦手なのだ。
「センスのいい雑貨屋知ってるんだ。穴場だから、あんまし客の来ない店なんだけどな」
「うん!」
ほっとして体の力を抜いた。
しかし、ヒウェルが言わなかったことが一つある。件の雑貨屋が対象としているのは……主に女性客なのだ。
(ま、いっか。シエンの選んだものならディフも文句を言わないだろう)
※ ※ ※ ※
「よぉ」
ディフはベッドの上にうつぶせになって寝ていた。
まだ背中が痛いのかな。
とことこと近づくと、シエンは大事に抱えてきた見舞いの品をさし出した。
「………これ、おみまい」
「え? 俺に?」
「うん」
ディフは目を丸くしながらさし出されたプレゼントを。真っ白な毛並みのライオンのぬいぐるみを、大事そうに両手で受けとめてくれた。
「………かわいいなあ………ありがとう」
家猫ほどの大きさで、スフィンクスのように伏せた格好をしている。適度にリアルで、毛並み……とくにたてがみがふかふかしていて、とても手触りがいい。
選んだ理由はそれだけじゃない。
Lion……Leo……Leonhard。
「レオンか、これ」
わかってくれたらしい。
「その…たまたま、見つけたから」
「ふふ……可愛いよ。すっげえ可愛い。ありがとな、シエン」
「うん」
ライオンを抱えて、目を細めている。よかった、気に入ってくれたみたいだ。
ベッドのそばに花が置かれている。白と黄色の目玉焼きそっくりの配色の花とアイビィの葉っぱを組み合わせた可愛らしい花かごだ。
あれが、警察の友だちが持ってきてくれた花かな。
そしてその隣には、なぜか……クマが一匹。
黒いボタンの目の、茶色い、ぬいぐるみのクマ。
「あ」
「あー、その……こ、これは、レオンが……くれたんだ…………10年前に」
「そっか」
だからヒウェルがクマ、なんて言ったんだ。大きさもライオンと同じくらい、並べて置くのにちょうどいい。
よかった。
お店でぱっと見た瞬間、これがいいなって思ったのだ。
「それ、口に入れても安全なオーガニック素材なんだって。染料をほとんど使ってないから白いんだよ」
「そうか。ありがとな、気ぃ使ってくれて」
そもそも、その仕様自体が乳幼児用だったりするのだが。突っ込むべきヒウェルは現在、喫煙所でヤニの補給中。
少し後ろに下がった位置から見守るオティアも、あえて口にはしない。
故にシエンもディフもにこにこ笑み交わしつつなごやかに、ふんわかほんわか空気が流れてゆく。
「みんなで料理してるって? お前、中華得意なんだってな」
「うん。アレックスがつくってくれたり、ヒウェルがつくってくれたりするけど……俺も、ちょっとだけ」
「美味いって言ってたぞ、ヒウェル。……ピーマン食ったんだってな、あいつが」
「うん、ちんじゃおろーす」
「それ、ものすっごくピーマンの含有率高くないか」
「え。うーん……ピーマン4個ぐらい」
「……信じられん…よっぽど気に入ったんだな、お前の料理」
「そうなの?」
「ミートローフにみじん切りにして混ぜても避けて食ってた」
「そうなんだ…」
ライオンを抱え込み、ふかふかしたたてがみに顔をうずめて、ディフがぽつりとつぶやいた。
「……さみしいよ。早く帰りたい」
「……」
シエンはちらりとオティアの方を振り返る。オティアが肩をすくめて前に出てきた。
双子が手をさしのべてくるのに気づくと、ディフはゆるく首を横に振った。
「……ありがとな。その気持ちだけで充分うれしい」
「…うん…」
シエンはそーっと手を引き、オティアは何事もなかったようにまた元のポジションに戻った。
ディフはぽん、と白いライオンの頭を手のひらでつつみこみ、顔中くしゃくしゃに笑みくずしてきた。
上機嫌のゴールデン・レトリバーそっくりの、やわらかな笑顔で。
「こいつもいるしな」
「うん」
しばらく話してから、双子はヒウェルに連れられて帰って行った。
「また来るね」
ドアの所でシエンが小さく手を振った。
一人っきりになってから、ライオンを撫でながらディフは秘かに胸の奥を熱くしていた。
優しい子だ。
ほんとうに。
部屋を飛び出した時のやつれた状態と比べて、見違えるほどふっくらしていた。顔色もいい。健康そうだった。
アレックスやレオン、ヒウェルがきちんと世話をしてくれているのだろう。
ほっと安堵の息をついた。
病室の中が急に静かになってしまった。ため息、もう一つ。今度はさみしくて。
早く帰りたいのは本当だ。けれど、ここで力を使わせたらまたあの子たちの負担になる。
銃で撃たれた傷を治した直後、オティアはとても疲れていたし、シエンにいたっては気を失ってしまった。
幸い、己の頑丈さには自信がある。体力なんか余ってるくらいだし。
おとなしく治療に専念して早く治そう……夕方になればレオンも来てくれるし。
大事そうに白いライオンを抱えると、ディフは目を閉じた。
(ふたごのおみまい/了)
BLルート→【side1-2】★レオンのお見舞いへ
通常ルート→【side1-3】そして、退院の日へ
▼ 【side1-2】★レオンのお見舞い
夕方。仕事を早めに切り上げたレオンが病室に入って行くと、ベッド脇のぬいぐるみが二匹に増えていた。
一匹は見なれた茶色のクマ。少し色あせていい具合に風合いが出ている。ところどころ繕ったあとがある。
もう一匹は、真新しい白いライオン。大きさも同じくらいで何となく『お似合い』の1ペアと言った趣きだ。
なにげなくクマをライオンの背に乗せてみる。
「……何やってんだ、レオン」
「丁度いいサイズだなと思って」
「うん。シエンがくれた」
シエン、か。苦笑しながらレオンはクマの鼻を軽くつついた。
「そうか。じゃあ、このクマは連れて帰ろうかな」
「やだ!」
口をへの字に曲げているが迫力も柄の悪さも皆無。歯も食いしばっていないし、声も『地獄の番犬』の唸り声にはほど遠い。
どちらかと言うとあどけない、拗ねたような顔をしている。高校生の時に戻ってしまったみたいだ。
「……………………それ、お前だよ、レオン」
クマをおんぶしたライオンを見て、頬を赤くしている。
「ライオンだから?」
「……うん」
クマを横において、今度はライオンを抱き上げてみた。
「似合うぞ、レオン」
「柔らかいね」
「オーガニック素材でできてるから、口に入れても安全なんだと」
「乳児用かい? それで白いのか」
「……うん。染料をほとんど使ってないから…………そうか、それ乳児用なんだ……」
「少し大きいから、もう少し育った子供向けかな。」
「どーすっかな、俺ぶっちぎりで対象年齢オーバーだ」
「いいじゃないか。対象年齢なんてあってないようなものだよ」
「そうだな。お前も似合ってるもんな」
枕を抱えてうつぶせに横たわり、にこにこしながら見上げてくるディフの背中の上に、ぽんっとライオンを乗せてみた。
「うん。いいんじゃないかな」
「待てこらっ! かわいい、とか思ってるだろ、その顔」
「うん。可愛いよ」
真っ赤になって口をぱくぱくさせている。
(おやおや、予測していたんじゃなかったのかい、俺の答えを)
ライオンを抱き上げ、元の位置に……クマの隣に戻した。ディフは枕に顔を埋めてしまった。こっちを見ようともしない。
(しょうがないなあ)
ベッドの横に椅子をだしてきて、座る。そろりと手が伸びてきて、手探りで膝を撫でてきた。
おや? と思っているとさらにもそもそと這い上がり……手を握ってきた。
(なるほど、こうしたかったのか)
そっと握りかえすとディフの指に力がこもり、ようやく顔を上げた。
「なあ、前から不思議に思ってたんだけど。お前、何でクマのぬいぐるみなんかくれたんだ?」
「さあ。忘れた。もう昔の話だし」
嘘だ。本当は、ちゃんと覚えている。
忘れるはずがない。
(君が探していたからだよ)
※ ※ ※ ※
ディフには面白い『寝ぼけ癖』がある。
夜中にぬぼーっと起き出して、クマのぬいぐるみを探すのだ。もちろん、朝になっても当人はほとんど何も覚えていない。
最初にこの現象に出くわした夜のことを今でもはっきり覚えている。学生寮のベッドの中でふと気配を感じて目を開けると、ディフがぼーっと枕元に立っていたのだ。
頭はくしゃくしゃ、とろんとした目は半開き。白地に青の細い縞模様のパジャマでボタンは上三つ開けっ放し、上着が左肩から半分ほどずり落ちた状態で。
『俺のクマどこ?』
『クマ?』
『うん。俺のクマ……茶色で耳がかたっぽとれてるやつ』
わけがわからず、こちらも寝起きのぼんやりした頭で首をかしげていると……。
いきなり熱い体が抱きついてきた。
『っ、ディフっ?』
『………あった』
そのまますやすやと眠ってしまった。しあわせそうなほほ笑みまで浮かべて。
それまでは彼に友だち以上の気持ちなんか持っていなかった。犬みたいに尻尾を振って懐いて来るディフを、少しばかり疎ましくさえ思っていた。
だから素っ気ない言葉と態度で冷たい壁を張る。それでも彼は変わらずほほ笑みかけてくる。
今まで誰からも与えられたことのない、まっすぐな信頼。何の見返りも求めず、期待もしない無条件の好意。
アレックスとは少し違っていた。
何があってもディフは自分を裏切らない。裏切ろうと考えさえしないだろう。
『ディフ……起きてくれよ』
押しのけようとすると、目を閉じたまま小さく首を横に振って。ぐいぐいと顔をすり寄せてきた。
子どもみたいに体温の高い体にすっぽり包み込まれる。動けない。
同じベッドの中でしっかりと抱きしめられ、二人を隔てるのは薄い寝間着と下着のみ。
無意識に張り巡らせていた冷たい防護壁に、音もなく小さなヒビが入った。
密着した体から伝わるゆるやかな熱に、つかの間身を委ねていた。
何をしているのか。自分でもそれと気づく前に手を伸ばし、わずかに波打つ柔らかな髪をなでてていた。
『ん……』
小さく声を漏らし、くいっと手に顔をすり付けて来る。その瞬間、理性と甘美な微熱との間に一騎打ちが展開され、理性が勝利を収めた。
『ごめんよ』
わずかにディフの腕が緩んだ隙にベッドから押し出し(その頃はまだ彼を抱き上げるだけの力がなかったのだ)布団を持ってきて上からかけた。
そして自分はベッドの奥深くにもぐりこみ、まんじりともせず夜を明かし……翌日、すぐにアレックスに電話した。
『ハロー、アレックス? 大至急、準備してほしいものがあるんだ』
リクエストを告げると、聞き返されることもなく即座に返事が返ってきた。
『かしこまりました。早速、オーダーメイドの一点ものをドイツのシュタイフ本社からお取り寄せして……』
『そんなに待てない。とにかく急いでくれ』
『かしこまりました』
アレックスは有能だった。
ただちに要求通りの品物を手配し、届けてくれた。
その甲斐あって二度目にディフの『俺のクマどこ?』が出た時、レオンはすかさず、クマを渡すことができたのだ。
『ほら、これ』
『……あった』
満足げにクマを抱えたままディフは自分のベッドに戻って行き、すやすやと眠ってしまった。
そして翌朝になるとクマのことなんかケロリと忘れ、元気よく飛び起きていた。
床の上に転がったクマを拾い上げるとレオンは自分のクローゼットにしまい、次の機会にそなえた。
その後もたびたびクマは出動し、レオンが卒業する時にディフに手渡されたのである。
『どうしたんだ、これ』
『あげるよ』
『いいのか?』
『ああ』
『……ありがとな。大事にする』
次へ→【side1-3】そして、退院の日
一匹は見なれた茶色のクマ。少し色あせていい具合に風合いが出ている。ところどころ繕ったあとがある。
もう一匹は、真新しい白いライオン。大きさも同じくらいで何となく『お似合い』の1ペアと言った趣きだ。
なにげなくクマをライオンの背に乗せてみる。
「……何やってんだ、レオン」
「丁度いいサイズだなと思って」
「うん。シエンがくれた」
シエン、か。苦笑しながらレオンはクマの鼻を軽くつついた。
「そうか。じゃあ、このクマは連れて帰ろうかな」
「やだ!」
口をへの字に曲げているが迫力も柄の悪さも皆無。歯も食いしばっていないし、声も『地獄の番犬』の唸り声にはほど遠い。
どちらかと言うとあどけない、拗ねたような顔をしている。高校生の時に戻ってしまったみたいだ。
「……………………それ、お前だよ、レオン」
クマをおんぶしたライオンを見て、頬を赤くしている。
「ライオンだから?」
「……うん」
クマを横において、今度はライオンを抱き上げてみた。
「似合うぞ、レオン」
「柔らかいね」
「オーガニック素材でできてるから、口に入れても安全なんだと」
「乳児用かい? それで白いのか」
「……うん。染料をほとんど使ってないから…………そうか、それ乳児用なんだ……」
「少し大きいから、もう少し育った子供向けかな。」
「どーすっかな、俺ぶっちぎりで対象年齢オーバーだ」
「いいじゃないか。対象年齢なんてあってないようなものだよ」
「そうだな。お前も似合ってるもんな」
枕を抱えてうつぶせに横たわり、にこにこしながら見上げてくるディフの背中の上に、ぽんっとライオンを乗せてみた。
「うん。いいんじゃないかな」
「待てこらっ! かわいい、とか思ってるだろ、その顔」
「うん。可愛いよ」
真っ赤になって口をぱくぱくさせている。
(おやおや、予測していたんじゃなかったのかい、俺の答えを)
ライオンを抱き上げ、元の位置に……クマの隣に戻した。ディフは枕に顔を埋めてしまった。こっちを見ようともしない。
(しょうがないなあ)
ベッドの横に椅子をだしてきて、座る。そろりと手が伸びてきて、手探りで膝を撫でてきた。
おや? と思っているとさらにもそもそと這い上がり……手を握ってきた。
(なるほど、こうしたかったのか)
そっと握りかえすとディフの指に力がこもり、ようやく顔を上げた。
「なあ、前から不思議に思ってたんだけど。お前、何でクマのぬいぐるみなんかくれたんだ?」
「さあ。忘れた。もう昔の話だし」
嘘だ。本当は、ちゃんと覚えている。
忘れるはずがない。
(君が探していたからだよ)
※ ※ ※ ※
ディフには面白い『寝ぼけ癖』がある。
夜中にぬぼーっと起き出して、クマのぬいぐるみを探すのだ。もちろん、朝になっても当人はほとんど何も覚えていない。
最初にこの現象に出くわした夜のことを今でもはっきり覚えている。学生寮のベッドの中でふと気配を感じて目を開けると、ディフがぼーっと枕元に立っていたのだ。
頭はくしゃくしゃ、とろんとした目は半開き。白地に青の細い縞模様のパジャマでボタンは上三つ開けっ放し、上着が左肩から半分ほどずり落ちた状態で。
『俺のクマどこ?』
『クマ?』
『うん。俺のクマ……茶色で耳がかたっぽとれてるやつ』
わけがわからず、こちらも寝起きのぼんやりした頭で首をかしげていると……。
いきなり熱い体が抱きついてきた。
『っ、ディフっ?』
『………あった』
そのまますやすやと眠ってしまった。しあわせそうなほほ笑みまで浮かべて。
それまでは彼に友だち以上の気持ちなんか持っていなかった。犬みたいに尻尾を振って懐いて来るディフを、少しばかり疎ましくさえ思っていた。
だから素っ気ない言葉と態度で冷たい壁を張る。それでも彼は変わらずほほ笑みかけてくる。
今まで誰からも与えられたことのない、まっすぐな信頼。何の見返りも求めず、期待もしない無条件の好意。
アレックスとは少し違っていた。
何があってもディフは自分を裏切らない。裏切ろうと考えさえしないだろう。
『ディフ……起きてくれよ』
押しのけようとすると、目を閉じたまま小さく首を横に振って。ぐいぐいと顔をすり寄せてきた。
子どもみたいに体温の高い体にすっぽり包み込まれる。動けない。
同じベッドの中でしっかりと抱きしめられ、二人を隔てるのは薄い寝間着と下着のみ。
無意識に張り巡らせていた冷たい防護壁に、音もなく小さなヒビが入った。
密着した体から伝わるゆるやかな熱に、つかの間身を委ねていた。
何をしているのか。自分でもそれと気づく前に手を伸ばし、わずかに波打つ柔らかな髪をなでてていた。
『ん……』
小さく声を漏らし、くいっと手に顔をすり付けて来る。その瞬間、理性と甘美な微熱との間に一騎打ちが展開され、理性が勝利を収めた。
『ごめんよ』
わずかにディフの腕が緩んだ隙にベッドから押し出し(その頃はまだ彼を抱き上げるだけの力がなかったのだ)布団を持ってきて上からかけた。
そして自分はベッドの奥深くにもぐりこみ、まんじりともせず夜を明かし……翌日、すぐにアレックスに電話した。
『ハロー、アレックス? 大至急、準備してほしいものがあるんだ』
リクエストを告げると、聞き返されることもなく即座に返事が返ってきた。
『かしこまりました。早速、オーダーメイドの一点ものをドイツのシュタイフ本社からお取り寄せして……』
『そんなに待てない。とにかく急いでくれ』
『かしこまりました』
アレックスは有能だった。
ただちに要求通りの品物を手配し、届けてくれた。
その甲斐あって二度目にディフの『俺のクマどこ?』が出た時、レオンはすかさず、クマを渡すことができたのだ。
『ほら、これ』
『……あった』
満足げにクマを抱えたままディフは自分のベッドに戻って行き、すやすやと眠ってしまった。
そして翌朝になるとクマのことなんかケロリと忘れ、元気よく飛び起きていた。
床の上に転がったクマを拾い上げるとレオンは自分のクローゼットにしまい、次の機会にそなえた。
その後もたびたびクマは出動し、レオンが卒業する時にディフに手渡されたのである。
『どうしたんだ、これ』
『あげるよ』
『いいのか?』
『ああ』
『……ありがとな。大事にする』
次へ→【side1-3】そして、退院の日
▼ 【side1-3】そして、退院の日
「……ただ今」
「お帰り」
そんな訳で、ディフが退院したとき。
「今から病院にいくところだったんだが……」
「……待ちきれなかった」
「しょうがないな……先に家に戻っててくれ。気をつけて。荷物は貰おうか?」
「大丈夫、自分で運ぶよ。でも、ありがとな、レオン」
ライオンとクマ、新旧2体のぬいぐるみが一緒になって帰還していたのだった。
クマは鞄の中に。白いライオンは……しっかりと腕に抱えられて。
長い赤毛をなびかせて、ライオンのぬいぐるみを抱えて悠々と歩くディフの姿を、道行く人がけっこう注目していたりしたのだが……。
当人はまったく気にしていないし。
レオンももちろん、気にするはずがなく。
「しょうがないなあ……」
ハンドルを握りながら、くすくすと笑っていたのだった。
(了)
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「お帰り」
そんな訳で、ディフが退院したとき。
「今から病院にいくところだったんだが……」
「……待ちきれなかった」
「しょうがないな……先に家に戻っててくれ。気をつけて。荷物は貰おうか?」
「大丈夫、自分で運ぶよ。でも、ありがとな、レオン」
ライオンとクマ、新旧2体のぬいぐるみが一緒になって帰還していたのだった。
クマは鞄の中に。白いライオンは……しっかりと腕に抱えられて。
長い赤毛をなびかせて、ライオンのぬいぐるみを抱えて悠々と歩くディフの姿を、道行く人がけっこう注目していたりしたのだが……。
当人はまったく気にしていないし。
レオンももちろん、気にするはずがなく。
「しょうがないなあ……」
ハンドルを握りながら、くすくすと笑っていたのだった。
(了)
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