ようこそゲストさん

ローゼンベルク家の食卓

【4-17-3】探し物

2010/04/17 17:46 四話十海
 
 木曜日の夕方、出勤前にスターバックスに立ち寄ってみた。何て幸運。シエンが居た!
 はやる心を押さえて食料と飲み物を買い、半ば雲を踏むような気分で彼の居るテーブルへと歩み寄る。

「Hi,シエン」
「Good evening」
「ここ、いいかな」
「……うん」

 トレイの上には小エビのサンドイッチにヨーグルトにリンゴ、ソイラテのグランデ。シエンが見て首をかしげた。

「それ、夕ご飯?」
「いや朝ご飯。これから出勤なんだ」
「あ、そうか、夜勤なんだ。大変だね」
「うん、大変。だけど困ったことばかりじゃないよ」

 初めてセーブル兄弟の名前を知ったのは、一昨年の十一月。センパイとhが持ち込んできた一つの事件がきっかけだった。

「たまにはいいこともあるからね」

 街角での暴行事件を発端に、発砲、児童保護施設の職員による人身売買斡旋、誘拐、麻薬の製造工場と違法武器の販売網の摘発。あれよあれよと言う間に事態は雪だるまみたいに膨れ上り、最後はFBIまで関わる大事件に発展した。
 hときたら、事情聴取にかこつけて捜査に強引に首をつっこみやりたい放題、し放題。全てはシエンを(その時はオティアと入れ替わっていたなんて知らなかった)探すため。しまいにゃほとんど自分で仕切ってた。
 いつ、主任にばれるかと冷や冷やしたけれど……
 この双子の一件に関しては、巻き込んでくれて感謝してる。

(オレのささやかな苦労が君の救出につながった。おかげで今、こうして一緒に居られる)

「……そう、たまには、ね」
「ふうん?」

 上機嫌でサンドイッチをほお張り、ラテを流し込む。

「今日はハチミツ、入れないの?」
「うん、ヨーグルトが甘いから」
「プレーンじゃなかったんだ……」
「今日のはバニラブルーベリー。君はプレーンの方が好き?」
「そうだね。家はいつもプレーンだし」
「そっか」
「エリックっていつも、何かしら乳製品食べてる?」
「あー、そうかも、とりあえずこれ食ってれば栄養確保できるし……あれ、ソイミルクって乳製品かな」
「んー、植物性?」

 ほんと、他愛の無いことしゃべってるなあ。次、いつ会えるかわからないのに、何してんだろ、俺?
 ああ、でも。
 君と共有できる空気がすごく、心地よい。
 いつまでも、この距離を保っていたい気もする。だけどその反面、わかってもいるんだ。このままでは、決して自分の望む位置に行き着くことはできない。君がいつか、誰かの手を取る瞬間を黙って見てなくちゃいけないって。
 笑顔で見送り、それで終ってしまう。
 そんなのは、嫌だ。

 ああ、もうじき最後の一口を飲み終わってしまう。
 シエン。
 もっと君の近くに行きたい。
 そのことを知っても君は、オレを拒まずにいてくれるだろうか。男としての生々しい好意を知ってもなお。
 正直、怖いよ。
 一緒にいる時間が長くなればなるほど、見守るだけで終らないって、自分でわかってるから。今日は、その日は来ない。だけど必ず、訪れる。次に会う時だろうか。それとも一週間先、一ヶ月先か。運命のダイスは気まぐれだ。いつ当たり目が来るかはわからない。

 空気が動く。
 ドアが開いてまた新しいお客が店に入って来た。幾度となく繰り返されてきた動きだけれど、今回はシエンの反応が違った。
 それとなく目を向けると、同じくらいの年ごろの男の子が二人入ってきた。店内を見回し、こっちに目を向け、手を振った……シエンに向かって。シエンもうなずく。知り合いらしい。
 不審そうにオレを見てる。茶色い髪の子なんか、あからさまに『うぇー』って顔してる。オトナを煙たがる種類の子だ。おそらくオレが警官だと知れば、敬遠するだろう。

「そろそろ行かないと……それじゃ、シエン、またね」
「ん」
 
 
 ※ ※ ※ ※


 店の中に入ってすぐ、ビリーはシエンを見つけた。だけど彼は一人ではなかった。

(誰だ? 絡まれてるのか?)

 一瞬、顔が強ばる。だが、改めてよく見ると、相手の男は背は高いものの、のほほんとしたお気楽そうな奴で……目を細めてにこにこしている。どことなく浮世ばなれしていて、見たところ暇な大学生ってところだろうか。
 どうする。大人よりはマシだが、面倒くさいな。
 顔をしかめて見ていると、上手い具合にちょうど帰る所だったらしい。二言三言話してからトレイを持って立ち上がり、こっちに向かって歩いてきた。

「………」

 脇によって道を開ける。すれ違った時、かすかに薬品のにおいがした。こぼしたとか付けたのではなく、日常的に服や髪の毛にまとわりつくにおい。何度か嗅いだことがある。

(理系……医学生……か?)

 そう言えば着てるものもどことなく白衣っぽい。
 のっぽの医学生は、さほどこちらを気にする風もなく(ありがたいことに!)すたすたと歩いて店を出ていった。外に出る直前、ポケットから携帯をひっぱり出して耳に当てていた。
 ちらっとEで始まる名前が聞こえた、ような気がした。

「よ、シエン。知りあいか?」
「うん、ちょっとね」
「あ、俺コーヒー買ってくる」
「おう」

 ポケットに両手を突っ込んだまま、ユージーンがふらっとカウンターに歩いてゆく間、自分はシエンの向かいに腰を降ろした。

「このごろあんまし顔見せねーな。家、厳しいのか」
「そう言う訳じゃないけど、何となく……ままが風邪ひいて、寝込んだりしたし」
「そっか」

 正直、こいつに会えてほっとした。
 シエンのいない間もユージーンやその他の『友だち』と顔を合わせて適当に遊んでいた。時には知り合いの知り合い、あるいはまったくの初対面の奴までくわわり、けっこうなグループになることもあった。
 気が向けばアドレスも交換するけれど、名前もロクに覚えてない。一時、一緒にいて適当に遊べばそれでおしまい。
『またな』と言って別れるけれど、また会うとは欠片ほども期待はしていない。

 第一、会った時に同じ相手だって見分けられるかもわからない。

 そこそこに楽しい。時間もつぶせる……だけど、それだけだ。

「よ、おまっとさん」

 ふわっとコーヒーの香りに我に返る。

「行くか」
「うん」

 三人で並んで歩き出した。

「今日はどこ行く。久しぶりにカラオケ行くか? 新しい曲入ってるぞ!」

(何だろう。俺、今日、すごくはしゃいでる)

 顔がわかる。名前がわかる。今より前に共有してきた時間がある。そんな三人でいる温かさを経験した後では、二人は妙に寂しかった。つまらなかった。
 一人ぼっちはなおさらに。
 刻一刻と街は暗がりに包まれ、まぶしいネオンが輝き始める。
 一件の店の前を通り過ぎる瞬間、ちょうど明かりが消えた。暗がりを背に、ガラス窓に顔が写る。まったくの不意打ちだった。

(あ)

 楽しい話をしている真っ最中のはずなのに、妙に乾いて、くたびれて……空っぽだった。

「どうしたん、ビリー?」
「い、いや、何でもねえっ! あー、俺も何か買ってくりゃよかったなーっ。ユージーン、コーヒーひとくちくれよっ!」
「これブラックだぞ」
「げ、いらねっ」
「そこのデリで何か買ってこう?」
「そうだなっ」

(俺はほんとは、どこに行きたいんだろう?)


次へ→【4-17-4】二日後に時間差で
拍手する