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ローゼンベルク家の食卓

【3-15-13】家族の肖像

2008/07/13 15:44 三話十海

 そろそろ宴の終わりが近づきつつある。

 予定では庭で新郎新婦と双子の四人をまず撮影、その後参加者の集合写真(入り切るのかどうかは別として!)の予定だったが。
 双子が……特にオティアが辛そうなこともあり、アレックスと話し合った結果、別室を借りて家族写真を写すことにした。

 それにしてもレオンの母親の登場は予定外だった。
 居合わせた客の中にはそうとう付き合いの古い連中もいるが、彼らにしてもレオンの母親を見たのは初めてだったろう。新郎の顔を見るたびに口々にたずねて来る。

『あれがお袋さんか?』
『初めて見た』
『そっくりだな』

 あたりさわりのない笑顔で応じちゃいるが、内心穏やかじゃあるまい。さっきっからディフの手を握って離そうとしない。
 やばいぞ、そろそろイエローゾーン、それもかなりオレンジ寄りと見た。レッドゾーンに突入する前にどうにかしないと。
 アレックスに目配せする。

「まだ少し早いけど……繰り上げるか?」
「その方がよろしいかと」
「OK。じゃ、先導よろしく」
「かしこまりました」

 広間の中央に進み出るとぱん、ぱん、と手を叩き、腹から声を出した。

「はーい、それじゃこれから家族写真写してきますんで、新郎新婦は別室へどうぞ」

 執事の先導で四人が会場を出たのを見計らい、自分も後に続く。

「その後集合だから! 今のうち化粧直しといてね」

 ぱちりとウィンクして、両開きのドアを閉めた。
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
 レストランウェディングも受け付けている店だけあって、ちゃんと写真撮影用の部屋があった。
 さらにアレックスは手際良く、会場からレインボーフラッグを1つ運んでいてくれた。

 フラッグの前、赤いカーペットの上に四人が並ぶ。
 白いタキシード姿のレオンと、黒の上着に青と緑のタータンチェックの肩掛け、同色のキルトをまとったディフ、その前にそろいの紺色のタキシード姿のオティアとシエン。

「OK、四人ともそのまま………じゃあ、写すぞ」

 デジカメは使わない。一番手に馴染んだ古いカメラで。

(大切なことはみんな、このカメラで写してきた)

 ファインダーの向こうに笑顔が3つ、そして一人だけ笑わない子がいる。

 普通ならポラロイドで2〜3回写して具合を見る所だが、今回は特別。一発勝負だ。
 だから連写モードでシャッターを切る。一度の動きで、できるだけ多くの写真が撮れるように。
 願いをこめて、ボタンを押した。

 少しでもいい。
 ほほ笑みに近い表情(かお)を残したい、と。

 静かな部屋にシャッター音が響く。その間中、双子はしっかりと手をにぎり合っていた。
 胸がちくりと疼く。まるで崩れそうになるオティアを、シエンが支えているように見えて。

(無理させちまったな……ごめん)

「………OK、終わったよ。おつかれさん」
 
 
 ※ ※ ※ ※
 

 撮り終わると双子は手をとりあったまま、とことこと控え室に入って行った。
 黙って見送った。レオンと、ディフと、3人で。

 腕を組む二人の後を、少し離れて着いて行く。
 何だか自分が取り残されたようで、ちっとばかり寂しい。

 会場に続く両開きの扉の前でディフが足を止めて振り返り、ぐいっと親指をしゃくった。

「なぁにボサーっとしてやがる。さっさと来いよ、ヒウェル」

 ああ、まったく、お前さんってやつは。
 にんまり笑って憎まれ口を返す。

「新婚さんに気ぃつかってんだよ」
「らしくないマネすんな。雨が降ったらどうする」
「あ、それは困る、カメラが濡れる」
 
 首をすくめていそいそと中に入った。
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
 中庭の芝生の上で集合写真を撮った。
 結局、一度には入り切らずに3回に分けて。

 金髪の双子はどうしたと、聞かれるたびに『まま』はほんの少し寂しそうな顔をして、「疲れたから、休んでる」と答えていた。
 足元にすりよるばかでっかいシェパードの頭をなでながら。あるいは、ぴたりと寄り添うレオンの手をにぎりながら。

 そして撮影が終わると、いよいよ、結婚式の最後の儀式、ガータートスが始まった。本来なら独身男性のみが参加する行事だが、今回は別。ブーケトスも兼ねてるので独身のお嬢さんがたもご一緒に。
 
 スコットランドの伝統にのっとり、ディフは長い靴下をリボンのついた靴下留めでとめていた。色はもちろん、青。
 残念なことに俺の用意したウェディング用のガーターベルトは花婿により断固却下。採用されなかった。
 
 ひざまずいたレオンがおもむろにディフの左足から靴下留めを抜き取る。
 長いっつってもオーバーニーじゃない。膝の下だ。それだけの事なのにこの赤毛さんときたら、はじらって細かく震えておられて。耳まで赤くして、ろくにレオンの顔すら見られない。
 確かこいつ、パンツはいてるはずだよな、そのはずだよな、なんて頭ん中で阿呆な事を反すうしつつ、カメラを抱えて思い出す。

 そうだ、こいつは、こう言う奴だった、と。

 豪気で呑気で大雑把、そのくせレオンに対してはバカみたいに一途で、純粋で………。

(汚したいと思った蛇もいる。だが、護りたいと願うライオンの方がずっと強かった)

 できればずっとそのままでいろ。スレたお前さんなんざ見たくねぇ。

 立ち上がると、レオンは抜き取ったガーターを右手に握り、おもむろに客に背を向けた。そして左手のひらで目を覆い、ぽーんっと勢いよく後ろに向かって放り投げる。
 放物線を描いた青いガーターが飛んで行く。高々と差し挙げられた何本もの手が追いかける。果たして誰が捕まえるのか。

 次に結婚する幸運を。
 
 ひらひらとリボンを翻し、青い靴下留めが落ちて行く。
 引力に引かれて落ちて行く。
 もうすぐ大人の手の届く位置だ……。

 その刹那。

 宙におどりあがったしなやかな体が、はっしと靴下留めを受けとめていた。
 五本の指の手のひらではなく、かっ色の鼻面と白い牙で。
 花嫁が目をぱちくりさせ、素っ頓狂な声をあげた。

「え………デューイ?」

 盛大なため息と感嘆の声の中、すたんと太い、頑丈な足で地面に降り立つと、爆弾探知犬はくいっと頭を挙げてとことこと歩き出した。
 
 
 ※ ※ ※ ※
 

 飛んできた『それ』自体にさして興味はなかったが、懐かしい、大好きな人のにおいがした。

 兄弟は犬好きの客の相手に忙しいらしい。あいつはいつもそうだ。どんなに騒がしい子どもに耳を引っぱられても、尻尾をつかまれても決して怒らない。
 にこにこして、だまって静かに尻尾をふる。だから二頭で出歩くとまず、犬好きの人間は彼の方に行く。

 ひらひらしながら『それ』が落ちて来る。周りの人間が手を伸ばすが、彼の感覚にしてみれば、いたってゆっくりとした動きでしかない。
 力強い四本の足で地面を蹴って飛び上がり、ばくっと口で受けとめた。

 さて、取ったはいいが、これからどうしよう? 人間にとっては何やらとても大事なものらしい。しかし自分には使い道がない。

 任務中、見つけたものは全て主人に渡す。それが決まりだ。
 しかし、今はオフタイムだ。
 眼鏡をかけた金髪の同僚は、さっき電話が来て帰ってしまった。
 だったら……日頃世話になっている友だちに進呈しよう。

 とことことサリーに歩み寄ると、デューイはもふっと、口にくわえた青い靴下留めを彼の手のひらに押し込んだ。

「えーっと………………ありがとう、デューイ」
「あら、サクヤちゃん、いいものもらったね」
「………うん」

 困惑するような笑顔で首をかしげるサリーを、彼そっくりの女性がにこにこしながら見守っている。

 二人に頭をなでられながら、デューイはぱたぱたと控えめに尻尾を振った。

 よかった。
 喜んでもらえたようだ。 
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
 空っぽになった皿やグラスを、店のスタッフが手際良く片付けている。
 テーブルに飾られていた花は、招待客に自由に持ち帰ってもらった。今はもう、花器の中に残る緑色のざらりとしたオアシスだけが残されているだけ。

 招待客を送り出すと、にぎやかだった会場が冗談みたいにがらーんと寂しくなった。
 しかし、双子にとってはその方が良かったんだろう。
 控え室を抜け出して、中庭に出てきた。

「オティア。シエン!」

 芝生の上から起きあがり、手招きした。

「紹介するよ……俺の警官時代の同僚で、ヒューイとデューイだ」

 さすがに招待客の目の前で犬と抱き合ってごろごろ転げ回る訳には行かないからな。いちおう、自粛してたんだ。
 ワルターとネルソン、二人のハンドラーは少し離れた所でサリーと何やら話している。

「……おっきな犬だね」
「ああ、ジャーマン・シェパードだ。こいつら、一緒に生まれた兄弟なんだよ」
「怖くない?」
「ちゃんと訓練されてるから大丈夫。それに、大型犬はジェントリーでフレンドリーな奴が多いんだ」
「そう……なんだ」
「かえって勢いに任せてつっぱしる暴れん坊の方が危険だな」
「…………」
「何で、こっち見てるんだ、オティア」
「別に」

 シエンはこわごわと遠巻きにしていたが、オティアは近づいてきた。犬をおびえさせないように、静かに。
 そして屈み込むとそっと手のひらを上にして手を伸ばした。

 デューイがずいっと鼻面をつきだし、においをかぐ。
 ヒューイはシエンの方を見て、にこにこほほ笑んで尻尾を振ってる。目を細めて長い口を開け、少し舌をたらして。

「怒ってる?」
「いや。喜んでる」

 デューイの鼻先がオティアの手のひらに触れた。
 ひやりと湿っていて、ビロードみたいに柔らかい鼻先をぐいぐいとすりよせると、デューイは尻尾を振ってオティアの顔を見上げた。
 兄弟犬に比べるとだいぶ控えめだったが、奴の基準からすればとんでもなくフレンドリーな反応だ。

 オティアはほんの少し表情をやわらげ、シェパード犬の頭を撫でた。やわらかな短い毛にみっしりと覆われた耳が指の間でぱたぱたと動くと、くすぐったそうに首をすくめた。
 デューイはお返しとでも言いたげにオティアの手のひらをぺろりと舐めた。

「マックス。そろそろおいとまするよ」
「そうか。ありがとな……嬉しかった」
「いい式だったよ。サリー先生に挨拶もできたしな!」

 ハンドラーに連れられて二頭が帰って行く頃には、会場はあらかた片付けられていて……レインボーフラッグだけが、宴の名残を留めていた。

「俺たちも帰ろうか」
「そうだな」
「はい、ディフ、これ」

 シエンが受け付けからぬいぐるみをとってきてくれた。
 揃いのタキシードを着たライオンとクマ。だが……何だ、これは。朝見た時とだいぶ姿が変わってるぞ?

「 ヒ ウ ェ ル ! 」

 
 ※ ※ ※ ※


 その頃、オティアは中庭の木にもたれかかり、芝生に座って空を見上げていた。
 雲一つない青空に、もうあの白い鳥たちはいない。

 ほう、と小さくため息一つついて視線を落す。
 肩にひとひら、真っ白な羽根が残っていた。

 
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