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ローゼンベルク家の食卓

【4-12-2】もろびとこぞりて

2009/07/24 0:06 四話十海
 
『Joy to the world, the Lord is come!』
『Let earth receive her King』

 今日一日だけで何回この曲を耳にしただろう?
 基本的にこの家ではテレビは着けない。どうしても見たい番組がある時は、レオンとディフは寝室にそなえつけのテレビで見るか、双子が部屋に引き上げてから居間のテレビを着ける。

 休みの日は、ラジオの音楽チャンネルがごく控えめのボリュームで流れていることが多い。
 そして今日は朝からずっとクリスマスの音楽が流れている。聞き慣れたもの、聞いたことのないもの、聞き慣れたもののアレンジ。クラッシックからカントリー、ラップにロックにバラード、ブルース、バグパイプでスコットランド風に。

 いったいだれが想像したろう? 一つの曲をアレンジするのにこれほどの多くのやり方があるなんて。
 聞いたことのない曲も、今日耳にすることで『これもクリスマスの曲だったのか』認識を新たにする。

 2006年12月25日。
 オティアとシエンがローゼンベルク家に来てから2回目のクリスマス、そしてレオンの27歳の誕生日がやってきた。
 ささやかな朝食の後、バーカウンターの上のクリスマスツリーの根元に置かれたプレゼントが配られた。
 一番大きなプレゼントは、カウンターに立てかけられていた新品のMTB(マウンテンバイク)だった。青と白のが2台、これはレオンからオティアとシエンへ。

「事務所との行き来に使えるだろう? 体を動かすから運動にもなるしね」

 木箱に収められたヴィンテージもののスコッチはレオンからディフへ。

「……ありがとう」
「大事に飲めよ」
「何でお前が指図する」

 今朝はヒウェルはちゃっかり朝食の席にも顔を出していた。

「毎度毎度耐えられないんだよ、お前らが雑な飲み方してるのが!」
「酒の楽しみ方は個人の自由だろう?」
「そーだそーだ、いいこと言うな、レオン」
「年期の入った酒にはそれなりの敬意を払うのが粋ってもんでしょうが!」

 レオンはしばらく口元に手を当てて考えていたが、やがてくすっと小さく笑った。

「君から『粋』なんて言葉を聞くとはね」

 その隣でディフが軽く目を伏せ、首を横に振った。

「『粋』って単語が泣くぞ」
「っかーっ、てめーにだけは言われたくないよ、このザル男!」

 くわっとヘーゼルの瞳が開かれ、牙が閃いた。
 
「俺がザルなら貴様は枠だ!」
「編み目もないってか? そりゃあ、むしろ……」

 びしっとヒウェルはレオンを指差した。かろうじて最低限のマナーを守り、手のひらで。人差し指でのポイントは避けたものの、もはや礼節もたしなみもあったもんじゃない。

「レオンの事だろう!」
「そこまでひどいかな」
「自覚ないんですか………いや、今に始まったことじゃないけど」
 
 朝から酒の飲み方で真剣に議論するだめな大人が3人。シエンはつつましく目をそらし、オティアはさっくり無視を決め込んだ。オーレはしたり顔でキャットウォークの上にうずくまり、一段高い場所からヒウェルを見下ろしていた。

 次に開けられたのは、サンドイッチ用の折りたたみ式のバスケット、汁気の多い料理や炊いた米の飯も持ち運べる密封式のランチボックス。
 この家のバラエティに富んだ献立に対応できるように、組み合わせた弁当箱が2セット。色は青系と柔らかな淡いオレンジ。オティアとシエンのためにディフが選んだものだった。

 小さなサイコロ型のピンクの紙包みに入ったジャスミンティを手にすると、シエンは小さな声で「ありがとう」とつぶやいた。目線は微妙に送り主からそれていたけれど……。

 そして、カゴいっぱいの新鮮なグレープフルーツがひと山。ごていねいにバスケットの持ち手には赤と緑のリボンが結わえてある。

「どーせ今夜はこいつが必要になるでしょう。しぼってよし、そのまま食ってよし! お好きなように」
「……ありがとう」

 苦笑しつつレオンは黄色いみずみずしい果物のぎっしりつまったバスケットを受け取った。

「バスケットも、かっちりしたの選んだんだ。活用してくれ。ついでにリボンもな」
「……これ、シルクか?」
「うん、シルクの両面サテン仕上げ」
「毎年毎年、妙な金の掛け方するよな、お前って奴は」
「男友達にあてたプレゼントなんざ、ネタに走るか実用本意かのどっちかだろ?」
「お前は毎年ネタに走ってるだろうが!」
「君らしいね」

 お返しに、とヒウェルに贈られたのは、細長い箱。開けると中からころりと万年筆が一本転がり出てきた。色は目のさめるようなライムグリーン。

「これぐらい派手な方が、置き忘れる危険性が少ないだろう?」
「確かに……」

 ヒウェルはひょろ長い指で万年筆をつまみあげ、ためつすがめつ眺め回した。
 LAMYのサファリか……ドイツ製らしくシンプルかつがっちりと頑丈な造りだ。キャップについたフックはワイヤー製。いいね、気に入った!

「事務所のロゴ入りじゃないですよね?」
「そう言うのは作ってないよ……」

 確かに。

「これは、俺からだ」

 ディフから贈られたでっかい四角い箱の中味はコーヒーメーカーだった。

「煮詰まり防止機能つきだ。サーバーの中のコーヒーの温度が上がりすぎると、保温中でも自動的にスイッチが切れる」
「そりゃどーも」
 
 受け取ってからぼそりとつぶやく。

「どろっと煮詰まったくらいのが、ちょうどいいんだけどなあ……」
「胃薬1ガロンとどっちがいい?」

 ぎろりと睨むとディフはべきっと指を鳴らし、肩をそびやかした。藍色のセーターの下で筋肉がうねるのがはっきりとわかった。

「ありがたくいただいておきます。わーい、欲しかったんだ、コーヒーメーカー」

 最後に、「メリークリスマス」のメッセージが型押しされた白いシンプルなカードが一通、レオンとディフへ、シエンから。
 カードを開くなりディフは目をしばたかせ、くっと小さく喉の詰まるような声を立てた。
 しばらくの間、じっと目を閉じて……
 それから、顔をほころばせてほほ笑んだ。ヘーゼルの瞳にわずかに緑をにじませて。

 白く霞む雪の中、ほんわりと広がるキャンドルの灯りのような笑顔だった。
 まばゆさでは太陽に遠く及ばない。月の光ほど神秘的でもしなやかでもない。手の中にすっぽりおさまるほどの、オレンジ色の小さな灯り。
 見渡せば、いつでもそこにある。
 
 
『Let every heart prepare Him room,』
『And heaven and nature sing,』

 
 クリスマスのミサから帰ってからは、穏やかな空気は一転してにぎやかな慌ただしさにとって代わる。
 アレックスも、ソフィアも、ディフも、シエンも、オティアも一斉に腕まくりをして(必要のある人は)髪の毛をくくり、エプロンを身に着けた。

「さあ、お客様を迎える準備にとりかかろうか!」

 今年のパーティーは去年よりにぎやかだ。二家族分にあわせて招待客が5人もやって来る。
 ローゼンベルク、オーウェン両家のキッチンはもとより、かつてアレックスが住んでいて、今は執務室として使われている部屋のオーブンもフル稼働。
 七面鳥にジンジャーブレッド、ケーキにプディング、ミートパイ。クリスマスの食卓に欠かせない料理をせっをせっせと焼き続ける。

 何とはなしにシエンはアレックスの執務室のキッチンを受け持っていた。時折ソフィアやディフが様子を見にくるものの、基本的にはアレックスとの共同作業。
 ひたすら黙々と料理に専念する。オーブンの温度を見て、ケーキの焼け具合を確かめ、合間に春巻きを包んだ。

 もちろん、オーレも全力で手伝った。
 サラダに入れる小エビを狙う係。
 ケーキの生クリームを味見する係。
 プレゼントのリボンにじゃれる係。

 次から次へとやることが出てきて、忙しくて目が回りそう。ふらふらしていたら王子様が抱き上げて、お部屋に連れて行ってくれた。迷わずするするとお城に上ってログハウスにもぐりこんだ。

 王子様の建てた私のお城。しばらくは、ここで丸くなって眠る係。
 
 
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