▼ 【3-15-7】さもなくば永遠に黙秘を
結婚式の会場はレストランを丸ごと貸し切り。
もともとレストランウェディングもやってる所だから内部の作りもそれに相応しく、ちゃんと新郎新婦の控え室も用意されている。
式場であり、同時にパーティ会場でもある広間の中央に赤いカーペットを引いてバージンロードを作り、席順は決めず、料理もまだ並べずに。
部屋の中はちょっとした民族の祭典になっていた。
ディフの知り合いは何人かキルトにタキシード風のプリンスチャールズジャケットのスコットランド式盛装。ずらりと並んで式のBGMを奏でる楽団はバクバイプ。
控えめな花柄のスカーフですっぽりと頭を多い頭髪を隠したムスリムの女性もいれば、光沢のある赤や青に銀糸や金糸で鮮やかに花模様を刺繍したチャイナドレス姿の子もいる。
似たようなデザインでこちらはすっきりと直線的な印象の強いベトナムのアオザイ。
かっ色の肌に映える原色、ふわりと風にたなびくインドのサリー。
どこの国でもやっぱり女性の方が華やかだな……とか思っていたら、男の中にも何だか妙に目立つ黒装束の奴がいる。
東欧風の細かな刺繍をほどこしたシャツにチョッキ、ズボンは黒で、刺繍とウェストバンドの色は赤。あれは、ひょっとしてルーマニアの民族衣装か?
一瞬、「誰? 何で?」と目が点になったが、レオンの事務所の顧客の一人が母親がルーマニア系だと話していたのを思い出し、納得する。
ヨーコが会場内見回してから言った。
「なーんかさっきっから頭ん中でイッツァスモールワールドがぐるぐるしてんだけど……」
「交友関係広いよねー」
サリーがうんうんとうなずいて相づちを打ってる。
こいつもタキシードじゃなくて着物を着ていたら……と今更ながら少し残念に思う。
そうだな、藤の花の模様の着物とか着て並べたら、顔もそっくりだしさぞ見応えのある一対になったろうに。
「それにしてもさ、ヨーコさん、着物ふんぱつしたね」
「ああ、これ、おばさまからの借り物」
「え、母さんの?」
「うん。自前のは帯と帯締め、帯揚げと襟、それと髪飾りぐらいかな」
そう言うヨーコの着物はサンフランシスコじゃおいそれとお目にかかれないような、地味に美しい逸品だった。動くたびに、桜の模様が微妙に色合いを変える。
よくよく見てみたら何てこったい、こいつぁ全て刺繍じゃねえか!
「うわ……これは……」
「どしたの、ヒウェル?」
「悔しいけど……滅多に見られるもんじゃねえや。写真、撮らせてくれるか、ヨーコ」
「どうぞ?」
夢中でシャッターを切った。角度を変えて、何枚か。
「けっこう重装備だな。自分一人で着たのか?」
「まぁ、ね。ちょい自己流入ってるけど……」
そう言って帯に挟んだ小さな桜模様のロケットをかぱっと開く。懐中時計だった。
「そろそろ式始まるよね。新郎新婦は? 準備できてるの?」
「……ちょっとのぞいてくる」
新婦控え室に行くと……。
「何やってんだ、お前」
花嫁さんは、双子のタキシードの着付けをチェックしておられた。
「いや、俺の仕度はもうほとんど終わってるし」
「あー……こんなこったろうと思ったんだ」
控え室の入り口のところでヨーコがこめかみに手を当てていた。
「ヨーコ! きれいだな、着物」
「ありがと。あなたも男前よ? ただ……」
するっと彼女は手に下げたバッグから木でできた櫛を取り出した。
「髪の毛、もーちょっと整えておこうね。そこ、座って」
「……ありがとう」
さっさと手際良くディフの髪の毛を梳く彼女を、双子がしみじみと見ていた。
普段、自分たちの世話をあれこれしつこいほど焼いてる『まま』が、逆に世話を焼かれてる様子がめずらしいのかもしれない。
「ヒウェル。こっちはあたしが見ておくから、あなたは新郎を」
「OK、頼んだ」
新郎控え室に行くと、白のタキシードに青いブートニア、新婦とおそろいのサファイアのカフスボタンを着けた花婿さんは……携帯片手に仕事をしていた。
かろうじて、電話だけ。書類を広げていない分、まだマシと言うべきか。
「Hey………レオン?」
「もうすぐ終わるから」
ああ、もう、こいつらは。今日はいったい誰の結婚式だと思ってるのか!
「はい、はい、どちらさんもそろそろ時間ですよ! 新郎とベストマンsはそろそろ会場に入る!」
「わかったよ……」
「シエン、指輪は持ったか?」
「ん」
そっと上着の左胸を抑えた。
中に入ったベルベットの小箱の中には、一時的に二人の指から外した結婚指輪が収められている。
「OK。アレックス、これしばらく預かっててくれるか?」
「かしこまりました」
有能執事に大事なカメラを預ける。自分で買ったデジカメと、親父にもらった古い一眼レフと。
そしてレオンが先に立ってまず会場に向かい、その後をアレックスが。さらにその後ろを双子がとことこと歩いて行く。
「ヨーコ、これ着けてもらえるか」
「OK。きれいなブローチね……とても古い。いい物だわ」
ヨーコの華奢な手が、タータンチェックの肩掛けの合わせ目に楕円形のブローチを留める。青いブートニアの根本近くに、添えるようにして。
「はい、できあがり」
「ありがとう」
「よし、準備できたな? それじゃ新婦! お前はこっち!」
「じゃ、あたしはお先に。またね」
ひらっと手を振ると彼女は会場に戻って行った。ただし、正面の入り口を素通りして中庭に向かって。
どうやら、庭に面したテラスから入るつもりらしい。式の進行を妨げない気配りだろう。
「……行くか」
「ああ」
「何、堅くなってんだよ」
今更ながらガチガチになった花嫁さんを会場の入り口まで連れて行く。
途中でさりげなく受け付けのカウンターに目をやると、ヴェールを被ったクマとティアラを被ったライオンが、鼻面つきあわせてキスしていた。
おいおい、誰のイタズラだい。俺はあそこまでやってないぞ?
「………何、にやついてる」
「気にすんな、これが地顔だ」
時間かっきりに会場に通じる両開きのドア前に立つ。扉の向こうではバグパイプの楽隊が入場用の結婚行進曲を奏で始めた。
「お、おい、ヒウェル」
小さな声でこそこそと、しかし早口で聞いてきた。
「何だ?」
「予定より、数、多くないか?」
「ああ?」
「バクパイプだよ! このメロディラインだと20人はいるぞ?」
……そこまで聞き取るか。いい耳してるね、歌はからきしダメなくせに。
「ああ。増やしたんだ、楽隊。レオンとこの事務所のお得意さんがね、ぽんっと予算出してくれたんだよ……お前さんへの結婚の贈物だっつってね」
「そ、そうか……」
東欧系の容貌のハンサムな二代目社長の顔をちらりと思い浮かべる。
嘘は言ってないぜ、Mr.ランドール。
ま、実際にはアレックスへの相談にかこつけて当人の目の前で楽隊のことを口に出し、小切手切ってくれるように仕向けたんだけどな。
「よし……じゃあ、行こうか」
「お、おう」
腕を組んで、ドアの前に立つ。
そろそろ打ち合わせの時間だ。
5、4、3、2、1……
ゼロ。
ぴったりのタイミングで目の前の扉が開く。さっと音もなく、勢いよく。
まっすぐに伸びた真っ赤なバージンロード、その先には双子に付き添われて待つレオン。祭壇に相当する位置にはレインボーフラッグが掲げられている。
人前式だから牧師も神父もいない。そのかわり、執行人としてフラッグの前にデイビットが立っている。立会人は招待客全員。
さあ、一世一代の大舞台の始まりだ。
「……行くぜ」
「おう」
精一杯歩調を合わせ、最初の一歩を踏み出した。
まっさかお前さんと腕組んでバージンロードを歩くとはね……正直、この組み合せは予想外だったよ、ディフ。
※ ※ ※ ※
双子に付き添われる花婿の所までたどり着くと、キルトをまとった花嫁を無事、彼の腕に引き渡した。
これにて一つ目のお役目は終了、アレックスからカメラを受け取り、ささっと撮影係に早変わり。
バグパイプの楽団が最後の和音を奏で、厳かな沈黙が訪れる中。Mr.ジーノが悠々たる動きで一歩前に進み出た。
「Ladies! and………gentlemen.」
よどみのない朗々とした声が響く。いつものやかましい(失敬!)おしゃべりと本質的には同じ声なのだが、次元が違う。
「今日、私たちはただ一つの目的の為に集まりました。レオンハルト・ローゼンベルクとディフォレスト・マクラウド、この両名の婚姻と新しき門出を祝うために」
それなりのボリュームがあり、会場の隅々まで響くが決して騒がしくはなく。むしろ音楽的な心地よささえ伴い、聞く者の心を引きつける。
最前列に座った『大輪の真紅の薔薇』がほほ笑んでいる。
法廷ではいつもこんな喋り方してるんだろうな、デイビット。
「この婚姻に異議ある者は申し出よ、さもなくば…………………………永遠に黙秘するように」
微妙に法廷用語が混じってるのは職業ゆえの癖か、あるいは彼なりのユーモアか。
いずれにせよ客の大半は検事に弁護士、判事に警官。場違いな場所で聞く耳慣れた言い回しに、思わず反応もしようってもんだ。
会場のそこ、ここで漏れる控えめなしのび笑いにデイビットはにまっとほほ笑んで答えると先を続けた。
「レオンハルト・ローゼンベルク」
「はい」
「病める時も、健やかなる時も。貧しい時も、豊かな時も。喜びにあっても、悲しみにあっても、命ある限り彼を愛し、共に在ると誓いますか」
「誓います」
「ディフォレスト・マクラウド」
「はい」
「病める時も、健やかなる時も。貧しい時も、豊かな時も。喜びにあっても、悲しみにあっても、命ある限り彼を愛し、共に在ると誓いますか」
「………誓います」
「では指輪の交換を」
頬を紅潮させたシエンにオティアがぴたりと付き添い、前に出る。ややぎこちない動きでシエンは上着のポケットから青いベルベットの小箱を取り出し、蓋を開けて捧げ持った。
優しく煙る紫の瞳、二組。じっと見守っている。
寄り添う二人を。
『ぱぱ』と『まま』を。
デイビットは厳かに双子から指輪の小箱を受けとると、新郎新婦の前にさし出した。レオンがサイズの大きい方を(仕方ないだろ、ディフの奴の方が指が太いのだから!)手にとり、ディフの左手を握る。
「この指輪を婚姻の証しとして君に捧げる。君を愛し、全てを分かち合う」
そしてすーっと左の薬指に…………。
……………。
ぽろりと指輪が落ちる。
「あ」
床に落ちる直前に素早くオティアがつかみ取り、何事もなかったようにレオンに手渡した。
「………ありがとう」
一瞬、指輪の方からオティアの手に吸い付いてったような気がしないでもないんだが、見なかったことにしておこう。
無事に指輪が新婦の指に収まると、会場のあちこちから、ほーっと安堵のため息が聞こえた。
続いてディフが指輪を手にとり、レオンの左手を握る。
「この指輪を婚姻の証しとしてあなたに捧げよう。あなたを愛し、全てを分かち合う……永遠に」
待て、こら。
今一瞬、別の人がしゃべってなかったか?
何なんだ、おとぎ話の騎士がするようなそのこっぱずかしい言い回しは!
ああ、もう。
聞いてる方が赤面しそうだ。
うやうやしくディフがレオンの左手に指輪をはめる姿を、半ばあっけにとられて見守った。
古い一眼レフカメラのファインダー越しに。
「それでは………………………」
にっぱーっと顔全体でほほ笑むとデイビットは両手を広げ、朗らかに宣言した。
「誓いのキスを!」
こいつらのキスなんざ、この一ヶ月で何回見たかわかりゃしない。いい加減、慣れた。慣れたと思っていたんだが。
不覚にもレンズ越しの風景が、にじんだ。
矢継ぎ早にシャッターを切ってからカメラを降ろす。
……まだ続いていた。
良かった。今回ばかりは、こいつらのバカップルぶりに感謝しよう。
こればっかりは、自分の目で見て、記憶に直に焼きつけたかったんだ。
幸せになれ、ディフ。
幸せになってくれ、レオン。
今、ここに、改めて願い、祈ろう。
少しばかり長めの誓いの口づけが終わり、ほどよく頬を赤らめた新婦をようやく新郎が解放したのを見計らってからデイビットが高らかに告げた。
「皆さん。我々は無事、彼らの結婚を見届けました。代表して私が宣言しましょう……法による定めよりなお強い絆により、この瞬間より………」
表情は明るい笑顔のまま、しかし張りのある声は威厳に満ちていて。法廷での最終弁論さながらに会場の中に響き渡り、居合わせた人全ての心を共に震わせた。
「二人を夫婦と認めます」
訪れる沈黙。
それは、高まった波がどうっと押し寄せる前ぶれだった。
拍手、歓声、口笛、足踏み。
あふれ返る歓喜と祝福の奔流に包まれて、レオンとディフは静かに手を握り、見つめ合っていた。
永遠にも等しい一瞬の中で。
次へ→【3-15-8】初めての共同作業
もともとレストランウェディングもやってる所だから内部の作りもそれに相応しく、ちゃんと新郎新婦の控え室も用意されている。
式場であり、同時にパーティ会場でもある広間の中央に赤いカーペットを引いてバージンロードを作り、席順は決めず、料理もまだ並べずに。
部屋の中はちょっとした民族の祭典になっていた。
ディフの知り合いは何人かキルトにタキシード風のプリンスチャールズジャケットのスコットランド式盛装。ずらりと並んで式のBGMを奏でる楽団はバクバイプ。
控えめな花柄のスカーフですっぽりと頭を多い頭髪を隠したムスリムの女性もいれば、光沢のある赤や青に銀糸や金糸で鮮やかに花模様を刺繍したチャイナドレス姿の子もいる。
似たようなデザインでこちらはすっきりと直線的な印象の強いベトナムのアオザイ。
かっ色の肌に映える原色、ふわりと風にたなびくインドのサリー。
どこの国でもやっぱり女性の方が華やかだな……とか思っていたら、男の中にも何だか妙に目立つ黒装束の奴がいる。
東欧風の細かな刺繍をほどこしたシャツにチョッキ、ズボンは黒で、刺繍とウェストバンドの色は赤。あれは、ひょっとしてルーマニアの民族衣装か?
一瞬、「誰? 何で?」と目が点になったが、レオンの事務所の顧客の一人が母親がルーマニア系だと話していたのを思い出し、納得する。
ヨーコが会場内見回してから言った。
「なーんかさっきっから頭ん中でイッツァスモールワールドがぐるぐるしてんだけど……」
「交友関係広いよねー」
サリーがうんうんとうなずいて相づちを打ってる。
こいつもタキシードじゃなくて着物を着ていたら……と今更ながら少し残念に思う。
そうだな、藤の花の模様の着物とか着て並べたら、顔もそっくりだしさぞ見応えのある一対になったろうに。
「それにしてもさ、ヨーコさん、着物ふんぱつしたね」
「ああ、これ、おばさまからの借り物」
「え、母さんの?」
「うん。自前のは帯と帯締め、帯揚げと襟、それと髪飾りぐらいかな」
そう言うヨーコの着物はサンフランシスコじゃおいそれとお目にかかれないような、地味に美しい逸品だった。動くたびに、桜の模様が微妙に色合いを変える。
よくよく見てみたら何てこったい、こいつぁ全て刺繍じゃねえか!
「うわ……これは……」
「どしたの、ヒウェル?」
「悔しいけど……滅多に見られるもんじゃねえや。写真、撮らせてくれるか、ヨーコ」
「どうぞ?」
夢中でシャッターを切った。角度を変えて、何枚か。
「けっこう重装備だな。自分一人で着たのか?」
「まぁ、ね。ちょい自己流入ってるけど……」
そう言って帯に挟んだ小さな桜模様のロケットをかぱっと開く。懐中時計だった。
「そろそろ式始まるよね。新郎新婦は? 準備できてるの?」
「……ちょっとのぞいてくる」
新婦控え室に行くと……。
「何やってんだ、お前」
花嫁さんは、双子のタキシードの着付けをチェックしておられた。
「いや、俺の仕度はもうほとんど終わってるし」
「あー……こんなこったろうと思ったんだ」
控え室の入り口のところでヨーコがこめかみに手を当てていた。
「ヨーコ! きれいだな、着物」
「ありがと。あなたも男前よ? ただ……」
するっと彼女は手に下げたバッグから木でできた櫛を取り出した。
「髪の毛、もーちょっと整えておこうね。そこ、座って」
「……ありがとう」
さっさと手際良くディフの髪の毛を梳く彼女を、双子がしみじみと見ていた。
普段、自分たちの世話をあれこれしつこいほど焼いてる『まま』が、逆に世話を焼かれてる様子がめずらしいのかもしれない。
「ヒウェル。こっちはあたしが見ておくから、あなたは新郎を」
「OK、頼んだ」
新郎控え室に行くと、白のタキシードに青いブートニア、新婦とおそろいのサファイアのカフスボタンを着けた花婿さんは……携帯片手に仕事をしていた。
かろうじて、電話だけ。書類を広げていない分、まだマシと言うべきか。
「Hey………レオン?」
「もうすぐ終わるから」
ああ、もう、こいつらは。今日はいったい誰の結婚式だと思ってるのか!
「はい、はい、どちらさんもそろそろ時間ですよ! 新郎とベストマンsはそろそろ会場に入る!」
「わかったよ……」
「シエン、指輪は持ったか?」
「ん」
そっと上着の左胸を抑えた。
中に入ったベルベットの小箱の中には、一時的に二人の指から外した結婚指輪が収められている。
「OK。アレックス、これしばらく預かっててくれるか?」
「かしこまりました」
有能執事に大事なカメラを預ける。自分で買ったデジカメと、親父にもらった古い一眼レフと。
そしてレオンが先に立ってまず会場に向かい、その後をアレックスが。さらにその後ろを双子がとことこと歩いて行く。
「ヨーコ、これ着けてもらえるか」
「OK。きれいなブローチね……とても古い。いい物だわ」
ヨーコの華奢な手が、タータンチェックの肩掛けの合わせ目に楕円形のブローチを留める。青いブートニアの根本近くに、添えるようにして。
「はい、できあがり」
「ありがとう」
「よし、準備できたな? それじゃ新婦! お前はこっち!」
「じゃ、あたしはお先に。またね」
ひらっと手を振ると彼女は会場に戻って行った。ただし、正面の入り口を素通りして中庭に向かって。
どうやら、庭に面したテラスから入るつもりらしい。式の進行を妨げない気配りだろう。
「……行くか」
「ああ」
「何、堅くなってんだよ」
今更ながらガチガチになった花嫁さんを会場の入り口まで連れて行く。
途中でさりげなく受け付けのカウンターに目をやると、ヴェールを被ったクマとティアラを被ったライオンが、鼻面つきあわせてキスしていた。
おいおい、誰のイタズラだい。俺はあそこまでやってないぞ?
「………何、にやついてる」
「気にすんな、これが地顔だ」
時間かっきりに会場に通じる両開きのドア前に立つ。扉の向こうではバグパイプの楽隊が入場用の結婚行進曲を奏で始めた。
「お、おい、ヒウェル」
小さな声でこそこそと、しかし早口で聞いてきた。
「何だ?」
「予定より、数、多くないか?」
「ああ?」
「バクパイプだよ! このメロディラインだと20人はいるぞ?」
……そこまで聞き取るか。いい耳してるね、歌はからきしダメなくせに。
「ああ。増やしたんだ、楽隊。レオンとこの事務所のお得意さんがね、ぽんっと予算出してくれたんだよ……お前さんへの結婚の贈物だっつってね」
「そ、そうか……」
東欧系の容貌のハンサムな二代目社長の顔をちらりと思い浮かべる。
嘘は言ってないぜ、Mr.ランドール。
ま、実際にはアレックスへの相談にかこつけて当人の目の前で楽隊のことを口に出し、小切手切ってくれるように仕向けたんだけどな。
「よし……じゃあ、行こうか」
「お、おう」
腕を組んで、ドアの前に立つ。
そろそろ打ち合わせの時間だ。
5、4、3、2、1……
ゼロ。
ぴったりのタイミングで目の前の扉が開く。さっと音もなく、勢いよく。
まっすぐに伸びた真っ赤なバージンロード、その先には双子に付き添われて待つレオン。祭壇に相当する位置にはレインボーフラッグが掲げられている。
人前式だから牧師も神父もいない。そのかわり、執行人としてフラッグの前にデイビットが立っている。立会人は招待客全員。
さあ、一世一代の大舞台の始まりだ。
「……行くぜ」
「おう」
精一杯歩調を合わせ、最初の一歩を踏み出した。
まっさかお前さんと腕組んでバージンロードを歩くとはね……正直、この組み合せは予想外だったよ、ディフ。
※ ※ ※ ※
双子に付き添われる花婿の所までたどり着くと、キルトをまとった花嫁を無事、彼の腕に引き渡した。
これにて一つ目のお役目は終了、アレックスからカメラを受け取り、ささっと撮影係に早変わり。
バグパイプの楽団が最後の和音を奏で、厳かな沈黙が訪れる中。Mr.ジーノが悠々たる動きで一歩前に進み出た。
「Ladies! and………gentlemen.」
よどみのない朗々とした声が響く。いつものやかましい(失敬!)おしゃべりと本質的には同じ声なのだが、次元が違う。
「今日、私たちはただ一つの目的の為に集まりました。レオンハルト・ローゼンベルクとディフォレスト・マクラウド、この両名の婚姻と新しき門出を祝うために」
それなりのボリュームがあり、会場の隅々まで響くが決して騒がしくはなく。むしろ音楽的な心地よささえ伴い、聞く者の心を引きつける。
最前列に座った『大輪の真紅の薔薇』がほほ笑んでいる。
法廷ではいつもこんな喋り方してるんだろうな、デイビット。
「この婚姻に異議ある者は申し出よ、さもなくば…………………………永遠に黙秘するように」
微妙に法廷用語が混じってるのは職業ゆえの癖か、あるいは彼なりのユーモアか。
いずれにせよ客の大半は検事に弁護士、判事に警官。場違いな場所で聞く耳慣れた言い回しに、思わず反応もしようってもんだ。
会場のそこ、ここで漏れる控えめなしのび笑いにデイビットはにまっとほほ笑んで答えると先を続けた。
「レオンハルト・ローゼンベルク」
「はい」
「病める時も、健やかなる時も。貧しい時も、豊かな時も。喜びにあっても、悲しみにあっても、命ある限り彼を愛し、共に在ると誓いますか」
「誓います」
「ディフォレスト・マクラウド」
「はい」
「病める時も、健やかなる時も。貧しい時も、豊かな時も。喜びにあっても、悲しみにあっても、命ある限り彼を愛し、共に在ると誓いますか」
「………誓います」
「では指輪の交換を」
頬を紅潮させたシエンにオティアがぴたりと付き添い、前に出る。ややぎこちない動きでシエンは上着のポケットから青いベルベットの小箱を取り出し、蓋を開けて捧げ持った。
優しく煙る紫の瞳、二組。じっと見守っている。
寄り添う二人を。
『ぱぱ』と『まま』を。
デイビットは厳かに双子から指輪の小箱を受けとると、新郎新婦の前にさし出した。レオンがサイズの大きい方を(仕方ないだろ、ディフの奴の方が指が太いのだから!)手にとり、ディフの左手を握る。
「この指輪を婚姻の証しとして君に捧げる。君を愛し、全てを分かち合う」
そしてすーっと左の薬指に…………。
……………。
ぽろりと指輪が落ちる。
「あ」
床に落ちる直前に素早くオティアがつかみ取り、何事もなかったようにレオンに手渡した。
「………ありがとう」
一瞬、指輪の方からオティアの手に吸い付いてったような気がしないでもないんだが、見なかったことにしておこう。
無事に指輪が新婦の指に収まると、会場のあちこちから、ほーっと安堵のため息が聞こえた。
続いてディフが指輪を手にとり、レオンの左手を握る。
「この指輪を婚姻の証しとしてあなたに捧げよう。あなたを愛し、全てを分かち合う……永遠に」
待て、こら。
今一瞬、別の人がしゃべってなかったか?
何なんだ、おとぎ話の騎士がするようなそのこっぱずかしい言い回しは!
ああ、もう。
聞いてる方が赤面しそうだ。
うやうやしくディフがレオンの左手に指輪をはめる姿を、半ばあっけにとられて見守った。
古い一眼レフカメラのファインダー越しに。
「それでは………………………」
にっぱーっと顔全体でほほ笑むとデイビットは両手を広げ、朗らかに宣言した。
「誓いのキスを!」
こいつらのキスなんざ、この一ヶ月で何回見たかわかりゃしない。いい加減、慣れた。慣れたと思っていたんだが。
不覚にもレンズ越しの風景が、にじんだ。
矢継ぎ早にシャッターを切ってからカメラを降ろす。
……まだ続いていた。
良かった。今回ばかりは、こいつらのバカップルぶりに感謝しよう。
こればっかりは、自分の目で見て、記憶に直に焼きつけたかったんだ。
幸せになれ、ディフ。
幸せになってくれ、レオン。
今、ここに、改めて願い、祈ろう。
少しばかり長めの誓いの口づけが終わり、ほどよく頬を赤らめた新婦をようやく新郎が解放したのを見計らってからデイビットが高らかに告げた。
「皆さん。我々は無事、彼らの結婚を見届けました。代表して私が宣言しましょう……法による定めよりなお強い絆により、この瞬間より………」
表情は明るい笑顔のまま、しかし張りのある声は威厳に満ちていて。法廷での最終弁論さながらに会場の中に響き渡り、居合わせた人全ての心を共に震わせた。
「二人を夫婦と認めます」
訪れる沈黙。
それは、高まった波がどうっと押し寄せる前ぶれだった。
拍手、歓声、口笛、足踏み。
あふれ返る歓喜と祝福の奔流に包まれて、レオンとディフは静かに手を握り、見つめ合っていた。
永遠にも等しい一瞬の中で。
次へ→【3-15-8】初めての共同作業