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ローゼンベルク家の食卓

その頃の日本組

2009/07/24 1:06 四話十海
 
『諸人(もろびと)こぞりて 迎えまつれ』
 
 市内観光を終えてホテルの部屋に戻ってきた時、風見光一は正直ほっとした。

「ただいま」
「おかえり!」

 羊子先生が笑顔で迎えてくれたからだ。
 午前中、自分とロイを送り出した時も笑顔ではあったのだけど、どことなく勢いが無くて。ほてほてと力なく手を振っていた。

『あー、あたしは大丈夫だから。ホテルのスパに予約入れてるし。ゆっくり観光楽しんできて……』
『でも』
『コウイチ』

 ためらっていると、そっとロイにそでを引かれた。
 言葉の他に青い瞳が語っていた。今は一人でそっとしておいてあげた方がいいのかもしれないよ、と。
 
 先生とランドールさんの間にあるものは、もう昨日までと同じじゃない。どんな変化が起きたのかはわからないけれど……。
 あんな風に、桁違いの我がままを口にしたり、無防備に泣いたり、人目もはばからずに表通りで抱き合ったりするなんて。
 ただならぬ出来事があったのは確かなんだ。

『でも、先生』

 口にした瞬間、はっと自分の言葉に胸を突かれた。

(俺たちと一緒だと、羊子先生はずっと『先生』のままなんだ!)

 心配だけど。気がかりだけど。やはり一人にしてあげた方がいいんだ……。『先生』の役割から解放されて、普通の女の子でいられるように。

『わかりました、行ってきます』
『気をつけてなー』

 素直にロイと街に出かけ、サンフランシスコのクリスマスを満喫することにした。

「コウイチ、どこに行く?」
「うん、明日の夕方、帰国だからその前に……お土産、買いたいな」
「OK!」
「コテコテの観光土産もいいけど、地元の人が普通に買い物するようなお店にも行ってみたいし」
「まかせて」

 サンフランシスコとワシントン、州こそ違うがロイにとってここは母国だ。やはりこう言う時は頼りになる。
 ショッピングモールで祖父母と妹の美雪あての土産を無事に購入し、少しばかりほっとした。家族の土産を選ぶのは楽しいと同時に気をつかうのだ、それなりに。

「お二人にはお世話になってるから……」

 そう言って、ロイは45分も迷ってから、風見の家族にあてたお土産を自分でも購入していた。

「コウイチのおじいさまとおばあさまには、これなんかどうかな」

 彼が選んだのは、カントリー風の白木造りのフォトフレームだった。

「玄関に、お二人でサイドカーに相乗りしてる若い頃の写真が飾ってあったよネ? あれを入れるのにちょうどいいかなって思って……」
「ああ、ぴったりだ! よく覚えてたな」
「コウイチの家族はボクにとっても大事なファミリーだもの」
「こいつ、泣かせること言いやがって!」

 風見はがしっと背後から腕を回して軽くヘッドロックをかませ、ロイの金髪をくしゃくしゃかき回す。
 その間、ロイのピュアな心臓はよろこびにうちふるえていた。

(ああ、ありがとうサンタさん。今、この瞬間が最高のクリスマスプレゼントだ!)

 ひとしきりじゃれあってから、興奮もさめやらぬままロイは次に薔薇が一輪、型押しされたポストカードを選んだ。

「ミユキには、シンプルだけどこれがイイかナ」
「うん、いいと思うよ。だけど、ロイ……」

 風見は遠慮しながらもそっとカードに書かれた文字を指先でなぞる。

 曰く、『BIRTHDAY GREETINGS』

「ああっ」

 耳まで真っ赤になりながらロイは文字の入っていないカードを選び直すのだった。
 
  
『久しく待ちにし 主は来ませり』
 
 
「いやあ、おかげで良いもの買えたよ、サンキューなロイ。一番うるさい美雪もこれなら喜んでくれるよ」
「うんうんヨカッタネ」

 一段落した所で、次は友だちや先輩あての土産を探すことにする。こちらはある程度気楽と言うか、遊び心が混じって来るもので。
 
「遠藤にはアメコミの雑誌がいいかな、あいつヒーロー好きだし」
「ソウダネ」
「蒼太さんには何がいいかな……やっぱり食べ物かな」
「あ、ボクも三上さんや砂吹さんに何か買ってこうかな、お世話になってるし」
「さすが礼儀正しいな、ロイは」

 まず2人が訪れたのは食料品店だった。すたすたとロイが歩いていったのは、赤や緑のカラフルなパッケージのひしめく一角……ただし、クリスマスカラーではない。

「三上さんは確か辛いモノが好きだから……これがいいかな」
「すごい色のポテトチップスだな。でも飛行機で持ち帰るのに割れちゃわないか?」
「Oh! そうだった……よし、こっちにしよう」

 ラベルにでかでかと髑髏の印刷された瓶入りのトウガラシのソースには、おまけで髑髏型のストラップがついてきた。

「あ、さっきのポテトチップと同じロゴだ」
「うん。このソースを使って味付けしてあるんだ。ブレア社のソースは、アメリカの辛いもの好きにはこたえられない定番の味なんだヨ」

 次に雑貨屋の前を通りかかった時、ロイがふと足を止めた。

「Oh?」
「どうした、ロイ」
「アレ、イイネ」
「ん?」

 指差す先を見ると、いかにも海辺の街らしい土産物が並ぶ中に、マラカスが一組転がっていた。つやつやした表面には、赤いゴールデンゲートブリッジがプリントされている。

「いいんじゃないかな、砂吹さん、ミュージシャンだし、いかにもサンフランシスコ土産って感じがする」
「うん!」

 しゃかしゃかと鳴る袋を抱えて店を出た所で、今度は風見がはたと手を叩く。

「あ、そうだ、千秋にも何か買ってきたいな」
「あー……そう、藤島サンにも……ね」
「うん」

 藤島千秋は中学時代からの同級生で、今は同じクラス。部活は合唱部だけど、しょっちゅう自分たちの所属する民俗学研究部の部室にも顔を出している。
 彼女の名前を口にした時、ロイが一瞬、神妙な顔つきで考え込んでいた。
 女の子宛だとやはり緊張するのだろう。
 男友達とちがってネタやシャレに走る訳にも行かないし。

「女の子って何を喜んでくれるんだろう……」

 ふと、昨日、目にしたばかりの光景が脳裏をよぎる。ブローチにイヤリング、ピアスに指輪にブレスレット。きらびやかなショーウィンドーの中に並ぶアクセサリーを、うっとりと眺めていた先生の横顔を。

「やっぱりアクセサリーがいいかな……あいつ、あんましキラキラしたもの持ってなさそうだし」
「ソウダネ」

 とは言え、自分たちの手の出そうな値段のものとなると、やたらごっつい金属製か、砂糖菓子みたいに可愛いプラスチックやアクリルのものばかりで今一つ、千秋のイメージにそぐわない。
 何軒かアクセサリーショップをのぞいてみたものの、なかなか気に入ったものが見つからず、諦めて他の品物にしようかと外に出たそのときだ。

「……あ」

 路面に布を敷いた露店の中にそれを見つけた。お決まりの太いチェーンやドクロや剣といったごっつい系の光り物に混じり、銀色の翼がひっそりとたたずんでいたのだ。
 そう、確かにそれは翼だった。
 流れるような流線型が収束し、羽ばたく鳥の片翼を横から見た形を作り上げている。
 そして翼の先端には一粒、透き通った青い石がはめこまれていた。

「すいません、その羽根の形のブローチを見せてください」
「Hey,ミスター、お目が高いね! こいつは俺の妹が作った新作なんだ!」

 露店の主は、黒い目のぱっちりした、浅黒い肌のイタリア系の青年だった。嬉しそうにブローチを両手でささげもち、うやうやしくさし出してくれた。

「妹はアートスクールで彫金の勉強をしてるのサ。その青い石は本物のアクアマリンなんだぜ! ちょいとインクルージョンが入ってるんでグレードは落ちるが、そいつも味のうちだろう?」

「うん、そうですね……」

(いいな。これにしよう。お守り代わりにもなりそうだし)

「これをください」
「OK」

 会計をすませると、露店の主はぱちっとウィンクした。

「ひょっとしてガールフレンドへのプレゼントかな?」

 かっとほお骨のあたりに熱が噴き出した。
 英語の「Girlfriend」に大して深い意味はない。ただの『女の子の友だち』それだけだ。懸命に自分に言い聞かせる。
 日本みたいに『彼女』とか『つきあってる子』とか……そう言う意味はないはずだ。
 ないんだってば。

 なんてことを考えてる間に、翼のブローチは薄紙でつつまれ、虹色のシフォンの袋におさめられ、仕上げにリボンできゅっと口が結ばれていた。
 どこからどうみても、土産と言うよりプレゼントだ。

「はい、どうぞ。ラッピングはサービスだ」
「……あ、ありがとうございます」

 動揺のあまり、日本語でお礼を言う風見を笑顔で見守りつつ、ロイの心は複雑さの極みにあった。

(まだ………まだ負けた訳ではーっ)

 そう自分に言い聞かせてる辺りが既に敗北の兆しと言えなくもなく。

(いいんだ。コウイチのそばにいられるだけでボクは幸せだ……)

 今年のクリスマスはコウイチと一緒。クリスマスはコウイチと一緒。ひたすら目の前の幸福に意識を集中するロイだった。


「ただいま」
「おかえり!」


 そして夕方。買い物から帰ってみたら先生の笑顔が本物になっていた。
 ロイと顔を見合わせ、ほっと胸をなで下ろした。
 
「あれ、その服初めて見るような」
「うん、クローゼットの中にあった」
「そんなのまであったんだ……」
「バリエーション豊富です」

 先生は落ちついた深みのある緑色のベルベットのスーツを身につけていた。
 大きめの襟に、白い幅広のリボンを胸元に結び、下はスカートではなく膝上丈のズボン。どことなく小公子かフランス人形(ただし男の子)を連想させる。白い長靴下と、ぺたんとした黒のメリージェーンの革靴も、人形めいた雰囲気を漂わせている。

 大人の女の華やかさにはいささか欠けるものの、動きやすそうだ。

「赤いドレスは着ないんですか?」
「うん、お友達の家でのホームパーティーだからね。あまりきちっとした服装だと堅苦しいし……」

 にっぱーっと先生は顔全体で笑い、両手をにぎってぱたぱたと足踏みした。まるで準備運動でもするみたいに小刻みに。

「アレックスの息子で、3歳になる男の子が来るんだって!」
「ああ」

 風見とロイは顔を見合わせ、うなずいた。
 羊子先生、全力で遊ぶ構えだ。

「機動性を重視したんデスネ」
「そゆこと」

 ばさりと赤いケープコートを羽織ると、羊子先生は先頭に立ってさっそうと歩き出した。

「さっ、行こうか!」

 今夜はクリスマスパーティー。
 ローゼンベルク家にお呼ばれ。
 
 
『主は来ませり 主は、主は来ませり』
 
 
 その頃、サリーはマリーナ地区のアパートでオーブンをフル稼働していた。
 焼いているのはケーキ。小麦粉とベーキングパウダー、調味料、卵にバター、ミルクを混ぜて。日本から届いたばかりの抹茶を入れて。
 生地を四角いバットに流しこみ、オーブンで焼き上げ、柔らかいうちに前の日に煮込んで下味をつけた黒豆を等間隔で上に乗せる。
 黒豆の味付けは甘めに。生地の甘みは逆に控えめに。本当は抹茶クリームもつけたかったけれど、日持ちがしなくなるし、食べ慣れない人もいるだろうから諦めた。

 冷めたら細長く切ってパラフィン紙で包みキャンディみたいにきゅっと両端をひねる。
 その繰り返し。
 ひたすら焼いた。大量に抹茶スティックケーキを生産し続けた。これなら、パーティーの席でも気軽に手を汚さずに食べられる。

 作業の合間に、ふっとため息一つ。

 どうもここ数日、ヨーコさんとのシンクロが強くなっている。
 消耗し切った状態で互いに支え合い、補った時の影響がまだ残っているのだろう。2人とも回復した今は少しずつ元に戻りつつあるようだけど……。

 油断すると、まだ強い感情の動きに引っ張られてしまう。昨日は特にすごかった。
 今夜はパーティーだ。お酒も入るだろう。風見くんたちが一緒だからそれほどハメは外さないだろうと思うけど。
 今のヨーコさんは、はっきり言って不安定だ。自分がしっかりしなければ。 
 決意を新たにしつつ、大量のスティックケーキを袋に入れた。大きな袋に一つ、そして、小さめの袋にもう一つ。
 
 一つめの袋詰めが終ったところで呼び鈴が鳴った。

「おーい、サクヤ。迎えにきたぞー」
「やあ、テリー」
「おっ、うまそうなにおいだな」
「うん、ケーキを焼いてたんだ」

 まだ包んでいないスティックケーキを一本とって手渡した。

「はい、これ」
「サンキュー」

 テリーは無造作に緑色のスティックケーキを頬張り、顔をほころばせた。

「ん、んまいな。グリーンティーか」
「うん」
「このつぶつぶは何だ? 干しぶどう……じゃないよな」
「黒豆だよ」
「どっちも日本の食材だな」
「うん」

 話す間に二つめの袋を詰め終わる。最初の袋に比べれば量は控えめ。成人男性一人用だからこんなものかな。

 これは、エドワーズさんの分。今回は色々助けてもらった。それこそ命も救ってもらった。(本人は知らないだろうけれど)
 せめてもの感謝の印を贈りたい。

(ディフに頼めば、きっと届けてくれるはず)

「準備終ったか?」
「うん」
「よし、それじゃ出かけるか!」

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