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ローゼンベルク家の食卓

【3-15-8】初めての共同作業

2008/07/13 15:38 三話十海
 
 式が終わると、楽隊が一転して賑やかな曲を奏で始める。
 超特急で料理の仕度が整えられる間、会場は一旦中庭へと移り、二人の「初めての共同作業」へと移る。

 と、言ってもケーキカットじゃない。そいつは後で別にやる。
 芝生の上に、客の中でも背の高いがっちりした連中が四人ほど進み出る。
 おそらく警察関係者、それもSWATとかその辺の体力勝負の部署の奴らだろう。

 ……あれ。

 よく見たら、レイモンドが混じってる?
 あんまり馴染んでるから最初、気づかなかったぜ……。

 そして、おもむろにアレックスが折り畳んだ白い布を捧げ持ってやってくると、うやうやしく彼らに渡した。
 ばっと広げられた布の、幅は7フィート、高さは5フィートってとこか。(210cm×150cm)。
 中央にでかでかとピンクのハートが描かれている。
 そして新郎新婦にリボンで飾られたハサミが手渡された。

 これから二人で布に描かれたハートを切り抜き、通り抜けるのだ。Transparent、花婿の父祖の地ドイツの風習だ。
 招待客一同に見守られる中、「初めての共同作業」が始まるが、レオンが悪戦苦闘している。そう言やあいつは意外に不器用なんだ。そもそもハサミで布切るのなんかやったことあるのか?

「レオン、ハサミ置け」
「え?」

 屈み込むとディフは伝統に従い、右の靴下に収めた礼装用のナイフをすらりと鞘から抜き放った。銀色の刃が太陽の光を反射してきらりと光る。
 一点の曇りもなく磨き上げられている。かなり切れ味がよさそうだ。

「こっちのが早い」
「あ、ああ」

 そして二人は手を重ねて一本のナイフを握り、さくさくとハートを切り抜いた。
 さてこの伝統の儀式、実はまだ続きがある。
 見ろ、レオンが呼吸を整えて自分の手を確かめるように握ったり開いたりしている。次の作業に向けて準備を整えているのだろう。
 そう、次は新郎が新婦を『お姫様抱っこ』で抱き上げてハートをくぐり抜け、観客の前でくるくる回ると言う非常に大事な見せ場が待ち受けているのだが……。

「うわっ?」

 口笛と歓声とシャッター音の飛び交う中、抱き上げられたのは新郎の方だった。

「おめでとう! お二人さん!」

 どうやらディフの奴、待ち切れなかったらしい。
 と、言うより自分が抱き上げるものと最初っから決めてかかってなかったか。

「な、何をっ、ディフっ?」
「暴れるなよ……レオン。バランスが崩れる」
「う……うん」
「しっかりつかまってろ」

 久々に見たなあ。レオンが動揺してるとこ。
 真っ赤になってから、レオンはおずおずとディフの背に手を回し、ぴたりと体を密着させた。
 よし、とでも言いたげにうなずくと、レオンを抱えてディフはハートをくぐり抜けた。そのまま伝統に従いくるくると芝生の上で回り………仕上げにキスをした。
 かろうじて、頬に。

 Mr.ジーノが腕組みして満足げにうなずいた。

「やっぱり彼が花嫁だったじゃないか」

 うんうん。確かにこの場はそうだよね。
 相変わらず新郎を抱き上げたまま幸せそうな新婦の写真を撮っていると、ちょん、ちょん、と背後から肩を叩かれた。

「ヒウェル!」
「お、久しぶりぃ、ジャニス、カレン! ヨーコにはもう会ったか?」
「会った会った! すっかり大人っぽくなってて驚いたわ」
「従弟とそっくりなのね。ほとんど姉妹って感じ」
「あー、うん、そうだねえ。しっかしまあ君らもきれいになっちゃって!」

 インド系の血を引くジャニスは鮮やかなサフラン色のサリーに身を包み、ブルネットのカレンは杏色のドレスがよく似合っている。
 言うまでもなく二人とも高校時代の同級生だ。

「あら、あら、いっぱしのお世辞言うようになったのね」
「ははっ、まさか。ゲイの男が女の子褒めるのに下心はないさ……写真、いいかな?」
「どうぞ!」

 すっかり美人になったクラスメイトをカメラに収める。

「ところでヒウェル。ヨーコから聞いたんだけど、あなた今、マックスたちと同じマンションに住んでるんですって?」
「ああ、別のフロアだけどね」

 カレンとジャニスは顔を見合わせてから、ほとんど同時に、同じ質問をしてきた。

「あの二人、付き合い始めたのは二年前からって、ほんと?」
「………………………………………………………その質問の意味するところは?」
「だって……ねえ?」
「てっきりハイスクール時代から恋人同士だったものと」
「有名だったわよ、『姫と野獣』って」
「うん、よーく知ってるよ」

 そもそもそのあだ名を考えついたのは俺なんだよ君たち。

best.png※月梨さん画「姫と野獣」

「卒業してからも、ふと気づいたら同じマンションでー」
「事務所も同じビルの上と下なんでしょー?」
「あー……なるほど……そゆこと……」
「プロムの会場で何で一緒に踊ってないのか不思議なくらいだったわ」
「そこまで言う?」
「それなのに。レオンが卒業したらマックスってば一学年下の子と付き合ってるし!」
「寮ではあなたと同室になっちゃうし、もうどうしちゃったのーって感じで……」
「お願い。この十年来のモヤモヤをすっきりしたいの!」
「OK、OK。そーゆーことならさあ」

 くいっと、ようやくレオンを下に降ろしたディフに向かって親指をしゃくる。

「直にマックスに聞いてみれば?」
「それもそうね」

 ……行っちゃったよ、ためらいもなしに。

「おめでとうございます、Mr.ローゼンベルク。末長い幸せをお祈りします」
「ありがとう」
「congratulate you on your MARRIAGE!! 二人の未来に幸多からん事を」
「ありがとう、Mr.ランドール」

 顧客や仕事仲間、ロウスクール時代の同期生たちに祝福の言葉を受けるレオンと少し離れて、ディフが警察の元同僚らに囲まれていた。

「おめでとう、マックス」
「ありがとうございます、チーフ」
「……おめでとうございます、センパイ」
「ん……ありがとな、エリック」

 若干一名、切なげなまなざしで、それでも笑顔で祝ってる奴がいたが、これは例外中の例外。
 大抵のやつは「おめでとう!」の一声とともにばしばし背中を叩いている。
 そこへ華やかなご婦人方がすたすたと乱入して単刀直入に一言……しかも、増えてるし。
 女子一同って感じだね、おい。

「Hey, マックス!」
「あなたとレオン、二年前から付き合ってたって、ほんと?」
「ああ、そうだよ?」
「それまでずーっとただの友だち?」
「いや……親友」

 カレンたちは信じられないと言った面持ちで顔を見合わせた。中には明らかに同情のまなざしをレオンに向けてる子もいる。
 うん、そうだね、気持ちは分るよ、君ら。
 ディフは目尻を下げると眉を寄せ、途方に暮れた犬のみたいな顔でぽそっと付け加えた。

「……プロポーズされたのは、二ヶ月前」
「信じられない……ちょっとレオン!」

 ため息をつくと、彼女らは次なる標的、すなわちレオンに向かって走って行った。
 ディフに近づき、肘をつつく。

「……お前、ちょっとはつくろえよ」
「でもほんとのことだし」

「レオン! あなたマックスと恋人になったのって二年ぐらい前からだってほんとっ?」
「ああ、本当だよ」

 にこにこと答えてる。

「プロポーズしたのが二ヶ月前って、何かの冗談よねっ?」
「yes、あれは6月だから、ちょうどそれぐらい前だね」
「I can't believe,so!(しんじらんなーいっ!)」

 うわっ、懐かしい……久々に聞いたよ、その定型句。高校生ん時は毎日のように教室のそこ、ここであがってたっけなあ、その愛らしくも甲高い声が。

「……レオン……苦労したのねあなた」
「……まぁね」
「幸せになってね」

 お嬢さんたちはしみじみとあたたかい眼差しをレオンに注いだ。

「ありがとう。なんだか俺は今日はすごく同情されてばかりな気がするんだが……」
「だって……ねえ……」
「マックス天然にもほどがある……」

 くすくす笑いたいのをこらえながらシャッターを切る。
 ま、これもまぎれも無い思い出の一つだよな。
 しかし……何か足りないぞ?
 ジャニスとカレン。いつも間にちょこん、とはさまってたチビさんはどこだ? こんな時に真っ先に嗅ぎ付けて飛んでくるあの女がいないなんて。

 見回すと、少し離れた所にひっそりと立っていた。
 どことなく慈しむような優しげな視線の先には、ぼーっとたたずむ黒装束の黒髪の男。Mr.ランドールだ。
 これは意外や意外。ヨーコ、ああ言うタイプが好みだったのか? なぞと思っていると、しずしずとアレックスが出てきてきちっと一礼した。

「お待たせいたしました。お食事の準備が整いましてございます。皆様、どうぞ中へ」

 その刹那、ランドール社長の表情が変わる。眉からも目元からも力が抜け、どことなくほんわりとした………ほほ笑みになる直前といった面持ちで嬉しそうにアレックスの誘導に従い、中へと入っていった。
 ………………そんなに腹減ってたのか、彼?

 ヨーコが軽く首を横にふり、なにごとかつぶやいた。声は聞こえないが唇は読める。

『んな訳ゃないでしょ』

 って、おい、今、何つった?
 …………………………………………偶然、だよな? そうだと思いたい。

 
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