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ローゼンベルク家の食卓

【4-17-4】二日後に時間差で

2010/04/17 17:47 四話十海
 
 ニンニクをたっぷり効かせた、真っ赤な熱いチキンスープ。翌日の朝も鍋に入った奴を二食分、ディフが届けてくれた。
 ありがたくいただき、ぐっすり眠った。お陰で二日後には熱も鼻水もすっきりクリア、空になった鍋をきれいに洗って(俺基準で)返しに行くことができるまでに回復した。だが、その頃にはまた別の刺客が忍び寄っていたのだった。ひっそりと、音も無く。
 
「よ………スープありがとな」
「……どうしたヒウェル。まだどっか具合悪いのか?」
「ちょっと、な……」

 ふくらはぎ、太もも、そして何故か腰から背中にかけてびっしりと、トゲの生えた見えない針金が絡みつき、一歩あるくごとにギシギシ、みしみし軋む、痛む。
 自分では滑らかに動いてるつもりなんだが、どう頑張っても結果は「スリラー」みたいな動きになっちまう。 

「筋肉痛、か」
「……実は」
「今ごろ?」
「悪かったな!」
「お前……二十代でそれは……」
「皆まで言うな」

 くいっとディフは右手の親指でソファを示した。

「そこに横になれ」
「へ? いや、そこまで酷くないし」
「マッサージしてやる。ちょっとは楽になるだろ」

 ぞわぁっと背筋が凍りつく。ちら、と視線を横に走らせると……レオンがほほ笑んでいた。そりゃもうこれ以上ないつーくらいに美しい笑顔で。

「い、いや、いい! 大丈夫! 明日、マッサージの体験取材に行くことになってるし!」
「……そうか。今夜はじっくり風呂に入ってあっためろよ?」
「うん、ありがとなっ」

 怖い。
 すぐそこで、笑顔全開でこっち見てるレオンが……怖い。
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
 次の日、ジョーイから指定された店に行く。ユニオン・スクエアの小さな気持ちのいい店で、買い物のついでとか。昼休みや会社の行き帰りにふらっと入れそうなヒーリング・サロン。ゆるーっとした音楽とほんのりと良い香りの混じる空気、調整された柔らかな照明に包まれて、肌触りのいい椅子に座る。
 靴と靴下を脱ぎ、ほっそりした女性の手で足を念入りにオイルでマッサージされ……

 木の棒で、ぐりん! と足の裏を突かれた。

 ずぎゅうんっと、衝撃が背骨を駆け抜ける。目の奥でちかっと光の粒がまたたき、体中の毛穴が縮み上がる。
 むず痒い、痛い、くすぐったい、いや、やっぱり痛い!

「おああああっ」

 ひじ掛けをつかんでのたうっていると、施術士さんがさらっと聞いてきた。

「あ、痛いですか?」
「す、少し」
「じゃ、指でやりましょう」
「お、お願いします」

 地獄と煉獄の違いぐらいしかなかった。突き方も、突く場所も変わらない以上、やっぱりどうやっても痛いもんは痛い。
 しかも、痛いつってもこの人全然気にしねえし!

「痛いのは承知の上、遠慮なく全力でやってください、とうかがっておりますので!」

 ちくしょう、ジョーイめ。だから社内に希望者誰も居なかったんだな。気付いたところで後の祭り。

「体中ぼろぼろですねー。ここ、肝臓のツボ」
「あだだだ」
「胃」
「ほあだだだだだ!」
「目!」
「!!!!!!!!」

 もはや声にならない。

「パソコン使う方ってお仕事柄、ここが弱い方が多いんですよね。あとこことか」
「っっっ」
 
 ありとあらゆるツボを一通り体験させていただいて、終ったころにはいい具合にぼろぼろのよれんよれん。
 っかしいなあ。俺、健康になりたかったはずなのに……。
 お土産にハーブティーとお香とアロマオイルをいただき、礼を言って店を出る。

「お?」

 歩き出してみたら、足が軽かった。ギクシャク、よろよろのスリラー状態がかなり改善されている!

「そっか、痛いけどきいてるんだ……」

 渡された「足ツボの図」を取り出して見ながら歩く。悪いところに丸印をつけてくれたんだが、ほぼ全面埋まってるように見えるのは気のせいか。
 前を見ないで歩いていたせいか、どんっと誰かにぶつかった。

「っと、失礼」
「いや、こっちこそ」

 あれ、聞き覚えのある声だな。
 顔をあげると、褐色の髪にターコイズブルーの瞳の青年が、気まずそうに手にした携帯を閉じた所。

「テリーじゃねぇか。何やってんだ、こんなとこで」
「人、探してるんだ」
「おいおい、穏やかじゃないな。男か? 女か?」
「男。つーかBoy」
「ほう?」

 そいつはますます穏やかじゃない。ぴくっと厄介事のアンテナが反応してる。テリーはこっちを見て、何か言いかけたんだがそれより早く、ぐうーっと腹が鳴った。

「……ここで会ったんも何かの縁だ。飯おごるよ」
「さんきゅ」

 と言ってもこっちも取材の帰りだし。向こうもそわそわしていたんで道路脇のホットドッグスタンドで合意した。
 フライドオニオン、マスタード、ケチャップ。たっぷりかけた熱々のをほお張る。

「ん……んまい」
「もしかして、これが今日始めての食事、か?」
「いや、そうって訳じゃないんだけど。言われてみりゃ朝も昼もあんましっかり食ってなかったかな」
「そう……か」

 よほど大事な相手を探してるらしい。さりげなく話を向けてみる。

「探してるって、誰?」
「弟」
「年は?」
「十七」
「そいつぁ難しい」
「だろ? お袋が心配してる」
「いい息子だな」
「育ててもらった恩がある」
「月500ドルの、政府からの報酬とは別に?」
「………」

 口の動きが止まり、微妙にテリーの表情が強ばった。
 伺ってるな。
 ……いいだろう。この機会に今までお互いに何となく感じ取ってきた『共通点』を、そろそろ表にしとくか。お互いに。

「うちは、俺一人だけだったんだ。だから兄弟はいない。気難しい子だったし、親は火事で死んじまって、他に身内もいなかったから」
「……だいたい似たようなもんだな。うちは、事故で二親とも」
「そうか」

 こいつにしちゃ珍しく歯切れの悪い口調だ、言葉の端をあいまいに濁している。まあ、あまり詳しく思い出したい話でもないだろうし、な。
 いずれにせよ……
 引き取られるあてのない子どもが、一つの里親の家に落ち着いていられる。これがどれほど幸運な出来事なのか、よく知っているのは分かった。お互い、言葉にするまでもなく。

「十七か。ちょうど意地張ってる頃あいだな」
「うん。意地張って、帰ってこない。けっこう育ってから家に来たから、余計に」
「だからお前さんが探してるのか」
「まあな。一緒に世話になってた奴の中には……ふらっと出てって、そのまま帰ってこなかった奴もいるし」

 低い声で言うと、テリーは無造作にホットドッグを噛み千切った。頬に飛んだケチャップと脂をぐいっと手の甲でぬぐい、がつがつ噛んで、ごくっと飲み下す。
 その間、俺はと言うと黙って見守っていた。自分の分を、もそもそ噛みながら。

「俺は、あいつみたいに親に殴られてた訳じゃない。そういう意味では、本当に理解してやれないのかも……」

 しばらくの間、俺たちはホットドッグを食うことに専念した。

 わかってほしい。だけど「気持ちはわかる」なんて言われたらまず反発する。乾いてギザギザの気持ちのまっただ中。生のタマネギよりもツンツン尖って突っ張って、口に咽に、目に突き刺さる。

 最後の一口を飲み込んでから、もう一つ食うかと聞いてみた。

「もらう……いや、やっぱ、パンはいいや。ソーセージだけ」
「OK」

 二つ目は、俺はコーヒーだけ付き合うことにした。

「テリー」
「ん?」
「……ついてる」

 さし出したペーパーナプキンでごしごしと口の周りをぬぐってる。

「いや、そこじゃない。ここ」
「マジか、そんなとこまで? 参ったなぁ……」
「なあ、テリー」
「まだついてるのか?」
「少なくとも、親よりは近い位置にいる」

 そして、同じ里子だ。里親との微妙な距離感も体験している。

「……わからないんだ」
「何が?」
「あいつを見つけた時、何て言えばいいのか。まだ、わからない……」
「お兄ちゃんが迎えに来てくれた方が、その子もきっと……ちょっとだけ、意地張らずにすむさ」
「そっかな」
「俺だったら、そう思う」
「……」
「弟の名前、何てんだ?」

 ぽかん、としたコマドリの卵色の瞳に向かい、ぱちっとウィンクしてやった。

「こう見えてもそれなりに顔は広いんだ。手伝える事、あるかも知れないぜ?」
「ビリー。これ、写真……」
「気を付けてみるよ。見つけたら、君に連絡する」
「ああ。サンキュ、ヒウェル!」
 
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