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ローゼンベルク家の食卓

【4-4-1】何がほしい?

2008/09/23 22:34 四話十海
 エンドウ豆は美味いが、サヤを剥くのが手間だ。
 長さ4インチ(約10cm)、幅半インチ(約1.5cm)ほどのサヤを手にとって、筋に爪を立ててぱりっと割る。新鮮なものならきれいに割れて、中からぽろぽろと緑色の豆が転がり落ちる。手のひらで受けてボウルに放り込み、空になったサヤは広げた新聞紙の上へ。
 必要量が確保できるまで以下、延々とこのくり返し。
 
 5人分だからけっこうな量がある。剥き身のを買えば早いが今日はたまたまサヤつきの方が大量に、しかも安く売っていた。
 オーガニック食品専門のスーパーは、天候や季節によって野菜の入荷にそれなりにバラつきがあるのだ。

 食卓に向かい合って腰かけて、双子とディフはさっきから豆を剥く作業に没頭していた。

「これ、何に使うの?」
「ポタージュスープ」
「裏ごしするの?」
「いや、時間ないからな。茹でてからブレンダーでガーっとやる」
「そっか」

 オティアは昨日から起きあがり、少しずつだが日常生活に戻りつつある。シエンはすっかり元気を取り戻したように見えた。
 表面上は。

 少しでも子どもたちの負担を減らそうと、この所ずっと食卓にはカボチャやニンジン、キャベツ、ジャガイモ、ひき肉、その他もろもろをすりつぶしたり、裏ごししたり。とにかく食べやすい、柔らかな状態に調理した献立が並んでいた。
 もっぱらディフが腕力を駆使して力技で粉砕しているので、お世辞にも『均一になめらかに』とは言いがたいのだが。

「なあ。お前ら、何か今、欲しいもの……ないか?」

 ぱちり、と開いたサヤから緑色の丸い豆をぱらりとボウルに落としながらディフがぽつりと言った。
 オティアとシエンは手を止めて、互いに顔を見合わせる。ちょっとの間を置いてからシエンが答えた。

「フードプロセッサー」
「……そうか」
「ブレンダーより細かくなるし、餃子作る時とかも便利でしょ?」
「そうだな」

 話す傍らでオティアが左手で器用にサヤを割り、ぱらりと豆をボウルに入れていた。

 
 ※ ※ ※ ※
 
 
 食堂に通じるドアが開いてディフが戻ってきた。ドアが閉まるのを確認してからそそくさと歩み寄り、聞いてみる。

「どうだった?」
「フードプロセッサーが欲しいそうだ」
「シエンかい?」
「ああ」
「あの子はどんどん凝った料理に挑戦して行くようだね」
「うん……好きなんだな、作るのが」
「っかーっ、やってらんねぇ」

 なごやかにほほ笑みを交わす『ぱぱ』と『まま』の隣で、思いっきり口をゆがめて大げさに首を横に振ってやった。

「17のバースデープレゼントに家電かよ!」

 そう、誕生日だ。
 来週の月曜日で、双子は17歳になる。

 ※ ※ ※ ※

 昨日の夜。
 オティアとシエンが部屋に戻ってから、大人三人でリビングで軽く一杯ひっかけた。
 オティアの状態も本調子とまではいかないものの最近は安定し、息抜きを兼ねてナイトキャップとしゃれ込んだ訳だ。

「あー、まーたそんなに雑な飲み方をして」
「人の楽しみ方をとやかく言わないでもらいたいね」
「自分より年季の入った酒にはしかるべき敬意を払うべきだと思うんです」

 例によって俺の説教なんざどこ吹く風と、涼しい顔でグラスの中味をストレートで流し込むレオンの隣では、ディフがくいくいとスコッチを飲んでいた。

「せめて割るなり氷入れるなり」
「香りが薄まる、味が鈍る」
「ったくこの飲んべえが」

 ぶつくさ言いながら自分の分だけ慣れた手つきでソーダで割る。
 そんないつもの飲み会の最中、ぽつりとディフが言った。テーブルの上に置かれた新聞に目をやって、ほんの少しうつむいて。

「そろそろだな」
「ああ911?」
「うん……あの子たちの誕生日だ」

 ディフの携帯のアドレス帳には、きっちり俺たちの誕生日から血液型まで入力されている。
 レオンは12月25日。
 俺は6月6日。
 もちろん、オティアとシエンのも。
 子どもたちにいつ生まれたのかと聞いても軽くかわされたらしい。結局、書類上の手続きを仕切ってるレオンから聞いて、それで分ったのだ。
 1989年9月11日に生まれたと。

「もうすぐあいつら、17歳になるんだな。俺らと会ってからは1年になるのか、来月で」

 短いような、長いような1年だった。ひょっとしたら俺の一生のうちで一番、波瀾万丈な1年になるかもしれない。

「ああ。あー、その………えっと……オティアが寝込んでからまだ日も浅いし……アレかなと思うんだけど」

 ディフがそわそわしながら口ごもる。何を言おうとしてるかなんてすぐにわかった。こいつは基本的に隠し事をするには向かない性質なのだ。
 
「サプライズパーティ?」
「うん。せめて17歳の誕生日は祝ってやりたいんだ。ささやかでいいから」
「一年遅れのSweet16……か」

 Sweet16。16歳の誕生日は特別な日。大人の仲間入りを家族や友人みんなで祝う。けれど双子の16の誕生日は「ロクなもんじゃ」なかった。

「いいんじゃないかな?」
「本当にそう思うか、レオン?」

 妙におどおどしていて、自信なさげだ。珍しいな……いつもならレオンに一言肯定されりゃあ即座に笑顔全開で『よし!』とか言うくせに。

「俺らだけ盛り上がって肝心の二人はシーンって可能性も………。いや、無反応ならまだいいんだ。かえって嫌な思いさせたらと思うと」

 ああ。
 何だ、そう言うことか。
 ったく、どうしてくれよう、この『まま』は。
 グラスの中味を一気に流し込み、勢いにまかせてぺしぺしと背中を叩いてやった。
 
「そんなに気負うことないんじゃね? 親って立場でやろうとすっから滑るんだよ。友だちだと思えばいい」
「友だち………か」
「そう、友だち」

 ※ ※ ※ ※

 そんな訳で、9/11の夜にサプライズパーティを開くことに決まった。約一名、お友だちも招待して。
 肝心のプレゼントのリクエストを伺ってこようとしたのだが、第一陣は見事に失敗に終わったのだった。

「17のバースデープレゼントに家電かよ!」
「……まずいかな」
「購入する価値はあると思うが、それとこれとは別問題だろ」
「……そうか」
「よし、こうなったら俺が聞き出してくる」

 レオンがちょこんと首をかしげた。

「君が?」

 任せてください、インタビューは慣れてますから! 自信満々に胸を張って答えようとして、ふと言葉が止まる。

 俺じゃ、だめだ。シエンは遠慮するだろうし、オティアに至っては……。
 横目でちらっとこっちを見て、きっちりスルーされるのがオチだろう。寝込んで以来、幾分、空気扱いは緩和されたような気はするのだが。
 話しかければ返事をしてくれるぐらいに回復はしてきたのだが。
 どうも、面倒くさそうと言うか気だるげと言うか、弾む会話にはほど遠い。

「……すいません、やっぱりお願いします」


 ※ ※ ※ ※


 夕食後。
 俺とヒウェルがキッチンで後片付けをしている間にレオンが双子から『欲しいもの』をさりげなく聞き出すことになった。

 双子は具合の悪くなる時も一緒。だから今回、オティアが寝込んだ際にはシエンも少なからぬダメージを受けていたはずだ。
 加えて不調を悟られまいとするオティアのフォローで身も心すり減らしていた。そのはずなのに、あの子は笑っている。

『もう平気だよー。オティアがまだ具合悪いから、その分、俺が動かないとね』
『そうか? なら、いいけどな……』

 平気なはず、ないじゃないか。気づいてないのか、気づかないふりをして、自分さえも欺いているのか……オティアがそうしていたように。

(まったくそっくりだよ、お前たちは)

 せめて少しでもシエンの負担を減らそうと、ここ数日はもっぱらヒウェルをこき使うことにしている。

「鍋洗い終わったぞ、まま」
「うむ、ご苦労」
「……」
「何だ?」
「いや、最近さあ、お前、リアクション薄いなーって思って」
「そうか?」

 軽くすすいだ皿を食器洗浄機に並べ、洗剤をセットしてフタを閉め、スイッチを入れる。この作業もすっかり慣れっこになったな。
 銀色の表面にちらりとレオンの姿が写る。振り返り、笑みかけた。

「どうだった?」
「シャツがそろそろきついそうだよ」
「わかった、次は1サイズ大きいのを買おう」

 ヒウェルがぐんにゃりと口を曲げて目尻を下げた。

「参考までにお聞きしますが、あいつらに何て言ったんですか、レオン?」
「…………何か必要なものはないか、と」
「あー……そう、そう来る……」

 ヒウェルはおおげさに肩をすくめて首を左右に振った。

「OK、作戦変更だ。リクエストを聞き出すのはあきらめて、各自判断でプレゼントを探そう」
「それがよさそうだね。あの子たちなら実用的な物の方がいいだろう」
「そうだな」
「ケーキはどうする?」
「甘いもの苦手だしな………自分で焼いてみようと思うんだ」
「君が? ケーキも作るのかい?」
「ああ。アレックスに教わって」

 ほんの少し目を伏せてから、レオンはにっこりとほほ笑んでくれた。

「そうか。期待してる」
「うん。がんばる」
「あー、そーだねー、アレックスならあいつらの好み知ってるし……有能だし」

 うなずきながらも、ヒウェルの奴は露骨に口をぐんにゃり曲げて三白眼でこっちをじとーっとねめつけていやがる。

「何だ、その顔は」
「いやあ、とうとうケーキまで焼くようになっちゃったかと思ってさ」
「言ってろ」


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