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ローゼンベルク家の食卓

【4-4-9】おひめさまどこ?

2008/09/29 23:50 四話十海
 
 食事が終わってから、オティアがきょろきょろと周囲を見回している。最初はテーブルの周り、次に下に潜り込んで。

「どうした、オティア?」

 ディフが声をかけると、心配そうな声でひとこと。

「オーレが……」
「あ、そう言えばエビがあるのに出てこなかったな。包み紙のカサカサにも無反応だったし」
「猫、その手の音大好きですものね……どこに行っちゃったのかな」
「部屋に戻ってないか?」
「見てくる」

 後片付けもそこそこに、総出で子猫探し開始。
 食堂、キッチン、リビング。主寝室への扉は閉まっていたので除外。ソファの下、テーブルの下、その他家具のすき間。およそ考えられる場所をのぞきこんだがいずれも空振り。

「いないなぁ……」

 自分たちの部屋を見に行った双子が戻ってきた。

「こっちにもいなかった」
「よし、オティア、お前呼んでみろ」

 ディフに言われて、オティアは迷った。何て呼ぼう。あの子猫はずっとモニークと呼ばれていた。この家に来てからオーレになったけれど……。
 レオンの目の前でディフの昔のガールフレンドの名前なんか呼んでもいいんだろうか?

(彼のことだ、きっと覚えてる)

「大丈夫だよ。あの子は君の声に応えてくれるから」

 サリーの言葉にうなずき、ためらいながらも呼びかけた。

「……………オーレ?」

 しばしの沈黙。
 か細い声で「にぅー」と返事がかえってきた。

「キッチンだ!」

 一斉に移動する。

「でも、ここ一通り調べたはずなんだけどなあ」
「冷蔵庫の裏は見たかい?」
「あ」

 まさか、こんな所に入れるはずがないなんて。そんな固定観念は通じない。相手が冒険好きな子猫の時は、なおさらに。
 ディフとアレックスとレオンとヒウェル。四人掛かりで冷蔵庫を動かし、裏にうずくまっていた真っ白な子猫を無事、回収した。

「まったく度胸のあるおちびさんだ」
「みゃ……」

 オーレはよじよじとオティアの肩によじ上り、たしっと前足を頭の上に乗せた。

「にゃーっ!」
「……得意げだな」
「ああ、得意げだね」
「重い」
「お前、女の子にその一言は禁句だよ?」

 やれやれ、困ったもんだ。
 オティアは小さくため息をついた。だけどまた隅っこに潜られるよりは、そこにいてくれた方がいい。
 子猫を頭の上に乗せたまま、オティアは食べ終わった皿をキッチンに運んだ。オーレは器用にバランスを取り、ちょこんと頭の上で安定している。
 まるでずっと前からそこに居たみたいに。
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
「OK、確認するぞ」

 ヒウェルは眼鏡の位置を整えると、手にしたメモ用紙をおもむろに読み上げた。

「爪研ぎ、猫用の飯皿と水入れ、猫トイレ、キャリーバッグ、散歩用リード、猫じゃらし、ブラシ、ドライフードと猫カン、トイレ用の砂。当座はこんな所でいいか?」
「ああ。後は店に行って思いついたらそこで追加して行こう」
「OK、臨機応変だな。それじゃ、行きますか」

 これから、オーレのための猫用品の買い出しにホームセンターに出かけるのである。
 少し郊外まで車で出れば、夜遅くまで開いている店がけっこうあるのだ。

「すまんな、サリー、お客さんに留守番お願いしちまって」
「いえ、いえ。オーレ可愛いし」
「行って来るよ」
「行ってらっしゃいませ」

 買い物に出かける主人一家を見送りながら、アレックスは顔をほころばせた。

(この家で、よもや誕生日のお祝いを……それもサプライズパーティを開く日が来ようとは)
(オティア様とシエン様、お二人が来てからの一年は驚きの連続だ)

「それでは、私はキッチンにおりますので、何かありましたらいつでもお呼びください」
「はい、ありがとうございます」
 
 アレックスが行ってしまうと、サリーはリビングでオーレと『二人っきり』になった。
 ここぞとばかりにオーレはサリーの膝によじのぼり、ピンクの口をかぱっと開けてしゃべり始めた。
 静かなエドワーズ古書店からいきなり人の多い家にやってきて、ほんの少し緊張していたのだ。

 あたしは今日からオーレなのね。およめいりしたからなまえがかわるのね!

「うんうん」

 おうじさまといっしょにくらせるのね……

「あんまりいたずらしちゃだめだよ?」

 サリーは得意げな子猫の背中をなでた。白い毛皮がつやつやと指の間をすり抜ける。なめらかで、温かい。オーレはうっとりと目を細めて喉を鳴らし、ぴんと立てた尻尾を小さく震わせた。

 あたしいいこになる。だって今日からおひめさまだもの。

「うん。良かった。……ホントに。エドワーズさんは寂しいだろうけど」

 ……えどわーずさん……まま………。

 くたん、と尻尾がたれる。今まで王子様に会えた嬉しさでわすれかけていたホームシックがしくしくと、ちっちゃな胸の奥を噛み始める。

「また会えるよ。ずっと会えないわけじゃい……」

 うん……

 兄弟たちがもらわれていっても、ママが一緒だった。魚屋さんでも優しくしてもらった。可愛がってもらった。いっぱいなでてもらったけれど、王子様に会いたくて逃げ出した。

 何となくわかっていた。バスケットにゆられて、車に乗って、運ばれて。
 このお家はエドワーズさんの家からはすごく遠い。魚屋さんより、ずっと遠いのだと。
 急に寂しくなってくる。
 オーレは前足でふにふにとサリーの上着をもみしだき、もふっと顔をつっこんだ。

「大丈夫だよ、王子様がいるんだろ?」

 うん。おうじさま、だいすき!

 王子様。その一言でモニは……いや、オーレは元気百倍。四つ足を踏ん張って仁王立ち。くいっと胸を張った。

 わるものがきたら、あたしが退治するの!

「はは、よろしくお願いします」
「にゃ!」

 サリーはちょっと考えてから、ポケットから小さな鈴を取り出した。携帯のストラップに着けているのと同じ、赤い組紐の先に下がった金色の鈴。
 昔から言う。猫は人に見えないモノを見ると……。

「じゃあ、これ、あげるね。お守り……無くさないでね?」

 きれい、きれい! ぴかぴかしてきれい! サリー先生、ありがとー。

「しっかりね」
「みう!」
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
 やがて、大荷物を抱えた買い出し部隊が帰還すると、オーレはとくいげに出迎えた。
 ずいっと胸をそらせて、尻尾を高々と掲げて。

「みう!」

 オティアが抱き上げると、ちりーんと澄んだ音がした。あれ、と首をかしげる。
 青い首輪には金色の鈴が光っていた。横合いからヒウェルがひょいとのぞきこむ。

「お、鈴つけたのか、オーレ。よかったなー、これでどこに潜り込んでも大丈夫だぞー」
「これ……日本の鈴だな。サリー、ありがとな」

 にこにこしながらサリーがうなずく。

「実家で売ってるんですよ」
「へー、アクセサリーでも売ってるのか?」
「……神社だ」
「あー、はいはい、ジンジャね、ジンジャ!」
「本当は売ってるって言っちゃいけないんだけどね。お守りだから」
「オマモリ?」
「日本の伝統的なタリスマンだ」
「ふうん……きれいだね」

 穏やかに言葉を交わしながら双子の部屋へと向かう五人を見送りつつ、レオンは一人居間に残った。
 双子の手首には真新しい銀色の腕時計が巻かれていた。居間のテーブルには、猫用品と一緒に購入してきたフードプロセッサーの箱が乗っている。
 
「……ん?」

 手の甲にわずかな違和感を感じた。念のため、洗ってきた方がよさそうだ。


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