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ローゼンベルク家の食卓

【4-17-5】真昼のコーヒーブレイク

2010/04/17 17:48 四話十海
 
 その日、マクラウド探偵事務所の所長はデスクワークに忙殺されていた。
 午前中の業務を終えると有能少年助手が湯を沸かす。マグに注いだ紅茶を二人分用意したら、お次は猫の番だ。
 ドライフードと缶詰め、新鮮な水をセットすると、待ちかねたように白い猫がすりより、皿に鼻を突っ込む。
 カリカリとフードをかじる軽やかな音をBGMに、ディフとオティアはそろって中央のテーブルに座り、弁当を開けた。
 今ごろはシエンとレオンも上の事務所で同じものを開けているだろう。
 
 本日の献立はブリトー(burrito)。小麦で焼いた皮(トルティーヤ)でくるっとおかずを巻いた、サンフランシスコ風の軽食だ。サリーに言わせると「巻きずしとお好み焼きの合体したサンドイッチ風」の食べ物らしい。
 小振りなのをオティアとシエン二本ずつ、ディフとレオンは三本ずつ。
 濃いめに味付けしたライスに昨夜の残りのチリ、茹でたインゲンマメに揚げたジャガイモと細切りキャベツをぎっしり巻きこんだのはディフが作った分。春雨やキュウリ、アルファルフアに茹でたササミとアボカドを巻き込んだ細目のは、シエンが巻いた分。
 形を作るのに、以前サリーからもらった寿司を巻く道具を使ったらきれいに巻けた。

 始めて作った時、レオンはあきらかに戸惑っていた。ディフが作るまでは食べたことなんかなかったし、食べ物をまるごとかじるのに抵抗があったからだ。
 以来、大きいのを一本どん! ではなく小振りのを二本、ローゼンベルク家のキッチンではそれが定番になっている。

 弁当を食べ終ると、オティアは自分の分のカップを流しに運び、洗って片づけて。それから携帯と財布をポケットに収めると、所長を振り返った。

「コーヒー飲んでくる」
「ん、行ってこい」

 チリン。
 鈴を鳴らしてオーレが飛んでくる。

『おでかけ、おでかけ、あたしも一緒なんでしょ?』
「……ごめんな」 

 オティアは小さな白い猫を抱き上げると、ディフに渡した。

「気をつけてな」
「みゃーっっ」

 ピンクの口をかぱっと開けるオーレを撫でると、くるっときびすを返し、事務所を出た。甲高い猫の声に、後ろ髪を引かれる思いで廊下を歩く。早足で歩く。
 ちょうど降りてきたエレベーターに乗り込むと、シエンが居た。いや、居るとわかっていたからこのタイミングで出てきたのだ。シエンもそのことは知っている。

 エレベーターが一階に着いた。二人はひと言も話さず、視線を合わせることもなくビルから出て、同時に手袋をはめた。オティアは青、シエンはピスタチオグリーン。すたすたと歩いて行き、何の打ち合わせもしないまま、緑色の丸い看板の下でひょいと曲ってドアをくぐった。

 コーヒーの香る空気の中。
 そこに、エリックが居た。


(レッドホットチキンスープ/了)

【4-18】苦いコーヒーに続く
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