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ローゼンベルク家の食卓

【side13-2】巡り巡って

2010/04/03 3:15 番外十海
 
「ランドールさん、これどうぞ、使ってください。お守りです」
「ありがとう……」

 ランドールは手渡されたステッカーをしみじみと観察し、添えられたもう一枚を手にとった。

「この写真も、お守りなのかな?」
「あー、それ、は……」

 サリーはつ、と目をそらす。

「それは、母さんが勝手に。サービス品らしいですよ」
「そうか……………」

 さらにしみじみ観察。しかる後、ぽつりとつぶやいた。

「これは、君の写真だけ……なのかな?」
「よーこちゃんは教師だから、そういうの出せないんですよ」
「そうなのか」
「日本だと教師の……というか公務員の副業は禁じられてるので。おかげで最近はそういうの全部俺の写真でやられちゃうんですよね。神社の取材とか、お祭りのポスターとかも」
「なるほど!」

 ならば、他の男がうかつにヨーコの巫女姿を目にする心配もない訳だ。
 ランドールはいたく上機嫌でうなずいた。
 日本通の社員から仕入れた情報によると、巫女の装束とはある種の男性にとって、すさまじい吸引力を発揮する衣装なのだと言う。 
 彼はその吸引力を『MOE』と表現していた。
 意味はわからないが、何やらとてつもなく強烈だと言うのはわかった。
 アメリカでも消防士や警察官、神父、カウボーイ等、特定の衣装の需要が(本来の目的とは別に)存在する。それと同じなのだろう。

 納得しているランドールの手元から、サリーはさっさと危険な写真を回収した。

「もう一枚もらえるかな。日本通の社員に贈りたいんだ。彼には世話になってるからね」
「どうぞ」

 すました顔でサリーはお守りステッカーのみ抜き取り、手渡すのだった。

(後で、分けておこう……その方がいちいち説明しないで済むし)
 
 ※ ※ ※ ※
 
「あれ、サリーどーしたんだこれ」

 テリーの声を聞いた瞬間、正直『しまった』と思った。
 お守りステッカーを大学に持って行く前に、自分の写真だけ取り分けておいたのをデスクの上に出しっぱなしにしてあったのだ。

「えーっと……実家のお守り」

 何食わぬ顔でさりげなく、話題をお守りステッカーの方に誘導する。

「へー。いいな、エキゾチックで!」
「一枚あげようか?」
「うん、さんきゅ!」

 喜々としてテリーはお守りステッカーを台紙からはがし、自分のノートパソコンに貼り付けた。

「うん、決まってる!」

 ものすごく嬉しそうだ。

「そっか、よかったね」
「こっちのも、もらっていいか?」
「えっ」

 既にテリーの手の中には、巫女さんステッカーがずらぁりと扇みたいに広がっていた。改めて自分の巫女姿が並んでいるのを見ると……くらくらする。

「何に使うの!」
「ミッシィが喜ぶ」
「う」
この間の弁当、感激してたぞ」

 引っ込み思案なテリーの小さな妹は、サリーによく懐いていた。
 つらい体験からほとんど他人と話そうとしないミッシィにとって、サリーは家族以外で心を許せる数少ない大人の一人なのだ。

「うーん……それなら……」
「サンキュ!」

 テリーは上機嫌で写真を持ち帰った。
 後で『妹たちがすげーよろこんだ! ありがとな!』とメールが来た。
 多分、バービー人形のステッカーとか。紙の着せ替え人形(paper doll)と同じ扱いなんだろう。かわいい動物(ぽち)も一緒に写ってるし……。
 そう思うことにした。
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
 三日後、エドワーズ古書店にて。

「いらっしゃいませ、今日は何をお探しですか?」
「こんちわ、Mr.エドワーズ。よ、リズ! 今日も美人さんだな」
「にゃー」
「今日は買い物に来たんじゃないんだ。届けもの、頼まれちゃって」

 テリーはカウンターに歩み寄ると、鞄からクリアファイルを取りだした。中には画用紙を切り抜いて作ったカードが一枚。
 クレヨンで丁寧に彩色され、卵の形をしている。
 イースターのカードだ。そうだ、今日は四月八日だった。

「これ、ミッシィから、あなたへ」
「Missミッシィから?」

 カードの内側にはクレヨンで『イースターおめでとう 本のお医者さんへ ミッシィ』と書かれていた。一文字ごとに色を変えていて、まるで花畑だ。
 そして中央には美しいシールが貼られている。ひと目見るなり、エドワーズの心臓は早鐘をつくように激しく高鳴った。

「こ、これはっ」
「ああ、うん、サリーのステッカーな。ミッシィのお気に入りなんだ」
「そう………ですか……」

 マックスからステッカーを受け取った時は、写真がついていなかった。ちょっぴりがっかりしたが、それでもあの人につながると思うと嬉しかった。
 見るチャンスはないだろうと諦めていたサリー先生の写真が今、ここにある。
 クレヨンで描かれた色とりどりの文字と花、そしてハートのマークに囲まれてほほ笑んでいる。さながらペーパードールシートのように。
 
 paperdoll.jpg
 
 耳たぶを赤く染めながらエドワーズはカードを受け取り、撫でた。手のひらでそっと、愛おしさと感謝をこめて。

「ありがとうございます。大切にします」

(踊るペーパードール/了)

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