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ローゼンベルク家の食卓

【3-15-9】奏でよ、祝祭の歌を

2008/07/13 15:40 三話十海

 パーティが始まると、だいぶカジュアルな服装の客が増えてきた。
 席を決めない立食形式だから、みんな来られる時に来て……そう、土日関係なく仕事の忙しい奴でも……無理せず、それぞれ自分のペースで参加できる。
 子連れで来てる客もいるし、テラス席なら犬でも猫でも出入り自由だ。

 人前式にしたことで宗教の垣根も取り払われ、間口が広がったってのもあるんだろうな。
 料理もその辺りを考慮して、ちゃんとベジタリアン用、ムスリム用のメニューも取り入れてある。さすがアレックス、有能だ。

 そしてウェディングケーキもまた、有能執事のお手製なのだった。
 巨大な四角いスポンジをマジパン(砂糖細工)の薔薇とフルーツ、白いクリームでデコレート。そして中央には、やはりマジパンで作った二頭のライオンのエンブレムが据えられていた。
 スコットランドを象徴する赤いライオンと、二人の指輪に刻まれたのと同じ青いライオン。
 カットするのがもったいないくらいの出来映えだった。

 新郎新婦が二人でナイフを捧げ持ち、厳かにケーキに最初の一刀を入れた後で小さくカットしたウェディングケーキがうやうやしく二人の前に運ばれる。
 今度はアメリカ式の伝統儀式。これから互いにケーキを食べさせ合うのだ。
 指を使うかフォークを使うか、ディフは一瞬迷ったらしいがレオンがフォークを手にとるのを見て自分もフォークを取った。

 賢明な判断だ、レオン。
 白いクリームにまみれたあなたの指を奴が口に入れるなんて。しかも舌で丁寧になめとってる姿なんざとてもじゃないが客に見せられたもんじゃねえ。
 フォークですくいとったケーキを口に入れて、目ぇ細めてる姿もそれはそれで十分艶っぽかったが、どうにか許容範囲に収まっていた。
 あれなら「可愛い」の範囲だよ、ギリギリで……多分。
 
 レオンは手元にあらかじめナプキンを準備していた。さすが行儀がいいなと思ったら単にマナーのためだけじゃなかったらしい。
 ディフの口のまわりにクリームがつけば次の瞬間にささっと拭き取り、自分の口のまわりについた時も速攻、同様、速やかにクリーンオフ。
 ぐずぐずしてたらこの花嫁さん、指ですくいとってぺろっとかやりかねないからな……。

 レオンに口を拭われるとディフはケーキにのっかってたライオンと同じくらい顔を赤くして、小さな声で

「あ……ありがとう」と、礼を言った。

 とどこおりなく儀式が終わると、アレックスがほっと安堵の息を吐いていた。奥方に何ぞあったらすぐにフォローできる様にスタンバイしていたらしい。
 そう言えばデザートにはアイスとかムースとかゼリーとか、『危険性』の高そうなものは一切含まれていなかったな……。
 うん、ほんとに有能な執事だ。

「メイリールさま」
「おう、どうした、アレックス」
「そろそろ……お時間でございます」
「あれ、もうそんなん? それじゃ……また、これ預かっててくれ」
「かしこまりました」

 再びアレックスにカメラを預けた。

「使い方わかるかい?」
「………こちらはいささか馴染みがありませんが、こちらのカメラでしたら」
「OK。じゃ、適当に写しといてくれ。予備のフィルムはここに入ってるから」
「かしこまりました」

 まくっていたシャツの袖を戻しつつ、広間の前方、中央へと歩き出す。
 既に準備万端整えた花嫁さんと、その元上司……爆発物処理班のマクダネル班長と、その他キルトを身につけた知人一同がバグパイプを肩にかけて待ち受けていた。

「ああ、来たな、メイリール。君のキィを教えてくれ」
「了解、チーフ」

 前に一度、俺の撮った写真が手がかりになって爆破事件の犯人が逮捕されたことがある。以来、気さくなこの警部補とは何かと親しくさせてもらってる。
 お互いの職業的倫理観を踏み外さぬよう、適度な節度を保ちつつ。

 2、3度音を合わせると、チーフは小さく感嘆のため息をついた。

「かなり本格的に習ったことがあるな? 正直、意外だったよ……君が歌えるとはね」
「ああ、これでも俺、昔は聖歌隊で歌ってたんですよ」
「君が?」
「ええ。小学生の頃ね」

 信じられない、って顔だな。でも本当のことだ。

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↑月梨さん画。「証拠写真」

「準備できたか、ディフ」
「……」

 緊張した面持ちでこくっとうなずいた。
 招待客もぼちぼち、何かが始まろうとしてると気づいたらしい。
 頃合いを見計らって芝居がかった仕草で進み出て一礼。おもむろに声高らかに告げた。

「さて、お集りの紳士淑女の皆様方。これよりささやかな余興をお目にかけたく……。先ほど皆様立ち会いの元、無事、式を挙げましたカップルの片割れが。感謝と歓迎の意を表してこれより伝統の楽器、バグパイプにて一曲お披露目いたします」

 発声練習を省略した割には、腹の底からきちんと声が出てる。これなら問題あるまい。
 すーっと会場内のざわめきが引いて行く。
 よし、いいぞ。

「なお、供に演奏に参加いたしますのは彼ゆかりのスコットランドの血を引く方々。また僭越ながら私めが、歌い手を務めます……それでは、どうぞ」

 そっとディフがバグパイプの吹き口に息を吹き込む。
 力任せに吹けば音が出るもんじゃねえ、と口癖みたいに言っていたが、なるほど、ほとんど力を入れてるようには見えない。流れてくる音色も、こんなごつい男がごっつい楽器で奏でるとは思えないほど柔らかで、滑らかで。
 やや遅れて他の奏者の奏で始めた音が重なり合い、融け合って深みを増して行く。
 さあ、そろそろ俺の出番だ。

 歌うのはYou Raise Me Up。男性ボーカルによるSecret Gardenのオリジナルバージョン。
 有名なCeltic Womanのはとてもじゃないが声の出しようがない。
 
I am strong, when I am on your shoulders;
You raise me up... to more than I can be.

 サビの部分を朗々と歌い上げた瞬間、ディフの瞳が潤み、涙がにじむのが見えた。
 しっかりしろよ……この曲、選んだのお前じゃないか。

 間奏の部分のバグパイプのソロを、それでも途切れさせることなくやり遂げたのは大したものだと思った。

 間奏後は一転して声の調子をやわらげて。
 高らかに歌うと言うよりむしろ囁きかけるようにゆったりと最後の1フレーズを歌った。

But when you come and I am filled with wonder,
Sometimes I think I glimpse eternity.

※Brendan Graham作詞、You Raise Me Upより

 歌い終わり、拍手に応えて一礼。さっさと花婿の所に戻ろうとする花嫁を、チーフが中央まで引っぱってきたので一緒にもう一度礼。
 しかし顔を挙げて会場を見回した瞬間、ディフが表情を強ばらせた。

「どうした?」
「あの子たちが……いない」
「えっ?」

 慌てて見回す。
 確かに、オティアもシエンも姿が見えない。
 ぎくっとした。
 もともとあいつら、人の多い場所は苦手なのだ。式に参加したのだって奇跡に近い。まさか、二人だけで外に出たなんてことは……ないだろうな。

「どうぞ、メイリールさま」

 アレックスがうやうやしくカメラを差し出している。

「ああ……どうも」

 近寄り、受けとった瞬間に穏やかな声で教えてくれた。

「お二人は、お疲れのようでしたので控え室にお連れしました」
「そう……か」

 ほっとして、ディフと顔を見合わせる。そわそわしてやがる。本当はすぐにでも飛んできたいんだろう。

「……心配すんなって。様子、見てきてやるよ」
「ああ。頼む」

 軽く拳を握って、とん、とディフの胸を叩く。

「そんな顔すんな。晴れの日だろうが。笑ってろ、花嫁さん」
「……簡単に言うな」

 ちょっとだけむっとした表情で、どん、とお返しをくれてきた。わずかによろめく。

「ほら、行けよ。レオンがしびれ切らしてるぜ」
「……ああ。ありがとな、ヒウェル」

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