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ローゼンベルク家の食卓

【side1-1】ふたごのおみまい

2008/04/11 20:28 番外十海
「見舞い?」
「うん。何がいいかな」

 ヒウェルは皿を洗う手を止め首をひねっている。
 シエンはちょこんと首をかしげたまま、答えを待った。
 朝食の片付けをしながら、思い切って聞いてみたのだ。ディフのお見舞いに行きたいんだけれど、何を持って行けばいいだろう、と。

「クマ」
「えっ?」
「冗談だよ。花……は、警察ん時の友だちが持ってきてくれたらしいな」
「そうなんだ」
「まあ、病院に行く途中で何か探してくか」
「……うん……それでもいいけど……」

 シエンはオティアと顔を見合わせた。
 ……どうしよう。
 まだ人の多い所は苦手なのだ。

「センスのいい雑貨屋知ってるんだ。穴場だから、あんまし客の来ない店なんだけどな」
「うん!」

 ほっとして体の力を抜いた。

 しかし、ヒウェルが言わなかったことが一つある。件の雑貨屋が対象としているのは……主に女性客なのだ。

(ま、いっか。シエンの選んだものならディフも文句を言わないだろう)



  ※  ※  ※  ※


「よぉ」

 ディフはベッドの上にうつぶせになって寝ていた。
 まだ背中が痛いのかな。
 
 とことこと近づくと、シエンは大事に抱えてきた見舞いの品をさし出した。

「………これ、おみまい」
「え? 俺に?」
「うん」

 ディフは目を丸くしながらさし出されたプレゼントを。真っ白な毛並みのライオンのぬいぐるみを、大事そうに両手で受けとめてくれた。

「………かわいいなあ………ありがとう」

 家猫ほどの大きさで、スフィンクスのように伏せた格好をしている。適度にリアルで、毛並み……とくにたてがみがふかふかしていて、とても手触りがいい。
 選んだ理由はそれだけじゃない。

 Lion……Leo……Leonhard。

「レオンか、これ」

 わかってくれたらしい。

「その…たまたま、見つけたから」
「ふふ……可愛いよ。すっげえ可愛い。ありがとな、シエン」
「うん」

 ライオンを抱えて、目を細めている。よかった、気に入ってくれたみたいだ。
 ベッドのそばに花が置かれている。白と黄色の目玉焼きそっくりの配色の花とアイビィの葉っぱを組み合わせた可愛らしい花かごだ。
 あれが、警察の友だちが持ってきてくれた花かな。
 そしてその隣には、なぜか……クマが一匹。
 黒いボタンの目の、茶色い、ぬいぐるみのクマ。

kuma.jpg


「あ」
「あー、その……こ、これは、レオンが……くれたんだ…………10年前に」
「そっか」

 だからヒウェルがクマ、なんて言ったんだ。大きさもライオンと同じくらい、並べて置くのにちょうどいい。
 よかった。
 お店でぱっと見た瞬間、これがいいなって思ったのだ。

「それ、口に入れても安全なオーガニック素材なんだって。染料をほとんど使ってないから白いんだよ」
「そうか。ありがとな、気ぃ使ってくれて」



 そもそも、その仕様自体が乳幼児用だったりするのだが。突っ込むべきヒウェルは現在、喫煙所でヤニの補給中。
 少し後ろに下がった位置から見守るオティアも、あえて口にはしない。
 故にシエンもディフもにこにこ笑み交わしつつなごやかに、ふんわかほんわか空気が流れてゆく。



「みんなで料理してるって? お前、中華得意なんだってな」
「うん。アレックスがつくってくれたり、ヒウェルがつくってくれたりするけど……俺も、ちょっとだけ」
「美味いって言ってたぞ、ヒウェル。……ピーマン食ったんだってな、あいつが」
「うん、ちんじゃおろーす」
「それ、ものすっごくピーマンの含有率高くないか」
「え。うーん……ピーマン4個ぐらい」
「……信じられん…よっぽど気に入ったんだな、お前の料理」
「そうなの?」
「ミートローフにみじん切りにして混ぜても避けて食ってた」
「そうなんだ…」

 ライオンを抱え込み、ふかふかしたたてがみに顔をうずめて、ディフがぽつりとつぶやいた。

「……さみしいよ。早く帰りたい」
「……」

 シエンはちらりとオティアの方を振り返る。オティアが肩をすくめて前に出てきた。
 双子が手をさしのべてくるのに気づくと、ディフはゆるく首を横に振った。

「……ありがとな。その気持ちだけで充分うれしい」
「…うん…」

 シエンはそーっと手を引き、オティアは何事もなかったようにまた元のポジションに戻った。
 ディフはぽん、と白いライオンの頭を手のひらでつつみこみ、顔中くしゃくしゃに笑みくずしてきた。
 上機嫌のゴールデン・レトリバーそっくりの、やわらかな笑顔で。

「こいつもいるしな」
「うん」

 しばらく話してから、双子はヒウェルに連れられて帰って行った。

「また来るね」

 ドアの所でシエンが小さく手を振った。

 一人っきりになってから、ライオンを撫でながらディフは秘かに胸の奥を熱くしていた。

 優しい子だ。
 ほんとうに。

 部屋を飛び出した時のやつれた状態と比べて、見違えるほどふっくらしていた。顔色もいい。健康そうだった。
 アレックスやレオン、ヒウェルがきちんと世話をしてくれているのだろう。

 ほっと安堵の息をついた。
 病室の中が急に静かになってしまった。ため息、もう一つ。今度はさみしくて。

 早く帰りたいのは本当だ。けれど、ここで力を使わせたらまたあの子たちの負担になる。
 銃で撃たれた傷を治した直後、オティアはとても疲れていたし、シエンにいたっては気を失ってしまった。

 幸い、己の頑丈さには自信がある。体力なんか余ってるくらいだし。
 おとなしく治療に専念して早く治そう……夕方になればレオンも来てくれるし。
 
 大事そうに白いライオンを抱えると、ディフは目を閉じた。




(ふたごのおみまい/了)


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