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ローゼンベルク家の食卓

【4-4-10】★まま、反省する

2008/09/29 23:51 四話十海
「ただ今!」
「お帰り」

 サリーをアパートに送たディフは家に戻り、いつものように出迎えたレオンと抱擁を交わし、お帰りのキスを受けた。
 
 日常茶飯事、いつもの習慣。だが、わずかな。ほんのわずかな違和感を覚えた。
 
 首をかしげながらも抱擁を解き、じっとレオンを観察する。
 部屋着からのぞく滑らかな腕に異変が起きていた。温室の薔薇の花びらのように傷一つない肌が、あろうことか赤く腫れ、ぽつぽつと発疹ができている!

「あ……あ……レオン、それっ」

 途端に頭の中で赤、白、青の三色のランプがくるくる回転し、血管の中の血は一気に沸点へ。噴き上がった思考がぐるぐる渦を巻く。

 大変だ、大変だ、大変だ!
 何が原因だ?
 いったい、どうして?

「病院、いや、救急車呼ぶかっ」
「平気だよ。原因はわかってる」
「あ…………」

 その瞬間、一つの単語が鮮やかに脳裏に浮かびあがった。

 Allergy

「あ……オーレ……か?」
「毛に触ったんだろう。ほおっておいてもすぐになおるよ」
「でも………う………ごめ………………ん……………薬……つけたほうが」

 そうだったのか。だから、犬や猫が苦手だったんだ。
 それなのに、俺は……無理言って………猫を飼わせてしまった。

 胸が一杯になる。もう、謝罪の言葉さえ出てこない。

「アレルギー用の薬はあったかな」
「アレックスに聞いてくるっ」

 慌てて部屋を飛び出し、ばたばたと廊下を駆け出した。

「アレックス!」

 血相を変えて駆け込んできた奥様から事情を聞くと、忠実なる執事は慌てず騒がず速やかに軟膏を取り出した。

「こちらをどうぞ」
「ありがとう……感謝するっ」
「ここではほとんど見ませんのでお話していませんでしたが、レオンさまは小動物のアレルギーを持っておられます。対象は、鼠やハムスター等の齧歯類、一部の猫、一部の犬などですね」
「そうだったのか……………」
「特定の種類だけなのであまり問題ありません。特に犬と猫については軽度です」
「だから俺が警察犬とじゃれてるとあまりいい顔しなかったんだな」

 ぴくっとアレックスは片眉を動かした。

(いいえ、マクラウドさま。それだけではないと思いますよ)

 思っても口には出さない。それが執事たるものの勤め。

「今回発疹が出たのも、おそらく慣れると出なくなると思います。ただ、寝室には猫はいれないようにしてください」
「わかった。気をつける」
「それと猫の爪と牙には細菌がいますから、傷をつくらないように」
「絶対、触らせないようにする」

 ディフはがっくりと肩を落し、軟膏のチューブを両手で包み込み、胸に押し当てた。まるでロザリオのように。

「自分が平気なもんだからそっちに頭が回らなかった……」
「皆様アレルギーはお持ちでないようで、何よりです」
「あ……レオン、食べ物は平気なのかっ?」
「ええ、そちらは特に」
「そうか………よかった……」
「軽度ですから、噛みつかれたりしない限りは大丈夫ですよ。ご安心ください」
「うん………ありがとな、アレックス」
「おそれ入ります」

 家に戻るとディフはまず、自分の衣服に念入りにブラシをかけ、コロコロを走らせた。

「レオン、ちょっと来い」
「何だい?」
「じっとしてろ」

 口を一文字に引き結び、真剣な表情でレオンの服にも同じ様にコロコロをかける。目を皿のように見開いて、白いふかふかの毛の一本も見逃すまいと。さらにリビング、キッチン、食堂と、オーレの歩いた場所にことごとく掃除機をかけ、仕上げにコロコロを走らせる。

「そこまで神経質にならなくてもいいんだが」
「念のためだ」

 掃除が終わると手を洗い、念のため服を着替えてから軟膏を塗った。
 薬が塗り広げられると、発疹はますます赤みを増して浮び上がるように見えた。

(ごめん。レオン、ごめん………)

 ディフは両手でレオンの手を包み込むようにして握り、目を閉じてぴったりと寄り添っていた。まるで祈りを捧げるような仕草で。

「大丈夫だよ、ディフ。すぐに収まるから」

 ぐいっとディフは愛する人を抱きしめて、背中を撫でた。髪を撫でた。頭を撫でた。
 何も言わずに、ただずっと。

 レオンは思った。

 こんな風に君がつきっきりになってくれるなら、アレルギーも悪くないな。

 そっと広い背中に手を回し、なであげて。ゆるやかに波打つ赤い髪に指をからめる。

 さて。
 朝までは君を独り占めだ………。

「レオン?」

 手のひらで頬を包み込み、顔を寄せる。
 それが単なるおやすみのキスなんかで終わらない事は、二人ともよくわかっていた。

(双子の誕生日当日編/了)

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