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ローゼンベルク家の食卓

【3-15-6】ウェルカムベア&ライオン

2008/07/13 15:34 三話十海
 
 スコットランドには、結婚式の前日に花婿が花嫁の衣装を見ると不運になるって迷信がある。
 父祖の地の言い伝えをおろそかにするつもりはないが、いずれにせよ話をするぐらいはセーフだろう。

 もっとも俺たちの場合は果たしてどっちが花婿でどっちが花嫁なのか……。
 いや、いや。
 ゲイの結婚式であれこれ考えるのはあまり意味のないことなのかもしれない。
 どっちも花婿になれるし、どっちも花嫁になれる。せっかくの自由な組み合せをいちいち型にはめることもないだろう。

「レオン」
「何だい?」
「話がある……明日の式のことで」

 夕食後、ヒウェルが帰り、双子も隣に引き上げて二人っきりになった所で切り出した。

「俺の衣装のことなんだ」
「ああ」

 明日の式で俺はスコットランドの伝統にのっとってキルトを身につけることになっていた。青と緑を基調にしたマクラウド家のタータン
 上は白のドレスシャツに黒の蝶ネクタイ、タキシードに似た形のプリンス・チャーリージャケット、さらにその上からキルトと同じ模様の肩掛けを巻く。
 上は問題ない。
 問題はむしろ、下にある。

「実は……………その…………」

 首をかしげて、じっとこっちを見てる。
 言いづらいことこの上ない。しかし、ここで下手に引き延したら余計に恥ずかしい。
 よし、言うぞ……本題だ。

「キルトの下は、何も着けないのが慣習なんだ」
「何も?」
「ああ、何も。もちろん、ピンでしっかり留めるし、前には貴重品入れのポーチをぶらさげて重しにするから滅多なことでは……めくれないけど……な」

 まいったな。説明しているうちにどんどん声が小さくなっちまう。
 レオンはしばらく考えていたが、やがて言った。ほんの少し眉をひそめて。

「下着がないかと思うと、式どころじゃなくなりそうだ。気になって」
「……それは……困るな………」
「けれど、民族衣装だしね。伝統というものは……うん、なかなか難しいね」

 一瞬で心が決まった。家族の参列が望めないのなら、せめて先祖の伝統だけは守りたいと考えていた。
 だがそんな意地も、こだわりも、お前にそんな顔させるくらいなら小さなことだ。

「伝統より、お前の方が大事だ」
「……ありがとう」

 ああ。
 反則だぞ、レオン。
 ちょっとはにかんだような笑顔でそんなこと言われたら。
 胸が時めく。
 思わずキスしたくなっちまう。

 こんな風に。
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
 土曜日はよく晴れてくれた。サリーの教えてくれたまじないが効いたらしい。
 白い布で顔だけのシンプルな人形を作ってぶらさげる。テルテルボーズとか言うらしい。シエンも一個作って昨夜、サリーの作ってくれたお手本のと二個並べてカーテンレールにぶらさげていた。

 少し時間が経ってから見てみたら、三個目が増えていた。すみっこの目立たないところにひっそりと。
 とりあえず気づかないふりをして……夕飯の後、自分の部屋に戻ってからにやにやした。

(ったく、可愛い奴!)

 鋭く澄み渡る青い空は、とびっきりでっかいsomething blue。
 海を見下ろす高台の、白い洋館風のレストランはゲイカップルの結婚式にも快く応じてくれた。さすがサンフランシスコの店だ。
 特別なサービスをしてくれる訳じゃないが、この『快く応じてくれる』ってあたりがミソなんだな。

 庭に面したガラス窓は大きく、室内は明るい。玄関のロビーに設置した受け付け用のカウンターにおめかししたぬいぐるみを二つ並べた。
 そろいのタキシードを着たクマとライオン。クマの腕には、青い花をあしらったちいさなブーケがしっかりと抱えられている。

 そーっと周囲をうかがってから、おもむろにタキシードのポケットからちっぽけなティアラを取り出し、うやうやしくクマに被せる。

 これでよし。どっちが花嫁さんかは一目瞭然だろう。
 ぱしゃっと一枚写してから、中に入った。

 本日の俺の役割はカメラマン兼……花婿介添人(ベストマン)、花嫁介添人(ブライダルメイズ)、どっちだろう?
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
 式の開始時間が近づくにつれ、次々と招待客が会場を訪れる。
 ヨーコこと結城羊子が従弟のサリーとともに到着した。

「さすがに目立つね」
「うん。ホテルでも注目の的だった」
「だろうね」
「気分良かった」
「………だろうね」

 本格的な和装はアメリカではことさらに人目を引く。
 藍色の地に、白が天の川のように背面を走り、正面からは右袖と左の裾に斜めに見える。
 抑えめの色合いであしらわれた桜と葉、枝の模様は染めではなく全て刺繍。動くたびに光の具合で微妙に色合いが変わる。
 銀の帯に帯締めは赤、帯揚げは真珠色でめでたく紅白にまとめたらしい。
 長い髪をきりっとアップに結い上げ、櫛と簪できれいに留めている。
 タクシーから降りるなり、ぽんっと白いレースの日傘をひらいて背筋を伸ばしてすっ、すっとほとんど体を揺らさずに歩く姿はなかなか絵になっていた。

「サクヤちゃんも決まってるじゃない、タキシード」
「……どうも」

(サイズがジュニア用なんだけどね……)

 ふっとため息をついていると、カシャリとシャッターの音が聞こえた。電子的に合成された、どことなく軽い響きの音が。
 顔を上げると、ヨーコが携帯を開いていた。

「何、写真とってるの、ヨーコさん」
「うん、おば様にメールしとこうと思って……あら」

 受け付けに並ぶ一対のぬいぐるみを見て、ヨーコが首をかしげた。

「うーん……何か、足りない」

 と、思ったら今度は顎に手を当てて考え込んでいる。そしてバッグを開けるとレースのハンカチを取り出した。

「どうするの、それ」
「んー、これをこーして……」

 きゅっきゅっと折ると、クマに被せてその上からさらにティアラを乗せた。

「ね? やっぱり花嫁さんにはヴェールも必要でしょ?」
「はいはい……」

 額に手を当てて首を小さく横に振る。

「Hey,ヨーコ!」
「カレン! ジャニス!」

 どうやら同級生を見つけたらしい。
 そうだ、彼女にとってはここは半ば同窓会みたいなものなんだ。

「いいよ、ヨーコさん、行ってきたら?」
「うん……ありがとう」

 するすると滑るように歩いて行く従姉の姿を見送ると、サリーは一人で会場に入って行った。


 ※ ※ ※ ※

 
 それからしばらくして。
 かっ色の巨漢、アフリカの太陽にも負けない熱い男。元ラガーマンの弁護士、レイモンドがやってきた。職業柄、きちんとした服装には慣れているはずなのだが……着ているタキシードは、どうしても窮屈そうに見えてしまう。

「レイ。タイが曲がってるわ」

 連れ添ったスラリとしたアフリカ系の女性が手を伸ばし、きゅっとタイを整えた。チョコレート色のなめらかな肌にライトブルーのシフォンのドレスがよく似合う。襟元に沿えたオレンジ色のコサージュからは、みずみずしく、甘い香りが漂う。

「ありがとう、トリッシュ」

 にっこり笑う彼女と腕を組んで受け付けに向かった。
 カウンターの上には一対のぬいぐるみが待っていた。
 おそろいのタキシードを着たライオン……おそらくこれはレオンだろう。そして、クマ。花嫁のヴェールをかぶり、その上にはティアラがちょこんと乗っている。
 さらに腕にはブーケ。

 レイはぱちぱちとまばたきした。

 つまり。
 これは……………。

 頭の中に赤毛の探偵を思い浮かべる。がっちりした体格、頑丈で剛胆な熱血漢。

 彼か。彼が、花嫁ってことなのかっ?

「どうしたの、レイ」
「いや……その………これは………」

 ごくっと唾を飲み込み、疑問を口にしてみる。

「逆じゃないのか?」
「いいのよ、あれで」
「いいのか?」
「ええ。行きましょう」

 まだそこはかとなく納得が行かないが。彼女がいい、と言うなら、あれでいいのだろう。

 
 ※ ※ ※ ※
 
 
 それからしばらくして、熱くて陽気なラテンガイ、デイビット・A・ジーノが。『真紅の大輪の薔薇』、妻のイザベラを伴いやって来た。
 身につけた赤いドレスはシンプルで、すその控えめなフリルを除いてほとんど装飾らしいものはついていない。
 アクセサリーも、左手の結婚指輪とパールのネックレス、白い胡蝶蘭のコサージュと実にシンプル、しかしそれでいいのだ。
 波打つゆたかな黒髪、ぱっちりしたエメラルドの瞳、真珠色の歯、女神と見まごう豊かな曲線を描く魅惑的なボディライン。

 そう、彼女自身が美しいのだから!

「ああ、イザベラ。マイハニー。マイスイート。やはり君は……美しい」

 ほほ笑む妻に口づけてからうやうやしく手をとり、腕を絡めて中に入る。

「おやおや? これは………」

 受け付けのウェルカムベアーとウェルカムライオンをひと目見るなり、デイビットは首をかしげた。

「これは、逆だろう」

 そして、さっさとティアラとヴェールをライオンの頭に移し替える。

「うん……これでいい」

 満足げにうなずくと彼は再び妻と腕をからめて歩き出した。

「絶対、レオンが花嫁なんだよ。そうに決まってる。だから、あれが正しいんだよ。そうは思わないかい、ハニー?」
「ええ……あなたがそう思うのなら、ね、デイビット」

080715_0002~01.JPG※月梨さん画、トリッシュとイザベラ
 
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