▼ 【4-17-3】探し物
木曜日の夕方、出勤前にスターバックスに立ち寄ってみた。何て幸運。シエンが居た!
はやる心を押さえて食料と飲み物を買い、半ば雲を踏むような気分で彼の居るテーブルへと歩み寄る。
「Hi,シエン」
「Good evening」
「ここ、いいかな」
「……うん」
トレイの上には小エビのサンドイッチにヨーグルトにリンゴ、ソイラテのグランデ。シエンが見て首をかしげた。
「それ、夕ご飯?」
「いや朝ご飯。これから出勤なんだ」
「あ、そうか、夜勤なんだ。大変だね」
「うん、大変。だけど困ったことばかりじゃないよ」
初めてセーブル兄弟の名前を知ったのは、一昨年の十一月。センパイとhが持ち込んできた一つの事件がきっかけだった。
「たまにはいいこともあるからね」
街角での暴行事件を発端に、発砲、児童保護施設の職員による人身売買斡旋、誘拐、麻薬の製造工場と違法武器の販売網の摘発。あれよあれよと言う間に事態は雪だるまみたいに膨れ上り、最後はFBIまで関わる大事件に発展した。
hときたら、事情聴取にかこつけて捜査に強引に首をつっこみやりたい放題、し放題。全てはシエンを(その時はオティアと入れ替わっていたなんて知らなかった)探すため。しまいにゃほとんど自分で仕切ってた。
いつ、主任にばれるかと冷や冷やしたけれど……
この双子の一件に関しては、巻き込んでくれて感謝してる。
(オレのささやかな苦労が君の救出につながった。おかげで今、こうして一緒に居られる)
「……そう、たまには、ね」
「ふうん?」
上機嫌でサンドイッチをほお張り、ラテを流し込む。
「今日はハチミツ、入れないの?」
「うん、ヨーグルトが甘いから」
「プレーンじゃなかったんだ……」
「今日のはバニラブルーベリー。君はプレーンの方が好き?」
「そうだね。家はいつもプレーンだし」
「そっか」
「エリックっていつも、何かしら乳製品食べてる?」
「あー、そうかも、とりあえずこれ食ってれば栄養確保できるし……あれ、ソイミルクって乳製品かな」
「んー、植物性?」
ほんと、他愛の無いことしゃべってるなあ。次、いつ会えるかわからないのに、何してんだろ、俺?
ああ、でも。
君と共有できる空気がすごく、心地よい。
いつまでも、この距離を保っていたい気もする。だけどその反面、わかってもいるんだ。このままでは、決して自分の望む位置に行き着くことはできない。君がいつか、誰かの手を取る瞬間を黙って見てなくちゃいけないって。
笑顔で見送り、それで終ってしまう。
そんなのは、嫌だ。
ああ、もうじき最後の一口を飲み終わってしまう。
シエン。
もっと君の近くに行きたい。
そのことを知っても君は、オレを拒まずにいてくれるだろうか。男としての生々しい好意を知ってもなお。
正直、怖いよ。
一緒にいる時間が長くなればなるほど、見守るだけで終らないって、自分でわかってるから。今日は、その日は来ない。だけど必ず、訪れる。次に会う時だろうか。それとも一週間先、一ヶ月先か。運命のダイスは気まぐれだ。いつ当たり目が来るかはわからない。
空気が動く。
ドアが開いてまた新しいお客が店に入って来た。幾度となく繰り返されてきた動きだけれど、今回はシエンの反応が違った。
それとなく目を向けると、同じくらいの年ごろの男の子が二人入ってきた。店内を見回し、こっちに目を向け、手を振った……シエンに向かって。シエンもうなずく。知り合いらしい。
不審そうにオレを見てる。茶色い髪の子なんか、あからさまに『うぇー』って顔してる。オトナを煙たがる種類の子だ。おそらくオレが警官だと知れば、敬遠するだろう。
「そろそろ行かないと……それじゃ、シエン、またね」
「ん」
※ ※ ※ ※
店の中に入ってすぐ、ビリーはシエンを見つけた。だけど彼は一人ではなかった。
(誰だ? 絡まれてるのか?)
一瞬、顔が強ばる。だが、改めてよく見ると、相手の男は背は高いものの、のほほんとしたお気楽そうな奴で……目を細めてにこにこしている。どことなく浮世ばなれしていて、見たところ暇な大学生ってところだろうか。
どうする。大人よりはマシだが、面倒くさいな。
顔をしかめて見ていると、上手い具合にちょうど帰る所だったらしい。二言三言話してからトレイを持って立ち上がり、こっちに向かって歩いてきた。
「………」
脇によって道を開ける。すれ違った時、かすかに薬品のにおいがした。こぼしたとか付けたのではなく、日常的に服や髪の毛にまとわりつくにおい。何度か嗅いだことがある。
(理系……医学生……か?)
そう言えば着てるものもどことなく白衣っぽい。
のっぽの医学生は、さほどこちらを気にする風もなく(ありがたいことに!)すたすたと歩いて店を出ていった。外に出る直前、ポケットから携帯をひっぱり出して耳に当てていた。
ちらっとEで始まる名前が聞こえた、ような気がした。
「よ、シエン。知りあいか?」
「うん、ちょっとね」
「あ、俺コーヒー買ってくる」
「おう」
ポケットに両手を突っ込んだまま、ユージーンがふらっとカウンターに歩いてゆく間、自分はシエンの向かいに腰を降ろした。
「このごろあんまし顔見せねーな。家、厳しいのか」
「そう言う訳じゃないけど、何となく……ままが風邪ひいて、寝込んだりしたし」
「そっか」
正直、こいつに会えてほっとした。
シエンのいない間もユージーンやその他の『友だち』と顔を合わせて適当に遊んでいた。時には知り合いの知り合い、あるいはまったくの初対面の奴までくわわり、けっこうなグループになることもあった。
気が向けばアドレスも交換するけれど、名前もロクに覚えてない。一時、一緒にいて適当に遊べばそれでおしまい。
『またな』と言って別れるけれど、また会うとは欠片ほども期待はしていない。
第一、会った時に同じ相手だって見分けられるかもわからない。
そこそこに楽しい。時間もつぶせる……だけど、それだけだ。
「よ、おまっとさん」
ふわっとコーヒーの香りに我に返る。
「行くか」
「うん」
三人で並んで歩き出した。
「今日はどこ行く。久しぶりにカラオケ行くか? 新しい曲入ってるぞ!」
(何だろう。俺、今日、すごくはしゃいでる)
顔がわかる。名前がわかる。今より前に共有してきた時間がある。そんな三人でいる温かさを経験した後では、二人は妙に寂しかった。つまらなかった。
一人ぼっちはなおさらに。
刻一刻と街は暗がりに包まれ、まぶしいネオンが輝き始める。
一件の店の前を通り過ぎる瞬間、ちょうど明かりが消えた。暗がりを背に、ガラス窓に顔が写る。まったくの不意打ちだった。
(あ)
楽しい話をしている真っ最中のはずなのに、妙に乾いて、くたびれて……空っぽだった。
「どうしたん、ビリー?」
「い、いや、何でもねえっ! あー、俺も何か買ってくりゃよかったなーっ。ユージーン、コーヒーひとくちくれよっ!」
「これブラックだぞ」
「げ、いらねっ」
「そこのデリで何か買ってこう?」
「そうだなっ」
(俺はほんとは、どこに行きたいんだろう?)
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