▼ 【4-12-3】★We wish you a Merry Christmas
七面鳥にミートパイに小エビのサラダに豆腐のキャセロール。
濃いめの茶色はジンジャーブレッド、黄色いスープはカボチャと裏ごししたニンジン。ミートローフにフライドポテトも忘れずに。大皿に盛りつけたペペロンチーノはトングですくってお好みの分だけ。何故か巻き寿司や春巻きまである。
カニがないのはもっけの幸い。
あれば部屋に入った時点ですぐわかる。
大人も子どもも、肉の好きな人も野菜の好きな奴も楽しめるように取りそろえられた料理の皿の中央には、控えめながらも厳かに四角いバースデーケーキが鎮座している。
「ディフ、これ全部リビングに並べていいの?」
「ああ。全員、食卓に座るのは無理だからな」
リビングには折りたたみ式のテーブルが置かれ、料理と各自取り分けるための皿や食器、コップが並ぶ。
去年は全員、食卓についてもの静かに食べたもんだが、今年は人数が多いからってんで会場にリビングを加えて立食形式になった。
既にアレックス一家は階下から料理を運び入れ、ディフや双子と一緒になって忙しく立ち働いている。その様子をレオンが居間にちょこんと座って所在なげに見守っていた。
「俺も何か……」
言いかけた瞬間、満場一致で光の早さで却下された。アレックスも、シエンも、オティアも、ディフも。ソフィアは控えめに夫の隣に立ち、ほほ笑んでいるだけだったが……思うことは明らかに俺たちと同じだった。
レオンにお手伝いは厳禁。
「ディーンだって手伝っているじゃないか……3歳の子どもにも劣るのかな、俺は」
むっとした顔でつぶやくレオンの脇を通り抜ける途中でディフが足をとめ、髪の毛をかきあげ額にキスをした。
「わかってるのか? お前、今夜のパーティーの主役なんだぞ。おとなしく座ってろ」
「……わかったよ」
そんな2人の目の前をディーンがハシをかかえてとことこと歩いて行く。レオンはぷいっとソファから立ち上がり、リビングを出てしまった。ちらっと見えた横顔は、明らかにさっきより拗ね度が上がっていた。
「おい、レオン?」
ディフが慌てて後を追いかける。
「……大丈夫かな」
「大丈夫ですよ。マクラウドさまが行かれたのですから」
「違いない」
「パパー、チョップスティック、ここでいいの?」
アレックスは息子に向き直り、ハシの位置を確認するとほほ笑んでうなずいた。
「ああ、完ぺきだよ、ディーン。よくできたね」
「うんっ」
真面目くさって手伝いをしながらも、ディーンはちらっ、ちらっとバーカウンターの上のツリーに視線を走らせる。
根元に置かれたプレゼントが気になって仕方ないらしい。しっかりしてるようで、やっぱり3歳児。
部屋に来るなり、ちょこまかと歩いて自分の抱えてきたプレゼントを一生懸命乗せようとしていた。背後からアレックスがひょいと抱き上げ、無事に目的は達成したんだが。
その時、見えちまったんだな。明らかにオモチャ屋の袋に入った包みが置かれてるのが。
「おっと」
「わ」
精一杯さりげなく、でも目一杯ガン見してたもんだから、戻ってきたディフに気づかなかったらしい。ぶつかったところをぼふっと抱きとめられた。
「大丈夫か、ディーン」
「うん、ごめんね」
「問題ないよ」
ぽんぽん、とディフがでっかい手のひらでディーンの頭をなで回すと、三歳児は安心してぱたぱたと駆けていった。
「……レオンは?」
「ああ、することないから書斎に居るとさ。仕事も残ってるみたいだし」
それだけ確認するにしちゃ、やけにゆっくりだったよな。そう、軽くハグしてキスの一つも交わすぐらいには。
「……」
お熱いこって。
その後もディフは何度も書斎に様子を見に行ってるようだった。まあ、拗ねたレオンのご機嫌を直すには、必要不可欠だよな、うん。
※ ※ ※ ※
書斎でノートパソコンを引っ張り出し、スリープ状態を解除したのはいいものの、レオンは中々集中できずにいた。
画面に表示される文字も、数字も目に見えてはいるのだが、意識の表面を滑り降りて行くばかり。
別に、3歳の子どもほど役に立たないと言われていら立っている訳ではない。それは、あくまで原因の一つでしかない。そもそも、自分は小さな子どもと言う生き物は基本的に苦手なのだ。
ディーンは聞き分けの良い子でアレックスの言いつけを守り、自分に必要以上に近づこうとはしない。だからこそ許容できている。
(毎年、クリスマスは静かに過ごしてきたはずじゃないか。それなのに、他人を家に入れるなんて!)
要するに、レオンハルト・ローゼンベルクのいら立ちは、想定外の来客が来ることに端を発していたのだった。
(しかも、いっぺんに五人もだ)
無論、ディフは客を招待したことを自分に報告してはくれた。だがあくまで事後だ。そもそも、人を招待する時はいつも事後承諾だ。
(去年の秋にサリーを招いた時もそうだった)
(何故、客を呼ぶ前にまず、俺の意見を仰ぐと言う発想がないのだろう、彼は……)
特に何らかの意図を含んでいる訳じゃない。それはわかっている。ほとんど本能と言うか、勘に導かれているようなものだ。
実際、彼がそうしてお客を招いた後は家庭内の空気は往々にしてプラスに転じている。
(だけど……)
(いや、しかし……)
どうにも集中できない。やるべきことは山ほどあるはずなのに。
こめかみに軽く手をあて、首を左右に振る。
一度、はっきり話し合った方がいいのかもしれない。
そう思ったその時、書斎のドアがノックされた。
「どうぞ」
きぃ、と分厚いドアが開いてひょっこりと赤毛の頭がのぞいた。
まいったな。また様子を見に来たのか……これで何度目だろう?
「そんなに気にしなくて大丈夫だよ、ディフ」
部屋に入って来ると、彼は顔をよせ、じっとのぞきこんできた。
「………ほんとか?」
「ああ」
くしゃり、と髪の毛がかきあげられる。がっしりした手のひらが頬を包み込む。何をされようとしているのか、すぐにわかった。
うっすらと唇を開いて迎え入れる。すぐに思い描いた通りの感触が伝わってきた。
北欧産のクリームにも似た、濃厚な口づけ。最初に追いかけてきたときのついばむような軽いキスとは比べ物にならない。
背中に腕を回して抱き寄せた。
※ ※ ※ ※
遅いな、ディフの奴。今度のお守りタイムはやけに時間がかかってるじゃないか。
シエンが何となくそわそわしているし、アレックスもさすがに気になっているらしい。
レオンの奴、よっぽどご機嫌斜めなのかな。
主夫不在のまんまじゃ色々困るよ。いそ、こっちから迎えに………
………。
迎えに行くとか様子を見に行くとか言う選択肢はこの際考えない。考えたくもない。
そんな、腹減らしたシャチの頭ん中にソーセージくわえて頭突っ込むような命知らずな真似、だれが好き好んで!
どうしたものかと内心、頭を抱えていたらインターフォンが鳴った。
「はい、こちらローゼンベルクでございます……ああ、お久しぶりです」
すかさずアレックスが応対に出る。
「はい、お待ちしております。それでは失礼いたします」
首筋のあたりがチリチリしてる。それだけでわかる。あいつが近づいてるんだ。今、この瞬間にも!
ぎぃ、とドアがきしみ、思わずその場で飛び上がりそうになる。落ち着けヒウェル、まだ早い。今のは家ん中から聞こえたぞ。
「マクラウドさま」
書斎への廊下に通じるドアが開いてディフが戻ってきた。
ひっそりとその後にレオンが続く。『何食わぬ顔』の見本。そこにいるのが当然って顔をして。
「Missヨーコがお着きになりました。サリーさまたちもご一緒に」
「そ、そうか」
ああ、かすかにエレベーターの振動が伝わってくる。こくっと喉を鳴らして腕時計で時間を確認する。
「そろそろかな?」
「そろそろだな」
まさにその瞬間、呼び鈴が鳴った。
ディフが大股でざっかざっかと玄関に向かい、後からディーンがちょこまかと着いて行く。オーレも続こうとして、オティアに抱き上げられた。
「みゃっ」
「……ここで待ってろ」
玄関のドアの開く気配がした。
そして、男女入り交じった声が五人分、お決まりの挨拶を奏でる。
「メリー・クリスマス!」
「メリー・クリスマス。待ってたよ」
「Hi,あなたがディーンね?」
「は、ハロー……?」
「ディーン、サリーは知ってるよな? 彼女はヨーコ。サリーの従姉で、俺の友だちだ」
「ハロー、ヨーコ」
「よろしくね、ディーン」
「こっちはロイとコウイチ。日本から来たんだ」
「こんにちは」
「ヨロシク」
「ハロー、ロイ。ハロー、コウイチ」
「こっちはテリー。サリーの大学の友だちだ」
「ハロー、テリー」
「よろしくな、ディーン!」
がやがやと人の近づく気配。オーレがぴん、と耳を立てた。
そして、ディフを先頭にお客さんたちが入場してくる。とっさにヨーコの服装を確認していた。
緑の小公子風パンツスーツか……よかった。ほっと胸をなでおろす。
これで水色のジャンパースカートに白いセーターだったらシャレにならんぞ。だが、待てよ……あのピンクのペンダントは?
qの字だか、数字の9に似た形のピンク色が銀色のチェーンの先でゆれている。しかも。
チリン!
ご丁寧に金色の鈴までついていやがる。
(やっぱりあれは夢じゃなかったんだーっ!)
「どうしたの、ヒウェル? 幽霊でも見たよな顔つきしちゃって」
「や、やあヨーコ」
幽霊の方がどんなに良かったかーっっ!
「あのー先生?」
後ろから東洋系の少年が声をかける。
うわ、やっぱこいつ見覚えあるぞ? 隣の金髪くんも。一昨日の夕方、2人して自転車すっとばしてちび魔女を回収してった。
「ああ、紹介するね。この子はカザミ コウイチとロイ・アーバンシュタイン。あたしの高校の教え子なの」
「そ、そうか」
「ロイ、風見、彼はヒウェル。あたしの高校時代の同級生」
「あー……あなたが……」
おい、おい、ちょっと待て、何なんだ少年、その慈悲深い眼差しは。
「お噂はカネガネ」
どーゆー噂なんだろうなあ……だいたい想像はつくけど。
「ヨーコせんせも悪気はなかったと思うので……て言ってもダメですよねえ」
ため息を一つつくと、コウイチはぺこりとお辞儀をした。いかにも日本人らしいが、背筋がびしっと伸びていて隙がない。
「時効ってことで一つ」
「はは、はははは……」
一体、こいつらに何吹き込んでくださいましたか、ヨーコ先生?
引きつり笑顔を浮かべていると、ディフが声をかけてきた。
「ヨーコ!」
一足先にレオンにテリーを紹介していたらしい。
「OK、今行く……」
教え子2人を引き連れてソファへと向かう途中、ヨーコはさらっと、やっと俺にだけ聞こえるくらいの小さな声で囁いてきた。
「……ありがとね」
「え?」
「グリフィン。本」
ぞわああっと背筋を冷たいこそばゆさが駆け上る。
「助かったわ」
問い返す前に魔女めはにまっと微笑み、身を翻してさっさと行っちまった。
「コウイチ、ロイ。レオンだ。俺のパートナーで、弁護士をやってる」
「レオン、こちらは風見光一とロイ・アーバンシュタイン、私の高校の教え子」
何食わぬ顔で挨拶を交わしてるヨーコたちを見ながら思ったね。
…………ああ。
やっぱり、あれは夢じゃなかったんだって。
「やあ。会えてうれしいよ」
「本日はお招き頂きありがとうございます」
「光栄デス」
2人そろってきちっと一礼。やっぱり背筋は伸びている。何て控えめで礼儀正しい子らだ。教え子をちょっとは見習えそこの教師!
「……」
コウイチがレオンの顔をしみじみ見てる。そう、まるで美術館の名画にでも見ほれてるような透き通った称賛の眼差しで。
気持ちはわからなくもない。完ぺきな営業用スマイルだ。この笑顔で今まで何人の依頼人と陪審員をたぶらか……いや、魅了してきたことか。
「どうしたんだい?」
「いえ、何でもないです」
爽やかな笑顔だ。下心の『し』の字もない。そんな相棒をひと目見た瞬間、なぜかロイは激しく動揺したようだった。
そう、カートゥーン風に『ガーン』とか『ガビーン』とか、背後に描き文字が飛びそうなくらいに。
「コウイチ、ロイ」
ディフに呼ばれてコウイチがそちらに顔を向けても、ロイは上の空状態。
「オティアはもう知ってるよな? こっちはシエン。双子の兄弟なんだ」
「こんにちは」
「初めまして」
「初めまして、俺は風見光一、よろしく」
心なしかレオンに紹介された時より表情が柔らかいし、口調も親しげだ。やっぱ同年代だからかな。それでも決して無理に相手の領域に踏み込もうとしはしない。
一歩引いた奥ゆかしさを感じた。
「…………」
「ロイ?」
「あ、うん、カタジケナイ」
「え?」
なんか、今、サムライみたいな言葉が聞こえたような? シエンも首かしげてるよ。
見てて飽きないな、ロイ。
続いてアレックスとソフィアが紹介されたんだが……ヨーコをひと目見るなり、ソフィアはぱああっと顔を輝かせた。
「まあ、何てキュートな方」
やばいって! ソフィア、それは禁句だ! あの女の前でうかつにそんな台詞口にしたら……。
「サンクス。何だか照れちゃうな」
おい。
ちょっと待て、何なんだその素直にうれしそうな笑顔は! 俺が言った時とえれぇ違いじゃないか。
差別だ……。
がっくりしてたらオティアに言われた。
「……邪魔」
「へいへい」
首をすくめて横に避ける。頭の上にオーレを乗せたまま、平然と歩いて行く。お姫様は目を輝かせてしきりとサリーに何か話しかけ、テリーの指先に上品に顔をすり寄せ、コウイチとロイのにおいを確認した。
要するに、オーレがそっちに行きたがったってことらしい。
かと思うと今度はヨーコとひそひそとささやき交わし、ちらっとこっちを見てる。なーに話してんのかなあ、このお嬢さん方は……。
「ああ、そうだ、これ今のうちに」
ひとしきりオーレとのナイショ話(と書いて密談と読む)をすませると、ヨーコは手もとに抱えていた小さな花束を差し出した。
「お誕生日おめでとう、レオン」
「ありがとう」
手のひらに載るほどの小さな小さなミニブーケだ。小振りな淡い藤色の薔薇を3本と、レースみたいなかすみ草、そして緑のシダを束ねたシンプルなものだ。
このセンス、見覚えあるな。拡大コピーと縮小コピーの看板猫のいる店じゃないのか?
「レオンさま、どうぞ」
アレックスがすっと、水を満たしたガラス鉢をさし出した。
「ありがとう、アレックス」
レオンは注意深く小さなブーケを水に浮かべた。ふわりとシダの葉っぱが広がる。まるで睡蓮みたいだ。
「そうだな。花瓶よりこの方がいいね……」
ガラス鉢に浮かぶ紫の薔薇を見て、ディフが不思議そうに首をかしげた。
「何で、この花を?」
「ああ、たまたまお店を通りかかったらね、いいのが入ってたから」
「そう……か」
「ディフ、これお土産」
続いてどさっとサリーが腕に抱えた大きな紙袋を渡した。
「ありがとう。いいにおいだな」
「スティックケーキ、焼いてきたんだ……それから、こっちの袋は……」
さっきより少し小さめのを取り出して、何やら小さな声でぽしょぽしょと囁いている。見るともなしに唇の動きを追いかけた。
『エドワーズさんに』
……なるほどね。
そう言う訳か。
ひとしきり挨拶タイムが終わり、全員がお互いをファーストネームで呼べるようになった所で飲み物が配られた。
ケーキを乗せたワゴンが部屋の中央に運ばれ、キャンドルが灯される。
ディフがレオンに手をさしのべ、『姫』はごく自然に彼の手をとった。赤毛の騎士は彼の姫君の手に口づけすると、うやうやしくケーキの前に導いて行く。
レオンが無事にケーキの前に立った所を見計らって居間の照明を落とした。
すました顔で彼は息をすいこみ、ふーっと……ケーキの上でゆらめくオレンジの灯りを吹き消した。
「はっぴーばーすでー」
ディーンだ。
ちょっぴり調子っぱずれな子どもの声に、一斉に大人の声が続く。
「おめでとう!」
「お誕生日おめでとうございます、レオンさま」
一瞬訪れた暗闇の中、かすかにキスの音が聞こえた。
再び灯りを着ける。
何故かコウイチの顔が赤かった。
あー……そう言えば日本の高校生だものなあ………うん、免疫なかろう。成人男子が目の前で、ごく普通に夫婦している姿には。
「はぁ……」
ん? 何か今、切なげにため息つかなかったか、ロイくん。
「ふぅ……」
あ、まただ。そんなに刺激が強かったか、シャイボーイ。どんだけピュアなんだ?
しかし、その時気づいてしまったのだ。長く伸ばした前髪の影から向けられる視線の先に、コウイチがいることに……ってかむしろコウイチしか見えていないだろ、君。
なるほどね。
そう言う訳か。
肩の一つも叩いてやりたい気分になったが、この場では遠慮した。
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