ようこそゲストさん

ローゼンベルク家の食卓

【side1-2】★レオンのお見舞い

2008/04/11 20:31 番外十海
 夕方。仕事を早めに切り上げたレオンが病室に入って行くと、ベッド脇のぬいぐるみが二匹に増えていた。

kuma.jpg


 一匹は見なれた茶色のクマ。少し色あせていい具合に風合いが出ている。ところどころ繕ったあとがある。
 もう一匹は、真新しい白いライオン。大きさも同じくらいで何となく『お似合い』の1ペアと言った趣きだ。
 なにげなくクマをライオンの背に乗せてみる。

「……何やってんだ、レオン」
「丁度いいサイズだなと思って」
「うん。シエンがくれた」

 シエン、か。苦笑しながらレオンはクマの鼻を軽くつついた。

「そうか。じゃあ、このクマは連れて帰ろうかな」
「やだ!」

 口をへの字に曲げているが迫力も柄の悪さも皆無。歯も食いしばっていないし、声も『地獄の番犬』の唸り声にはほど遠い。
 どちらかと言うとあどけない、拗ねたような顔をしている。高校生の時に戻ってしまったみたいだ。

「……………………それ、お前だよ、レオン」

 クマをおんぶしたライオンを見て、頬を赤くしている。

「ライオンだから?」
「……うん」

 クマを横において、今度はライオンを抱き上げてみた。

「似合うぞ、レオン」
「柔らかいね」
「オーガニック素材でできてるから、口に入れても安全なんだと」
「乳児用かい? それで白いのか」
「……うん。染料をほとんど使ってないから…………そうか、それ乳児用なんだ……」
「少し大きいから、もう少し育った子供向けかな。」
「どーすっかな、俺ぶっちぎりで対象年齢オーバーだ」
「いいじゃないか。対象年齢なんてあってないようなものだよ」
「そうだな。お前も似合ってるもんな」

 枕を抱えてうつぶせに横たわり、にこにこしながら見上げてくるディフの背中の上に、ぽんっとライオンを乗せてみた。

「うん。いいんじゃないかな」
「待てこらっ! かわいい、とか思ってるだろ、その顔」
「うん。可愛いよ」

 真っ赤になって口をぱくぱくさせている。

(おやおや、予測していたんじゃなかったのかい、俺の答えを)

 ライオンを抱き上げ、元の位置に……クマの隣に戻した。ディフは枕に顔を埋めてしまった。こっちを見ようともしない。

(しょうがないなあ)

 ベッドの横に椅子をだしてきて、座る。そろりと手が伸びてきて、手探りで膝を撫でてきた。
 おや? と思っているとさらにもそもそと這い上がり……手を握ってきた。

(なるほど、こうしたかったのか)


 そっと握りかえすとディフの指に力がこもり、ようやく顔を上げた。

「なあ、前から不思議に思ってたんだけど。お前、何でクマのぬいぐるみなんかくれたんだ?」
「さあ。忘れた。もう昔の話だし」

 嘘だ。本当は、ちゃんと覚えている。
 忘れるはずがない。

(君が探していたからだよ)


 ※ ※ ※ ※


 ディフには面白い『寝ぼけ癖』がある。
 夜中にぬぼーっと起き出して、クマのぬいぐるみを探すのだ。もちろん、朝になっても当人はほとんど何も覚えていない。

 最初にこの現象に出くわした夜のことを今でもはっきり覚えている。学生寮のベッドの中でふと気配を感じて目を開けると、ディフがぼーっと枕元に立っていたのだ。
 頭はくしゃくしゃ、とろんとした目は半開き。白地に青の細い縞模様のパジャマでボタンは上三つ開けっ放し、上着が左肩から半分ほどずり落ちた状態で。

『俺のクマどこ?』
『クマ?』
『うん。俺のクマ……茶色で耳がかたっぽとれてるやつ』

 わけがわからず、こちらも寝起きのぼんやりした頭で首をかしげていると……。
 いきなり熱い体が抱きついてきた。

『っ、ディフっ?』
『………あった』

 そのまますやすやと眠ってしまった。しあわせそうなほほ笑みまで浮かべて。

 それまでは彼に友だち以上の気持ちなんか持っていなかった。犬みたいに尻尾を振って懐いて来るディフを、少しばかり疎ましくさえ思っていた。
 だから素っ気ない言葉と態度で冷たい壁を張る。それでも彼は変わらずほほ笑みかけてくる。

 今まで誰からも与えられたことのない、まっすぐな信頼。何の見返りも求めず、期待もしない無条件の好意。
 アレックスとは少し違っていた。
 何があってもディフは自分を裏切らない。裏切ろうと考えさえしないだろう。

『ディフ……起きてくれよ』

 押しのけようとすると、目を閉じたまま小さく首を横に振って。ぐいぐいと顔をすり寄せてきた。
 子どもみたいに体温の高い体にすっぽり包み込まれる。動けない。
 同じベッドの中でしっかりと抱きしめられ、二人を隔てるのは薄い寝間着と下着のみ。

 無意識に張り巡らせていた冷たい防護壁に、音もなく小さなヒビが入った。
 密着した体から伝わるゆるやかな熱に、つかの間身を委ねていた。
 何をしているのか。自分でもそれと気づく前に手を伸ばし、わずかに波打つ柔らかな髪をなでてていた。

『ん……』

 小さく声を漏らし、くいっと手に顔をすり付けて来る。その瞬間、理性と甘美な微熱との間に一騎打ちが展開され、理性が勝利を収めた。

『ごめんよ』

 わずかにディフの腕が緩んだ隙にベッドから押し出し(その頃はまだ彼を抱き上げるだけの力がなかったのだ)布団を持ってきて上からかけた。
 そして自分はベッドの奥深くにもぐりこみ、まんじりともせず夜を明かし……翌日、すぐにアレックスに電話した。

『ハロー、アレックス? 大至急、準備してほしいものがあるんだ』

 リクエストを告げると、聞き返されることもなく即座に返事が返ってきた。

『かしこまりました。早速、オーダーメイドの一点ものをドイツのシュタイフ本社からお取り寄せして……』
『そんなに待てない。とにかく急いでくれ』
『かしこまりました』

 アレックスは有能だった。
 ただちに要求通りの品物を手配し、届けてくれた。
 その甲斐あって二度目にディフの『俺のクマどこ?』が出た時、レオンはすかさず、クマを渡すことができたのだ。

『ほら、これ』
『……あった』

 満足げにクマを抱えたままディフは自分のベッドに戻って行き、すやすやと眠ってしまった。
 そして翌朝になるとクマのことなんかケロリと忘れ、元気よく飛び起きていた。

 床の上に転がったクマを拾い上げるとレオンは自分のクローゼットにしまい、次の機会にそなえた。
 その後もたびたびクマは出動し、レオンが卒業する時にディフに手渡されたのである。

『どうしたんだ、これ』
『あげるよ』
『いいのか?』
『ああ』
『……ありがとな。大事にする』


次へ→【side1-3】そして、退院の日
拍手する